地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

東横線赤帯8039Fと伊豆なつ8007F@元住吉

2012-07-31 00:00:00 | 大手民鉄 (東急)


 先日は東横線・日比谷線直通廃止の話題を取り上げておきながら、肝心の1000系8連の画像を全く出さず大変恐れ入りますが (笑)、とりあえずあれこれ外付けHDを漁っていたところ、懐かし画像というほどではないにせよ「そういえばこんなシーンがあったなぁ!」と思わず感動に浸ってしまうような画像が出土しました♪ 8007Fが引退直前に伊豆急帯を締めて「伊豆のなつ」として東横線を快走したのは早くも7年前のことですが、その最終準備として元住吉にて運番表示器の脇に「1」を貼り付けており、かつその脇には……赤帯を剥がされてリバイバル銀色オンリー姿に戻る直前の8039Fが!! 以前一度アップして間もなく引っ込めたのかどうか記憶が定かではありませんが、とにかく現在アップされている過去画像の中にこのシーンはありませんので、レタッチの上ここにアップする次第です♪



 そして気が付いてみれば、この並び、先日伊豆急で運行された赤帯リバイバル編成と伊豆急標準帯編成の並びとほとんど近似だったりするという……(*^o^*)。私はこの伊豆急イベントには仕事の都合上行けなかったのですが、今回の画像を再発掘して「何だ、同じじゃん」と思ったり (^^; →んなこたぁ~ない。車庫では赤帯と銀一色が並んだのですから。行きたかったなぁ~)。
 ちなみに、この並びは最高に貴重で歴史的な一幕であるはずですが、この場所でカメラを構えていたのは何と私だけ! あるいは他に1人ほどいたっけなぁ……と。今や東急でイベント走行があると修羅場が展開しますが、そういえば8007F「伊豆のなつ」運転初日はチラホラとしか撮り鉄を見かけませんでした。そこで、「8000系はごく少数の東急ファンが注目しているに過ぎないのだろう。そして、そんな8000系とファンの関係性が良いのだ」と思ったものです。隔世の感があります……。
 それにしても……8007Fと8039Fはともにジャカルタに渡って久しく、いずれも二度三度とカラーリングを変え、現在では青黄帯に女性専用車ド派手ラッピングを纏った姿になっているという……。ジャカルタでコロコロと雰囲気が変わる分、数年前の東横線ではこんな姿であったことが遠い昔のことのようにすら思われます (滝汗)。そういえば赤い蛍光色のスカートもないですし、正面窓の金網もない……。
 というわけで、やはり東急8000系には東横線という舞台こそ最も相応しい!と思いつつも (勿論伊豆急もジャカルタもサイコーですが ^^;)、それでも何のかの言って姿形を変えながら活躍を続ける8007・8039Fに一年ぶりに会う (いや、8007Fは昨年訪問時には入場中でしたので2年ぶり!) 機会がいよいよ来月に迫っていることに今からワクワクドキドキしている今日この頃です (笑)。

台湾鉄路局の新振子電車、プユマ号と命名!

2012-07-30 00:00:00 | 台湾の鉄道


 不断に進取の精神を以て美麗なる島国・台湾の発展に貢献している台湾鉄路局は、現在花蓮と台東の間で電化と大幅な軌道改良を推進しており、完成のあかつきには新型振子式電車で台北~台東間を約3時間半で結ぶという夢のような話が実現することになります。その新型車両には、現在の最新型であるTEMU1000系に花蓮近郊の奇勝にちなんだ「タロコ (太魯閣) 号」という愛称が付与されているのと同じく、台東地区を目指す列車としてふさわしい愛称が募集されていましたが、先日台鉄から「プユマ (普悠瑪) 号」を正式名称とする旨が発表されました!!
 この「プユマ」とは、オーストロネシア系原住民 (要はフィリピン・マレーシア・インドネシアと文化的に近い人々のこと。原住民という言葉は台湾では差別用語ではなく尊厳ある用語ですのでそのまま当ブログでも使います) のひとつであり、台東近郊に住むプユマ族にちなんでいます。台東の美しすぎる緑の山河、そしてプユマ族やアミ族といった原住民が織りなしてきた質朴な文化……。とくに個人的には、プユマ族出身の歌手・サミンガ(紀暁君)が歌い上げた、故郷への愛に満ちたアルバム『太陽 風 草原的声音』の余りにも格調高い美しさに驚嘆したのを思い出します (早いもので10年以上前のアルバムですが、決してその魅力は色褪せませんので、台東好きな方には超おすすめ)。というわけで、台湾では誰もが即座に思い浮かべるこれらの美しいイメージを身に纏い、新型振子電車は来年の春節以降華やかに走り始めることでしょう!



 そんなプユマ号につきましては、既に台鉄の公式HPにて実車イメージも眼にすることが出来ますが、基本的に現在のTEMU1000のシャープな改良版であることが見て取れる一方……あれれ?どこかで見たことがあるような……。そこでひとしきり考えた挙げ句……そうだ!これはJREの新幹線用検測車・East-iのイメージに似せたに違いない!!と判断した次第です (滝汗 ^^;;;)。マジかよ!と思った方は是非台鉄HPにアクセスの上、両者を見比べてみて下さいませ (笑)。まぁタロコが台湾高鉄の真似ならプユマはJRE新幹線の真似ということなのでしょうが (^^;;)、少なくとも、非常に大胆なTRAロゴをはじめとして結構カッコ良いことは間違いありません。どこぞのミ○ーカとかいう輩がデザインした某島の兄弟特急車よりも個人的には一兆倍マシです (爆)。
 ……とまぁこんな感じで新特急車の登場にワクワクしたところで、画像は全然関係ないのでは?と訝る向きが余りにも多いのではないかと存じますが (^^;;)、いえいえ大いに関係あるのです……。台北~台東間が3時間となってしまえば、現在最速のDC自強号でも相当遅く感じられることになるでしょうし、況んや7時間ほど要する客車急行・キョ光号に至っては……果たして電化完成後東部幹線で生き残ることが出来るのかどうか心配になります。とりあえず、自強号 (タロコ・プユマ号を含む) が停まらない地方の小駅を丹念に結ぶという使命が、かつての高級列車からすっかり落ちぶれてしまったキョ光号にはあるはずで、確か台鉄では老朽化したE200型電気機関車の世代交代も進めるそうですから、花東線高速化ののちも何のかの言ってEL牽引によってキョ光号もスピードアップされて当分残るのかも知れません。それでも、花蓮~台東間では超ガラガラなキョ光号の長大編成に乗り、池上などの途中駅で買った駅弁をのんびりと頬張りながら、鈍足DLが紡ぎ出す絶妙なジョイント音に酔いしれつつのんびりと究極の大自然を楽しむ……という至福のひとときは間もなく過去のものとなることでしょう。既に線路の付け替えや架線柱の設置が進んでいる段階でもある程度魅力は損なわれているのかも知れません……。
 そこで気が付いてみれば、最近は長い休みがとれればインドネシアばかりで、約4年半も台湾は御無沙汰になってしまったという……。どうりで個人的に精神衛生が悪化しているわけですな (滝汗)。嗚呼、花東~南廻~屏東線で乗り鉄したい……。

日光市営バス・足尾への小さな旅

2012-07-29 00:00:00 | 濃いぃ路線バス&車両


 とろ~りとろけるような夏本番。オッサンには過酷な暑さですが、夏休みを迎えたガキお子様にとっては様々な経験を積む絶好の機会と言えましょう。そこで、最近「誕生日プレゼントにKATOラウンドハウスの185系《157系風塗装》が欲しい」などというマニアックな方向性を強めている甥っ子 (こうなったのは誰のせい……?^^;) を、どこかに連れて行ってやりたいというヲタ叔父さん心がもたげて来ます (笑)。ところが、いざ甥っ子の夏休みの予定 (塾なんぞに通い始めているという……私は自分の小学校卒業時まで小学生用の塾なるものが存在するのを全く知らなかった無知蒙昧の民です。汗) と私の平日休みを照らし合わせるとうまく行かない……。それでも、辛うじて先週の1日だけ予定がかみ合ったことから、日帰りで鉄ヲタ的にも社会見学的にも内容てんこ盛りなところに連れて行ってやろうと思いまして、新宿から253系の「日光1号」に乗って東武日光へ。さらに日光市営バスに乗り継いで足尾に向かうことにしました。
 詳論するまでもなく足尾の地は、江戸時代以来銅山としての長い歴史を有し、とりわけ近代においては大量採掘・精錬で経済発展を支えたものの、同時に渡良瀬川や周辺の山々に鉱毒の害をもたらし、身を捨てて明治天皇の前で直訴した田中正造翁の故事にも現れる通り、本朝における環境問題の原点でもあります。そして閉山以来約40年、今や銅山自体の観光に加え緑と清流の復活を眼にすることができ、世界遺産登録申請中にふさわしいエコ・ツーリズム空間であると言えましょう。そして銅山観光には濃いぃトロッコあり (改めて詳しくご紹介します)、往復のどちらかにわたらせ渓谷鐵道に乗れば、極めて「鉄い」一日を過ごすことも可能です。
 しかし大変恥ずかしながら……個人的には大間々から先は未訪問 (爆汗)。すみません、所詮撮り鉄中心のモグリ野郎です、あたしゃ (^^;;;)。というわけで、かねてから行ってみたかったものの何だかんだで未訪問だった足尾の地に、甥っ子と自分の社会見学を兼ねて初訪問しようという算段だったのであります (笑)。



 とはいえ、何故正攻法で桐生から入らないのかと申しますと……小田急線沿線から訪れる場合「日光1号」と日光市営バスの乗り継ぎの方が革命的に速いからです (何と新宿から足尾銅山観光まで3時間!)。もともと足尾の地は栃木県に属しますし (近代以降は群馬県桐生からの足尾線が出来たものの、歴史的には古峰ヶ原周辺の峠道を通って鹿沼・日光と往来する方がラクだったため?)、以前から足尾町営バスとして運転されてきた日光~足尾間の地元民用バスも最近はJTB時刻表のわたらせ渓谷鐵道の部分に正式に記載されるようになり、この日光~足尾バスがどれほどわ鐵~東武周遊ルートの形成に与っているのか確認してみるのも面白かりなんと思ったということもあります。
 そこで東武日光駅の改札を出て、バス乗り場を探したものの……ない! (@o@) 当然、中禅寺湖方面や霧降の滝方面に向かう東武バスの乗り場はデカデカと掲示があって即座に分かるのですが……乗り換え時間は僅か数分につき、早急に探し出さないことにはまずい! そこで、通りかかった東武制服組の方に伺ったところ、東武日光駅を出て左側、JR日光駅へ向かう緩い坂道の付け根当たりが乗り場だとのこと……。果たせるかな、東武日光駅側から見ると「駐停車禁止」としか見えない看板の裏側に「足尾行き乗り場」と書いてあるではありませんか……。JTB時刻表に載るようになったものの、とりあえず観光客の利用を全く想定しておらず、主に足尾地区住民だけが知っていれば良いという雰囲気が感じられ、まずはホッと一息つきつつも少々トホホな一幕だったのであります。時間があれば始発点のJR日光駅まで歩いて行った方がマシですな……。
 そんなこんなしているうちに、お目当ての足尾行きがトップドア・メトロ窓のリエッセで登場~。山岳地を走るためエンジンが高出力であるらしく、結構雄壮なサウンドに甥っ子が少々ビビっていました (笑)。発車後は清滝界隈までフツーに東武バスと同じ道を走りますが、東武日光市内線の縄張りを荒らさないという紳士協定があるためか、いろは坂への分かれ目から先へ行く客でなければ足尾行の乗車は認められていません。
 というわけで、淡々と日光市内を進み、右手にドカーンと男体山を望んだ後は、いよいよ長大な日足トンネルを挟んだ山岳区間へ! とはいえ、古くから足尾で産出された銅を日光清滝界隈の○河電工に運ぶために造られた主要道ですので、狭隘路のきょの字もなく、ただ豪快なエンジン音とともにひたすら前進します。渡良瀬川の流域に入り、次第に民家も現れてきても、フツーに山には緑があり、余り足尾に近づいているという実感は湧きません。
 しかし、一旦間藤・足尾本山界隈に寄り道するために、わ鐵に沿って西の方へ入って行きますと……かつて鉱山作業員住宅であった一帯へと入って行き、両側の山々は植生が戻りつつあるとはいえ一時ハゲハゲであったことが露骨に分かります……。精錬所跡が今でも残る足尾本山前で引き返すのですが、途中間藤から先でも並走する廃線跡 (わ鐵発足時に足尾本山まで復活する構想があり、現在でも車内補充券を買うと「足尾本山」も券面に印刷されていますが、免許は失効とか) も含めて、この間藤・足尾本山前往復はある意味でこの路線のハイライトと言えましょう。
 その後は足尾~通洞駅周辺に広がる中心地 (?) で客を拾い、バスはいよいよ銅山観光前に到着~! 時刻表では銅山観光前行と受け取れますが、実際には双愛病院行となっています。だから客が次々に乗って来たのですなぁ……(^^;)。下車後速攻でカメラを構えたところ、運転手氏はご親切にも私が撮影するのを一瞬待って発車して下さいました。多謝~!

湖西雷雨地獄鉄 (4) 抹茶色113系

2012-07-28 00:00:00 | 国鉄型車両


 今や湖西線普通列車は抹茶色117系が増え始めたのみならず、113系の抹茶色化が確実に進みつつあり、今回観察したところではおよそ5分の2以上の113系運用が抹茶色でやって来たかな?という印象です。もちろん、草津線との共通運用ですので、日によって抹茶色が湖西・草津のいずれかに集中する可能性も十分にあり、あくまで「たまたまそうだった」というに過ぎませんが……。何はともあれ東急グリーンファンにとっては、少なくともカフェオレで来るのに比べれば実に痛快な展開ですし (^^;)、今回は結局京都に戻る際にすれ違ったのみで撮影はしていないものの、抹茶+南瓜+カフェという三色団子編成をはじめ過渡期の塗装カオス状態を記録するのも今のうちだと言えましょう。



 それにしても、113系700番台→5700番台は登場から36~38年を経て、やはり車体の老朽化はとどまることなく進んでいることを、2枚目の画像から痛感させられます……。抹茶色化が始まって2年少々、まだまだ全検に達せず塗装変更を受けていない車両も多いことから、既に抹茶色化された車両の次期入場・塗装上塗りは後回しになるものと思われますが、その機会がめぐって来るまでの悠長な余裕はないのではないか?と思えるほどに、前面窓まわりからオデコにかけて錆が浮きまくり……(-_-;)。N30・N40未施工車は、たとえ抹茶色化されているといっても本当に先行き長くなさそうな気がしています。
 そしてそもそも、非常に久しぶりに113・115系に乗ってみますと、大してスピードも上がらないうちから相当ギシギシと揺れるなぁ~という気がします (汗)。首都圏に暮らし、多忙のため余り遠出する機会がないと、それだけ空気バネ台車に飼い慣らされてしまっている……という事実を思い知らされるのですが、同時にそれは最早コイルバネ台車の抵抗制御・鋼製車が「旧型電車」化しているという残酷な現実をも意味するでしょう。いやはや本気で国鉄近郊型 (とくに原形窓のままの車両) は頑張って乗り撮り鉄しなければ……(あぁヒマが欲しい・・)。
 とまぁこんな感じで、雄琴では約30分ほど撮影したのですが、1枚目の画像で雨粒がヘッドライトによって多数照らされていることが分かるとおり、逃げるように京都行の113系に乗り込む頃にはとにかくビショビショ (T_T)。車内及び用務先でクーラーが除湿も含めて良く効いていたのが救いでした。

南海・前パン日和 (4) 6000系

2012-07-27 00:00:00 | 都市民鉄 (近畿以西)


 ギンギンギラギラにとろけそうな夏……暑中御見舞い申し上げます。しかし、そんな思考停止状態の脳に思い切り喝!を入れるかのような嬉しいニュースが、西のギンギラギン王国・南海から入って参りました♪ 南海グッズショップからのお知らせによりますと……何と!ここのところの南海N模型攻勢の中でも超大本命とも呼ぶべき6000系の鉄コレが来月下旬以降発売されるというではありませんか!! バンザーイ\(^O^)/ とりあえず銀色一色時代の再現ということで、6001系と呼ぶべきなのかも知れませんが、細かいことはどうでもよろしい (笑)。行く行くは現行色バージョンの発売が予想されますし、あるいはマイクロあたりが競作で出すのか……等々、はっきり言って妄想が止まりません (^^;)。



 というわけで、三日市町での先行販売または難波での正規販売初日に関西に居合わせるような鉄遠征の予定でも組もうかなぁ~と思っているところであります (幸いにして他の予定かぶらず♪)。そんな嬉しい気分もそのままに、去る5月に撮影した高野線6000系の画像をアップしてみましょう~。
 しかし……このときの6000系撮影は正直申しまして不発でした (-_-;)。そもそも天気が宜しくなく、EOS 5D MⅡで強引に感度を上げてレタッチにも相当時間をかけることでようやく見られる画像となったのみならず、堺東にて大本命のオール6000系8連急行が来た!と思ったらカブられたり、堺東からちょこっと移動して三国ヶ丘で6000系を待ち構えたのち阪和線に転戦しようと思ったところ、何も考えずに乗った急行が思い切り豪快に三国ヶ丘を通過したり……(かつて、阪和電鉄改め南海山手線と高野線との乗換の便を図り、ライバル同士の合併による大和合を演出するために出来たのが三国ヶ丘駅ですし、阪和線国有化により再び別会社になったとは言ってもこの手の乗換駅はフツー停まるだろ?と何も考えずにいたのです。しかし……とんでもない誤解でした ^^;;;;)。というわけで、あれよあれよという間に予定外の北野田まで連れて行かれてしまい (笑)、しかも北野田ではすぐに三日市町発6000系8連区間急行が来てしまい (これを三国ヶ丘で撮るつもりだったのですが -_-)、急カーブでケツが見事に切れてしまってボツったという……。まぁその代わり、ブツ4編成の各停を2枚目のような感じで撮影出来ましたし (片開き扉+二段窓の様子が余り分かりませんが……)、そのまま三国ヶ丘までこの6000系各停に乗って (三国ヶ丘って区間急行にもシカトされるのですね……) 中百舌鳥~北野田間の撮影スポットをチェックできたので怪我の功名と言えなくもありません。
 まぁ何はともあれ、2ヶ月ちょい前の6000系撮影は消化不良で終わってしまいましたので、来る鉄コレゲット遠征にあたってはバッチリ決めたい……と思っているところです。