地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

京阪電車周遊記 (4) 京津線の愉しみ

2006-04-30 20:23:02 | 都市民鉄 (近畿以西)


 ちょっと中休みを入れまして、再び話題を京阪に戻すことにしましょう。
 中書島で1900系を撮り終えた後は、三条へ移動して京津線に初乗車しました。今にして思えば、京都市営地下鉄と直通する前の小型車が運用されていた頃に乗って撮っておくべきだったと思うのですが (特に、三条~山科間の普通電車用だった80形!)、10代の頃はたまに18きっぷで京都に遠征するといつも嵐電モボ121や叡電デナ21といったニス塗り車内の電車にどっぷりと漬かってしまい、既に全鋼製車しかなかった京津線には見向きもしませんでしたので……。そして大学入学後しばらく撮り鉄趣味から離れている間に京津線は地下鉄直通となり、80形は廃車、そして旧型車の下回りを更新して正面を改造し冷房を取り付けた600・700形も京津線運用から退いてしまったのでした……。
 そんなこんなで悔恨の情を抱きつつも、取りあえず浜大津行きの先頭車に乗り込んでみますと、何と先頭車は転クロ! 加えて、多くの途中駅は浜大津寄りに出口があることから、ほとんどの客が先頭車に集中し、2両目から後ろはスカスカ……(^^;)。
 御陵で地下鉄と分かれ、いよいよ地上区間に入りますと、意外や意外、東山エリアの谷間を走る割には線形が良く、真っ直ぐに勾配を登って行きます。しかしそれも大谷まで。大谷~上栄町間は実に見事な急カーブと急勾配の連続で、地下鉄から直通してきた4両編成がソロリソロリと慎重に通過して行くさまはなかなか楽しいものがあります (^^)。そして上栄町~浜大津間は↑の通りの併用軌道! 4両編成のまだまだ新しい中型車がこんな感じで走るのは、日本広しといえども多分ここだけでしょう (江ノ電はもっと小ぶりの連接車ですし)。辛うじて既存車が数編成残る福井鉄道の併用軌道とけっこう良い勝負の迫力に感動し、ふだんこの手の電車はほとんど撮らない私も思わず、浜大津到着後しばらくのあいだ併用軌道沿いを歩いて数カット撮影してしまいました (^^)。

 ただ気になったのは、JRWの本数激増、御陵を境に変わってしまう運賃の合計額の高さ、それに浜大津界隈の商圏としての地盤沈下etc... (?) により、京津線の客が見ていて悲しくなるほど少なかったことです……。京阪が大津エリア専門HPまで作ってPRしても収支が改善されず、行く行くは分社化……というウワサをチラホラ目にするのも、あながち有り得ないことではないと思わずにはいられませんでした。何とか健闘してもらうためには、私鉄ファンも僅かでも運賃収入に貢献することが大事なのではないか……というわけで、御陵以東の京津線・石山坂本線で1日何度乗っても500円ポッキリという非常に乗り得なフリー切符もあります。興味のある方には是非オススメです!

地味~に転換期が進む東急8590系

2006-04-29 14:21:58 | 大手民鉄 (東急)


 京阪シリーズが進んでいる折ですが、ここでいったん相鉄に続いて東急の話題も扱ってみたいと思います。
 先日東急では田都用5000系が甲種回送され、さらに今後も当分のあいだ相次いで新造されるそうですが、特にこの春は6扉車をドドッと一気に製造して既存編成の編成替えも行うことから、田都線内の各駅および半蔵門線の主要駅には6扉車連結編成増加に関する案内が掲示されるようになりました。これから5月末にかけてジワジワと増えて行くそうで、今ある8500系の東武直通運用も徐々に5000系に置き換えらることを意味しますから、「トブコ以北の水田地帯を行く8500系の図」も早めに撮っておかなければ……という危機感を抱いているところです。出来れば、連休~5月中旬頃には一度撮りに行ってみたいなぁと思っています。
 その一方で、実は先行きが非常にアヤシイのではないかと思えて仕方がないのが東横線の8590系です。今度東急が5050系を新造すれば、歌舞伎編成の廃車よりも前に大井町線の残存8000系を廃車するべく、東横線の8590系を優先的に玉突き転属させることが十分予想されますので。
 一応、最近までの個人的な8590系の位置づけは、必ずしも積極的な撮影対象ではなく、どちらかというと8000系を撮影する際の前座という感じだったのですが (^^;)、やはり8000系列の最終形態であることには違いないのだから真面目に撮っておかなければ……と思い直しまして、既に1ヶ月以上前の話になってしまいましたが (^^;;)、定番スポットの自由が丘にて↑こんな感じで撮影してみました。天気がイマイチですが、私の存在に気付いた運転士様のヘッドライト点灯大サービスに感激したお気に入りのカットです (^o^)。



 いっぽう、大井町線に転属して正面を貼り替えられた8590系は、さらに大井町線特製ステッカーを貼られてしまいましたので、以前ここで掲載したステッカー未貼付シーンは非常にレアな記録になってしまったようです。
 この現状についても、もし今後大井町線用8500系と同じくスカートが装着されるとすれば、やはり過渡期のカットということになりそうですので、こまめに記録しなければ……。
 でも、未だ中央林間発の大井町直通急行って撮っていなかったりします (^^;;;;;;)。
 そして今、また新たな大変化として、正面非貫通の8090系も帯の貼り替え・大井町線ステッカー貼付が始まっているとのこと。東急8000系列ファンにとって、気分が安まることは当分なさそうです……。

相鉄・5/20大幅ダイヤ改正発表!

2006-04-28 22:04:00 | 大手民鉄 (相鉄)


 西横浜の新しい電留線が完成し、そろそろあるだろうな……と思っていた相鉄のダイヤ改正がこのほど正式に発表されました (土日ダイヤは5/20、平日ダイヤは5/22から)。
 詳しくは公式HPのPDFファイルをご覧頂ければと思いますが、個人的に一番ミソだったのは、星川駅付近の立体交差化工事に伴って待避線が使えなくなるという問題を如何にクリヤするのかという点でした。そして、その秘策は何かを読み取ってみますと……
 ●日中→快速列車を間引きして、毎時「海老名急行6、湘南台快速3、湘南台各停3,大和各停3」という構成にする。
 ●夕方→湘南台快速を20分間隔で運行し、二俣川で大和各停に接続させる (という趣旨に取れる)。
……という点にあるようです。昼間は敢えていずみ野線のサービスダウンというリスクを冒してでも快速を減らして各停とし、急行と快速を合わせた横浜・二俣川発車間隔をいじることによって、星川で退避できない各停が何とか二俣川・横浜まで逃げ切れるようにすることと、急行・快速のスピード維持を両立させようとしたのでしょう。
 また夕方も、急行に比べれば足が遅い快速を (恐らく急行の代わりに) 増やすことによって、二俣川or横浜の手前で急行が詰まってしまう傾向を緩和させようとしたのでしょう。その代わり、横浜と二俣川以遠海老名方面の間を利用する客 (私もです ^^;) は、横浜でまず快速に乗せられて、二俣川での乗り換えを強いられることになる回数が増えそうです (T_T)。

 もっとも、二俣川での快速←→各停乗り換えは、日中毎時「海老名急行5、湘南台快速5、大和各停5」というパターンダイヤであった旧ダイヤでは日常的だったわけですが、二俣川~大和間の利用客から見て、大和往復の各停は12分間隔の急行の僅か3~4分後くらいにやって来るという余り使えない列車だったため、ほとんど使った経験はありません (^^;)。実は、この運用は晩年の新6000系の指定席でもあり、現ダイヤで日中の各停の運行区間が横浜~二俣川に縮小されたことによって運用が余った結果、残っていた3編成が突如として運用から離脱してしまった……という悲しい記憶とともにあったわけで、もっと乗って撮っておけばよかった……と後悔しています (-_-)。
 そんな日中の大和&湘南台各停が復活することにより、恐らく7000系8連の運用が増えると思われますが (10000系8連の絶対数がすぐに増えるわけではないので)、今度こそきちんと記録しておかなければ……と思っているところです。

 日中の運行本数の総和という点から見ますと、快速3本が純減ということで、これは工事の都合上やむを得ない減量ダイヤかぁ……とも思えますが、6+3+6=15という数字は、実は5+5+5=15という旧ダイヤと同じなんですよね。むしろ、二俣川~大和間に限っていえば、20分に急行2本・各停1本の運行がうまい具合にほぼ等間隔化されれば、本数は多かったけれども使えなかった旧ダイヤよりははるかにマシかもなぁ、と期待しています。但し、そうなると急行の完全10分間隔は崩れ、大和以遠の客からはブーイングが起こるわけで、果たして大和で時間調整が入るのかどうかも要注目かと思われます。

 ここからは今後に向けた深読みなんですが、最近の神奈川新聞の記事によると、相鉄は将来の特急新設を検討中だとか……(途中停車駅は多分二俣川と大和だけ?!)。すると、星川駅の待避線が再び完成したあかつきには、新ダイヤで間引かれる快速3本分のスジを復活させて、これを特急に充てる……という将来像もぼんやりと見えて来るような気がします。さらに、これが小田急の本厚木・秦野方面に乗り入れるスジになったりして……(相鉄と厚木以西自治体は非常に熱心なのに対し、海老名駅の配線を大いにいじらなければならない小田急と、始発列車が減る海老名市は消極的なようです)。
 
 というわけで、まだ具体的な時刻表も見ていないにもかかわらず、PDFファイルを見て抱いた妄想を書き連ねて大変失礼しました (^^;;)。地元ネタなうえ、かなり大幅にいじったダイヤなもので、ついつい……(^^;;;;;
 あと、星川駅の待避線に停車中の各停二俣川行はもうすぐ撮れなくなりますので、まだの方はお急ぎあれ……。

 一方で気になるのは、天王町の踏切で7000系が横から車に突っ込まれた事故が起こったことで、廃車直前から奇跡的に復活した5050系の今後です。命拾いから約1年が経った最近でも、独特の大音量のVVVF音を立てながら相変わらず快走していますが、まさか10連急行・快速の間引き運転・運用減に伴ってついに廃車なんてことは……??? (-_-) そうならないことを切に願わずにはいられません。

京阪電車周遊記 (3) 昔の図鑑の花形たち

2006-04-27 00:40:34 | 都市民鉄 (近畿以西)


 さよならHM付き1900系の撮影に成功した八幡市駅では、もう一つの偶然の出会いがありました。何と、1900系を追い抜いていった特急も、今や僅か一編成しかない3000系!
 京阪3000系といえば、個人的に一番馴染みがあるのは大井川鉄道 (そういえば最近行ってない……) に引っ越して来た2両です。まぁ、大井川鉄道へは近鉄421+571や南海ズームカーの登場を期待して訪ねるわけですが、そこにまだまだ新しい車両に見える元京阪3000系 (及び元近鉄16000系) がやって来ますと、途端に気分が萎えてしまうものです (^^;)。
 しかし、そんな京阪3000系が鳩の特急マークも凛々しく、京阪での現役最後の一編成として孤軍奮闘しているのを見かけますと、関西私鉄の黄金時代が目の前に再現されているかのような感覚に襲われ、思わずファインダーを覗きながら大いに感動してしまいました (^o^)。個人的な想い出として、幼少時に読んだ図鑑で「電車にテレビがついているのか……」と大いに驚いただけでなく (^^;)、1980年頃のRF誌に載っていた京阪神スピード・サービス大競争史特集を読み耽って、子供心にうらやましさを禁じ得なかったものです。
 とはいえ、もちろん金もなければ一人旅も許されない小学生時代のこと……そんな関西私鉄特急への憧れはいつしか封印されていたのでした。その反動として、いまこうして当時のスターが当時のままの姿で走っているのを見かけますと、なおさら感動してしまいます (2階建てが連結されているのは大きな違いですが。^^;)。



 この3000系特急の通過後、今度は出町柳行の5000系が入線して来ました。5000系は逼迫するラッシュ輸送に特化した電車ですから、もちろん3000系のような華は何もないわけですが、この電車も当時としては非常に珍しい5扉車 (しかも昼間は収納式の椅子を締め切った扉部分に展開することが出来るという凝った仕掛けつき!) として、必ず図鑑の類には載っている電車でした。
 そんな当時の最新テクノロジー (?) 電車も、今やズラリと並んだ扉や分散冷房がシブいの一言 (^^)。しかも、乗ったら乗ったでゴツい雰囲気の車内や豪快な走行音を楽しむことが出来るわけですから、当たれば非常に楽しめる昭和レトロな電車です (^^;)。
 というわけで、そのうち1000・2200系etc..ともども、この5000系の急行・準急を複々線区間で撮ってみたい……と思ったのでした。

京阪電車周遊記 (2) 1900系を追う!

2006-04-26 01:14:52 | 都市民鉄 (近畿以西)


 枚方市に戻ったのち、さよならHM付き1900系撮影に向けての仕切り直しです。……とは言え、HMを付けた車両が長い京阪本線の一体どこを走っているのか全く見当もつかず、かつ交野線で遭遇できなかったショックから到底抜け切れていないことから、「ええいままよ!」と思いつつ、取り敢えず一番早く発車する淀屋橋行急行に飛び乗ったのでした。まずは出たとこ勝負、1900系に追いついたりすれ違ったりしたら、その後で策を講じれば良い……というわけです。
 しかし、そもそも京都、さらに大津へと向かうという予定がある以上、素直に枚方市で出町柳方面ホームに向かえば良かったわけで……。さっそく枚方公園付近ですれ違った出町柳行普通がさよならHM付きの1900系だったのです! (爆)
 そこで、香里園で下車して後続の急行で追うことに。ただ、こういう時に限ってラッシュ時のノロノロ運転で急行淀屋橋行はちっとも前へ進まず……。光善寺で臨時停車してくれ!という、まず有り得ない妄想で頭の中がいっぱいになってしまったのでした (苦笑)。
 香里園では大急ぎで改札を出入りし (こういうときスルッとKANSAIは便利ですね)、後続の出町柳行急行で1900系を追います。……が、樟葉で特急の通過待ちがあるため、追いつきそうで追いつかない事態に (-_-)。京阪特急がラッシュ時以外は樟葉に停まるようになって以来「こんなトコ停まるなよ……」と内心では思っていたのですが (^^;)、自分にとって緊急事態が生じたときだけは停まって欲しいと思うのは、やはり人間は如何に自分勝手かということの現れでしょうね (^^;;;;)。
 今回の関西私鉄周遊にあたって持参していた『JTB私鉄時刻表・西日本編』によると、自分が乗っている急行は深草で1900系を追い抜き、伏見稲荷で後続の1900系を撮影できることが分かったため (いやはや、本当にこの新しい時刻表は私鉄研究において不可欠となりつつあります)、伏見稲荷では下車後速攻で反対側ホームに移動して撮影を……と脳内シミュレーションを重ねたのも束の間。伏見稲荷駅は対向式ホームのそれぞれの末端に改札口があって、すぐにおいそれと反対側ホームには移動できない構造であり、急行発車後すぐに追いかけてきた1900系のために踏切が塞がれてしまい、わざわざここまで追いかけてきた意味は一瞬にして消えてしまったのでした……(号泣)。
 そこで次の作戦として、深草駅でこれまたさよならHMを付けた1900系淀屋橋行普通が停車していたのを見逃さなかったことから、すぐにやって来る後続の急行で追いかけて丹波橋で追い抜き、移動中に目を付けておいた八幡市で後追い撮影することにしました。結果は……執念が実って↑の画像の通り大成功! (^o^) 前パン、片開き扉、やや小ぶりな二段窓……ああ、こんなに美しい電車に廃車が近づいているとは……。
 しかしまぁ、1カットを決めるためにこれほど時刻表と首っ引きになり、時計を睨みながらパパラッチよろしく後続列車で追いかけたという経験は、自分の撮り鉄史上初めてです (^^;;;;;



 その後ただちに改札を経て下りホームに移動し、改めて出町柳行急行に乗って中書島へ。先ほど撮影し損ねた1900系が出町柳から折り返して来るシーンを待ち構えることにしました。……が、中書島で下車すると、すぐに淀行として1900系がやって来てしまいましたので、大慌てで淀屋橋寄りのホーム先端に移動して後追い撮影しました。淀行ということは……もうすぐに入庫してしまうわけで、勿体ないの極みです (-_-)。
 なお、オリジナルのカットには、ケーブルの見苦しいほどに複雑な影が無惨にも車体に落ちてしまっているのですが、レタッチ時にスタンプツールを用いて根性で消しております (爆)。所詮「作品」ではなく自己満足ですので、悪しからず……。
 かくして、ラッシュ時の終了とともに一斉に入庫してしまう本線運用の1900系を何としてでも撮影しようという、文字通りの時間との戦いは、事前に運用を全く把握していなかった割にはまあそれなりの成果を収めて幕を閉じたのでした (中書島駅のホームにて、全身汗まみれの放心状態に……^^;;;)。