1945年8月22日、日本がポツダム宣言受諾後1週間目にそれは起きている。1945年8月22日、三船殉難事件が発生している。留萌沖で、樺太からの非戦闘員の老人や婦女子ばかりの引揚船3隻(小笠原丸、第二号新興丸、泰東丸)が、ソ連の潜水艦に攻撃され、小笠原丸と泰東丸の2隻が沈没し、1708名の人々が犠牲となった、あまり知られることのない民間人の殉難事件である。
日本政府はポツダム宣言を受諾し、民間人を樺太からの引き上げた。その一方で、先日のNHKの「樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇」は、樺太の日本軍はソ連の南下を防ぐよう命令を受けていたことが解った。日本は不可侵条約を締結しているソ連に終戦交渉の仲介を何度も打診していたが、スターリンは見事それを逆手にして8月9日の参戦と、8月15日以降の侵攻を続けてきた。満州や朝鮮や千島それに樺太にである。
留萌沖の三船の攻撃をもいまだにソ連・現ロシア政府は事実を認めていない。ソ連以外に戦闘行為をしていた国はなく、ソ連以外に潜水艦を保持している国はほかにない。魚雷を放ち浮上した潜水艦に白旗をあげて非戦闘表示もしているが、潜水艦は攻撃を止めなかった。攻撃意思もなく武器も持たない民間人に潜水艦の兵士は銃撃を行っている。2船が沈没し、留萌の浜に無数の死体が流れ着いた。留萌の漁民たちは攻撃の危険を顧みず、漁船を出し救助を活動を行っている。
事件の生き残りで遺族会代表の永谷保彦さんは毎年、この攻撃の事実を認めるよう外務省を通じてロシアに質問状を出しているが、なしのつぶてである。スターリンにしてみれば、この程度の惨殺行為は数限りなく行っている。敵国の1700名程度の死亡など意に介していなかったのであろう。千島列島の占拠と、北海道北半分の割譲をヤルタ会談で要求していたスターリンにしてみれば、些細な殺戮に過ぎなかったのである。
この三船殉難事件を風化させまいと、遺族会の人たちは高齢になりながら語り繋いでいる。遺族会代表の永谷保彦さんは、今年の慰霊祭を見届けると静かに旅立った。
民間人の船舶への攻撃は、対馬丸事件が知られたところであるが、それは終戦前で戦時中のことである。それとて国際法に違反する、非戦闘要員の攻撃で許されるべきではない。留萌沖三船殉難事件は、際立って不条理な事件である。戦争とはそうした行為をも容認する人間の所業である。
日本政府はポツダム宣言を受諾し、民間人を樺太からの引き上げた。その一方で、先日のNHKの「樺太地上戦 終戦後7日間の悲劇」は、樺太の日本軍はソ連の南下を防ぐよう命令を受けていたことが解った。日本は不可侵条約を締結しているソ連に終戦交渉の仲介を何度も打診していたが、スターリンは見事それを逆手にして8月9日の参戦と、8月15日以降の侵攻を続けてきた。満州や朝鮮や千島それに樺太にである。
留萌沖の三船の攻撃をもいまだにソ連・現ロシア政府は事実を認めていない。ソ連以外に戦闘行為をしていた国はなく、ソ連以外に潜水艦を保持している国はほかにない。魚雷を放ち浮上した潜水艦に白旗をあげて非戦闘表示もしているが、潜水艦は攻撃を止めなかった。攻撃意思もなく武器も持たない民間人に潜水艦の兵士は銃撃を行っている。2船が沈没し、留萌の浜に無数の死体が流れ着いた。留萌の漁民たちは攻撃の危険を顧みず、漁船を出し救助を活動を行っている。
事件の生き残りで遺族会代表の永谷保彦さんは毎年、この攻撃の事実を認めるよう外務省を通じてロシアに質問状を出しているが、なしのつぶてである。スターリンにしてみれば、この程度の惨殺行為は数限りなく行っている。敵国の1700名程度の死亡など意に介していなかったのであろう。千島列島の占拠と、北海道北半分の割譲をヤルタ会談で要求していたスターリンにしてみれば、些細な殺戮に過ぎなかったのである。
この三船殉難事件を風化させまいと、遺族会の人たちは高齢になりながら語り繋いでいる。遺族会代表の永谷保彦さんは、今年の慰霊祭を見届けると静かに旅立った。
民間人の船舶への攻撃は、対馬丸事件が知られたところであるが、それは終戦前で戦時中のことである。それとて国際法に違反する、非戦闘要員の攻撃で許されるべきではない。留萌沖三船殉難事件は、際立って不条理な事件である。戦争とはそうした行為をも容認する人間の所業である。
人体実験で原爆落としたアメリカに対し卑屈で、不正残虐ロシアに卑屈な日本人は一体いつになればこれら不正諸国に言うべきことを言うのだろうか。同じ敗戦国なのにドイツは、アメリカに対しても反論すべきはし、自国の立ち位置を維持している。
それに対し、日本日本人は完璧に虚勢されたまともに自己主張も反論もできぬ、あまりに情けない存在だとつくづく痛感させられる。
また、8月15日にポツダム宣言受諾を表明してからの流れが良くない。8月15日~22日頃まで全面的な戦闘停止命令は下りていない事が今頃になって広く分かり始めている。旧樺太や留萌沖の同胞の死は屈辱的な出来事だが、仕掛けた側の悲しみはシャアナイ事として甘受すべきと思う。
日本政府とそれに同調するマスコミ連中は、「な、ロシア人はとんでもなくわるいやつだ」論に利用する。
ロシア人はとんでもなく悪だと思うが、日本の官僚はもっと悪い。終戦の仕切りも手続きも不完全であったことを隠すため、8月15日を終戦の日に決めつけている。ロシアにどれほどの対応をしたのかは今となっては不明であるが、国体護持ばかりに目をやり、国民のことなど考えなかった結果である。
「シャナイ」論を浮かび上がらすためにも、終戦の日を9月3日にするべきである。