労働組合はどこへ行くのか
グローバル化が進み、企業の海外移転、リストラ、パート化などが日常化している今日の働く世界で、侵蝕される一方の労働者の立場を擁護してきたのが労働組合であった。しかし、その基盤は急速にもろくなっている。リストラ旋風が吹きすさんだ日本の90年代後半、しかし、反対する争議もほとんど起こらなかった。70年代には、8000件を越えたこともあった争議件数だが、2003年には全国で872件、そのほとんどは、争議行為も伴っていない。争議をすることが良いといっているのではない。働く人たちの権利は、正当に守られているのかということが問題である。
分裂不可避なAFL-CIO
アメリカでAFL-CIO(米労働総同盟産別会議)の年次大会がシカゴで開かれている。1955年にAFL(労働総同盟)とCIO(産業別組織会議)が合併して発足したアメリカ最大の労働組合の全国組織である。組合員数は1300万人を越える。58にわたる産業別組織をひとつの傘の下に擁してきた。アメリカの政治においても、一大勢力であった。
AFL・CIOは「ビッグ・ビジネス」の国アメリカにおいて、一時は「ビッグ・レイバー」と呼ばれ、巨大企業を相手に労働者の労働条件改善に多大な政治的・経済的力をふるった。ワシントンD.C.のホワイトハウスの前に本部があり、一時は新大統領が就任すると、すぐに挨拶に出向いたというほどの力を持っていた。
民主党の付属物?
10年前の1995年、AFL-CIOの新委員長に選出されたジョン・スィーニ委員長は「われわれは民主党のラバースタンプ(深く考えずに承認する)ではない」と宣言したが、いまや事態は逆に近く、民主党の付属物のようになっている。昨年のケリー大統領候補の擁立過程でも、形通り民主党側に立ち、動員をしてきた。
しかし、その組織率(労働者全体に占める組合員数)は、過去10年間で15.5%から12.5%へと低下、民間企業部門だけみると8%になってしまった。1950年代は、全米労働者の3分の1以上を組織化していたのだが。衰退の原因はひとつではない。これまで組合員の多かった製造業が地盤沈下に、組合側の対応は遅れた。政治に資金を使いすぎたとの批判もある。
離反する加盟組合
さらに、今回の年次大会で、サービス従業員労組(SEIU)、トラック運輸労組、食品・商業労組、縫製・繊維労組など4つの産別労組が欠席し、AFL-CIOからの離脱を図っている。内部対立の原因のひとつは、スィーニー委員長が今年5月、組合員の獲得のために年2250万ドルを使うという予算案を公表したことにある。 他方、今回欠席したSEIUのスターン委員長は「組合員獲得には年6千万ドルを投じ、このうち2500万ドルを巨大企業の組織化に集中投入すべきだ」と主張、対立が激化した。
対立の具体的焦点のひとつは、小売り最大大手のウォールマート・ストアーズの組織化である。同社は全米最大の小売業で170万人の従業員を抱えるが、労組がない。そのため、低賃金で医療費福利厚生が不十分と指摘されてきた。同社が進出してくると、地域の賃金率が下降するともいわれている。分裂はいまや不可避の段階に来ているが、別の背景として、産別労組の連合体というAFL-CIOの組織自体が行き詰まったという指摘もある。
変化に対応できない組合
インターネット技術の進歩で、夜間は仕事をアメリカからインドへ送って委託生産させるという「24時間企業」まで現れる時代となった。「仕事の世界」は激変の途上にある。かつては労働者の力強い味方であり、民主勢力の基盤の一角を構成したAFL-CIOだが、時代の動きについていけないという感じもする。
経営側は、(たとえば、組合の扇動家になりそうな人物を雇用しない、職場の人員配置をティーム制にして不満を表面化させないなど)労働者に組合を必要と感じさせないような対応を巧みにとっている。かつて1970―80年代には、アメリカ労使関係の調査のために何回も訪れ、強大な力に圧倒される思いもしたAFL-CIOだが、いまや老大国と化したのだろうか。1955年、AFLとCIOの統合の時からの推移を見つめてきた者の一人として、多くのことを考えさせられる。このまま分裂が進んでも、労働者を支える基盤は脆弱化するばかりでグローバル化の進行の前に見通しは暗い。「仕事の世界」が大きく変わっていることへの認識と新しい労働運動のヴィジョンが必要な時である。日本の組合にとっても、「対岸の火事」ではない(2005年7月26日記)。
*この記事を投稿してまもなく、AFL-CIO参加のサービス従業員労働組合(SEIU)とトラック運輸労組が、AFL-CIOからの脱退を表明した。このふたつの組合の組合員数は320万人と、AFL-CIO全体の25%に達する。さらに、他の産別組合が同調し、脱退する可能性がある。しかし、残存側と脱退側の組合の間には、労働組合運動についての基本的なヴィジョンや方針に大きな差はなく、労働運動全体の一段の地盤沈下は不可避である(7月27日記)。