ポーランドからの鉛管工
ヨーロッパ各国の移り変わりを見ていて、この20年くらいの間に随分移民が増えたという印象を受ける。長らく住んでいるとかえって違いが分からなくなるが、少し間をおいて訪れると変貌ぶりがはっきり見えてくる。
特に注目を集めている国のひとつイギリスの最近の動きを見てみよう。中東、アフリカ諸国、中国系の人々の増加が目立つ。かつては日本人で溢れていたような地域も、圧倒的に中国人が多くなっている。ケンブリッジ、オックスフォードなどの大学町でも、10年ほど前は少なかった中国人学生が驚くほど増えた。出会う東洋人は、ほとんど中国人である。
想定が狂ったイギリス
イギリスばかりでなくEU諸国間の変化も大きい。ここで注目したいのは、2004年5月にEUが拡大したとき、旧加盟国15カ国の中でわずかにイギリス、アイルランド、スエーデンの3カ国だけが東欧からの出稼ぎ労働者を受け入れるとの方針を表明した。他の旧加盟国は受け入れに慎重だった。これでは間違いなくイギリスへ新加盟国からの出稼ぎ労働者が殺到するだろうと思っていた。ところが、イギリス政府は「想定内」に収まると公式発表していた。結果はかなりの「想定外」になってしまった。
イギリスは2004年EU拡大時に、外国人労働者の滞在制限を最大で7年まで延長した。その結果、特に入国が多かったのはポーランドからの出稼ぎ労働者で、農業、建築、工場、レストランなどでの就労が目立った。たとえば、鉛管工としての入国が難しいと分かると、自営業として入国管理をくぐり抜けるということまで行われた。
新たに加わるルーマニアとブルガリア
このブログでも書いたことがあるが、来年2007年1月に、EUはさらに加盟国に受け入れ対象を拡大することを要請していた。現時点では2004年に参加した東欧8カ国に、ルーマニアとブルガリアがさらに加わることになっている。
イギリス政府はこれらの2カ国にも同様な対応をする予定だが、閣僚たちは考え直しているようだ。 8月20日貿易省のアリステアー・ダーリング氏は、ルーマニアとブルガリアからの出稼ぎは「管理下に置かれる」 managedと述べた。
イギリスが移民受け入れの姿勢を考え直しているには、いくつか理由が考えられる。テロリストへの警戒感が再び高まったこともその一因である。
そして、受け入れた出稼ぎ労働者が必ずしも帰国しないこともやっかいな問題となっている。しかし、最も大きな政治的当惑を引き起こしたことは、出稼ぎ労働者の入国数が政府の予想をはるかに越えたことであった。
ポーランドと他の7カ国がEUに加入するに際して、イギリス政府が行った予測は大きく外れてしまった。最初の10年間は年間ネットで13,000人くらいの出稼ぎ目的の入国者があると予測していた。 しかし、8カ月22日に発表された結果では、2004年5月から06年6月のほぼ2年間に、イギリス国内で就労ヴィザで入国した東欧からの出稼ぎ労働者の数は実に42万7千人だった。
これらの中にはポーランドからの鉛管工の場合に問題となった自営業 self-employedとして働くようなまぎらわしいケースは含まれていない。これらを考慮すると内務大臣の言では、60万人近くになってしまう。
史上最大の流入か
ロンドン・ユニヴァシティ・カレッジの移民問題の専門家ジョン・サルト氏は,2004年5月以降の移民の流れは、イギリス史上でも最大のものという。もっとも17世紀末のフランスからのユグノーの流入は、人口比では最大であったかもしれないという。
当初、外国人出稼ぎ労働者受け入れは、プラス効果が大きいとしていたイギリス政府だが、最近の閣僚発言は、目立って歯切れが悪くなってきた。さらに出稼ぎ移民が増加するとなると、移民は労働党にとって最大の政治的問題点となりそうである。しかし、トニー・ブレアー政権は今のところ経済的利益は政治的リスクとなんとか引き合っているとしている。
イギリスに限ると、確かに過去20年間で労働人口は最も伸び、短期的にはインフレ抑止効果が大きかった。エネルギー価格と物価上昇に対して、労働市場の競争圧力は賃金上昇をなんとか押さえ込んだ。
移民の影響
マクロ経済上の影響はまずまずとはいえ、分配上は問題が多い。外国人出稼ぎ労働者の5分の4は時間給4.5から6ポンド($8.50)の間に分布している。他方、全労働者の5分の1以下が時間賃率6ポンド以下である。出稼ぎ労働者は明らかに下層分野の労働に従事している。東欧からの移民に職を奪われた者も増えた。とりわけ、イスラム教徒の若者には風当たりが厳しくなった。
これでは福祉給付をうけている者が労働市場へ戻るインセンティブがなくなってしまうと懸念する者もいる。別の問題は、出稼ぎ労働者で家族を同伴する者が増えており、小学校などで対応が問題となっている地域もある。以前は、こうした外国人の集住するのはロンドンなど特定地域であったが、今は全国的問題となっている。
ルーマニアとブルガリアはEUでも最貧の国であり、ポーランドなどからの出稼ぎ者よりもイギリスへ働きに来たいかもしれない。
他国が制限的なのに、自国だけが開放する政策は、今回のイギリスのような事態を招きかねない。グローバル化が進展した現代世界では、情報は瞬く間に伝わる。地球の反対側からも働きに来る時代である。日本の自動車工業はブラジル日系人労働者がいなかったら、「動かない」とまでいわれている。少子高齢化は厳しくなるばかり、いったい日本はどうすべきなのか。既成事実をなし崩しで積み重ねるばかりで、将来への国民的議論が生まれない不思議な国である。
Reference
"Second thoughts", The Economist, August 26th 2006.
「移民国家日本」Newsweek 日本版、2006年9月13日