時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ラ・トゥール全点踏破は可能か

2006年09月27日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋

  短い旅の道連れに、刊行されたばかりの朽木ゆり子『フェルメール全点踏破の旅』(集英社、2006年)を携えて出かけた。とはいっても、出かける前に半分くらい読んでしまっていた。大変面白い。最近流行の新書版であり、こうした折には最適である。

  フェルメール(1612ー1675)は、ラ・トゥールよりも少し後の時代の画家であるが、かなり重なっており、ほとんど同時代の画家といってもよい。活動の舞台はオランダ(デルフト)とロレーヌ(リュネヴィル)と異なってはいたが、それぞれに時代の風を十分に感じとっていた画家であった。

  フェルメールも大変好きな画家の一人であり、時々無意識のうちにラ・トゥールとも比較していた。さまざまな理由から両者ともに今日に継承されている作品数がきわめて少ない。いずれもほとんど40点くらいの数しか残っていない。そして、もしかすると、まだ真作がどこかで発見される可能性もあるという点でも類似している。さらに、いくつかの作品をめぐり、真贋論争が盛んに行われてきたという点も共通している。

フェルメールの作品所在地
  こんなことを考えながら、この本を読んだ。フェルメールの作品が現存している場所として、朽木さんが訪れたのは、ベルリン、ドレスデン、ブラウンシュバイク、ウイーン、デルフト、アムステルダム、ハーグ、ロッテルダム、ロンドン、パリ、エジンバラ、ワシントン、フィラデルフィア、ニューヨークである。ちなみに朽木さんはニューヨーク在住のジャーナリストであり、今回の試みを実施するには、かなり恵まれた所におられる。

  しかし、この旅で33枚の真作とみられる作品を見ることができたが、さまざまな理由で4点は見られなかった。それらはダブリン国立美術館と英国王室コレクションの2点、1990年にボストンのイザベラ・スチュワート・ガードナー美術館から盗まれ、行方が分からない2点である。盗難で行方不明になった2枚はどうにもならないが、ダブリンの「手紙を書く女と召使い」は過去に見ておられるので、ほとんど踏破したことになる。

  この本はフェルメールの好きな人には、格好な案内書であり、コンパクトな体裁の本ながら、しっかりと書き込まれた好著である。フェルメールについての書籍は一般書、専門書を含めて数多いのだが、ジャーナリストらしい読みやすい筆致で書かれている。私自身フェルメールについての書籍はかなり読んだ方だが、大変興味深く読むことができた。

ラ・トゥールの場合
  さて、その後でラ・トゥールについて同様なことが可能だろうかと考えた。この画家についても真贋論争は盛んであり、いくつかの作品については確定していない。さらに、2005年にマドリッドで発見された「聖ヒエロニムス」のように、専門家たちがまだ十分にお墨付きを与えていない作品もある。

  そこで、2005年、東京での「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展」のカタログを一応の基準として、真作と「認定」?された作品について、現在の所在地を見てみた。それによると、真作とされている作品42点、非真作(グレイゾーン)2点となっている。実際には、これ以外にも、美術家によってはラ・トゥールの作品とするものもある。

  いつの間にか「ラ・トゥール・フリーク?」となってしまった私の場合は、1972年のオランジェリー展以降、この画家に関する大きな展示はすべて見る機会があったので、数点を除きほとんどの真作、非真作に対面することができた。作品の状態が悪く、今では外部への出展がなされなくなった英国王室所蔵の作品まで幸運にも見ることができた。非常に幸せな思いでいる。

  ラ・トゥールに関する大きな展覧会が近い将来企画される可能性はあまり高くないが、この画家にかなりご執心のプラドあたりがひとつの候補かもしれない。

  しかし、これからフェルメールと同じような全点踏破の旅が可能かというと、きわめて難しい。フェルメール以上に全世界に作品の保有者が拡散している。加えて、英国王室を含めて個人所有の作品も意外にある。これらの点を考慮すると、2005年の東京国立西洋美術館での「ジョルジュ・ド・ラ・トゥール展」は真作の数は決して多くなく、模作がかなり目についた展示ではあったが、日本のファンにとってはまたとない機会であったと改めて思わざるをえない。



資料
ジョルジュ・ド・ラ・トゥール作品所在地一覧

作品名      地名   国名    所蔵者
1)  聖小ヤコブ   アルビ   フランス   市立トゥルーズ=ロートレック美術館
2)  聖ユダ(タダイ)   アルビ   フランス   同上
3)  犬を連れたヴィエル弾き   ベルグ   フランス 市立美術館
4)  豆を食べる人々   ベルリン   ドイツ 国立美術館
5)  ヴィエル弾き   ブリュッセル   ベルギー  ベルギー王立美術館
6)  聖ペテロの悔悟   クリーヴランド  アメリカ   クリーヴランド美術館
7)  聖母の教育   デトロイト   アメリカ   デトロイト美術研究所
8)  ランプをともす少年   ディジョン   フランス   市立美術館
9)  妻に嘲笑されるヨブ   エピナル   フランス   県立古代・現代美術館
10) クラブのエースを持ついかさま師   フォートワース   アメリカ   キンベル美術館
11) 光輪のある聖ヒエロニムス   グルノーブル   フランス   市立美術館
12) 手紙を読む聖ヒエロニムス   ロンドン   イギリス   バッキンガム宮殿(王室コレクション)
13) 聖アンデレ   ヒューストン   アメリカ   ヒューストン美術館
14) ゆれる炎のあるマグダラのマリア   ロサンジェルス   アメリカ   カウンティ・ミュージアム
15) 辻音楽師の喧嘩   ロサンジェルス   アメリカ   J・ポール・ゲッティ美術館
16) 金の支払い   ウクライナ   ウクライナ   リヴォフ美術館
17) リボンをつけたヴィエル弾き   マドリード   スペイン   プラド美術館
18) 蚤をとる女   ナンシー   フランス   ロレーヌ美術館
19) 聖ヨセフの夢   ナント   フランス   市立美術館
20) 帽子のあるヴィエル弾き   ナント   フランス   同上
21) 女占い師 ニューヨーク   アメリカ   メトロポリタン美術館
22) ふたつの炎のあるマグダラのマリア   同上   
23) 聖ピリポ   ノーフォーク   アメリカ   クライスラー美術館
24) ダイヤのエースを持ついかさま師   パリ   フランス   ルーヴル美術館
25) 羊飼いの礼拝   同上   
26) 灯火の前のマグダラのマリア   同上  
27) 大工の聖ヨセフ   同上   
28) 松明のある聖セバスティアヌス   同上   
29) 槍を持つ聖トマス   同上   
30) 肩掛け袋を置いたヴィエル弾き   ルミルモン   フランス   フリリー美術館
31) 生誕   レンヌ   フランス   市立美術館
32) 老人   サンフランシスコ   アメリカ   サンフランシスコ美術館
33) 老女   同上   
34) 枢機卿帽のある聖ヒエロニムス   ストックホルム   スエーデン   国立美術館
35) 煙草を吸う男   東京   日本   東京富士美術館
36) 聖トマス   東京   日本   国立西洋美術館
37) 女性頭部   ヴィック=シュル=セイユ   フランス   県立ジョルジュ・ド・ラ・トゥール美術館
38) 荒野の洗礼者聖ヨハネ   同上 
39) 鏡の前のマグダラのマリア   ワシントン   アメリカ   ナショナル・ギャラリー
40) 書物のあるマグダラのマリア   ヒューストン   アメリカ   個人蔵
41) 火をおこす女   ドイツ   ドイツ   個人蔵
42) 聖大ヤコブ   パリ   フランス   個人蔵

非真作   
聖ペテロの否認   ナント   フランス   市立美術館
聖アンナと幼児キリスト   トロント   カナダ   オンタリオ・アートギャラリー


Reference

朽木ゆり子『フェルメール全点踏破の旅』 集英社、2006年

『ジョルジュ・ド・ラ・トゥール』展カタログ、 読売新聞社・国立西洋美術館、2005年

コメント (4)
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