スペインのカナリア諸島だけでも、今年はすでに2万人近い アフリカからの密入国者が漂流の末たどり着いたといわれる。他方、推定数千人が海上で溺死などで命を落としている。経済誌The Economist* が 「移民問題偏頭痛」Migration migraine と題して、移民がヨーロッパ全体の問題であることを報じる記事を掲載している。1970年代後半以来、同じような問題が形や場所を変えては、何度となく繰り返し話題となってきた。
2004年5月、EUが加盟国を拡大した時、旧加盟国の多くは中・東欧諸国からの移民労働者受け入れについて猶予・先延ばしの対応をとった。その中で、イギリス(そしてアイルランド、スエーデン)は敢然と?東欧諸国からの移民労働者の受け入れに踏み切った。しかし、先日の記事にとりあげたように、その結果は当初予想の25倍という政府の先見能力の無さを露呈するものとなった。
他方、直近の出来事としては、ヒースロー空港テロ未然防止事件、フランスの「郊外暴動」などもあり、イギリス、フランス、イタリア、オランダなどでは、「移民」は「きわめて重要な脅威」(The Economist )と受け取られるようになってきた。その背景も「外国人嫌い」xenophobiaからテロへの不安、ほぼ明らかになった多文化主義の失敗など幅広い。かくして、移民政策はEU基軸国にとって再び重大な政策関心の対象となっている。
いくつかの国が再び移民受け入れに厳しい方向へと舵を切りつつある。しかし他方、すでに入国、定住している移民が彼らの店を持ち、飲食店を開き、医療サービス分野で働いている現実がある。イギリスで医師の診療を受けると、アフリカやインド系の人たちがきわめて増えていることに気づく。
不法で入国、滞在を続けている人たちへアムネスティ(恩赦)を実施する国、強制送還に頼る国など、EUの中でも移民受け入れ政策は統一されていない。各国とも最後の砦とばかりに独自の政策をとっている。EUの共通移民政策設定の必要は叫ばれていても、各国は自国の利害を盾に同じ政策はとろうとしない。
しかし、EUの半数くらいの国はシェンゲン協定を結んでおり、協定国間ではパスポート・コントロールも実施していない。労働移動の自由はEUの成功した面のひとつであることは疑いない。だが、良いことばかりではない。たとえば、イタリアが不法移民にアムネスティを与えると、彼らはフランスやドイツへ行ってしまう。近隣諸国にとっては迷惑な話である。
イギリスへの中東欧労働者の集中は、近隣諸国が受け入れに厳しい対応をしたために、開いている部分へ集中した結果である。
何度も痛い目にあって、EU基軸国の間には移民労働者政策について協調する必要性が生まれてはいる。しかし、ブラッセルにさらに権力を委譲することには各国とも大きな抵抗がある。移民は国家の最も基本的な国家的自立性nationhoodの根幹に関わるからだ。市民権付与は各国の保持する最後の特権である。
移民(受け入れ)政策は、これまでも決して一方向に急速に進んではこなかった。多くの淀みと逆流を経て今日にいたっている。その流れを正しく読み取らないと、大きなあやまちをおかしかねない。辛抱強く、流れを読むことが必要だと思う。
Reference
"Migration migraine." The Economist September 16th 2006.