日々の暮らしから

「街中の案山子」「庭にいます。」から更にタイトル変更します。

映画「ボヴァリー夫人」を観る。

2017-12-03 08:07:21 | 映画・テレビドラマ・音楽
簡単に映画にアクセスできる環境だから、時間があると、ついついなにか、と検索してしまう。
時間泥棒にあっているのかもしれない。トホホ

自宅にあった文学全集に入っていたから、背表紙にはなじみが深いが、読んではいない。
文学史でフローベルという作家の名前とそれとなくの内容を記憶したというだけの本でした。

感動したわけではないけれど、思ったこと。

以下、ネタバレあり。

19世紀半ばのフランスの田舎の話。
嫁入り前の娘は、修道院で行儀作法を身に着けて、いいところにお嫁に行くのが想定の時代。
田舎医師に嫁いだ主人公エマは、使用人がいるので特に家事をする必要がない。

村にはマキ拾いや川での洗濯にあけくれる女たちもいる。
医師の妻になったエマは、そんな女性との交流はない。

乙女が描いていた結婚の夢と違い、つまらなく日々を送るうちに、言い寄ってくる男になびいてしまう。
業者の口車で、部屋を飾り、調度品をデラックスにして、ドレスを新調。すべて夫の借金で。
華美を追い求める妻をみながら、それでも誠実な医師であり続ける夫。

ついに借金がかさんで、家が差し押さえられて、かつて愛人関係のあった男たちのところに資金調達に行く。

法律事務所勤めのかつての不倫相手を訪ねたとき、上司が「不倫なら解雇だぞ」とのセリフ。当然、解雇されるような行動をしないという社会人の常識はいきていました。
つけで商いをしてきた業者(債権者側)に、すり寄ろうともしたけれど、「その手にはのりません」ときっぱり拒絶される。


・・・・・・

・・・・・・

どうしようもなくなって、森に駆け込み服毒自殺を試みる。

大勢の村人たちはランプを持って、あたりの野山を探し回る。

映画はそこで終わる。

名作、大作なのだろうけれど、琴線は振れない。

修道院でエマは何を教わってきたのだろう。

なんか、同性としてむなしく思いました。

今の時代の価値観のほうがずっといい。








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