日々是好日・スローライフ(寅さんの柴又から発信)

・日常・創る・彩る・考え・綴る
・フジノ会・探検団・かめの会(俳句)
・家庭菜園 ・ めばえ・成長・収獲

立石再開発・街並みと消えた縁日を探る

2018年09月15日 | 紀  郷土博物館 葛探団

立石の縁日とその歴史取材。

 

調査を進めて行くうちに、アウトラインが明確になってきた。

①始まりと終わり、②出店の場所と範囲、③開催日、
④縁日最盛期、
⑤立石の縁日は都内でも最大であった、⑥縁日はなぜ開催され、
何故消えて行ったか…
等々概略が分かってきました。

しかし、当時の画像を集めていますが全くと言って手掛かりがない。
今と違い、カメラは庶民にとって、高嶺の花であった。

取材をお願いした蕎麦屋玄庵店主、岡島古本店店主の取材で、いろいろ教えて頂きました。
有難うございました。

 


喜多向観音菩薩、元は此処のお祭り。


奥戸街道立石通り
7の付く日が縁日、歩道の交互に出店した。


昭和10年当時の奥戸街道、立石付近。
左上に7日、17日、27日と記してある。縁日開催日。
左右の歩道に交互に露店が出た。町の賑わいを平均化した。
ボンネットバスが走り、リヤカーが車道に置かれる。

本奥戸橋~雷門のバス開通は、昭和9年11月3日。20人乗り。

 


昭和40年当時の奥戸街道。
信号が設置され、車も多く走っています。

 

 モターリゼイションの到来。

1962年にはわずか14%にすぎなかった乗用車需要に占める個人比率が、

67年には39%、70年には50.6%に達しました。

この1970年代前後が、日本の本格的なモータリゼーションの確立期といわれています。

縁日には警察の「道路使用許可」が必要となりますが、

警察当局は、交通事情を勘案してのことで、モータリゼーションという流れに、

”縁日”が許可されなかったことが考えられる。

 



取材風景



縁日班リーダーの葛探団員、Kさん詳細に取材した。


岡島書店

 

 2枚は、四つ木西光寺付近の縁日の様子。


昭和36年当時


昭和26年当時
縁日は、隣町四つ木の街が古いらしい!! 当時の写真、西光寺付近が賑わった。

 

探検団の取材は進行中です。
葛飾にお住まいの方で、何か情報がありましたら一報ください。  

 

 

 

コメント (10)
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする