2・26事件の慰霊碑に行ってきました
昭和11年の2・26事件。
近代国家の正規軍が現役部隊を動員して国家の中枢機関を占拠し、一時的に国家機能を麻痺させる。
1500人からなる完全武装の大部隊を極秘に出動させ、
見事な作戦と統率により一晩で首都を制圧するという、歴史的にみても空前絶後の
大規模なクーデターです。
結果的に鎮圧されますが、この事件は日本中を震撼させました。
霊前に手を合わせた。
赤〇付近です。
渋谷税務署の隣り、NHK放送センターの近くです。
刑死19名の慰霊碑、この地は陸軍刑務所跡地
以下、慰霊碑の脇に書いてあった案内板の文章の前半部分(大要)を記しておきます。
昭和11年2月26日未明、東京衛戌の歩兵第一第三連隊を主体とする千五百余の兵力が、・・・・略・・・・・・・・・。
決起部隊は積雪を蹴って重臣を襲撃し総理大臣官邸陸軍省警視庁等を占拠した。
斎藤内大臣、高橋大蔵大臣、渡邊教育総監は此の襲撃に遭って斃れ、鈴木侍従長は重傷を負い岡田総理大臣牧野前内大臣は危うく難を免れた。
・・・・・略・・・・・・・・・・。
決起部隊に対する処置は四日間に穏便説得工作から・・・略・・・・・。
軍隊相撃は避けられ事件は無血裡に終結した。
世に是を二・二六事件という。
。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。
慰霊碑を見たことにより
再再度掲載します。
2,26事件の詳細については、皆さんの勉強にお任せします。
2・26事件隠れたる秘話
映 画
↓
「2,26」より・・・陸軍大将 渡辺錠太郎教育総監の
屋敷に踏み込んだ青年将校の一言!!! クリック
≪渡辺和子・(ノートルダム清心学園理事長)≫
「渡辺和子・母を語る」は、NHKラジオ深夜便で放送されたものです。
2,26事件当時、9歳でした。隠れるようにして座卓の後ろから、
父親が軽機関銃で暗殺される様子を見ておられた。
ラジオをの生を聴いていて身震い、血の気が引く思いがした。
渡辺和子氏は、エッセイ集『置かれた場所で咲きなさい』の著者、
1昨年12月死去した、89歳。
「置かれた場所で咲きなさい」
という言葉が気に入り、座右の銘にしています。
2・26事件の内幕・緊迫の24時間・[その時歴史が動いた] NHK編集