この本は、イノベーション論としては、類書とは一味も二味も違った出色の出来である。
素晴らしく革新的で、だれが考えても諸手を挙げて歓迎するような製品やサービスが、往々にして、頓挫して成功しないのは何故かを追求して、イノベーションを成功に導くエコシステムの確立が必須であると、スマートフォンや電子書籍、電気自動車、デジタル映画等々、豊富な事例を挙げて、たった一つのピースが埋まらなかったばかりに、長い年月足踏み状態であったことを説いていて、非常に面白い。
革新的な発明や発見が、イノベーションとして実現するためには、深いダーウィンの海や死の谷を渡らなければならないと言うのが通説だが、その障害が何なのかを、明確に指摘して、イノベーションは、その克服如何にかかっていると言う。
この本のタイトルである「THE WIDE LENS」だが、どのような状況であれ、イノベーションの成功には、自社の努力だけではなく、自社を周りを取り巻くイノベーション・エコシステムを形作るパートナたちの能力、やる気、可能性にも大きく関わっており、タイミング良く、適切なスペックで、競争相手に先行して優れたイノベーションを市場に出すにはどうしたら良いか、その自社の戦略を評価して実行する新しい視点WIDE RENSを示そうと言うのである。
私は、この本を読み始めて、真っ先に、J.M.アッターバックが、著書「イノベーション・ダイナミックス」の中で、エジソンが電球と言う狭い概念ではなく、電球を作るだけではなく、効果的な発電、送電、分電、ソケット、ヒューズ、それらを固定する台など総てを創り出して、電灯と言うもっと幅広いシステムとしての開発を目指して、ガス灯を駆逐した例や、
イーストマン・コダック社が、写真フィルムの開発だけではなく、カメラ、引き伸ばし機、印画紙、その他写真関連の色々な資機材などを同時に開発して、写真を安価に誰でも写せるようにシステムとして開発改良して、写真を大衆化した例を挙げて、
如何に、システムとしての開発が、イノベーションの実現のためには大切かを、論じていたのを思い出した。
その論理を、形を変えて、ICT革命下のグローバルベースでのオープン・ビジネスの今日において、如何に実現し、イノベーションを生み出すエコシステムを構築するか、アドナーは、事前に、イノベーション実現までの価値設計図作成して、価値の創造を阻む鍵となる制約を発見して、その制約を回避できる価値設計図を再構築するなどその手法とその戦略を説いているのである。
ソニーのウォークマンは、単独のイノベーションであって、ソニー一社で開発できたが、今や単独のイノベーションなど存在せず、アップルのiPodなど一連のイノベーションは、エコシステムのイノベーションであり、イノベーションの手法が、エコシステムの構造を認識すべく完全に変わってしまっているにも拘わらず、ソニーは、戦略を誤って、電子書籍端末を開発しておきながら、電子書籍の販売と抱き合わせ戦略を取ってエコシステムを構築したアマゾンのキンドルに、完全に先を越されているのも、時代の流れであろうか。
一つのピースが埋まらなかったばかりに、普及が遅れに遅れたデジタル映画について、アドナーは、アダプションチェーン・リスクとして取り上げている。
デジタル映画の進歩のために必要なコイノベーションは、アナログとデジタル間のフィルム変換技術、データ転送、ストレージの機能だが、これが解決して、1999年2月に、ニューヨークとロサンゼルスで、「スターウォーズ・エピソード1・ファントム・メナス」が上映された。ところが、デジタルプロジェクターの普及率は、2006年には全米で5%未満。
デジタル映画の普及によって、スタジオなど多くの利益を享受できる部門がある反面、利益よりもはるかに総費用が拡大するエコシステムのパートナー映画館が、猛烈に抵抗したので、アダプションチェーンの全員が賛同しない限り進まないイノベーションである以上、頓挫せざるを得なかったのである。
結局、この解決は、資金の豊かな映画スタジオが、VOFプログラムを組んで資金を提供し、エコシステムにインテグレーターを介在させて、映画館のデジタル機器の初期費用や技術統合やメインテナンスを引き受けて、映画館から5~10年のリース料で回収すると言うことにして、映画館も、リース解除後は、デジタル映画が主流になると見込んで機器を保有することに同意して、今日に至っている。
このケースは、一つのピースを埋めるために、金融イノベーションが活用されたケースである。
アダプションチェーン・リスクは、イノベーションと現状の鬩ぎ合いで、課題は、そのエコシステムの重要なパートナーが、これまで通りで十分だと感じている時に、新たなイノベーションに参加することが、彼らにとってプラスの価値があることを納得させることである。
たとえば、マイクロソフトが、旧バージョンのオフイス2003と同じ料金で、オフイス2007を提供したのだが、変換による総コストが便益よりはるかに高かったので、殆どの企業の意思決定者は、劣っている筈のオフイス2003を遣い続けたのである。
このケースは、クリステンセンのイノベーターのジレンマを敷衍すれば、多少ニュアンスは違うが、日本の企業は、同じ製品の質の向上と言う技術深追いの持続的イノベーションばかりに傾注して、アップルのような今様の破壊的なイノベーションを追求できていないことの問題点を露出する。
すなわち、いくら製品の質がどんどん向上しても、消費者の需要要件をはるかに越えているために、高い新製品が販売されても、プレミアム価格を払う意思がないので買わないし、今のままで十分だと言うことであろう。
日本の家電メーカーのコモディティ商品の価格破壊と値崩れは当然の帰結であろう。
ところで、アドナーのもうひとつ興味深い指摘は、複雑になったエコシステムのイノベーションでは、必ずしも、これまでのように先行者が勝つとは限らないと、如何に、適切なタイミングが必要かを、アップルのiPodの開発で説明している。
iPodは、MP3より3年遅れたのだが、ジョブズは、すべての準備が整うまで待っていたのである。
エコシステムが重要な世界では、素晴らしい製品を作るだけでは十分でなく、必要なすべての要素が適切な状態に整うことが必須要件であることを、ジョブズは、知り過ぎるほど知っていて、時来たりと判断すると、パートナーを糾合して、イノベーションのエコシステムを築き上げて来たのである。
先行者は、新市場開発によって、後発よりも大きな不確実性リスクを負う。
これを上手く活用したのが、松下幸之助のマネシタ電器戦略で、新製品が、市場で出回り始めて有望だと見ると、マネシタ製品を一挙に生産して市場を押さえて来たのである。
「うちには、ソニーと言う研究所が東京にありましてなぁ。ソニーさんがね、何か新しいものをやってね、こらエエなぁとなったら、我々はそれからやりゃいい。」と言ったと言うあれである。
技術・生産では、最高峰の松下であるから、真似しなくても同じものを作るのは、至って簡単なことだが、アナログ時代だから出来たことで、ICT革命とグローバリゼーションの時代には通用しない。
私は、マネシタ電器哲学は、後発の松下が、先進技術を導入する為に、一方的な片務契約で膨大な金を払って結ばなければならなかったフィリップスとの提携契約での幸之助の苦衷での決断にあると思っている。
「あのフィリップスの研究所をつくるのには何十億円もかかるやないか。2億円でフィリップスと言う大会社を「番頭」に雇ったと思ったらええんや。」と言う発想で、先行者リスクを回避して、出来るだけ安上がりに市場に参入して利益を追求すると言う戦略である。
どんな技術でも製品でも、瞬時にキャッチアップ出来るだけの実力の備わったトップ企業であったからできた有効な経営戦略で、ICTデジタル革命後の激烈な国際競争時代にはそぐわないと、、中村改革で、大転換を図ったのだが、効果半ばであろうか。
パナソニックに、破壊的イノベーションが生まれなかったと言うのも、このあたりに問題があり、クリエイティブ時代に伍して行けなくて呻吟し続けている松下の現状は、巨大企業の組織疲労だけでもなさそうである。
少し脱線してしまったが、このアドナーの本は、久しぶりに納得した素晴らしいイノベーション論書である。
素晴らしく革新的で、だれが考えても諸手を挙げて歓迎するような製品やサービスが、往々にして、頓挫して成功しないのは何故かを追求して、イノベーションを成功に導くエコシステムの確立が必須であると、スマートフォンや電子書籍、電気自動車、デジタル映画等々、豊富な事例を挙げて、たった一つのピースが埋まらなかったばかりに、長い年月足踏み状態であったことを説いていて、非常に面白い。
革新的な発明や発見が、イノベーションとして実現するためには、深いダーウィンの海や死の谷を渡らなければならないと言うのが通説だが、その障害が何なのかを、明確に指摘して、イノベーションは、その克服如何にかかっていると言う。
この本のタイトルである「THE WIDE LENS」だが、どのような状況であれ、イノベーションの成功には、自社の努力だけではなく、自社を周りを取り巻くイノベーション・エコシステムを形作るパートナたちの能力、やる気、可能性にも大きく関わっており、タイミング良く、適切なスペックで、競争相手に先行して優れたイノベーションを市場に出すにはどうしたら良いか、その自社の戦略を評価して実行する新しい視点WIDE RENSを示そうと言うのである。
私は、この本を読み始めて、真っ先に、J.M.アッターバックが、著書「イノベーション・ダイナミックス」の中で、エジソンが電球と言う狭い概念ではなく、電球を作るだけではなく、効果的な発電、送電、分電、ソケット、ヒューズ、それらを固定する台など総てを創り出して、電灯と言うもっと幅広いシステムとしての開発を目指して、ガス灯を駆逐した例や、
イーストマン・コダック社が、写真フィルムの開発だけではなく、カメラ、引き伸ばし機、印画紙、その他写真関連の色々な資機材などを同時に開発して、写真を安価に誰でも写せるようにシステムとして開発改良して、写真を大衆化した例を挙げて、
如何に、システムとしての開発が、イノベーションの実現のためには大切かを、論じていたのを思い出した。
その論理を、形を変えて、ICT革命下のグローバルベースでのオープン・ビジネスの今日において、如何に実現し、イノベーションを生み出すエコシステムを構築するか、アドナーは、事前に、イノベーション実現までの価値設計図作成して、価値の創造を阻む鍵となる制約を発見して、その制約を回避できる価値設計図を再構築するなどその手法とその戦略を説いているのである。
ソニーのウォークマンは、単独のイノベーションであって、ソニー一社で開発できたが、今や単独のイノベーションなど存在せず、アップルのiPodなど一連のイノベーションは、エコシステムのイノベーションであり、イノベーションの手法が、エコシステムの構造を認識すべく完全に変わってしまっているにも拘わらず、ソニーは、戦略を誤って、電子書籍端末を開発しておきながら、電子書籍の販売と抱き合わせ戦略を取ってエコシステムを構築したアマゾンのキンドルに、完全に先を越されているのも、時代の流れであろうか。
一つのピースが埋まらなかったばかりに、普及が遅れに遅れたデジタル映画について、アドナーは、アダプションチェーン・リスクとして取り上げている。
デジタル映画の進歩のために必要なコイノベーションは、アナログとデジタル間のフィルム変換技術、データ転送、ストレージの機能だが、これが解決して、1999年2月に、ニューヨークとロサンゼルスで、「スターウォーズ・エピソード1・ファントム・メナス」が上映された。ところが、デジタルプロジェクターの普及率は、2006年には全米で5%未満。
デジタル映画の普及によって、スタジオなど多くの利益を享受できる部門がある反面、利益よりもはるかに総費用が拡大するエコシステムのパートナー映画館が、猛烈に抵抗したので、アダプションチェーンの全員が賛同しない限り進まないイノベーションである以上、頓挫せざるを得なかったのである。
結局、この解決は、資金の豊かな映画スタジオが、VOFプログラムを組んで資金を提供し、エコシステムにインテグレーターを介在させて、映画館のデジタル機器の初期費用や技術統合やメインテナンスを引き受けて、映画館から5~10年のリース料で回収すると言うことにして、映画館も、リース解除後は、デジタル映画が主流になると見込んで機器を保有することに同意して、今日に至っている。
このケースは、一つのピースを埋めるために、金融イノベーションが活用されたケースである。
アダプションチェーン・リスクは、イノベーションと現状の鬩ぎ合いで、課題は、そのエコシステムの重要なパートナーが、これまで通りで十分だと感じている時に、新たなイノベーションに参加することが、彼らにとってプラスの価値があることを納得させることである。
たとえば、マイクロソフトが、旧バージョンのオフイス2003と同じ料金で、オフイス2007を提供したのだが、変換による総コストが便益よりはるかに高かったので、殆どの企業の意思決定者は、劣っている筈のオフイス2003を遣い続けたのである。
このケースは、クリステンセンのイノベーターのジレンマを敷衍すれば、多少ニュアンスは違うが、日本の企業は、同じ製品の質の向上と言う技術深追いの持続的イノベーションばかりに傾注して、アップルのような今様の破壊的なイノベーションを追求できていないことの問題点を露出する。
すなわち、いくら製品の質がどんどん向上しても、消費者の需要要件をはるかに越えているために、高い新製品が販売されても、プレミアム価格を払う意思がないので買わないし、今のままで十分だと言うことであろう。
日本の家電メーカーのコモディティ商品の価格破壊と値崩れは当然の帰結であろう。
ところで、アドナーのもうひとつ興味深い指摘は、複雑になったエコシステムのイノベーションでは、必ずしも、これまでのように先行者が勝つとは限らないと、如何に、適切なタイミングが必要かを、アップルのiPodの開発で説明している。
iPodは、MP3より3年遅れたのだが、ジョブズは、すべての準備が整うまで待っていたのである。
エコシステムが重要な世界では、素晴らしい製品を作るだけでは十分でなく、必要なすべての要素が適切な状態に整うことが必須要件であることを、ジョブズは、知り過ぎるほど知っていて、時来たりと判断すると、パートナーを糾合して、イノベーションのエコシステムを築き上げて来たのである。
先行者は、新市場開発によって、後発よりも大きな不確実性リスクを負う。
これを上手く活用したのが、松下幸之助のマネシタ電器戦略で、新製品が、市場で出回り始めて有望だと見ると、マネシタ製品を一挙に生産して市場を押さえて来たのである。
「うちには、ソニーと言う研究所が東京にありましてなぁ。ソニーさんがね、何か新しいものをやってね、こらエエなぁとなったら、我々はそれからやりゃいい。」と言ったと言うあれである。
技術・生産では、最高峰の松下であるから、真似しなくても同じものを作るのは、至って簡単なことだが、アナログ時代だから出来たことで、ICT革命とグローバリゼーションの時代には通用しない。
私は、マネシタ電器哲学は、後発の松下が、先進技術を導入する為に、一方的な片務契約で膨大な金を払って結ばなければならなかったフィリップスとの提携契約での幸之助の苦衷での決断にあると思っている。
「あのフィリップスの研究所をつくるのには何十億円もかかるやないか。2億円でフィリップスと言う大会社を「番頭」に雇ったと思ったらええんや。」と言う発想で、先行者リスクを回避して、出来るだけ安上がりに市場に参入して利益を追求すると言う戦略である。
どんな技術でも製品でも、瞬時にキャッチアップ出来るだけの実力の備わったトップ企業であったからできた有効な経営戦略で、ICTデジタル革命後の激烈な国際競争時代にはそぐわないと、、中村改革で、大転換を図ったのだが、効果半ばであろうか。
パナソニックに、破壊的イノベーションが生まれなかったと言うのも、このあたりに問題があり、クリエイティブ時代に伍して行けなくて呻吟し続けている松下の現状は、巨大企業の組織疲労だけでもなさそうである。
少し脱線してしまったが、このアドナーの本は、久しぶりに納得した素晴らしいイノベーション論書である。