熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

PS:イアン・ブレマー「気候安全保障と地政学 Climate Security and Geopolitics」

2024年10月27日 | 政治・経済・社会時事評論
   プロジェクトシンジケートのイアン・ブレマーの「気候安全保障と地政学 Climate Security and Geopolitics」

   気候変動に対処するための多国間の取り組みは、地政学的な対立の深化や世界経済の断片化の明らかな傾向によって十分には機能していないが、政府がネットゼロ排出の追求を放棄したわけではなく、むしろ、そのプロセスはより競争的になり、より複雑になっている。と言う。
   最近では『危機の力: 3 つの脅威と私たちの対応が世界を変える』の著者として、超大国の対立、地政学的な再編、新たなゼロサム セキュリティの懸念の時代に国際協力と脱炭素化を追求することの複雑さについて論じている。PSの問いかけに対して、ブレマーは、現下のClimate Security and Geopoliticsについて次のように論じた。

   まず、中国のEV攻勢に対して論じ始めて、いかなる状況になろうとも、気候変動に関する米国と中国の協力は可能であるだけでなく、不可欠である。この協力は歴史的に世界の政策期待を設定し、パリ気候協定、COP26(グラスゴー)、COP28などのマイルストーンの基盤を築いてきた。米国の選挙の結果は重要だが、民主党政権下では、特に適切な気候特使がいれば、強力な気候協力が継続される可能性がある。と言う。
   しかし、気候問題を米中緊張から切り離すのは困難であり、中国当局は、気候協力には「全体的に安定した関係」が必要だと強調している。

   ここで興味深いのは、
   気候変動に対して特に脆弱な南半球の低所得国と中所得国は、どこからでも資金、技術、その他の形態の支援を受ける用意がある。中国がますます魅力的な選択肢として現れているという指摘で、
   今年は、大規模な地政学的紛争、インフレ圧力、そして極めて重要な選挙が同時に起こるため、米国とその同盟国は新興市場との気候パートナーシップを優先順位の低いものと見なして、EU の最優先事項はウクライナであり、米国はガザ紛争に忙殺されている。気候変動どころではないと言うことである。

   さて、2070年までにネットゼロを目標にしているインドだが、石炭から脱却できず、資金不足、送電網の不安定さ、最小限の貯蔵ソリューション、新興技術への依存により、2030年までに非化石燃料発電容量500ギガワット、2005年レベルから炭素強度を45%削減するという目標を達成できないだろう。しかし、インドは2030年までにクリーンエネルギーのサプライチェーンを構築すると予想されており(後発者の優位性を活用し)、これはエネルギー転換の加速に役立つはずだ。と言う。

   トランプ政権となればどうなるか、
   トランプは明らかに気候政策の支持者ではなく、共和党の全面的な支持があればIRA支出を大幅に削減し、これらの削減は経済に波及するであろう。しかし、IRAの削減の可能性にもかかわらず、米国は依然として積極的な産業政策を追求し、経済貿易パートナーに挑戦する。トランプ政権は石油とガスを優先するが、その影響は限られている。
   国際面では、トランプの復帰は大きな問題となるであろう。米国が国連の気候変動会議から完全に撤退することが予想され、COP30での進展が妨げられ、発展途上国への資金が大幅に削減される可能性がある。これにより、2025年までにすべての政府による新しい気候変動公約が弱まり、最終的に世界の気温が現在予測されているよりも高くなる可能性がある。と言う。

   EUについては、欧州議会選挙で極右政党の躍進で、2020年のEUグリーンディールに基づく欧州の野望は縮小され、一時的にピークを迎えているので、EUは既存の規制の実施に主に重点を置くことになる。鍵となるのは、企業持続可能性報告指令で、この指令は来年から企業に情報開示の強化を義務付け、フランスはすでに不遵守に対して厳しい罰則を課している。
   同様に、EU森林破壊規制は今年12月に発効し、世界中の国々がすでに準備を進めていて、合法か違法かを問わず、調達に何らかの森林破壊が関与している場合、7つの主要商品はEU市場から締め出される。
   一方、最近採択されたEUの代表的な生物多様性法である自然再生法は、加盟国に対し、保全と再生の取り組みを強化するための行動計画を作成し、目標を設定することを義務付けている。これらの政策の施行は「移行リスク」につながる。持続可能性関連の規制を遵守しない多国籍企業や政府は、法的措置に直面することになる。
   
   多国間機関は今後も課題に直面するが、ますます分断化が進む世界では依然として不可欠であり、その価値は、パリ協定が国、企業、コミュニティに与えた影響に見られるように、世界的な合意に達し、協調行動を推進することにある。
   これらのプラットフォームは、その使命を果たすために改革が必要であるが、こうした交渉に対する期待は往々にして高すぎて、失敗に終わるので、国際フォーラムは、世界が現状を評価し、必要な軌道修正を決定するのに役立つ年次総括演習として捉えるべきである。

   EUの炭素国境調整メカニズムや森林伐採規制などの単独の取り組みは、反発に直面しており、非多国間アプローチの方が必ずしも効果的ではないことを示している。これは、多国間システムを放棄するのではなく、新しい構造を作ったり既存の構造を全面的に見直したりして、改善する必要があることを浮き彫りにしている。そうすることが、最終的にはすべての人の利益になる。と言う。

   以上、何となく、中途半端なブレマーの論評だが、依然として前進しないClimate Securityについての微妙な見解が面白い。

   さて、今回の日本の総選挙では、次元の低い裏金の話ばかりで、地球温暖化、環境問題は、全く話題にもならなかった。
   我々が寄って立つ宇宙船地球号が、危機に瀕して、人類の生存如何が問われているにも拘わらずである。
   平和ボケの政治の劣化が恐ろしい。
   
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PS:スティグリッツ「トランプの選挙勝利が米国経済に及ぼす影響 What a Donald Trump election victory would mean for the US economy

2024年09月10日 | 政治・経済・社会時事評論
プロジェクトシンジケートのジョセフ・スティグリッツ教授の「ドナルド・トランプの選挙勝利が米国経済に及ぼす影響 What a Donald Trump election victory would mean for the US economy」

   先に、「ノーベル賞受賞の経済学者16人がトランプ再選に警鐘」にふれて、この経済学者たちの代表であったスティグリッツ教授の「トランプよりバイデン、米国経済にとってどちらがよいか議論の余地なし There’s No Debating Who Would Be Better for the US Economy」を紹介して、トランプの経済政策がバイデンよりはるかに悪いことを論じた。
   今回のこの論文は、ハリス擁護、トランプ拒否のダメ押しである。

   論旨極めて明快なので、抄訳する。
   11月の米国大統領選挙は多くの理由で極めて重要であり、危機に瀕しているのは米国民主主義の存続だけでなく、経済の健全な管理であり、それは世界の他の国々に広範囲にわたる影響を及ぼす。米国の有権者は、異なる政策だけでなく、異なる政策目標の間で選択を迫られている。
   民主党候補のカマラ・ハリス副大統領は、まだ経済政策の詳細を完全に明らかにしていないが、バイデン大統領の政策の中心となる原則は維持する可能性が高く、その原則には、競争の維持、環境の保護、生活費の削減、成長の維持、国家経済の主権と回復力の強化、格差の緩和など、強力な政策が含まれている。
   対照的に、対立候補のトランプ前大統領は、より公正で強固で持続可能な経済の創出には関心がない。その代わりに、共和党候補は石炭や石油会社に白紙の小切手を提供し、イーロン・マスクやピーター・ティールのような億万長者に接近している。さらに、健全な経済運営には目標を設定し、それを達成するための政策を設計する必要があるが、ショックに対応し、トランプは前政権下で新型コロナウイルス感染症のパンデミックへの対応で惨めに失敗し、100万人以上の死者を出した。

   前例のない事態に対応するには、最善の科学に基づいた難しい判断が必要である。ハリス側の米国には、トレードオフを検討し、バランスの取れた解決策を考案する思慮深く実用的な人物がいるが、トランプは、混乱を好み、科学的専門知識を拒否する衝動的なナルシストである。60%以上の一律関税を導入するという提案だが、価格が上昇するだけであり、コストの矢面に立たされるのは低所得層と中所得層の米国人で、インフレが上昇し、FRBが金利引き上げを余儀なくされると、経済の成長鈍化、インフレ上昇、失業率上昇という三重苦に見舞われることになる。
   さらに悪いことに、トランプはFRBの独立性を脅かす極端な立場をとっている。トランプが再び大統領になれば、経済の不確実性が絶えず生じ、投資と成長が抑制され、インフレ期待が高まることはほぼ確実である。トランプが提案する税制も同様に危険で、企業と億万長者に対する2017年の減税は、追加投資を刺激できず、自社株買いを促しただけであった。トランプのようなポピュリストの扇動家は財政赤字を気にしないが、米国と海外の投資家は心配すべきである。生産性向上につながらない支出による財政赤字の膨張は、インフレ期待をさらに高め、経済パフォーマンスを低下させ、格差を悪化させるだろう。

   同様に、バイデン政権の代表的なインフレ抑制法を廃止することは、環境や、国の将来にとって極めて重要な重要分野における米国の競争力に悪影響を及ぼすだけでなく、医薬品のコストを下げてきた条項も廃止し、生活費の上昇を招くことになる。
  トランプは、また、バイデン・ハリス政権の強力な競争政策を撤回したいと考えている。この政策もまた、市場支配力を固定化し、イノベーションを阻害することで、格差を拡大し、経済パフォーマンスを弱めることになる。また、所得連動型学生ローンをより適切に設計することで高等教育へのアクセスを増やす取り組みを廃止し、21世紀の革新的経済の課題に対応するために米国が最も必要としている分野への投資を最終的に減らすことになるだろう。

   これが、米国の長期的な経済的成功にとって最も厄介なトランプの政策の特徴である。トランプ政権が再び誕生すれば、過去200年間の米国の競争優位性と生活水準の向上の源泉である基礎科学技術への資金が大幅に削減されることになる。トランプは前任期中、ほぼ毎年のように科学技術への大幅な予算削減を提案したが、非過激派の共和党議員らがこうした予算削減を阻止してきた。しかし今回は状況が異なる。共和党がトランプの個人崇拝の対象となっているからである。

   トランプがベンダーや請負業者への支払いを拒否してきた長い実績は、同氏の性格を物語っている。同氏は権力を行使して誰からでも奪おうとする横暴者である。だが、暴力的な反乱分子を公然と支持するようになることで、さらに大きな問題となる。法の支配は、単に私たちが大切にすべきものというだけでなく、経済と民主主義の健全な機能にとって極めて重要である。2024年の秋を迎えるにあたり、今後4年間で経済がどのようなショックに直面するかは分からない。しかし、これだけは明らかだ。ハリスが当選すれば、2028年の経済ははるかに強くなり、より平等になり、より回復力が高まっているであろう。

   さて、この論文で、特に強調しているのは、トランプが、最善の科学に基づいた難しい判断が出来ず、科学的専門知識を拒否する衝動的なナルシストであること。
   米国の長期的な経済的成功にとって最も重要な経済政策である科学技術振興に対して消極的で、トランプ政権が再び誕生すれば、過去200年間の米国の競争優位性と生活水準の向上の源泉である基礎科学技術への資金が大幅に削減されることになる。イノベーションを阻害するのみならず、経済パフォーマンスを弱めて国の将来にとって極めて重要な分野における米国の国際競争力を棄損する。
   トランプの一枚看板「MAGA」の真逆の愚行である。

   ここでは論じられていないが、トランプは勿論、保守党の基本政策は、弱肉強食の市場経済至上主義であって、強者・富者優先であり、労働者や経済的弱者のための経済政策など微塵もない。
   なぜ、疎外された白人労働者たち、保守党が見向きもしない弱者貧者たちが、トランプを岩盤支持層となって囃し立てるのか、
   今や、保守党は、穏健派が弱体化して、トランプ一色のカルト集団のように変身してしまっているので、独裁者トランプの脅威は尋常ではない。

   民主党は、今回の選挙で、明確に主義信条において一線を画すべきであって、徹底的に、中間層重視の政策を協調して、本来のリベラル色を前面に押し出して、真の国民政党に脱皮すべきである。
   リフレッシュしたハリスなら出来る。
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PS:ダロン・アセモグル「トランプによる民主主義への脅威は増大するばかりThe Trump Threat to Democracy Has Only Grown

2024年09月04日 | 政治・経済・社会時事評論
   プロジェクトシンジケートのダロン・アセモグルの「トランプによる民主主義への脅威は増大するばかりThe Trump Threat to Democracy Has Only Grown」注目に値する。
 
   アセモグルは、本論で、トランプによる民主主義への脅威を詳細にその理由を説明して、
   トランプの米国制度に対する脅威が如何に深刻か真剣に受け止めなければならない。米国の民主主義を守る唯一の方法は、彼を倒すために民主的な手段を使うこと、すなわち、11月の大統領選挙で彼に勝つことである。民主主義は、現実世界で成果をもたらし、人々が願望を叶えるのに役立つときに繁栄する。実際には、それは経済的繁栄、安全、公平性、有能な統治、そして安定性を促進することを意味する。これは、民主主義自体への脅威を含む定期的なショックや課題に耐えるために特に重要である。と民主主義の堅持を説く。

   米国の制度は、1930年代後半のチャールズ・コフリン神父によるプロトファシストの挑戦、1950年代と1960年代のジム・クロウ法の南部における黒人公民権への抵抗、人種差別主義者のジョージ・ウォレスの1968年の大統領選挙、そしてウォーターゲート事件に耐えた後、より強くなってきた。トランプが今年11月に敗北すれば、米国の制度は再びより強くなるであろう。と言う。
   アメリカの制度は、このような困難を乗り越え、さらに強くなることができるが、しかし、それは民主主義支持勢力が結集し、システムが一般の人々にとって意味のある結果をもたらすことができることを実証した場合に限られる。
   すなわち、「トランプによる民主主義への脅威は増大するばかり」であり、すべからく、アメリカの制度、民主主義を死守するためには、11月の選挙で、トランプに勝利することである。と言うのである。

   貧困との戦い、労働者階級の生活改善、共和党からの愛国心の回復、民主主義の強化に焦点を当てたカマラ・ハリスとティム・ウォルツの経歴、キャリア、最近の選挙演説には賞賛すべき点がたくさんある。しかし、これらの美徳を脇に置いても、民主党候補を支持する十分な理由がある。結局、代替案はトランプであり、トランプは米国の制度に非常に深刻な脅威を与えているため、彼に対抗するまともな候補者なら誰でも強力な支持を受けるに値する。という。

   トランプが米国の民主主義を脅かすのは、米国の制度が規範や法律さえも破ろうとする独裁的なポピュリストに対処するように設計されていないためでもある。2017年に指摘したように、米国の有権者と市民社会は、そのような人物を阻止できる唯一の力である。米国の民主主義は2017年から2021年にかけてトランプの大統領職に耐えたが、トランプは見つけられるあらゆる制度上の弱点を利用し、すでに二極化していた社会の分裂を深め、敗北した自由で公正な選挙の結果を覆そうとした。
   2021年1月6日のトランプのクーデター未遂にもかかわらず、民主党は2020年の選挙でホワイトハウスを奪還することに成功したが、それは彼らに大きなアドバンテージ、すなわち、それはトランプ自身が無能だったからである。長年の政治規範は深刻なダメージを受けたが、民主主義は生き残った。
   大統領としてのトランプの無能さには2つの側面がある。第一に、彼は一貫性を示すことができなかった。彼の唯一の本当の目的は権力を自分の手に集中させ、家族や取り巻きを昇進させて裕福にすることだったが、それをやり遂げる規律と集中力に欠けていた。もちろん、もっと規律のある人ならもっと大きな損害をもたらしたかもしれないという恐ろしい含意がある。第二に、トランプは多くの部下から無条件の個人的な忠誠心を勝ち取ることができず、その結果、彼の最も突飛な計画や決定のほとんどが内部から暴露されたり阻止されたりした。

   残念ながら、トランプは次の5つの主な理由から、今日のアメリカの民主主義にとってはるかに大きな脅威となっている。
   第一に、彼は怒りを募らせるばかりで、それは権力を自分の手に集中させ、それを敵に対して行使する決意を強めることを意味する。彼がホワイトハウスに戻れば、彼はより凶暴になるだけでなく、個人的な目的を追求する上でより一貫性を持つようになる可能性がある。
   第二に、トランプとその思想的同調者たちは、すでに暗黙の統治計画であるヘリテージ財団のプロジェクト2025で行ったように、高官および中堅職員の任命にもっと多くの考えと精査を注ぐだろう。トランプはこの包括的な政策の青写真を放棄すると主張しているが、これはすでに政権の人材候補を見極めるための貴重なツールとなっている。ヘリテージ財団の暗いビジョンを支持することはリトマス試験であり、今度は内部告発者や民主主義の擁護者が「部屋の中の大人」として機能できないようにする。
   第三に、共和党は今やトランプの個人的なカルトであり、つまり全国の地方共和党職員はトランプの命令に何でも従うだろう。中には選挙を不正に操作し、地方の法執行機関や公共サービスを掌握しようとする者もいるかもしれない。トランプが再び地方選挙管理官に自分に有利な票を「もっと見つける」よう要求すれば、トランプは望みをかなえるかもしれない。
   第四に、知識エリートや民主党指導者によるさまざまな誤り(国境開放や警察予算削減など、極端な「目覚めた」立場を主張するなど)により、多くの右派、中道派、非大学有権者は民主党を左翼過激派と結論付けている。民主党に愛国心が欠けていると考える人々は、ハリスやウォルツが彼らにアピールする措置を講じているにもかかわらず、トランプと決別する可能性ははるかに低いだろう。
   第五に、これらすべての理由から、トランプに反対する効果的な市民社会の行動はより困難になっている。左派が独自のイデオロギーの純粋さテストを適用し、それに満たない者を恥じ入らせてきた数年後には、大規模な反トランプ連合に加わろうとする無党派有権者や中道派共和党員は少なくなるだろう。進歩派民主党員は、彼の違憲または反民主的な行動に単独で対抗することになるかもしれないが、それだけでは十分ではない。

   これらすべての理由から、トランプの米国制度に対する脅威は真剣に受け止めなければならない。米国の民主主義を守る唯一の方法は、彼を倒すために民主的な手段を使うこと、選挙で落とすことである。

   しかし、民主主義が、これまでのように幾多の困難と試練に耐えるためには、投票用紙に良い選択肢が必須であり、人々は、問題を解決し、人々を鼓舞し、自由な制度を守るという優れた実績を持つ政治家に投票できなければならない。ハリス・ウォルツの組み合わせは、その条件を満たしており、これから、人々を動員し、民主主義への支持を回復するという大変な作業が始まる。しかし、さらに困難な作業は、貧困と不平等と闘い、両陣営の分極化と過激主義を減らし、政府が一般の人々のために働いていることを示すことによって、民主主義の約束を果たすことである。と結んでいる。

   以上が、アセモグルの見解であるが、
   先日、マーク・ジョーンズの「ファシズムはどのようにして起こるのか」について書いて、トランプ現象がナチズム台頭前夜に酷似していて危険であるという見解を紹介した。
   殆ど同じ趣旨であり、アメリカの資本主義の命運が、トランプの勝利如何にかかっており、トランプを阻止しなければ、アメリカの制度が崩壊する危険があるという警告である。

   しかし、大統領選挙論争は、「MAGA」など口から出まかせのトランプ節や個人的な批難中傷など末梢的な議論に洗脳されて、最も大切なアメリカにとっての死活問題、民主主義の死守には殆ど及ばない。
   ハリスは、この一点に絞ってでも、トランプを論破すべきである。

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PS:マーク・ジョーンズ「ファシズムはどのようにして起こるのか How Fascism Happens」

2024年09月01日 | 政治・経済・社会時事評論
   プロジェクトシンジケートの論文、ダブリン大学ユニバーシティ・カレッジの歴史学助教授マーク・ジョーンズの「ファシズムはどのようにして起こるのか How Fascism Happens」
   まず冒頭で、
   ヒトラー政権から逃れた最初のドイツ人難民の 1 人となったトーマス・マンに言及。1938 年まで、彼はほとんどの時間をスイスで過ごし、ヒトラーの権力が増大し、ヨーロッパでの戦争の可能性が高まったため、米国に移住し、ヒトラーがヨーロッパを征服していた最盛期でさえ、マンは、頑固に楽観的であり続け、最終的には「民主主義が勝利する」とアメリカ人に約束した。という逸話から民主主義を説いた。
   しかし、本当にそうなるのだろうか?と疑問を呈して
   今日では多くの人がそう確信していない。と警鐘を鳴らす。
   ニューヨーク大学のルース・ベン=ギアットが指摘するように、私たちは「強権者」の新たな時代に生きており、世界の多くの地域で民主主義が後退している。憎悪に駆り立てられた暴力は大西洋の両側でより一般的になり、かつては考えられなかったことが常態化している。今年11月、マンがかつて民主主義が勝利すると約束した国で、何千万人ものアメリカ人が、2020年の選挙で敗北したことに応えて米国議会議事堂へのファシスト的な襲撃を扇動した候補者に投票することになる。として、
   重大な歴史的局面に遭遇しているアメリカ社会、その至宝ともいうべき民主主義の危機、その崩壊を危惧しているのである。

   民主主義を守る必要性を考えると、歴史の知識はかつてないほど重要になっている。幸いなことに、今年の米国選挙を前に、歴史家のリチャード・J・エバンスとティモシー・W・ライバックはそれぞれ、過去を掘り下げて、ますます懸念が高まる現在を乗り切るためのガイドラインを提供する本を出版した。として、克明に説明して、当時のナチズムの歴史を追求し、いかにしてファシズムが台頭したのかを説いている。

   エヴァンスとライバックは、両者の相違にもかかわらず、ドイツの歴史を、自由民主主義が現在直面している問題を見るための強力なレンズと見ている。したがって、エヴァンスはワイマール共和国の崩壊を「民主主義の崩壊と独裁の勝利の典型」と見ており、ライバックは著書『テイクオーバー』を、ナチスが選挙で最高潮に達したわずか数日後の1932年8月初旬から書き始めている。運命的な決断の時である。

   専門的な話が主体なので詳細は省略するが、次の文章で本稿を閉じている、
   『ヒトラーの人民』を読むと、今日の民主主義を弱体化させることに加担したり、公然と利益を得ている人々との類似点に気づかずにはいられない。私たちは皆、エヴァンスの怒りを共有すべきだ。民主主義が敵に内部から弱体化させられるとどうなるかは、歴史がすでに示している。私たちは、巧妙なプロパガンダやテクノロジーで強化された嘘の猛攻撃に直面しているが、マンの正しさを証明する時間はまだある。

   時間はまだあると言うのだが、11月のアメリカ大統領選の結果次第では、アメリカの民主主義の命運が危機に立つ。
   マーク・ジョーンズの見解は、あまりにも明白なので、紹介だけにとどめる。
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PS:ジョセフ・ナイ「AI と国家安全保障 AI and National Security」

2024年08月08日 | 政治・経済・社会時事評論
   プロジェクト・シンジケートのジョセフ・ナイ名誉教授の「AI と国家安全保障 AI and National Security」

   テクノロジーは政策や外交よりも速く進むというのは自明の理であり、特に民間部門の激しい市場競争によって推進されている場合はなおさらである。しかし、今日の AI に関連する潜在的なセキュリティ リスクに対処するには、政策立案者がペースを上げる必要がある。というのである。
   
   ナイ名誉教授の論旨を抄訳する。
   人間は道具を作る種であるが、作った道具を制御できるであろうか、と核兵器の制御から問題を提起して、
   現在、多くの科学者は人工知能 を同様に変革的なツールと見なしている。以前の汎用テクノロジーと同様に、AI には善にも悪にも大きな可能性がある。がん研究では、AI は数分間で、人間のチームが数か月かけて行うよりも多くの研究を整理して要約することができる。同様に、人間の研究者が解明するのに何年もかかるタンパク質の折り畳みのパターンを、AI は確実に予測することができる。
   しかし、AI は、害を及ぼそうとする不適合者、テロリスト、その他の悪意のある行為者にとって、コストと参入障壁を下げる。最近の RAND の調査が警告しているように、「天然痘に似た危険なウイルスを復活させる限界費用はわずか 10 万ドルだが、複雑なワクチンの開発には 10 億ドル以上かかる場合がある。」
   さらに、一部の専門家は、高度な AI が人間よりもはるかに賢くなり、人間が AI を制御するのではなく、AI が人間を制御するようになるのではないかと懸念している。このような超知能マシン (人工汎用知能と呼ばれる) の開発にかかる時間の見積もりは、数年から数十年までさまざまであるが、いずれにせよ、今日の狭義の AI によるリスクの増大は、すでにより大きな注意を必要としている。

   アスペン戦略グループ(元政府関係者、学者、実業家、ジャーナリストで構成)は、40年にわたり毎年夏に会合を開き、国家安全保障上の大きな問題に焦点を当ててきた。過去のセッションでは、核兵器、サイバー攻撃、中国の台頭などのテーマを取り上げてきており、今年は、AIが国家安全保障に与える影響に焦点を当て、メリットとリスクを検討した。
   メリットには、膨大な量の諜報データを整理する能力の向上、早期警戒システムの強化、複雑なロジスティクス システムの改善、サイバー セキュリティを向上させるためのコンピュータ コードの検査などがある。しかし、自律型兵器の進歩、プログラミング アルゴリズムの偶発的なエラー、サイバー セキュリティを弱める敵対的 AI など、大きなリスクもある。
   AI は軍拡競争を繰り広げているが、構造的な利点もいくつかある。AI の 3 つの主要なリソースは、モデルをトレーニングするためのデータ、アルゴリズムを開発する優秀なエンジニア、およびそれらを実行するコンピューティング パワーである。中国はデータへのアクセスに関して法律やプライバシーの制限がほとんどなく(ただし、一部のデータセットはイデオロギーによって制限されている)、優秀な若手エンジニアが豊富にいる。中国が米国に最も遅れをとっているのは、AIの計算能力を生み出す先進的なマイクロチップの分野である。
   米国の輸出規制により、中国はこれらの最先端のチップだけでなく、それらを製造する高価なオランダのリソグラフィー装置にもアクセスできない。アスペンの専門家の間では、中国は米国より1、2年遅れているという意見で一致しているが、状況は依然として不安定である。バイデン大統領と習近平主席は昨年秋に会談した際にAIに関する二国間協議を行うことで合意したが、アスペンではAI軍備管理の見通しについて楽観的な見方はほとんどなかった。
   自律型兵器は特に深刻な脅威となっている。国連での10年以上の外交を経ても、各国は自律型致死兵器の禁止に合意できていない。国際人道法では、軍隊は武装した戦闘員と民間人を区別して行動することが義務付けられており、国防総省は以前から、兵器を発射する前に人間が意思決定に参加することを義務付けてきた。しかし、飛来するミサイルを防御するといった状況では、人間が介入する時間はない。

   状況が重要なので、人間は(コード内で)兵器のできることとできないことを厳密に定義する必要がある。言い換えれば、人間は「ループ内」ではなく「ループ上」にいる必要がある。これは単なる推測の問題ではない。ウクライナ戦争では、ロシアがウクライナ軍の信号を妨害し、ウクライナ軍に、いつ発砲するかについての最終的な意思決定を自律的に行うようにデバイスをプログラムするよう強いている。
   AI の最も恐ろしい危険性の 1 つは、生物兵器やテロリズムへの応用である。1972 年に各国が生物兵器の禁止に同意したとき、自国側への「ブローバック」のリスクがあるため、そのようなデバイスは役に立たないというのが一般的な考えであった。しかし、合成生物学では、あるグループを破壊し、別のグループを破壊しない兵器を開発できる可能性がある。あるいは、実験室にアクセスできるテロリストは、1995年に日本でオウム真理教が行ったように、できるだけ多くの人を殺したいだけなのかもしれない。(彼らは伝染しないサリンを使ったが、現代の同等の組織はAIを使って伝染性ウイルスを開発する可能性がある。)
   核技術の場合、各国は1968年に核拡散防止条約に合意し、現在191か国が加盟している。国際原子力機関は、国内のエネルギー計画が平和目的のみに使用されていることを確認するため、定期的に検査を行っている。また、冷戦時代の激しい競争にもかかわらず、核技術の主要国は1978年に、最も機密性の高い施設と技術知識の輸出を控えることに合意した。このような前例は、AIにいくつかの道筋を示唆しているが、2つの技術には明らかな違いがある。

   以上の論点から、ナイ名誉教授は、次のように結論付けている。
   特に民間部門の激しい市場競争によって推進されている場合、技術は政策や外交よりも速く進むというのは自明の理である。今年のアスペン戦略グループの会議で大きな結論が一つあったとすれば、それは政府がスピードを上げる必要があるということである。
   科学テクノロジーの分野、特にAI分野においては、国家安全保障のみならず政治経済社会の秩序安寧の維持のためには、政府公共部門が、はるかに先を走って指針を示してコントロールしなければならないと言うことであろうか。
   このことは、社会が進歩発展すればするほど、人知を超えた領域に突入してコントロールが効かなくなり秩序を破壊するので、高度に知的武装した公権力による制御が必須だということでもあろうか。
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トランプよりバイデン、米国経済にとってどちらがよいか議論の余地なし There’s No Debating Who Would Be Better for the US Economy

2024年07月09日 | 政治・経済・社会時事評論
プロジェクト・シンジケートのジョセフ・E・スティグリッツ教授の論文There’s No Debating Who Would Be Better for the US Economy
   先に、「ノーベル賞受賞の経済学者16人がトランプ再選に警鐘」で、
「われわれは多様な経済政策の細部についてそれぞれ異なる見解を持っているが、バイデン氏の経済議題がトランプ氏よりはるかに優れているということに全員が同意する」と発表したのと同趣旨だが、採録する。

   トランプが富裕層への減税、新たなインフレ圧力の導入、COVID-19パンデミックへの対応ミスを行った後、バイデンは悪い状況を最大限に活用し、最終的に米国経済をはるかに強固な基盤に置いた。米国の有権者が経済の将来を気にしているなら、11月の選択は明らかで、トランプなら悪化でバイデンの方がはるかに良い。というのである。

   バイデンとトランプの討論会では、候補者の性格や個人的な強みに関する有権者の判断は重要だが、誰もが有名な格言「経済だ、バカ “It’s the economy, stupid.”」を覚えておくべきである。多くの展開は前任者によって開始されているから、大統領の経済運営を評価するのは常に難しい仕事である。オバマ前大統領は、前政権が金融規制緩和を進め、2008年秋に勃発した危機を阻止できなかったため、深刻な不況に対処しなければならなかった。経済がようやく回復に向かったころには、オバマは退任し、トランプが就任した。
   トランプが新型コロナの責任を問われることはないが、米国の死者数が他の先進国をはるかに上回る事態を招いた不適切な対応については、トランプに責任がある。ウイルスは多くの高齢者の命のみならず、労働力に打撃を与え、その損失がバイデンが引き継いだ労働力不足とインフレの一因となった。


   バイデン自身の経済実績は素晴らしい。就任直後に米国救済計画の成立を確保し、これにより米国のパンデミックからの回復は他のどの先進国よりも強力になった。その後、超党派インフラ法が成立し、半世紀に渡る放置の後、米国経済の重要な要素の修復を開始するための資金が提供された。
   翌年、バイデンは2022年CHIPSおよび科学法に署名し、経済の将来の回復力と競争力を確保する産業政策の新時代を開始した。そして、2022年インフレ削減法により、米国はついに国際社会に加わり、気候変動と戦い、未来の技術に投資した。アメリカ救済計画は、頑固で進化し続けるウイルスの可能性に対する経済的保険を提供しただけでなく、1年の間に子供の貧困率をほぼ半減させた。その後のインフレの原因にもなったといわれるが、アメリカ救済計画による過剰な総需要はなく、責任の大部分は、パンデミックと戦争によって引き起こされた供給側の中断と需要の変化にある。

   今回の選挙にさらに関係があるのは、将来に何が起こるかである。慎重な経済モデル化により、トランプの提案は、成長率の低下にもかかわらず、インフレ率の上昇と格差の拡大を引き起こすことが分かった。
   まず、トランプは関税を引き上げ、そのコストは主に米国の消費者に転嫁される。さらに、トランプは移民を制限し、労働市場が逼迫し、一部の部門で労働力不足のリスクが高まる。そして、財政赤字が拡大し、その影響で、心配するFRBが金利を引き上げ、住宅投資が減少し、家賃と住宅費がさらに上昇する可能性がある。もちろん、これらの影響をモデル化するのはかなり複雑である。関税によって引き起こされたインフレにFRBがどれだけ迅速かつ強力に対応するかは不明だが、経済学者たちは明らかに問題が起こることを予見している。彼らは早期に金利を引き上げることで、問題を未然に防ごうとするであ ろうか?
   トランプはその後、FRB議長を解任しようとすることで制度規範に違反するだろうか?市場は(国内外を問わず)この新たな不確実性と混乱の時代にどう反応するだろうか?

   長期的な予測はより明確で、しかも悪化している。近年のアメリカの経済的成功の多くは、確固たる科学的基盤に支えられた技術力によるものだが、トランプは引き続き大学を攻撃し、研究開発費の大幅な削減を要求している。前任期中にこうした削減が行われなかった唯一の理由は、彼が党の支持を完全に得ていなかったからだが、しかし、今は支持を得ている。
   同様に、米国の人口は高齢化しているが、トランプは移民の制限によって労働力の減少を容認するだろう。
   したがって、トランプとバイデン(または彼が離脱した場合に代わる民主党員)のどちらが経済にとって良いかという問題に関しては、議論の余地はまったくない。

   以上が、スティグリッツ教授の結論だが、非常に明確である。
   しかし、経済は生き物であるので、もしトラが実現して、トランプ経済が始動しても、すぐにアメリカ経済が悪化するとは限らず、確たる思想も哲学もない行き当たりばったりのトランプであるから、後先考えずに、ドラスティックな政策転換も考え得るので、何がどうなるか分からない。
   現状では、米中の深刻な対立や戦争経済下の東西の分断などで、国際経済は縮小し弱体化の危機に直面しているので、アメリカ経済の躓きはそれほど大きな影響はないであろう。それに、たとえ、アメリカ経済が衰退に向かっても、世界経済の発展成長は止められそうにない。
   もしトラなら、民主主義に背を向けて叩き潰そうとしているトランピズムの更なる台頭が国際秩序を攪乱し、二度の大戦を経て営々と築き上げられてきた西欧型の先進民主主義が退潮に向かう方が恐ろしいと思う。

   私は、トランプの第二次政権はないと思っている。
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PS:インドの選挙と国の経済の将来 The Indian Election and the Country’s Economic Future

2024年05月27日 | 政治・経済・社会時事評論
   ラグラム・G・ラジャンは、PSの論文で、
   最近、かつてのイギリスを追い越して世界第5位の経済大国となったインドのスターは確かに躍進著しい。 しかし、もしこの国が現政府の開発戦略にコミットし続ければ、経済が離陸速度に達するかなり前に勢いを失う可能性がある。と説く。
   現在の年間6~7%の成長率を維持すれば、まもなく停滞する日本とドイツを追い越して第3位に浮上するだろう。
   しかし、人口高齢化により、2050年までにインドの労働力は減少し始め、 成長は遅くなる。 それは、インドが老いる前に豊かになる可能性が狭いことを意味する。一人当たりの所得がわずか 2,500 ドルであるため、経済は次の四半世紀にわたって年間 9% 成長しなければならない。 それは極めて難しい課題であり、それが本当に可能かどうかは今回の選挙で決まるかもしれない。と言うのである。

   インド政府は急速な成長を追求するため、日本が戦後すぐの数十年間にたどった道、そして毛沢東の死後中国がたどった道を踏襲しようとしている。
   中国が成長への道を歩み始めた1970年代後半には両国も同様に貧しかったにもかかわらず、インドは、中国とともに目指した輸出志向の製造業への経済転換に失敗した。 熟練度の低い工場での雇用であっても、最低限の教育とスキルが必要であり、 当時、多くの中国人労働者はこの基準を満たしていたが、インド人の労働者のほとんどは満たしていなかった。
   また、中国共産党による中央集権的統治が原則だが、省や市の首長は大きな権力を行使して成長をもたらした。 対照的に、同時期のインドの官僚制は分散化されておらず、成長促進の動機付けもされていなかったため、むしろインドのビジネスにとってさらなる負担となった。
   更に、、独裁国家の中国はいつでも、民主国家のインドにはできない方法で製造業を優遇する可能性があるなど、国家資本主義手法が成長発展を促進した。
   この差が、インドの成長の足を引っ張った。

   それにもかかわらず、現在のインド政府は製造路線に乗りたいと考えて、 他の多くの企業が中国での生産から多角化を模索しているので、これをインドの経済政策立案者らは失われた時間を取り戻す機会と見ている。 確かに、インドのインフラは著しく改善され、 とりわけ、現在、多くの世界クラスの空港と港、電力不足を埋めるための再生可能エネルギー容量の増加、優れた高速道路システムを誇っている。
   しかし、他の障害が残っている。 モディ政権が発足してからの10年間で、自国の象徴的な財であるインドの衣料品輸出は5%未満の伸びにとどまった一方、バングラデシュとベトナムの衣料品輸出は70%以上増加し、現在では両国の輸出額は2019年の何倍にもなっている。 インド政府は、これらの継続的な障害を認識し、インドでの生産を奨励するための補助金の提供を開始するとともに、輸入品の関税を引き上げて、現在は保護されている大規模なインド市場への販売によるこれらのメーカーの利益を拡大し始めている。
   しかし、まだ初期段階だが、この戦略には懐疑的であるべきで、生産関連の補助金により、製造業者はインドで組み立てるようになるかもしれないが、それらの企業は依然としてほとんどの部品を輸入する必要がある。 さらに、インドの労働者は現在、かつてのように先進国の高給取りの労働者ではなく、低賃金のバングラデシュ人やベトナム人労働者と競争しているため、利幅は小さくなる。 企業が再投資できる利益がほとんどなく、補助金を差し引いた税収も少ないため、インドをバリューチェーンの上位に上げるために必要な好循環を達成するのははるかに困難になる。
   さらに悪いことに、たとえインド政府が製造業を拡大したとしても、世界は中国規模の輸出大国を新たに受け入れる準備ができていない。 製造業の保護主義への広範な移行と環境の持続可能性に対する懸念の高まりを考慮すると、中国式の製造業主導の発展を重視する政府の姿勢は世界が向かう方向とは相いれない。

   ところで、インドにも、自分の強みを活かしてプレーする別の方法がある。 インドは成長を促進するために、十分な教育を受け熟練した国民が提供するサービスの輸出に注力している。 この集団は総人口のほんの一部にすぎないが、それでも数千万人に上り、このような戦略はインドの強みを活かすことになり、世界のソフトウェア産業における役割ですでに顕著で、現在では他の多くのサービスを輸出していて、世界のサービス輸出の5%以上を占めており、物品輸出は2%未満より多い。
   ゴールドマン・サックスからロールス・ロイスに至るまでの多国籍企業は、インドを拠点とするグローバル・ケイパビリティ・センター(GCC)に有能なインド人卒業生を雇用しており、そこではエンジニア、建築家、コンサルタント、弁護士が組み込み型の設計、契約、コンテンツ(およびソフトウェア)を作成している。 世界中で販売される製造品やサービスにおいて、これらのセンターはすでに世界の全GCCの50%以上を占めており、2023年3月時点で166万人のインド人を雇用し、年間収益460億ドルを生み出している。

    確かに、インドの製造業もこれらの変化から恩恵を受けていて、製造プロセスそのものよりも、エンジニアリング、イノベーション、デザインが重要な分野で起こっている。
   インドが自国の強みを築くのは当然のことで、何百万人もの高度なスキルを持ち、創造的で教育を受けた労働者であり、その多くは英語を話す。しかし、 残念ながら、教育の欠陥がさらに深刻なので、そのような労働者は不足しつつある。 急成長国の通常の道とは反対に、今日インドでは農業従事者の割合が増加していて、失業の危機に直面している。
   したがって、インドは創造的な高度スキル部門の拡大とは別に、人々が持つスキルを幅広く対象とした雇用を創出する必要がある。 また、インドの労働者が将来の仕事に就けるよう、短期的および長期的に教育とスキルを向上させる必要がある。 同様に、学生が雇用適性の基準を超えることを可能にする職業訓練プログラムや見習いプログラムに公的資金を提供すれば、何百万人もの人々が生産的な労働者に転換できる可能性がある。 医療提供者、配管工、大工、電気技師の需要は尽きない。

   この選挙での選択において、野党のマニフェストにもこの種の提案が見られる。 企業、特に衣料品、サービス業、観光業などの労働集約部門の中小企業を支援する改革と組み合わせることで、インドはさらに多くの人々を働かせることができる。 しかしこれには、現在補助金として大手製造業者に約束されている数百億ドルを再配分することで部分的に資金を賄う、慎重に設計されたプログラムが必要となる。
   長期的には、インドの最大の資産である国民を活用するには、保育、教育、医療機関の数と質を増やす以外に方法はない。 これらの分野における現在の公共支出の低水準は、成長の余地が十分にあることを意味するため、チャンスと見るべきである。
   インドはまた、その広大な世界中の印僑を利用して、高度なスキルを持つ人材の数を増やすために新しい高等教育および研究機関を創設する必要がある。 人々が適切なスキルを持ち、アイデアを生み出す機関と連携すれば、起業家精神により、思いもよらない場所で雇用が創出される。 結局のところ、インドのソフトウェア産業を創設したのは民活であって政府ではない。

   保護主義の高まりがこの道を妨げる可能性はあるだろうか? ハイエンドサービスの輸出は、バーチャルで提供される場合、国境で止めるのが難しいため、必ずしもそうではない。 さらに、先進国もそのようなサービスを世界的に販売しているため、米国の経営コンサルタントやベンチャーキャピタルを見れば分かるように、これらの分野における保護主義が魅力的ではなくなることを意味する。 そして、人口の高齢化を考えると、先進国は遠隔医療のようなインドが提供するサービスから多くの利益を得ることができる。

   以上がラジャン教授の論文の主旨だが、インド政府は、経済成長発展のためには、中国の発展路線を踏襲すべく策しているが、インドにはインド特有の問題があり、国情にあった成長政策を推進しない限り失敗するとして、成長政策を提言している。
   世界に冠たるインドのICT分野でのハイテク技術サービス分野での偉業は当然だが、この創造的な高度スキル部門の拡大とは別に、多くの産業分野において、教育や職業訓練を強化して労働者のスキルを向上させて、高度化した知見やスキルを持った労働者を幅広く対象とした雇用を創出する必要があり、かつ、起業家精神を喚起すべきだというのである。要するに、インドの経済社会全体の質の向上、その底上げが必須であり、今回の選挙でその帰趨が問われていると言うことであろうか。
   半世紀以上も前に、ガルブレイス教授が中印大使の時に、インドの欠陥は教育であると言ったことがあるが、IITで世界ハイテク界で冠たるインドも、貧しくて手を抜いている教育が、今でも問題だと言うことであろう。
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PS:ヌリエル・ルービニ「トランプと世界経済リスク像 Trump and the Global Economic Risk Picture」

2024年03月08日 | 政治・経済・社会時事評論
   プロジェクトシンジケートのルービニ教授の「Trump and the Global Economic Risk Picture」
   世界は戦争、大国間の緊張の高まり、その他の地政学的リスクに悩まされているが、これらの要因のほとんどは短期的には経済や市場の見通しに根本的な影響を与えていない。 しかし、11月の米大統領選挙でドナルド・トランプが勝利し、米国が攻撃的な「米国第一主義」の姿勢に戻れば状況は変わる可能性がある。トランプが提案する経済政策の課題は、今や世界中の経済と市場に対する最大の脅威となっている。と言うのである。

   国際情勢や地政学的リスクなどについて詳述しているのだが、要約すると、
   ロシアとウクライナの戦争は相変わらず残忍であるが、その世界的な影響はより穏やかになる可能性が高い。 現在、NATO の直接関与やロシアによる戦術核兵器の使用のリスクは、戦争初期に比べて低下している。
   イスラエル・ハマス戦争もこれまでのところ、地域的および世界的な経済的影響は限定的であるにすぎない。
   米国と中国の間の冷戦、つまり戦略的競争は時間の経過とともに悪化し続ける可能性が高いが、今年は関係がそれほど悪化しない可能性がある。
   台湾問題は今年後半に沸騰する可能性があるが、それが今年や来年に起こる可能性は低い。 中国の経済的弱さと脆弱さにより、米国や西側諸国との対立が薄れる可能性がある。
   同時に、西側諸国のリスク回避、リショアリング、友好国ショアリング、商品、サービス、資本、技術の貿易制限は、短期的にはあまり強化されないであろう。 戦略的競争が管理され続ける限り、世界経済への影響は控えめなものとなろう。
   成長と市場に対する最大の地政学リスクは米国選挙である。 しかしここで、トランプとバイデンが外交政策の優先事項のいくつかを共有していることを認識することが重要である。 民主党も共和党も同様に中国に対してタカ派であり、今後もそうである。
   
   トランプとバイデンの最大の違いは、NATO、欧州、ロシア・ウクライナ紛争への問題である。 トランプがウクライナを放棄し、ロシアを戦争に勝たせるのではないかと心配する向きもあるが、中国に対してタカ派姿勢を維持する公算が大きいため、中国が(台湾に関して)ロシアにウクライナを占領させるシグナルを送ることを懸念する。 さらに、トランプが本当に望んでいるのは、欧州のNATO加盟国が防衛にもっと支出することで、 そうすれば、中国を抑止するためにアジアに軸足を置く同盟の価値を認識するかもしれない。
   第2次トランプ政権が市場に与える最大の影響は経済政策を通じてである。 米国の保護主義政策がさらに厳しくなるのは間違いない。 トランプはすでに、米国へのすべての輸入品に10%の関税を課し(平均関税率は現在約2%)、おそらく中国からの輸入品にはさらに高い関税を課すと述べている。 これは、中国のような戦略的ライバルだけでなく、ヨーロッパやアジアにおける米国の同盟国(日本や韓国など)とも新たな貿易戦争を引き起こすであろう。
   世界的な貿易戦争は成長を抑制し、インフレを上昇させる可能性があり、市場が今後数カ月間に考慮すべき最大の地政学リスクとなる。 このシナリオでは、脱グローバル化、デカップリング、断片化、保護主義、グローバルサプライチェーンの分断化、脱ドル化が、経済成長と金融市場にとってさらに大きなリスクとなるであろう。
   トランプに関連するさらなるスタグフレーションリスクには、気候変動に対する否定的な姿勢や、パウエル米連邦準備制度理事会議長をよりハト派的で柔軟な人物に置き換えようとする可能性が含まれる。
   トランプの財政政策は、すでに高すぎる財政赤字をさらに拡大させるであろう。
    期限切れが迫っている減税は延長されるほか、防衛費や権利への支出も増加するであろう。 債券自警団が最終的にははるかに高い利回りで債券市場に衝撃を与えるリスクが高まる。 民間および公的債務が高水準で増加しており、そうなれば金融危機の恐れが生じるであろう。
   言われているように、「問題は経済だ、バカ」。 トランプが提案する経済政策の課題は、今や世界中の経済と市場に対する最大の脅威となっている。

   以上が、ルービニ教授の見解だが、トランプの経済政策が世界経済に打撃を与えれば、当然、雁字搦めに連結したグローバル経済であるから、ブーメラン効果で、MAGAのアメリカも返り血を浴びてダメッジを受ける。トランプ流の保護主義政策の拡大が、グローバル経済、ひいてはアメリカ経済を益々縮小させて行くのであるから、タダでさえ、疲弊弱体傾向にあるアメリカの国力の進行には益しないのは当然である。

    私が最も心配をしているのは、確たる思想も哲学もなく、嘘八百、欺瞞塗れで、バイデンが論じているように、虎の子の自由と民主主義を叩き潰そうとしているトランプの叛逆的な政治思想の台頭で、先進的な欧米社会が営々として築き上げてきた貴重な民主主義と国際秩序を毀損してしまう可能性があることである。
   尤も、バイデンの勝利で民主党政権が継続しても、現状維持が精々で国際情勢やグローバル経済が特に改善されるとは思えないし、
   過去4年のトランプ治政でもそれ程激震があったわけでもなかったので、揺り戻し程度で治ると思うのだが、
   国際情勢や地政学秩序が、独裁的専制体制に傾くのだけは回避して欲しいと願っている。
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PS:アン・O・クルーガー 「 アメリカの鉄鋼狂気 America's steel madness」

2024年02月22日 | 政治・経済・社会時事評論
   プロジェクト・シンジケートの論文アン・O・クルーガー 「 アメリカの鉄鋼狂気 America's steel madness」が非常に興味深い。

   昨年末、日本製鉄は、US スチール コーポレーションを 141 億ドルで買収することで合意に達したと発表した。これにより、同社は生産能力で世界第 2 位の鉄鋼生産会社となる。 日鉄は、USスチールの名前を保持し、ピッツバーグに本社を置き、労働組合が代表する労働者とのすべての契約を尊重し、生産性を日本のレベルに近づけるための技術アップグレードを行う製造施設を維持することに同意した。 そして日本製鉄は、既存の生産施設や雇用を海外に移さないことを約束した。 素晴しい取引である。
   ところが、現実認識の欠如した米国の政治家やバイデンさえも、寄って集って買収反対ののろしを上げている。アメリカ経済の起死回生とも言うべきこの妙手を叩き潰そうとするなんて madness 正気の沙汰とは思えない と言うのである。

   この発表は超党派の強力な政治的反発に見舞われた。 共和党のJ.D.バンス上院議員は、この取引は「米国の防衛産業基盤の重要な部分」を外国人に「現金で」「競売にかけること」に等しいと述べた。 民主党のジョー・マンチン上院議員は、これを米国の国家安全保障に対する「直接の脅威」と呼んだ。 民主党のシェロッド・ブラウン上院議員はジョー・バイデン米大統領に対し、「米国の鉄鋼産業、米国の鉄鋼労働者、そして国家と経済の安全を守るためのあらゆる選択肢を検討する」よう求めた。ホワイトハウスは現在、この協定の「真剣な精査」を求めており、これには米国の安全保障上の利益に適合するかどうかを判断する対米外国投資委員会(CFIUS)による審査も含まれる。 全米鉄鋼労働組合も買収に反対を表明している。

   しかし、こうした反対はすべて事実上理解不可能であり、それは全米鉄鋼労組が従業員の雇用と組合契約の遵守を保証しているからというだけではなく、 実際、政治指導者らはこの協定を歓迎すべきであり、この協定は米国の経済と労働者、そしておそらくは米国の外交政策と安全保障にさえも広範な利益をもたらすことを約束している。
   バイデンは、3つの主要な経済政策目標を定めている。外国直接投資の奨励などにより「良い仕事」の数を増やす。 米国の製造と現地生産を強化する。 そして最新テクノロジーの導入を加速する。 バイデンはまた、より多くの貿易、特に重要な物品の輸入を米国の同盟国に振り向けること、いわゆるフレンドショアリングを目指している。
   この鉄鋼合併はこれらすべての目標を前進させると同時に、米国の主要同盟国との関係を強化する可能性がある。

   何故、日鉄のUSスチール買収が得策なのか、時代背景から説明すると次の通り。
    第二次世界大戦終戦時、日本の鉄鋼会社は、当時アメリカの工業化の象徴であったUSスチールを含むアメリカの鉄鋼会社に比べて生産性がはるかに低かった。 しかし、その後数十年にわたり、日本の鉄鋼産業は急速な進歩を遂げ、1970年代には生産性が米国の鉄鋼産業を上回った。コスト競争では勝てないので、米国の生産者は長い間関税による保護を求めてその保護を受けてきたが、保護主義ですらこのギャップを埋めることはできず、米国の鉄鋼は世界くなっている。
   米国の鉄鋼産業の雇用は長年にわたって急減し、1987~91年の18万人超から、2010年には8万7,100人、2022年には8万3,200人となった。しかし、これを外国との競争のせいではなく、雇用の減少は主にテクノロジーによる生産性の向上の結果である。米国では 1 トンの鉄鋼を生産するのに、1980 年代には 10.1 人時かかっていたが、現在はわずか 1.5 人時で、このような大幅な生産性向上の中で雇用を安定的に維持するには、鉄鋼消費量を2倍以上に増加させる必要があったであろう。
   日本製鉄が採用した重要な技術革新は、生産性の高い電気炉だったが、 USスチールは依然として、鉄鉱石と石炭を使用する高コストで古く、より労働集約的な高炉への依存度を高めている。その結果、US スチールのコストは他のアメリカの生産会社と比較しても特に高く、 買収が発表された当時、USスチールは1970年代以来ほぼ継続的に国内および世界の市場シェアを落として、2008年の8位から2022年には27位に落ち、米国の大手鉄鋼メーカーの中で最も収益性が低く利益も低かった。

    したがって、日本製鉄による US スチールの買収とそれに伴う技術の向上により、この衰退は逆転するはずである。 取引条件は、この買収により米国の鉄鋼業界の生産性が向上する可能性が高いことを意味している。 米国の鉄鋼価格が下落すると、鉄鋼を輸入するインセンティブが低下し、冷蔵庫や自動車などの製品を製造する米国のメーカーはコストを削減できるため、競争力が高まるだろう。 これらすべてが米国の製造業と技術基盤を強化し、米国での「良い仕事」の継続的な提供、そして可能性のある創出を確実にするであろう。
   バイデンの最大の経済政策目標3つすべてを推進する大企業の取引はそれほど多くない。 鉄鋼労働者を含むすべてのアメリカ人はこれを歓迎すべきである。 US スチールの運命を逆転させ、アメリカの鉄鋼産業の見通しを改善する本当の機会を意味するこの出来事を歓迎すべきである。 代替案は暗い。もし買収が承認されなければ、米国の鉄鋼産業は保護関税に依存し続けることになり、他の米国産業はより高い鉄鋼価格を支払わされることで競争力を失い続けることになる。
   一方、外国関係者は米国で生産的な投資を追求することを思いとどまるだろう。 もし日本企業がアメリカの国家的、経済的安全保障を危険にさらすことなく、現代技術を導入し、労働者や工場の生産能力を維持しながらアメリカに製造施設を所有できないとしたら、外資系企業はアメリカ国内で何かを生産できるであろうか。

   クルーガーの論文は、理路整然。疑問の余地なく明快である。
   この程度の知恵さえもないアメリカ人の世論の行くへが世界を操作していると思うと恐ろしくなる。

   アン・O・クルーガーは元世界銀行チーフエコノミストであり、元国際通貨基金第一副専務理事であり、ジョンズ・ホプキンス大学高等国際問題大学院の国際経済学の上級研究教授である。
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PS:クリス・パッテン「トランプが勝てば中国も勝つ If Trump wins, so will China」

2024年02月20日 | 政治・経済・社会時事評論
   PSのクリス・パッテンの論文「トランプが勝てば中国も勝つ If Trump wins, so will China」
   もし、トランプが再選されれば、彼が米国を独裁主義への道に導くこと、そして、世界の趨勢が中国体制へ振れ動くことはほとんど疑いがないと言う。

   第二次世界大戦の最も暗い日々、ドイツ軍がイギリス諸島への侵攻を準備していた頃、ウィンストン・チャーチル首相は同胞の士気を高める任務を引き受け、国民に、「西を見よ、大地は輝いている」と指し示した。 アメリカ生まれの母親の影響でアメリカに親近感を抱いたチャーチルは、全体主義ナチスの脅威に直面してもアメリカは自由民主主義の価値観を守り続けると自信を持って主張し、この宣言には、必要に応じて米国が英国や他の西欧の自由民主主義諸国を支援するという希望があること示したのである。
   しかし、今日、西を見ると、地平線上に暗い雲が垂れ込めている。 仮にトランプが11月の大統領選挙で勝利したとしたら、前任者たちがそうしたように、彼がNATOを擁護したり、自由民主主義の価値観を擁護したりするという保証はない。 同様に、共和党指導者がアメリカの民主主義同盟国よりもロシアのウラジーミル・プーチン大統領のような権威主義的指導者を好むことを考えると、ウクライナが同氏の支持に頼れる可能性はほとんどない。長年にわたり、「西側」は、世界中で自由民主主義社会の略語として使用されてきた。 歴史的に、米国大統領は、公式非公式を問わず、共通の価値観と原則によって団結し、この同盟の事実上の指導者としての役割を果たしてきた。 しかし、2025年にトランプがホワイトハウスに復帰する可能性が高まっており、この連立政権の安定性に疑問が生じている。
   西側民主同盟は、自由で公正な選挙を信じないアメリカ大統領に耐えられるであろうか? 現在4件の刑事起訴と91件の重罪に直面しているトランプは、法の支配を民主的統治の基本的な柱としてではなく、批判者や敵とみなされる人々との折り合いを付ける手段と考えているようだ。 もし彼が選出されれば、彼の2期目が米国を権威主義的統治への道へと導くことはほとんど疑いがない。

   西側諸国と中国の統治モデルが世界の優位性をめぐって競争中、トランプの勝利の可能性によりバランスが後者に傾く可能性がある。 スティーブ・ツァン氏とオリビア・チャン氏は、洞察力に富んだ近著『習近平の政治思想』の中で、中国国家主席は戦後の自由主義的な国際秩序に代わるものを提案していないと主張している。 むしろ、習の戦略は、中国を単一の指導者、つまり自分自身が統治するレーニン主義一党独裁国家という彼のビジョンに根ざしている。
   その結果、習主席の国内政治的利益は、世界的責任に関するいかなる概念にも常に影を落としている。 彼は、統治者が神の選択から正統性を導き出すという儒教の「天命」の概念を信奉しており、自分の政権が最盛期の帝国中国と同様の敬意をもって扱われることを期待している。
   さらに、習は中国の権威主義体制を他国が模倣すべき統治モデルとして繰り返し宣伝してきた。 国々に、特にグローバル・サウス諸国に選択肢が与えられたとき、西洋型の民主主義よりも中国モデルの方が魅力的だと考えるであろうと信じている。 トランプが11月に勝利し、汚職と混乱に悩まされる政権を率いる場合、こうした状況が起こる可能性は十分にある。

   自由民主主義の秩序が存続するためには、西側諸国は、80年近くにわたる相対的な平和と繁栄の間、自国の成功を支えてきた原則を守らなければならない。 しかし、ウクライナ、東アジア、中東でこれらの価値観のために戦うだけでは十分ではない。 国内でも同様に遵守されなければならない。
   トランプがこの感情を共有していないことは明らかであり、彼の仲間の共和党員も同様であり、ほぼ全員が自らの政治的将来を守るために原則を放棄したか、少なくともそれを隠している。 米国外に住み、米国の功績と建国の理念を称賛する私たちは、米国人が11月に投票する際に正しい選択をできるよう祈っている。 そのとき、そしてそのとき初めて、私たちはチャーチルと同じ自信を持って、「西の方を見よ、あの地は明るい」と宣言できるようになるであろう。

   痩せても枯れても、アメリカは、自由と平等の民主主義の旗頭であって、市民社会を大切にする公序良俗を旨とした平和な国際秩序、そして、80年近くにわたる相対的な平和と繁栄の時代の継続が、民主主義を破壊しても意に介せぬ「もしトラ」現象の台頭で、危うくなってきた。
   米国が権威主義的な独裁体制への道へ傾斜して国際秩序の維持を軽視して行けば、当然、世界の趨勢は、独裁的な専制国家体制に移って行くのは必然で、民主主義が退潮して行く。
   西側の大国アメリカが、絶対に道を踏み外すことのない常に信頼の置ける希望の国であって、世界がどんなに躓こうとも、正しい方向に導いてくれるリーダーである、と安心しきってきた。
   親愛なるアメリカ国民よ、11月の選挙でトランプ政権になることだけは阻止して、健全なる自由民主主義の国際秩序を死守してくれ!
   クリス・パッテン提督の希いであろう。
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PS:ヌリエル・ルービニ「人工知能 vs. 人間の愚かさ Artificial Intelligence vs. Human Stupidity」

2024年02月11日 | 政治・経済・社会時事評論
   プロジェクト・シンジケートのルービニ教授の論文「Artificial Intelligence vs. Human Stupidity」、Human Stupidityが面白い。

   ダボスで開催された今年の世界経済フォーラム会議以来、何度も最大の教訓を尋ねられてきた。 今年最も広く議論された問題の 1 つは、人工知能、特に生成 AI であった。 最近の大規模な言語モデル (ChatGPT を強化するモデルなど) の採用により、AI が将来の生産性と経済成長に何ができるかについてだが、多くの期待と誇大宣伝が行われてきた。
   この疑問に答えるには、世界は 、AI よりもはるかに人間の愚かさに支配されていることに留意すべきである。 それぞれが広範な「ポリクライシス」の要素である巨大脅威の蔓延は、政治があまりにも機能不全に陥り、政策があまりにも誤った方向にあることを裏付けており、将来に対する最も深刻で明白なリスクにさえ対処することができない。 これらには、莫大な経済的コストをもたらす気候変動が含まれており、 破綻国家は気候変動難民の波をさらに大きくする。 そして、繰り返される毒性のパンデミックは、新型コロナウイルス感染症よりも経済的に大きなダメージを与える可能性がある。とルービニ教授は言う。

   さらに悪いことに、危険な地政学的な対立は、米国と中国のような新たな冷戦に発展し、さらにはウクライナや中東のような爆発可能性のある熱戦に発展した。 世界中で、超グローバリゼーションと省力化テクノロジーによって引き起こされた所得と富の不平等の拡大が、自由民主主義に対する反発を引き起こし、ポピュリスト的で独裁的で暴力的な政治運動の機会を生み出している。
   持続不可能な水準の民間債務と公的債務は、債務危機や金融危機を引き起こす恐れがあり、インフレやスタグフレーションによるマイナスの総供給ショックが再び起こる可能性もある。 世界的な広範な傾向は、保護主義、脱グローバル化、デカップリング、脱ドル化に向かっている。
   さらに、成長と人類の福祉に貢献する可能性のある同じ勇敢な新しい AI テクノロジーも、大きな破壊的な可能性を秘めている。 これらはすでに、偽情報、ディープフェイク、選挙操作をハイパードライブに押し込むために利用されており、恒久的な技術的失業やさらには深刻な不平等に対する懸念を引き起こしている。 自律型兵器の台頭と AI によって強化されたサイバー戦争も同様に不気味である。

   AI の眩しさに目がくらんで、ダボス会議の出席者はこれらの巨大脅威のほとんどに焦点を当てなかったが、 これは驚くことではない。 私の経験では、WEF の時代精神は、世界が実際にどこに向かっているのかを示す逆指標である。 政策立案者やビジネスリーダーは、自分たちの考えを誇大広告し、ありきたりな言葉を吐き出すためにそこに集まっている。 それらは一般通念を表しており、多くの場合、世界経済やマクロ経済の発展を裏側から見ることに基づいている。

   したがって、2006年のWEFの会合で、世界的な金融危機が近づいていると私が警告したとき、私は運命の人として無視された。 そして、2007年に、私が、多くのユーロ圏加盟国が間もなくソブリン債務問題に直面するだろうと予測したとき、私はイタリアの財務大臣から口頭で罵倒された。 2016年、中国の株式市場の暴落は世界金融危機の再発を引き起こすハードランディングの前兆ではないかと皆が私に尋ねたとき、私は、正しくは、中国はでこぼこではあるが、なんとか着陸するだろうと主張した。 2019年から2021年にかけて、ダボス会議での流行の話題は2022年に崩壊した仮想通貨バブルだった。その後、焦点はクリーンでグリーンな水素に移ったが、これもすでに消えつつある流行である。

   AIに関して言えば、このテクノロジーが今後数十年で世界を実際に変える可能性は非常に高い。 しかし、将来の AI テクノロジーと産業がこれらのモデルをはるかに超えていくことを考えると、WEF が 汎用AI に焦点を当てていることはすでに見当違いであるように思える。 たとえば、現在進行中のロボット工学と自動化の革命を考えると、これにより、私たちと同じように学習してマルチタスクを実行できる、人間に似た機能を備えたロボットの開発が間もなく行われるであろう。 あるいは、AI がバイオテクノロジー、医療、そして最終的には人間の健康と寿命に何をもたらすかを考えてみよう。 量子コンピューティングの発展も同様に興味深いものであり、最終的には AI と融合して高度な暗号化およびサイバーセキュリティ アプリケーションが生み出されることになる。
   同じ長期的な視点が気候に関する議論にも適用される。 この問題は、再生可能エネルギー(成長が遅すぎて大きな変化を生むことができない)や、二酸化炭素回収・隔離やグリーン水素などの高価な技術では解決できない可能性が高まっている。 その代わり、今後 15 年以内に商用炉が建設できれば、核融合エネルギー革命が起こるかもしれない。 この豊富な安価でクリーンなエネルギー源と、安価な淡水化および農業技術を組み合わせることで、今世紀末までに地球上に住むことになる 100 億人を養うことができる。
   同様に、金融サービスにおける革命は、分散型ブロックチェーンや暗号通貨を中心としたものではない。 むしろ、すでに決済システム、融資と信用配分、保険引受、資産管理を改善している、AIを活用した集中型フィンテックを特徴とするものとなるであろう。 材料科学は、新しいコンポーネント、3D プリンティング製造、ナノテクノロジー、合成生物学に革命をもたらすであろう。 宇宙探査と開発は、私たちが地球を救い、惑星外での生活様式を生み出す方法を見つけるのに役立つ。

   これらや他の多くのテクノロジーは、世界をより良い方向に変える可能性がある。
   しかし、それは私たちがそれらのマイナスの副作用を管理でき、私たちが直面しているすべての巨大な脅威を解決するために使用される場合に限る。
    人工知能が、いつか人間の愚かさを克服してくれることを期待している。
   しかし、先に、人間が自分自身を破壊してしまうと、そのチャンスは決して得られない。

   以上がルービニ教授の論旨だが、著書「メガスレット」の主張の繰り返しであるが、最後の文章、AIの進化など多くのテクノロジーの発展は、人類の未来にとっては朗報だが、愚かさ故に破綻を招きかねないと言う結論が重要である。
   ダボスのWEFで、唯一人2008年の世界的金融危機を予言したにも拘わらず、「破滅博士」と揶揄されて袋だたきに遭ったのが余程腹に据えかけているのであろう、
   WEF の時代精神は、世界が実際にどこに向かっているのかを示す逆指標であって、政策立案者やビジネスリーダーは、自分たちの考えを誇大広告し、ありきたりの駄弁を弄するだけで、これが一般通念であり、多くの場合、世界経済やマクロ経済の発展を裏側からしか見ていない。と糾弾し、今回のダボスも、AI の眩しさに目がくらんで、人類を危機に追い詰めつつある巨大脅威のほとんどに焦点を当てなかった愚かなイベントだったと言わんばかりである。
   人類の文化文明のみならず、人類社会そのものを吹っ飛ばしてしまうかも知れない多重の巨大危機たる「メガスレット」を無視して、何のAIであり人類の未来か、と言うことであろう。
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PS:ジョセフ・ナイ「アメリカの偉大さと衰退 American Greatness and Decline」

2024年02月06日 | 政治・経済・社会時事評論
   プロジェクト・シンジケートのジョセフ・ナイ教授の「アメリカの偉大さと衰退 American Greatness and Decline」

   トランプが11月にホワイトハウスに返り咲けば、今年は米国の力にとって転換点となる可能性がある。 植民地時代以来アメリカ人を悩ませてきた衰退への恐怖は正当化されるであろう。
   ほとんどのアメリカ人が、アメリカは衰退していると信じているが、トランプは「アメリカを再び偉大にする」ことができると主張している。 しかし、トランプの前提はまったく間違っており、米国にとって最大の脅威となるのはトランプが提案する救済策だ。と言うのである。

   ナイ教授は、アメリカ人には衰退を心配してきた長い歴史がある。として、17 世紀にマサチューセッツ湾植民地が設立されて間もなく、一部の清教徒は以前の美徳が失われたことを嘆いたことから説き起こして、アメリカ人の衰退観の歴史を述べ、
   衰退という考え方は明らかにアメリカ政治の生々しい神経に触れており、党派政治にとって頼りになる材料となっている。 場合によっては、衰退への不安が、利益よりも害をもたらす保護主義的な政策につながることもある。 そして時々、傲慢な時期がイラク戦争のような行き過ぎた政策につながることもある。 アメリカの力を過小評価しても過大評価しても美徳はない。と言う。

   地政学に関しては、絶対的な衰退と相対的な衰退を区別することが重要である。 相対的な意味で言えば、アメリカは第二次世界大戦後ずっと衰退の一途をたどっている。 世界経済の半分を占め、核兵器(ソ連が1949年に取得)を独占することは二度とないであろう。 戦争により米国経済は強化されたが、他国の経済は弱体化した。 しかし、世界の他の国々が回復するにつれて、世界の GDP に占めるアメリカのシェアは 1970 年までに 3 分の 1 に低下した (おおよそ第二次世界大戦前夜のシェア)。ニクソン大統領はこれを衰退の兆しとみなし、ドルを金本位制から外した。 しかし、半世紀経った今でもドルの価値は非常に高く、世界の GDP に占めるアメリカのシェアは依然として約 4 分の 1 であり、また、アメリカの「衰退」が冷戦での勝利を妨げるものでもなかった。

   今日、中国の台頭は米国の衰退の証拠としてよく引用される。 米中力関係を厳密に見ると、確かに中国有利の変化があり、それは相対的な意味での米国の衰退として描写することができる。 しかし、絶対的な観点から言えば、米国は依然として強力であり、今後もそうである可能性が高い。 中国は強力な競合相手だが、大きな弱点もある。 全体的な力のバランスに関して言えば、米国には、中国に比べて、少なくとも 6 つの長期的な利点がある。

   第1は、地理で、米国は 2 つの海と 2 つの友好的な隣国に囲まれている一方、中国は 14 か国と国境を接しており、インドを含むいくつかの国と領土紛争を抱えている。
   第2は、中国が輸入に依存しているのに対し、アメリカは相対的なエネルギーの独立性を保持している。
   第3に、米国は大規模な多国籍金融機関とドルの国際的役割から権力を得ている。 信頼できる基軸通貨は自由に交換可能であり、深い資本市場と法の支配に根ざしていなければならないが、そのすべてが中国には欠けている。
    第 4 に、米国は、現在世界人口ランキングでその地位 (3 位) を維持すると予測されている唯一の主要先進国として、相対的な人口動態上の優位性を持っている。 世界の経済大国15カ国のうち7カ国では、今後10年間で労働力が減少するだろうが、米国の労働力は増加すると予想されており、中国の労働力は 2014 年にピークに達した。
   第5に、アメリカは長年にわたり主要技術(バイオ、ナノ、情報)において最前線に立ってきた。 中国は研究開発に多額の投資を行っており、現在では特許の点で優れた成績を収めているが、独自の基準によれば、中国の研究大学は依然として米国の研究機関に劣っている。
    最後に、国際世論調査では、ソフトな吸引力において米国が中国を上回っていることが示されている。

   全体として、米国は 21 世紀の大国競争において強力な地位を占めている。 しかし、米国人が中国の台頭に対するヒステリーに屈したり、中国の「ピーク」に対する自己満足に屈したりすれば、米国は、カードの使い方を誤る可能性がある。 強力な提携や国際機関への影響力など、価値の高いカードを破棄することは重大な間違いである。 アメリカを再び偉大にするどころか、大きく弱体化する可能性がある。
   アメリカ人は中国の台頭よりも、国内でのポピュリスト・ナショナリズムの台頭の方を恐れている。 ウクライナ支援の拒否やNATOからの脱退などのポピュリスト政策は、米国のソフトパワーに大きなダメージを与えるであろう。 トランプが11月に大統領選に勝利すれば、今年は米国の力にとって転換点となる可能性がある。 最後に、衰退感が正当化されるかもしれない。
   たとえ対外的な力が優勢なままであっても、国はその内なる美徳や他国にとっての魅力を失う可能性がある。 ローマ帝国は共和政形態を失った後も長く続いた。 ベンジャミン・フランクリンは、建国者たちが作り上げたアメリカ政府の形態について、「維持できれば共和制だ」と述べた。 アメリカの民主主義がより二極化して脆弱になっている限り、その発展こそがアメリカの衰退を引き起こす可能性がある。

   ナイ教授は、冒頭で、18世紀、建国の父たちは新しいアメリカ共和国をどのように維持するかを考える際にローマの歴史を研究した。 と書いている。
   トランプは、アメリカの建国の精神のみならず民主主さえ崩壊させようとしていると辛口の評論を続けているが、さらに、トランプの再登場だとすると、弱体化しつつあるアメリカが、更に衰退への道を加速するであろう、と言うのである。
   それも、アメリカの政治が修復不可能な状態にまで二極化に分断され、アメリカが営々と築き挙げてきた虎の子の文化文明の価値、そして、貴重なスマートパワーを葬り去ろうとするポピュリズムの波がアメリカを翻弄しているのであるから、 尚更である。
   中国との国力比較は、ナイ教授の持論で前にも紹介したが、いずれにしろ、まだ、一等国であり衰えてはいない、アメリカ人よ、自信を持て、と言いたいのであろう。
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PS:ジョセフ・スティグリッツ「バイデン政権の最近の独禁法での勝利は我々全員を助ける」

2024年01月22日 | 政治・経済・社会時事評論
   PSのスティグリッツ教授の「バイデン政権の最近の独禁法での勝利は我々全員を助ける The Biden Administration’s Recent Antitrust Wins Help Us All」

   米国における企業の市場支配力の着実な増大は、生産性の伸びを阻害し、不平等をもたらし、一般の米国人の生活水準を低下させてきた。 幸いなことに、米国の独占禁止当局は、ついにこの問題を真剣に受け止め、国民に代わって重要な勝利を記録しつつある。
   すなわち、アメリカ経済をスキューして害を成してきた企業の市場支配力を抑制するために、バイデン政権が独禁法政策を強化したと言うのである。

   本来、市場が機能するのは競争である。 しかし、競争は利益を減少させる傾向があるので、 通常の資本利益率を超える利益を得ることが目的である典型的なビジネスパーソンはそれを嫌い、企業は競争を避ける。 「同業者が、たとえ陽気な目的や気晴らしのためであっても、一堂に会することはめったにない。しかし、その会話は結局、大衆に対する陰謀か、あるいは価格つり上げのための何らかの策略で終わる。」とアダム・スミスが 250 年前に述べている。
   少なくとも 130 年間、米国政府は市場での競争を確保しようと絶え間ない戦いを続けてきた。しかし、企業の弁護士は、新しい方法を考案するなどして、企業は常に競争を回避する新手法を編み出してきたので、 政府は、技術の急速な進歩はおろか、これらの慣行のいずれにも追いついてこれなかった。

   現在、米国の市場支配力が増大しているという圧倒的な証拠が存在する。 これは、企業利益の拡大(リスク調整後のリターンをはるかに上回る)、各セクターへの市場集中の増加、新規参入者の減少である。 アメリカ人は、世界中で最もダイナミックな経済を持っており、現在新たな革新的な時代の先端にあると考えたがるが、しかし、データはそのような主張を否定している。
   イノベーションの標準的な尺度である全要素生産性を考えてみよう。これは、労働や資本などの投入量の増加によって説明できる以上の生産量の増加を指す。 新型コロナウイルス感染症のパンデミック前の 15 年間、米国経済全体の TFP の伸びは、それまでの 15 年間の 3 分1に過ぎない。 イノベーション時代の到来はこれで終わりであり、さらに悪いことに、自著『人材、権力、利益』で主張したように、市場支配力の増大も不平等拡大の一因となっている。

   しかし、幸いなことに、悲惨なニュースが絶えないこの時代に、この面では前向きな発展が見られた。 バイデン米大統領政権による競争の維持・強化に向けた取り組みが実を結んでいる。 たとえば、連邦反トラスト当局からの圧力により、Adobe と Figma (「インターフェース設計のための共同 Web アプリケーション」) との 200 億ドルの合併は中止された。 さらに、バイオテクノロジー企業イルミナは、米国連邦取引委員会が、両社の提携が「価格上昇と選択肢の減少を伴いながら、多がん早期発見(MCED)検査の米国市場におけるイノベーションを減少させるだろう」と主張したことを受けて、GRAILからの撤退に同意した。
   さらに重要なことは、FTC と司法省が、米国の独占禁止法の伝統にしっかりと根付いた重要な新しい境界線を画定する最新の合併ガイドラインを発行したことである。 例えば、ガイドラインでは、「競争を実質的に低下させる可能性がある」合併・買収を禁止することで、反競争的な状況の芽を摘むことを目的とした1914年のクレイトン法を挙げている。 絶対的な確実性を持って予測できるものは何もないため、「かもしれない」という言葉は非常に重要である。 2012 年当時、Facebook による Instagram の買収により競争が減少すると確信していた人もいるであろう。 しかし、オバマ政権は、バイデン政権ほど市場支配力の集中に対して警戒していなかった。
   新しいガイドラインはまた、買収や合併によって企業の市場支配力が深化、拡大、延長される可能性があるという考えである定着化にも重点を置いている。 この変化は、競争が本来あるべき動的な現象として見られるようになるということを意味している。 重要なのは、水平合併だけでなく、垂直合併もより厳しい監視の対象となることである。
   競争が限られている状況下では、このような合併が強力な悪影響を及ぼす可能性があることは以前から既知であった。 しかし「シカゴ経済学者」らは、市場には本来的に競争力があると主張し、独占禁止当局は水平的な合併・買収のみに焦点を当てるべきだと主張し、裁判所もおおむね同意していた。 イルミナ/GRAILの判決は、裁判官が垂直合併がもたらす危険性を認識し始めたことを示唆している。

   同様に、新しいガイドラインは、クレジットカード、航空券の予約、劇場のチケットからライドシェアリングに至るまで、今日の反競争的行為の多くが行われている大規模なプラットフォームに独占禁止当局が対処するのに役立つ。 (完全な開示:私はこれらの訴訟のいくつかで専門証人を務めた。)支配的なプラットフォームから得られる持続的な高い利益は卑劣なものになった。 ここでの市場支配力の成長を芽のうちに摘むことが特に重要である。 新しいガイドラインのダイナミックなアプローチは特に効果的である可能性がある。

   我々は皆、市場支配力に苦しんでいる。市場支配力が市場を歪め、全体的な生産性を低下させ、企業が価格を引き上げることを可能にし、その結果、生活水準が低下する。 同時に、市場支配力の拡大と労働力の弱体化が組み合わさって賃金が抑制され、生活水準はさらに低下していく。
   スミスは正しかった。市場支配力との戦いは終わりがない。 しかし、バイデン政権は少なくとも一般のアメリカ人にとってはポイントを獲得した。 これは、極めて敵対的な政治環境の中でのまた一つの素晴らしい成果である。

   スティグリッツ教授の論理は極めてシンプルで疑問の余地なく、先日レビューしたルービニ教授の「メガスレット」での脱グローバル化反論と相通じる論旨で、非常に興味深い。
   重要な軍事情報に関すケースはともかくも、たとえ、AIやデジタル技術に対する高度なハイテク技術や情報についても、グローバル経済の発展ためには、オープンすべきという論旨であろう。
   しかし、米中の対立が激しく、新冷戦に突入して、世界が分断状態にある現状では、どうであろうか。
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PS:ダニ・ロドリック「4 つの最大の経済的挑戦に立ち向かう Confronting Our Four Biggest Economic Challenges」

2024年01月11日 | 政治・経済・社会時事評論
   プロジェクト・シンジケートのダニ・ロドリック教授の論文「Confronting Our Four Biggest Economic Challenges」

   ロドリック教授は、昨年同様に今年も激動の年となり、世界経済が転換点にあることが確認されたとして、 4 つの大きな経済的挑戦に直面している。と指摘。それは、気候変動、適正雇用問題、経済発展危機、そしてより新しく健全な形のグローバリゼーションの模索である。それぞれに対処するには、確立された思考様式を離れ、創造的で実行可能な解決策を模索する必要があるが、その一方で、これらの取り組みは必然的に調整されておらず、実験的なものになることを認識している。と説く。

   気候変動は最も困難な課題であり、最も長い間無視されてきた課題であり、多大な費用がかかる。 人類をディストピア的な未来に追いやるのを避けたいなら、世界経済の脱炭素化に向けて迅速に行動しなければない。 化石燃料から手を引き、環境に優しい代替燃料を開発し、過去の不作為がすでに引き起こした永続的な環境破壊に対する防御を強化しなければならない。 しかし、このうちのほとんどが、世界的な協力や経済学者が好む政策によって達成される可能性は低いことが明らかになってきている。
   その代わりに、米国、中国、欧州連合がすでに行っているように、各国はそれぞれのグリーンアジェンダを推進し、特定の政治的制約を最もよく考慮した政策を実施することになるであろう。 その結果、排出量の上限、税制上の優遇措置、研究開発支援、グリーン産業政策がごちゃ混ぜになり、世界的な一貫性がほとんどなく、場合によっては他国にコストがかかることになる。 厄介なことかもしれないが、気候変動対策を無秩序に推進することが、現実的に望む最善の策かもしれない。

   しかし、我々が直面する脅威は物理的環境だけではない。 不平等、中流階級の浸食、労働市場の二極化は、我々の社会環境に同様に重大なダメージを与えており、 その影響は今や広く明らかになっている。 各国内の経済的、地域的、文化的格差は拡大しており、外国人排斥的で権威主義的なポピュリストへの支持の高まりと、科学技術の専門知識に対する反発の高まりを反映して、自由民主主義(とそれを支える価値観)は衰退しているように見える。
   社会的移転や福祉国家は役立つかもしれないが、最も必要なのは、アクセスを失った低教育の労働者に良質な仕事の供給を増やすことである。大学の学位を持たない人々に尊厳と社会的評価を与えることができる、より生産的で高報酬の雇用の機会を必要としている。 このような雇用の供給を拡大するには、教育へのさらなる投資と労働者の権利のより強力な擁護だけでなく、将来の雇用の大部分が創出されるサービス向けの新しいブランドの産業政策も必要となる。

   製造業の雇用が時間の経過とともに失われることは、自動化の進展と世界的な競争の激化の両方を反映している。 発展途上国はどちらの要因にも影響を受け、 多くの人が「時期尚早の産業空洞化」を経験している。正規の生産性の高い製造企業への労働者の吸収は現在非常に限られており、これは東アジアや他のいくつかの国で非常に効果的だった輸出指向の開発戦略を追求することが妨げられていることを意味する。 気候変動の問題と併せて、低所得国の成長戦略におけるこの危機は、まったく新しい開発モデルを必要としている。
   先進国と同様、サービスは低・中所得国の主な雇用創出源となるであろう。 しかし、これらの経済圏におけるほとんどのサービスは、非常に小規模で非公式な企業 (多くは個人事業主) によって支配されており、模倣すべきサービス主導の開発の既成モデルは本質的に存在しない。 政府は、グリーン移行への投資と労働を吸収するサービスの生産性向上を組み合わせて実験する必要があるであろう。

   最後に、グローバリゼーション自体を再考案する必要がある。 1990 年以降の超グローバル化モデルは、米中の地政学的競争の台頭と、国内の社会、経済、公衆衛生、環境への懸念の優先順位の高まりによって凌駕された。 このようなグローバリゼーションはもはや目的に適わなくなっており、国家のニーズと、国際貿易と長期的な海外投資を促進する健全な世界経済の要件とのバランスを再調整する新しい理解に置き換える必要がある。
   おそらく、新しいグローバリゼーションモデルは、国内の課題や国家安全保障上の責務に対処するために政策の柔軟性を高めることを望むすべての国(大国だけでなく)のニーズを反映した、あまり押し付けがましくないものとなるであろう。 一つの可能性としては、米国または中国が自国の安全保障上のニーズに対して過度に拡大的な見方をし、世界的な優位性(米国の場合)または地域的な支配(中国)を求める可能性がある。 その結果、貿易と投資がゼロサムゲームとして扱われ、経済の相互依存が「武器化」され、経済が大幅に分断されることになるであろう。
   しかし、両国が調整と協力を通じて競合する経済目標をよりよく達成できると認識し、両国が地政学的な野心を抑制する、より好ましいシナリオもあり得る。 このシナリオは、たとえそれが超グローバル化には及ばないとしても、あるいはおそらくそれが理由で、世界経済にうまく役立つ可能性がある。 ブレトンウッズ時代が示したように、世界の貿易と投資の大幅な拡大は、各国が国内の社会的結束と経済成長を促進するためのかなりの政策自主性を保持する、希薄なグローバリゼーションモデルと両立する。 大国が世界経済に与えられる最大の贈り物は、自国の国内経済をうまく管理することである。

   これらすべての課題には、新しいアイデアとフレームワークが必要である。 従来の経済学を窓から投げ捨てる必要はない。 しかし、関連性を維持するために、経済学者は自分たちの取引ツールをその時の目的や制約に適用することを学ばなければならない。 政府が過去の戦略に従わない行動をとった場合には、実験を受け入れる姿勢を持ち、同情的でなければならないであろう。

   以上がダニ・ロドリック教授の見解。
   気候変動やグローバリゼーションへの記述は一般的だとしても、大卒ではない低学歴の労働者への思いやりや、低・中所得国の経済開発など、米国オリジンではない経済学者である所為もあるのか、結局、格差をなくして全体を底上げしないと経済社会の発展も安寧もないという優しい視点が興味深い。

   さて、ユーラシアグループの「2024 年 10 大リスク」で指摘した経済的な要因は、リスク No.6 回復しない中国、リスク No.7 重要鉱物の争奪戦、リスク No.8 インフレによる経済的逆風、リスク No.9 エルニーニョ再来 、強いて加えれば、リスク No.10 分断化が進む米国でビジネス展開する企業のリスク。
   念のため、ルービニ教授の「メガスレット」での10大脅威は、殆ど経済的要因で、積み上がる過剰債務、人口の時限爆弾、大スタグフレーション、通貨暴落と金融の不安定化、脱グローバル化、米中新冷戦、気候変動。
   それぞれ、すべて、脅威であり課題ではあるのだが、分析の切り口の違いが面白い。
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PS:ナンシー・チェン「中国の若者の失業は見た目ほど悪いのか?Is Chinese Youth Unemployment as Bad as It Looks?」

2023年12月20日 | 政治・経済・社会時事評論
   最近、経済の悪化とビッグテックや教育軽視などの政策が相まって、中国の若者の失業率は、20%を超えて、将来を約束されていた超一流大学を出ても就職できずに、パラサイトシングル紛いの世捨て人生活に甘んじる若者が多いという。何故そうなのか、トップビジネススクール・ケロッグ校のナンシー・チェン教授のPSの論文「Is Chinese Youth Unemployment as Bad as It Looks?」が面白い。

   ここ数十年の中国の並外れた成長は、若者とその家族の教育とキャリアの選択に影響を与えて来た。 しかし現在、高度な技術を必要とする仕事が枯渇し、新卒者が仕事を見つけるのに苦労しているため、期待と新たな現実の間のミスマッチが増大している。
   中国の若者の失業率は今年毎月上昇した後、6月には過去最高の21.3%に達した。 過当競争の労働環境と厳しい雇用見通しに直面して、この国の若い労働者や中流階級の専門家の多くは、過重労働と消費主義の文化から脱却することを意味する“lying flat” movement(過重労働や過剰な達成を求める社会的圧力に対する個人的な拒否運動)を受け入れている一方で、「“full-time children.”(両親と同居し、料理、掃除、買い物などの家事をして給料をもらっている若者)」ために仕事を辞めている労働者もいる。 こうした驚くべき傾向を受けて、中国政府は毎月の若者の失業率データの公表を停止し、中国経済の「崩壊」に関する否定的な見出しが次々と流れるきっかけとなった。と言う。

   だが、中国経済は本当に悲惨な状況にあるのだろうか?と言えば「ノー」で、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるロックダウンから回復して以来、この国の経済回復は比較的力強かった。 中国経済は2023年第2四半期に前年同期比6.3%成長し、OECD諸国の平均年間成長率を上回った。国際通貨基金は、中国のGDPが今年5.2%、来年4.5%拡大すると予想しているが、これは米国(それぞれ1.6%、1.1%)、英国(0.3%減、1%)の予想をはるかに上回っている。
   しかし、このような奇跡は永遠に続くわけはなく、中国の政策立案者らは10年以上前から景気減速は避けられないと予想してきた。 2013年、中国と世界中の経済学者は、成長率は2030年までに3~5%まで徐々に低下するものの、テクノロジーなど高度な技術を必要とするセクターは引き続き拡大すると予測した。 しかし、政策決定、米国との貿易戦争、中国でより深刻かつ長期にわたる経済混乱を引き起こした新型コロナウイルス感染症のパンデミックにより、他の経済大国よりも、GDP成長率の低下は予想よりもはるかに早く、そして大幅に鈍化した。

   経済学者や政策立案者は、中国の成長鈍化の時期と規模を予測できなかったことに加え、誰が最も苦しむことになるのかを見誤った。 高度なスキルを要する仕事、特にテクノロジー分野は減少から守られるだろうと広く考えられていた。 結局何千万ものブルーカラー労働者が、1990年代後半から2000年代初頭にかけて、中国が低生産性の指令経済から高生産性の市場主導型経済に移行する過程で、不採算工場から解雇された。
   ブルーカラーの仕事の不安定さは、中国人の親が子供たちに学業の成功と選抜された大学への入学を促す理由の1つである。 中国の一流大学の合格率は、一部の省の学生では0.01%未満、北京や上海などの主要自治体の学生では約0.5%と推定されている。 ちなみに、ハーバード大学の今年の合格率は3.41%だった。

   伝統的に、報酬は犠牲を払う価値があった。 低ランクの学校とは対照的に、一流大学の学位は優良企業への扉を開き、雇用の安定がほぼ保証されていた。 失業率が着実に増加しているにも拘わらず、エリート教育機関の卒業生は、中国の成長を促進すると思われていたテクノロジーや金融分野でのチャンスを期待できた。 しかし現在、この層も厳しい雇用市場に直面している。
   最近の経済政策決定は、役に立たずに事態を悪化させた。 資金豊富な教育技術産業に対する取り締まりを含め、ビッグテックを抑制するための長年にわたる規制措置は、潜在的な成長産業に萎縮効果をもたらした。 グローバリゼーションに対する政府のアプローチの進化と市場経済に対する態度の変化が投資家を驚かせている。 そして進行中の不動産危機が投資を抑制している。 銀行やテクノロジー企業は急速にコスト削減を進めており、これらの業界では、新卒者にとって高賃金で高度なスキルを必要とする仕事が減少し不足してきた。

   中国の大規模民営化プロセス中、高齢労働者は急速に変化する経済の中で新たな雇用を見つけるのに苦労した。 しかし、高齢労働者には貴重な経験があり、労働法で保護されているので、現在、雇用主は高齢労働者を解雇することに消極的である。 その結果、雇用の縮小は若者の間で最も深刻に感じられるようになり、 最近の新卒者は、以前よりも給料が下がることが多いポジションをめぐってさえも激しい競争に直面している。
   これは飲み込み難しい錠剤である。 何故なら、これらの仕事に応募している卒業生の多くは、幼い頃から集中的に勉強し、毎日何時間もの宿題をこなしてきた。 彼らの両親、そして時には祖父母も、幼稚園の頃から家庭教師にお金を投資し、もっと勉強するようにと数え切れないほどの時間を費やして子供たちを説いてきた。 しかし、彼らが目指していた仕事がもう存在しないとしたら、この努力は一体何の意味があったのであろうか?

   とはいえ、若者の失業率の急増が中国に経済的終末をもたらすわけではない。 数十年にわたる高度経済成長を経て、たとえ働く人が減ったとしても、今日の若者は中国史上のどの世代よりも裕福になるだろう。 若者の失業が中国にもたらす問題は、結局のところ、期待と現実の不一致がどのように現れるのかという1つの疑問に帰着する。
   若者とその家族は、自分たちが努力してきた目標は、少なくとも現時点では達成できないことを受け入れ、別のところで満足感を見出すようになるかもしれない。 もし彼らがそのような満足感を得られなければ、アラブ世界やアフリカで起きたように、若者の失業が不安を煽り、政治的不安定を引き起こす可能性がある。 中国の経済政策立案者は慎重に行動する必要があるだろう。

   以上が、チェン教授の論文の要旨だが、心配はしていないが、中途半端な叙述が興味深い。
   中国の受験戦争の激しさは、韓国に匹敵するほど凄いというのだが、欧米のように比較的親の履歴や経歴に引っ張られて、そして、親に援助されなくて自分でキャリアを引き上げなければならない世界と違って、日本も含めて、極東の国の子供の教育は、親の方が必死で取り組んでいる。
   しかし、忘れられないのは、日本の前世紀末のバブル崩壊後の経済不況で、新卒者の若者を雇用できずに人生を棒に振らせた就職氷河期の悲劇で、絶対に繰り返してはならない教訓である。
   ところが、今、この轍を、日本の教訓を無視して、中国は踏もうとしている。
   私は、失われた10年が20年になり30年になって、日本が、経済的に、G7の下位に落ちぶれて、先進国の地位から凋落しようとしている信じられないような悲劇に遭遇しつつあるのは、あの就職氷河期で、あたら虎の子の有為の人材の活躍の芽を摘んでしまったことによると思っている。
   GAFAなどビッグテックを生みだした世代であったし、イノベーションのドライバーの時代であったのである。
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