熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

日本人であることの幸せを感じる

2024年10月14日 | 生活随想・趣味
   歳をとると、朝目を覚ました時に、爽やかな思いで起床できると、つくづく幸せだと思う。
   毎朝、コーヒーを煎れて、クレッテッドクリームとブルーベリージャムをつけたスコーンを、窓越しに鎌倉山の緑を眺めながら頂く、その繰り返しなのだが、今日も無事に好きなことをしながら過ごせるという安心感が何よりなのである。

   最近、戦火が拡大して、地球上が危機的な状態に陥っているが、つくづく、日本人であることの幸せを感じている。

   一言では表現できないような、起承転結の激しい人生を繰り返しながら、80余歳まで、どうにか平穏無事に生き抜いてきたことが、奇跡だと思うことがある。
   考えれば考えるほど、幸せだと思えるのは、平和で豊かな民主主義国の日本で生まれて日本人として生きたこと、その運命に尽きると考えている。
   足掛け14年海外で生活して、その倍くらいの年月を海外と関わりながら暮らしてきており、世界中をかなり知っているので、特にそう思う。
   戦争に明け暮れて明日をも知れない生活に翻弄されている国もあれば、生活苦に追い詰められた最貧国もあり、表現の自由を奪われた専制国家もあれば、教育の自由を圧殺された国があるなど、この同じ地球上に、信じられないような不幸に泣き続ける同胞が沢山住んでいる。
   ウクライナロシア戦争、ガザイスラエル戦争、アフリカの民族戦争、毎日テレビでその想像を絶する惨状を見聞きして苦痛を禁じ得ない。

   尤も、昭和15年生まれなので、悲惨な第二次世界大戦の戦火を浴び、貧困の極致とも言うべき貧しくて辛い戦後を生き抜いてきたという記憶は残っているが、
   幸いにも私の場合、復興期に最高峰の大学教育を受け、その後、アメリカでの大学院教育や欧米生活での高度な知的環境に触発されたので、学ぶべきは学んだという思いがあり、それだけに、強力な知的武装を授けてくれた民主国家日本人としての立ち位置の有難さを身に染みて感じている。
   切った張ったの激烈なビジネス戦争にも臆することなく、Japan as No.1の日の丸を背負って、世界を歩いてこれたのである。

   さて、悲しいかな、日本経済は、失われた30年の停滞で、昔日の面影もなく沈潜し、先進国でも後塵を拝するような状態で、日本も普通の国になってしまった。
   しかし、まだ、豊かで安定した経済を維持し、安心安全な平和国家としての民主主義国家体制は盤石でビクともしていない。

   総選挙が終わっても、多少浮沈はあっても、自民党政治はそのままで、その後も期待できないと思うが、このまま、低空飛行で日本流の文明社会を引き摺って行きそうな気がしている。安定志向の日本の宿命かもしれないと思う。
   
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マーケット市況動画を見はじめる

2024年08月25日 | 生活随想・趣味
   今月に入って、日経平均株価が大きく乱高下して、マーケットが異常に激動しており、前後に、僅かながら株を買ったので、株価動向が気になり始めた。
   さしあたって、情報を得るためには証券会社の解説を見るのが一番手っ取り早いと思って、野村の「マーケット解説動画|野村の投資情報」や大和証券、日興証券などの「市況動画」などを見始めたのである。
   以前にも見ていたのだが、結構面白いのは事実である。

   ところで、この株式市況やマーケット分析の世界は、私自身の学んだ経済学や経営学とは全く違っているので、照準を合わせるのに苦労している。
   大学で経済学を専攻し、大学院でMBAを取得し、今でも専門書を読み続けてブラッシュアップしているので、それほど専門知識は落ちたとは思ってはいないのだが、残念ながら、市況動画の説明や解説が分かったとしても、さて、株の売買に、どう対応すればよいのか殆ど自信がない。
   なまじっか、経済学や経営学の知識があればこそ、役立つどころか、判断を誤らせて、邪魔になることが多いような気がする。

   例えば、私は、経済成長と景気循環を主体に勉強してきたが、資本主義がどうだとか、スタグフレーションがどうだとか、もっとスケールの大きい、経済構造の本質を学んできたのだが、直近の政治や景気状況、為替や金利、インフレなどのマーケットに立つ波風が微妙に市況に影響して、株価などが乱高下する投資の世界とは違うのである。まして、チャート分析など、馴染みがない。
   経済学の景気循環と市況のアップダウンは違うし、経営学の経営戦略戦術が、そのまま企業の業績に直結するわけでもない。
   尤も、将来の経済状況を見極めて、企業を特定して、その企業の経営分析を行って、投資対象を選択すればよいのかもしれないが、そんな気持ちもない。

   ただし、景気循環は資本主義の本質でありアップダウンは必然であって、それでも、経済社会は、成長発展を続けて上昇している。
   株も同じで、会社がつぶれない限り、下がれば上がり、長期的には、上昇トレンドで推移するのは間違いない。

   新NISAだが、将来のある若い人には、長期・分散・積立の定石に従って、こつこつ、長期にわたって投資を続けて行けば、恰好の投資手段となるであろう。
   若い時に、自社株をドルコスト方式で投資して、自宅建設資金として重宝したことがある。適当な投信を選んで、少額でもよいから、毎月積み立てて長期に保有すれば、年金や個人型確定拠出年金(iDeCo)の援軍として役に立ち、潤沢な老後資金を得ることとなるので安心である。
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梅の実を買って梅ジャムを作った

2024年06月19日 | 生活随想・趣味
   毎年、我が庭の梅の木には、たわわに梅の実が成って、梅酒と梅ジャム、時には梅ジュースを作る。
   しかし、今年は、冬の異常気象で、全国的にも梅は不作で、我が庭の梅も、ほんのちらほら結実しただけで、全く駄目であった。
   梅ジャムを作りたくなったので、仕方なく、スーパーで、一袋1キロの梅を買ってきたのである。千数百円で、異常に高いが仕方がない。

   梅ジャムの作り方は、毎年、インターネットを叩いて、適当なレシぺを見つけて、それを使う。
   とにかく、手間暇を掛けたくないので、簡略シンプルに徹する。
   今回取った手法は、我流折衷法で次の通り。
   梅をきれいに洗ってヘタを取って水けをふき取ってビニールパックに入れて、一晩冷凍室で寝かせる。
   翌日、鍋に梅を移して実が隠れる程度に水を入れて弱火で温め沸騰させると実が柔らかくなって崩れてくる。(冷凍梅なのですぐに崩れる)
   水を抜いて実が冷たくなると、梅の実を握り潰して果肉を残して種を取り除く。
   残った果肉を鍋に移して、弱火で煮込みながら、徐々に砂糖を加え、ヘラで攪拌する。
   レシぺでは、砂糖は同量の1キロだが、私はいつも7割程度に抑えている。
   15分くらいで火を落として、熱いままのジャムを、消毒済みの瓶に詰める。
   大瓶が二瓶、上出来であった。
   
   当分、朝食用のスコーンのジャムとして重宝する。
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藤沢産業フェスタで輪島の日本酒を買う

2024年05月25日 | 生活随想・趣味
   藤沢市民会館 小ホールで、孫娘たちのバレエ発表会が開かれたので、父兄として、と言うよりは、写真係として出かけた。
   何時もは、重い一眼レフを持って行くのだが、厄介なので、コンパクトなデジカメにして、席を前の方に取った。
   下手な素人写真だが、中学生時代から写真を始めているので、もう70年の年季が入っていて、家族の写真の殆どは私が撮っている。
   

   ところで、このバレエも協賛のようだが、市民会館前の広場近辺が、藤沢産業フェスタ2024の会場となっていて、大変な人で賑わっている。
   ホールを出ると、正面に物産展のブースが並んでいて、目の前に、「がんばっとるよ、輪島」という能登地震の被災地輪島の売り場があった。
   文句なく、前に進むと酒瓶が並んでいる。
   何故か、日本酒よりもワインの方が多くて、日本酒は4種類しかない。
   迷うことなく、1本だけ残っていた一番上等な日本酒(奥能登自然栽培米×奥能登の白菊という白藤酒造店の日本酒 2019yr)、そして、横に並んでいた干物のおつまみも買った。今夜の晩酌にするつもりであった。
   
   結局、この日の夜は、スシローに出かけたので、輪島酒の晩酌はお預けとなった。
   しかし、期せずして、被災地に少し寄り添ったような気持ちがして嬉しかった。
   
   このように、露店が立つフェスタやバザールが開かれると、何となく興味を持ってハシゴしたくなるのだが、ヨーロッパに居たときに、あっちこっちの街で、市庁舎前の広場などで開かれている蚤の市を歩くのが楽しかった。
   今でも、ドイツかベルギーか忘れたが、マイセンやドレスデンやボヘミアなどと言った骨董の食器や置物が我が家には残っている。
   若かったので、骨董趣味など全くなかったので、ヨーロッパで買うのは新品の名産品ばかりであったが、今になって、ヨーロッパに8年も居たのであるから、骨董店を行脚して、もう少し味のある名品を求めておくべきだったと後悔している。
   帰国真際に、イギリスの田舎町の骨董店で買った古いランプをしみじみと眺めながら、ヨーロッパの昔に思いを馳せている。
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イギリスで飲む紅茶は美味しいのだが

2024年05月23日 | 生活随想・趣味
   イギリスに永く住んでいて、結構、紅茶に入れ込んで嗜んできたのだが、最近は殆ど縁がない。
   ところが、友に、何故イギリスに比べて日本で飲む紅茶は不味いのかと聞かれて、はたと、考えた。

   友からのメールは、
   かってロンドンで(貴兄の在任中だと思いますが) 宿泊したホテル(名前は出てきませんが市内の割と由緒あると思われる)で朝食を摂ったとき 紅茶がべらぼうに美味くて感激したことがあります
紅茶がこんなに美味いものであったかと驚き また味わいたいと東京に戻りデパートを巡り それらしい葉っぱを手に入れて試してみましたが全く不味くて 何が違うのか しばらく頑張ってみたものの どうしようもありませんでした
葉はおそらくそれほどの違いはないのでしょうが 淹れ方が違うのか 水が合わないのか 要は全くダメでした
多分 硬度の差が大きいのではないかと思われます
硬度の違う日本の水でも美味く淹れる術をご承知なら 是非ご教示ください
話が前後しましたが 本を片手にお飲みになっているのはコーヒ-それともテイ-ですか 私は専らグリーンテイ一本です

   私も良く分からないのだが、次の駄文を返した。
   ところで、イギリスの紅茶ですが、やはり、感激するほど美味しい言った経験を何度かしています。
強烈に覚えているのは、日本から着いて、その直後にロンドンの郊外の英人知人宅で頂いた紅茶が美味しくて、一気に何杯も飲んだのを覚えています。
飛行機で脱水症状であったのかも知れませんが、特に変った特別な茶葉ではなく、日常の紅茶だと言っていました。
一般的には、イギリスの硬水がテイーに合うのだと言われていますが、ロンドンは、中硬水で、これが、紅茶の美味しさや香りの良さを抽出するのかも知れません。
日本は軟水ですが、水質の違いが影響するのかも知れません。しかし、硬水か軟水かは、定説があるのかないのか、判然としておりません。
純水やエビアンなどミネラル不足の水は論外で、適度な硬水が手に入れば、と思っています。ティーバッグに100度の熱湯を注いで数分蒸らして、茶葉を残さずに、一気に引き上げるのがコツだとも聴いています。
日本茶と違って、英国紅茶の価格差はそれ程大きくないので、ロンドンに居た時には、確か3~4倍くらい高いフォトナムメイソンのダージリンのファーストフラッシュを使っていました。違いは分かりません。
一時、ロンドンから輸入していましたが、三越の特約となり、異常に高くなったので止めました。
最近は、専らコーヒーで、UCCをメリタのコーヒーメーカーで煎れるというなまくら作業で、紅茶もコーヒーも、良さを楽しむという趣向は失っています。

   そう言えば、ロンドンに居た時にも、帰国してからもしばらく、かなり多くの紅茶やコーヒーの専門書やガイドブックなどを読んで勉強し、これだと思われるレシペに忠実に従って煎れ続けたことがあるのだが、納得できた試しはなかった。
   結局、紅茶やコーヒーを嗜む時の雰囲気や体調や心の反応などのシチュエーションが一番影響しているのではないかと言う気もし始めている。

   女王陛下は、ストレートだと言われていたが、イギリスのミルクや米国起源のレモンティーやインドのチャイなど、ところ変れば品変るで、それぞれの風土や食事によって、ティーと言っても千差万別である。
   あっちこっち外国を歩いていて、色々なティーを味わってきたが、それぞれ、それなりに満足してきたと思っている。

   ティーも、酒と同じで、長い歴史と伝統に育まれたその土地の食文化の反映であって、簡単に移植できるわけがない。
   極論すれば、全く風土も食文化も違う日本で、イングリッシュティーを、イギリス並みに美味しく味わおうと思うこと自体が無理ではないかと言うことである。
   昔、インドの富豪の令嬢がロンドンに輿入れしたときに、インドの食品の苗木を移植したが悉く失敗したと聴いたことがある。
   私は、コカコーラはアメリカでは美味しいと思ったが日本では飲まないし、ブラジルの国民的飲料ガラナーは、日本では不味くて飲めないという。
   阪神巨人戦は、甲子園か後楽園で観戦すべきと言うことかも知れない。

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大学経済学部卒業60周年の同窓会

2024年05月21日 | 生活随想・趣味
   先日、大学の経済学部の卒業60周年の関東地区の同窓会が、東京で開かれた。歩行に不安があり、立食形式だったので欠席した。
   卒業生200人のうち、40人くらいが集まったと言うから、かなり、皆元気である。
   ところで、しばらくして、ゼミの同窓会が開かれたので、これには、出席した。
   12人のうち、前回同様に、参加者は5人。

   集まって話題となるのは、まず、近況と健康の話、
   その後、最近読んだ専門書や国際情勢の話など多岐にわたるのだが、ゼミ当時の雰囲気と殆ど変らない。

   会話の中で、気付いたことを、二言三言、

   パソコンは、ブログを書いている私ほどではないが、結構使っているのだが、ウイルス対策ソフトを使っていないと言っている。
   私など、ソフトを入れていても、悪質なアタックに罹って困ったことがあるので、心配で、パソコンもスマホも、ウイルス対策ソフトのお世話になっている。
   マカフィーが、スマホもカバーすると言うことを知って、最近、スマホのウイルス対策を止めてマカフィーに切り替えた。
   ウイルスにやられてダメになれば、パソコンを買い換えれば良いと言うのだが、私など、30万円もしたパソコンの廃却などおいそれとは出来ない。

   健康の話になると、それぞれ傘寿を越えているので、話題に事欠かない。
   気になったのは、殆ど皆が介護認定の指定を受けていて、何らかの形で介護保険のお世話になっていると言うことである。
   体に異常を来したときに認定を受けたということのようだが、今は問題なくても、転ばぬ先の杖だという。
   私も、歩行困難で困っているのだから、認定を受けておけと薦める。
   帰って鎌倉市に電話して、脊柱管狭窄症とロコモの進展で困りつつあると言ったら、市役所まで来れば申請の手続きを進めるという。
   
   集合は、三々五々にレストランだったので、帰りに東京駅まで地下道を一緒に歩いたのだが、私同様に杖をついたり、背を曲げてゆっくり歩く姿など似たり寄ったりで、やはり、歳には勝てないと実感した。
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Nikon 1 J3 パーになって残念

2024年05月16日 | 生活随想・趣味
   ミラーレスカメラのはしりのころ、Nikon 1 J3 小型10倍ズームキットを買った。口絵写真のカメラである。
   ミニマルデザインと優雅なフォルムの世界最小ボディー。
   そこに凝縮された革新的な機能。
   撮りたい瞬間を逃さない高速AF&高速連写性能もさらに進化しました。と言うふれ込みで、2013年2月7日新発売であった。
   オープン価格なので覚えてはいないが、10万円はしなかったが、かなり高かった。
   残っている記録では、
   1 NIKKOR VR 10-100mm f/4-5.6 旧製品 2013年2月7日発売 希望小売価格:99,000円(税別 90,000円)と言うから、レンズだけでも相当なものだったのである。
   在来型の一眼レフや高精度のデジカメを常用しているので、最近では、全く使うことはなかった。
   しかし、小型でズーム力もありコンパクトなので、中国やロシアの旅には持って行って重宝した。

   ところで、久しぶりに使おうと思って倉庫から引っ張りだして、電池を充電して使おうとしたら、液晶画面に画像が出てこない。
   他のデジタル機能などは、DATAなどディスプレイされるので問題ないのだが、レンズがオープンしないので、画像が結ばないのであろうか。
   色々、試みてみたが、治らず埓が開かない。

   ニコンイメージングに問題点を指摘して問い合わせたら、Nikon Support から、次のような回答が帰ってきた。
   すでにお試し済みの場合は恐縮ですが、念のため、カメラとレンズの
CPU接点を乾いた柔らかい布で清掃した後、何度か装着しなおしていただき、
状況をご確認いただきたく存じます。

また、他にもレンズをご所有の場合は、別のレンズを装着してご指摘の
現象が発生するかご確認いただきますようお願いいたします。

複数のレンズで発生する場合、カメラ側の修理が必要な状況と存じますが、
Nikon 1 J3につきましては、すでに修理サービス期間を終了しており、
修理補修用部品の在庫もないため、点検や修理での対応ができかねる
状況でございます。

また、特定のレンズ装着時に現象が発生する場合、レンズ側の修理が
必要な状況と考えられますが、現在修理受付可能なレンズは、以下ページに
記載のとおりとなります。

   1 NIKKOR VR 10-100mm f/4-5.6しか使っていないと回答したら、
   他に動作をご確認いただけるレンズをご所有でない場合、前回ご案内した
内容以上にお客様ご自身でお試しいただける操作はなく、ご指摘の症状
については、カメラとレンズのどちらに原因があるか分かりかねます。

CPU接点の清掃やレンズを何度か装着し直しても改善しない場合、カメラと
レンズ両方の点検・修理が必要な状況と存じますが、前回ご案内の通り、
Nikon 1 J3については、点検や修理での対応ができかねます。

なお、ご所有のレンズが1 NIKKOR VR 10-100mm f/4-5.6 の場合は、
現在も修理を承っておりますので、レンズの点検・修理をご依頼
いただくことをご検討くださいませ。

※カメラ側に原因がある場合、レンズのみの点検・修理では改善しません。
あらかじめご了承ください。

   結局、素人考えだが、
レンズとカメラのCPU接点に問題がるのなら、レンズだけ修理しても、機能するかどうかは分からない。完全に修理できなければ無意味なので、諦めることにした。
   機械ものは、常時使っていないと、ダメになることは分かっていて、そのような苦い経験を多くしているのだが、後の祭り、
   良いカメラだったので、残念だが、仕方がない。
   使い始めて、まだ、たった10年と少し、
   せめて、20年くらいは、パーツを保存するとかメイテナンス期間を延ばせないか、と思っている。
   後で買ったCanonのミラーレスは、現役で動いている。
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わがブログ:ブログ開設から7013日

2024年05月13日 | 生活随想・趣味
   今日、何となくわがブログの編集㌻を見ると、「ブログ開設から7013日」という表示に気がついた。
   ブログを始めたのは、2005年3月であるから、もう、19年、そうなるのであろうか。
   ほぼ、月の7割以上の日々に書き続けてきたので、記事数は5000篇を超えているであろうか。

   熟年の文化徒然雑記帳
   徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。
   と言うことで、ブログを書き始めた。
   最初は、海外生活が長くて、結構苦労しながら世界中を歩いてきたので、面白い話もあって、海外の紀行や見聞録など世界の徒然雑記旅を書こうと思っていた。
   しかし、既に、現役を引退して自由な生活に入っており、生活の場や趣味嗜好も広がっていたし、良く考えてみれば、60年以上にわたって、多方面に生きてきたので、思い出も多岐にわたっている。結局、思い出は二の次になって、ブログのタイトルのように、その都度の関心事を綴ることになった。

   海外生活は、1972年初夏に、アメリカのビジネススクールへ入学するために、フィラデルフィアへの旅立ちから始まった。
   その後、前後して、アメリカに2年、ブラジルに4年、オランダに3年、イギリスに5年住んで、ブラジルとイギリスには永住権も持っていた。
   1993年に帰国するまでは、東京での勤務も海外関係の業務担当であり、年の過半は海外に行き来していたので、海外漬けの生活であった。
   その後も頻繁に海外に出ていた。このブログが始まった2005年以降、特に、最近は海外には縁がなくなってしまったが、それでも、このブログで、ヨーロッパ、アメリカ、中国、ロシアへの旅紀行を書いていて、本にしようかと思ったこともある。
   女学生節の「向こう通るは女学生 三人揃ったその中で」を、フィラデルフィアの大学を出てロンドンパリを股に掛けて、地で行った話や、
   チャールズ皇太子(現英国王チャールズ三世)との会話やダイアナ妃との面会握手などを始め、思いも掛けなかったような遭遇や経験に驚きを感じながらの連続で、無我夢中で突っ走ってきた様な気がしている。  
   一泊以上した訪問国は、30カ国以上で、若かったから出来たようなもので、危険との隣合わせで、異国人との切った張ったの激しいビジネス戦争の連続、
   鞄一つを持って、英語と日本語だけで徒手空拳、無手勝流で世界を歩いてきたのだが、今なら、出来ない。

   ところで、海外紀行をブログに書こうと思ったのは、倉庫に、海外旅行で撮った膨大な写真が、ネガと共に、行李2杯に残っていて、それを整理しながら思い出を反芻しようと思ったからである。当時は、まだ、多少張り付いたり色褪せしてはいたが、デジタル化は可能であり、懐かしい写真が綺麗に再現できた。
   しかし、20年経った今、倉庫に埋もれて取り出しようもなく、私も歳で、諦めざるを得ない。
   それに、パソコンを使い始めた1990年代後半に、備忘録のつもりで記録し始めたヨーロッパ記録が、パソコンのパンクで、全部ダメになって消えてしまった。
   まだ、60前後であったから、記憶は鮮明だったが、気が多くて記録も出来ず、歳に勝てなくなって、今や、万事休す。

   一部、残っていた記録を起して、クラシックやシェイクスピア鑑賞の思い出を、このブログにも残したが、欧米のオペラハウスやコンサートホールに通いつめ、歴史遺産や名だたる博物館・美術館を行脚してきたので、写真と記録があれば、多少気の利いた欧米の文化文明論を書けたのにと思うと残念である。

   さて、このブログで、比較的多い記事は、経済学や経営学に関するブックレビューや評論記事であるが、これは、大学や大学院で専攻した学問に対して、ずっと、興味を持って勉強し続けてきたと言うことにつきる。
   多くの観劇記事は、私の趣味である。
   色々あったが、もう一年で、満20年。


追記:写真は、良く訪れたロンドンのシャーロックホームズ・パブ。
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「郵便的不安」と言う経験

2024年04月06日 | 生活随想・趣味
   今日の日経夕刊に、「郵便料金、値上げの理由は?」と言う記事が出ていた。
   私が興味を持ったのは、郵便料金値上げのことではなく、「もっと教えて」というコラムの藤本勝治先生の「多様な通信手段あってこそ」の中の「郵便的不安」という言葉である。自分のメッセージが本当に相手に届くのか、と言う感覚を、哲学的にそう呼ぶのだという。言い換えれば、自分の出した郵便物が相手に届くのかどうかと言うことであろうか。

   強烈な記憶に残っているのは、着くか着かないかの不安ではなく、幸いにも着いたという思い出と、着かなかったという思い出である。

   まず、幸いにも着いて助かったという思い出だが、
   遺産相続についての委任状と戸籍謄本とを、多忙を極めていてヨーロッパへの赴任時に、成田空港でポストに入れるのを忘れてしまって、アムステルダム行きの飛行機に乗ってしまったのである。
   当時は、中継地ソ連のモスクワに一時停止するので、空港の郵便局で投函することにした。
   書留便で出したのか、どんな形態で出したかなど全く記憶はないのだが、ソ連の郵便事情など全く知らずに、日本の郵便と同じだと思って何の疑いもなく、投函した。
   戸籍謄本は、祖母の戸籍謄本で、この謄本を取った直後に逝去したので、いわば事前に用意した書類に関しては、大切な必要書類だったのである。
   私も、ヨーロッパ赴任なのですぐに帰れないし、日本で改めて処理できないので、無事にソ連から郵便が届いて非常に助かった。
   帰任時には、ロシアを経由して帰ろうと思ったのだが、ソ連の崩壊とロシア経済の崩壊寸前の治安の悪化で危険極まりなくて断念したのだが、良く考えてみれば、昨今の事情を考えれば、ソ連の社会情勢や郵便事情を信用して良かったのかどうか、
   とにかく、慌てていたのでモスクワで投函したが、アムステルダムに着いてから出せば良かったのである。

   つぎに、郵便を出して届かなかった例だが、フランスとブラジルでの経験である。
   いずれも、深刻な経験ではないが、宿泊ホテルのフロントの切手代着服の問題である。
   フランスの香水の都グラースでのことである。
   カンヌやニースに近い南仏のプロヴァンス=アルプ=コート・ダジュールの美しい街、ラベンダーが一面に広がる畑が印象的で街を歩くと香しい香水の香りが漂う。
   ところで、香水の都であるから絵はがきも凝っていて、ラベンダーをあしらったり香水を使ったりした魅力的なものがあったので、何通か知人友人に送ることにした。
   普通は、切手収集も兼ねて、郵便局を見つけて投函するのだが、時間がなかったので、フロントに切手代プラスかなりのチップを渡して投函を依頼した。
   日本に帰った時に尋ねたら、1通も届いていないことが分かった。
   フランスでは他のところからも郵便を出して届いているので、このグラースの高級ホテルでは、フロントが私の絵はがきを出さずに廃却をしたとしか思えないのである。

   もう一つ、同じことが、ブラジルのサンパウロで起こった。
   ブラジル赴任時には、事務所や住宅の手配が整うまでは、ホテルを借り切って代用し、特に、宿舎を用意するのに時間がかかったので、ホテルでの滞在が長くなった。
   社用の郵便物は郵便局で処理したが、個人的な手紙などは、気軽に、フロントに依頼して処理していた。
   ところが、ある日に、日本とのコンタクトがあって聞いてみたら、郵便物が届いていないことが分かった。大切な手紙もあって随分礼を失して困ったことにもなった。
   用心して、書留にした私のその手紙だけは届いていたが、同僚の郵便物も全然届いていなかったのである。
   フロントやマネージャーに問いただしたが知らぬ存ぜずで埓が開かず、こんな国でこれから仕事をせねばならないかと、腹をくくった。
   ラテン系には、仕事では、カルチュア・ショックの連続であった。

   念のため、ブラジルについてお知りになりたければ、私のブログの左欄カテゴリーの「BRIC’sの大国:ブラジル」の23篇をお読み頂ければ良く分かります。
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庭に出て花木の咲き具合を見る

2024年03月25日 | 生活随想・趣味
   今日も元気で過ごせそうだと寝起きが良いと幸せを実感する。
   もう傘寿を越えると朝起きて始めるのは、何時ものルーティンで、まず、カリタでコーヒーを煎れてスコーンの朝食を取る。
   日経を、まず、パラパラと捲って目を通し、パソコンを立ち上げて、メールやニュースをチェックする。

   そして、天気の良し悪しに拘わらず、庭に出る。
   一夜でそれ程変化があるわけではないが、それでも、春になって陽が長くなり暖かさが増してくると、思わぬほど花木や草花が変化を見せて、開花が速くなる。

   この口絵写真は、椿至宝の挿し木苗の一輪だが、ほんの2~3日で咲ききった。
   まだ、30㎝ほどの小苗だが、多少歪ながらも、親木と変らない花を咲かせている。
   育種店から買った親木や大きくなった挿し木苗の蕾は、まだ少し固いのだが、至宝が赤紫の優雅な姿で、桜が満開になった頃には咲き乱れる。
   

   冬に寒肥を施肥したので、問題はないのだが、新芽が出始めて、ぼつぼつ、花木も動き出してきたので、液肥を施している。
   天気が良くなったら、薬剤散布を行おうと思っている。ガーデニング作業の始まりである。
   今朝、鶯が我が家の庭に来て囀っていた。
   来月になれば、もっと椿も咲き出すので、賑やかになる。
   
   
   
   
   
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残念ながらあぜくら会退会

2024年02月27日 | 生活随想・趣味
   残念ながら、とうとう、日本芸術文化振興会の国立劇場のチケットセンターあぜくら会を退会することにした。
   先日、都響の定期会員券を放棄したのと同じ理由で、東京への行き帰りが不自由になってきたからである。
   毎年鑑賞していた2月の「式能」さえ諦めたので、決心がついたのである。

   2010年頃から、国立能楽堂に通って、能狂言鑑賞に馴染み始めて、事前予約の可能なあぜくら会に2012年から入会したので、ほぼ、12年間お世話になった。
   歌舞伎や文楽は、あぜくら会とは関係なく、1993年の帰国以降歌舞伎座や国立劇場や国立文楽劇場に通っていたのだが、それまで、無関心であった能狂言に入れ込み始めて、頻繁に国立能楽堂に行くようになったので、あぜくら会に入会したのである。
   それ以前に宝生能楽度などに行って能狂言を見た(?)記憶はあったのだが、食わず嫌いで避けていた能狂言に馴染めずして何の古典鑑賞かと、意を決して能楽堂に通い始めた。
   月4回くらい開かれる能楽堂主催の定期公演などを殆ど鑑賞し、他の特別公演などにも足繁く通ったので、少なくとも、2~300回は能楽堂に通って、分かってか分からずか、相当の曲を聴いて観たことになる。
   幸い、京都で学生生活を送り、古社寺行脚や歴史散歩に明け暮れて、平家物語や源氏物語などの古典の世界にドップリと浸かった生活に馴染んでいたので、能舞台の背景などその思い出を反芻しながら、能楽事典や解説書の助けを借りてバックグラウンドを補強して、二重にも三重にも楽しむことができた。

   そのお陰もあって、隣の国立演芸場にも通い始めて落語の面白さ奥深さも楽しむことが出来たのは幸いであった。
   秒単位のチケット争奪戦を制して聴いた小三治の国宝級の語り口が忘れられないし、歌丸の地味深いしみじみとした話芸の温かさにも感動した。

   少しでも良い席で鑑賞したいと思うのがファン心理、
   1日早く先行予約できるとしても、あぜくら会のチケット購入サイトは、開始時間の10時には、殆どアクセス不可能で悪戦苦闘、
   そんな話も、今は昔、懐かしい。
   そう言えば、ロイヤル・オペラも、ミラノスカラ座も、ボリショイオペラも、オペラ座の怪人も、・・・すべて、このパソコン1本で予約を取ってきた。悲喜こもごもであったのを思い出す。

   しかし、ロンドンに5年間住みながら、そして、会員権を持ちながら、一度もゴルフのクラブを握らずに、シェイクスピアやオペラやクラシック鑑賞に明け暮れていた私には、30年ほどの日本古典芸能鑑賞のうち、後期の10年くらいのあぜくら会でお世話になった古典芸能の舞台が、特に質の高い貴重な生活空間を与えてくれたと感謝している。
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NHKプラスは便利である

2024年02月09日 | 生活随想・趣味
   最近は、NHKプラスを重宝している。
   NHKの地デジの放送だけだが、録画されているので1週間いつでも視聴できる無料サービスである。
   私は、NHKの多くは、BS番組で見ているので、NHKプラスでお世話になるのは、ニュース番組だけだが、それが役に立っている。

   使い方は単純で、まず、助かるのは、放送時間に縛られずに、好きな時間に視聴できることである。放送時間にテレビの前にいなくても、放送以降、NHKプラスを立ち上げればいつでも視聴できる。見過ごすことはない。
   もう一つの利点は、視聴時間を、再生速度の倍速を早めたり、気に入らないニュースを飛ばしたりして、短縮することが出来る。
   天気予報は丹念に見ているが、他のニュースの7~8割は飛ばして見ないので、非常な時間の節約になる。
   何も、録画をすれば良いのだが、結構煩わしいし、NHKが、すべての番組を録画して提供してくれるのであるから、これに頼るに越したことはない。
   
   万が一、保存してDVDなどに落したい番組については、レコーダーに録画をしている。
   しかし、録画したら、その瞬間、お蔵入りになっているので、殆ど無意味であり、NHKプラス程度が、格好の賞味期限なのであろう。
   
   
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夏みかんマーマレードを作る

2024年01月18日 | 生活随想・趣味
   今年は裏年で、実がならないはずであったが、わが庭の夏みかんは、数は少ないが、30個ほどの綺麗な実を付けた。
   ここ数年、マーマレードを作っているので、今年も早速挑戦した。
   特に、難しいわけではないが、多少手間がかかると言うことである。

   パソコンで、レシペを検索して、色々試みてきたが、今では、ずっと、JAPANマーマレード協会の國分理事長の遣り方を踏襲している。
   イギリスでの方法だと言うことで、実質的な英国人のやることであるから、良かろうと思ったのだが、その通りで、日本人の理屈っぽい詳細なレシペと違って、非常に合理的で簡単なのである。

   用意するのは、夏みかん 1キロ、レモン 1個、グラニュー糖 1キロ、水 2㍑
   夏みかん3つでほぼ1㎏、甘すぎるので砂糖は750㌘にしている。

   まず、夏みかんの処理であるが、皮の部分のわたを取るなど皮の処理の必要がなく、実を縦割りに8等分して、煮詰めるだけで良い。果肉と種の落ちた透明になった皮をハサミで細かく切り刻む。アクもそのままホっておいて、出来上がり直前に取れば良い。
   漉して残った煮汁に、この切り刻んだ皮を入れて、鍋に掛けて煮詰る。
   飴色に透明になった時点で、汁を小さなプレートにとって冷蔵庫で5分寝かせて取り出して、指を這わせて溝が出来れば出来上がり。

   出来るだけ濃縮したマーマレードにしたいと思って、煮詰めすぎると焦がしてしまうので、火を止めるタイミングが難しい。
   國分さんは、火加減はどのくらいで何分煮れば良いのかと言ったことは一切言わないので、火に掛けている夏みかんの状態をよく見て、処理をしなければならないので、かなり、慣れと経験が必要である。
   私など、作る度毎に味が変っているので、失格なのであろうが、イギリス人だと毎年同じことをしているので、自分流のレシペを編み出しているのであろう。

   この調子だと、5月の完熟時期までに、何回かマーマレードが作れそうである。
   6月には、梅雨次第だが、良い実が結実すれば、梅ジャムが作れる。
   それに、今年は沢山花を付けたので、ビワジャムも作れるかも知れない。


   毎朝、朝食にスコーンを取っているので、どうしてもクロッテドクリームと、ジャムが必要なので、自作のジャムを使えるのは嬉しい。
   
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やはり日本は高齢化社会である

2024年01月16日 | 生活随想・趣味
   昨日、行きつけの病院に行った。3ヶ月毎に通っている循環器系の定期健診である。
   いまのところ、体調に異常はないので心配はしていないが、血圧降下剤を飲んでいるので、薬の処方を貰うためにも通院は欠かせないのである。
   結果は、血液検査と心電図とも、全く問題はなかったので、何時もながらホッとしている。

   ところで、病院の待合室で待っていると、結構、高齢者の夫婦連れの患者を見かける。
   両方が受診というわけではなく、どちらか一方が受診者なのだが、患者は圧倒的に夫の方が多い。それも、車椅子に乗っていて奥さんが押している。
   足腰に問題があるのか、病気で歩けないのか分からないが、私自身も足腰が弱ってるので多少は気にはなっている。
   病院の患者は、少子高齢化の所為で、過半数は高齢者で、結構家族の付き添いが多い。

   さて、歳のことだが、今年も、今回で年賀状のやり取りを止めたい。と言う年賀状が何通かやって来た。
   殆ど行き来がなくなって年賀状が唯一の繋がりであったケースが多いので、これで、以降没交渉になることになる。思い出が残るだけで寂しいが、致し方ない。

   先日にも書いたが、運転を止めたので、近所で車が自宅の車庫から消えた家が増えてきたのも、歳の所為である。
   また、門前の前庭や門口に花木や草花を並べて道行く人々を楽しませてくれていた鉢花が消えたり、キウイや葡萄棚が取り壊されたり、ガーデニングに勤しんでいた老人が亡くなると一気に寂しくなる。
   主が逝ってしまって、結構空き家も増えてきている。2世帯や3世帯同居の場合は問題はなかろうが、住人が老人単独の場合には、やはり、生活環境の違いか、空き家になっても、出て行った子供たちが帰ってきて住むケースは殆どない。
   鎌倉と言っても、トカイナカなので、バスなどを乗り継いで、都心まで1時間半くらいはかかるので、通勤や生活に不便なのかも知れない。
   7~80年代の日本経済の絶頂期に生まれた新興住宅も、空き家になると1地所に2戸建って新陳代謝をするのも時代の流れであろうか。
   
   ところで、傘寿を超えた私の同窓生や同年代の知人友人の健康状態はまちまちで、元気であったり病気であったり亡くなったり、
   しかし、奥方たちは大概健康で生活には不自由のない状態を保っているようである。多少歳が若いケースもあったりするにしても、女性の方が老後は強いのであろう。
   いずれにしろ、健康寿命を保ったまま逝きたい。

   有名人もどんどん亡くなっていく。
   とかく、老人の動きが気になる今日この頃である。
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爽やかな朝を迎えると嬉しくなる

2024年01月13日 | 生活随想・趣味
   若い頃の習慣が残っていて、どうしても床につくのが深夜を回る。
   夜10時のNHK BSの国際報道2024を見て風呂に入り、パソコンを叩いていると、そんなリズムになる。

   現役時代は、寝る時間が5時間を切っても平気だったが、何故か、歳を取ってからはよく眠るようになって朝は遅い。
   目を覚まして気持ちが良いと、嬉しくなる。

   朝起きてまずするのは、メリタのコーヒーメーカーでコーヒーを煎れること。
   私の朝食は判で押したように決まっている。
   胡桃チョコ入りのスコーンを輪切りにしてクロッテドクリームを塗ってジャムを載せ、残った一方のスコーンを被せてサンドイッチ状にする。ジャムはブルーベリーだが、時期によって、自分で作った梅ジャムや夏みかんマーマレードなどに代わる。
   飲み物は、大きなマグカップに、シロップ漬けブルーベリーをタップリと入れて牛乳を加えて、それに、コーヒーを注ぐ。
   時間を少しおいて、ブラックのコーヒーを啜りながら、日経を詠む。

   天気の良い日には、庭に出て、花木の美しさや自然の移ろいに感動し小鳥たち小動物と対話する。どうしても気になると、植木鋏やスコップを持って庭仕事を始めたりする。無理は出来ないが、千葉の時代から、結構広い庭があって、庭仕事を続けているのが、健康維持の秘訣かも知れないと思っている。庭仕事が大変なので、住み慣れた一戸建てを売ってマンションに移った友が、亡くなったり寝込んだりしているのを思うと、一眼レフを構えて花の艶姿を追っかけている自分の幸せを噛みしめている
   10時からは、NHKの「キャッチ!世界のトップニュース」を見て、本のページを繰っていると、すぐに昼になる。

   外の気温は、10度程度なのだが、陽が照っていて風が止まると、庭では結構暖かい。
   午後は、書斎で録画したMETライブビューイングのオペラを観るつもりでいたが、庭に出て、スティグリッツかシュンペーターを読もうかと思っている。
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