熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

METライブビューイング・・・「ばらの騎士」

2023年05月28日 | クラシック音楽・オペラ
   リヒャルト・シュトラウスの作曲したオペラ「ばらの騎士」 Der Rosenkavali  18世紀ハプスブルグ王朝ウィーンの貴族の館を舞台にした華麗な作品である。

今回の舞台のキャストは、次の通り、

指揮:シモーネ・ヤング
演出:ロバート・カーセン
出演:
元帥夫人(マルシャリン)陸軍元帥ヴェルデンベルク公爵夫人 ソプラノ:リーゼ・ダーヴィドセン、
オクタヴィアン ロフラーノ伯爵・元帥夫人の愛人 メゾソプラノ:サマンサ・ハンキー、
オックス男爵 貴族・元帥夫人のいとこ バリトン:ギュンター・グロイスベック、
ゾフィー ファーニナルの娘 ソプラノ:エリン・モーリー、
ファーニナル 金持ちの新興貴族 バリトン:ブライアン・マリガン

   さて、この「ばらの騎士」の同じカーセンの演出の舞台が、17年のMLで放映されていて、オクタビアンはガランチャ、マルシャリンはフレミングだが、オックス男爵とゾフィーは代わっておらず、何となく雰囲気が殆ど同じ感じがして、楽しませてくれた。私は、録画で観ているのだが、勿論、主役が頂点を極めた二人の最後の舞台だと冒頭でゲルプが紹介していたので謂わばこれが決定版だとすれば、今回の舞台は満を持しての公演なのであろう。
   脂の載りきったグロイスベックとモーリーの老練な味のある演技に加えて、匂うように美しい元帥夫人のダーヴィドセンと初々しくてパンチの利いたオクタヴィアンのハンキーの魅力満開の舞台で素晴しい。ダーヴィドセンは、このMLの19年の「ナクソス島のアリアドネ」のアリアドネの美しい舞台が印象に焼き付いている。
   ハンキーは、松竹のHPをそのまま引用すると、
   マサチューセッツ州出身。豊潤な歌声、独創的でドラマティックなパフォーマンス、舞台映えする容姿で注目株の若手メゾ。2017年METナショナル・カウンシル・オーディションに優勝し、翌年《メフィストーフェレ》のパンタリス役でMETデビュー。欧米の主要な歌劇場や音楽祭で次々とデビューを果たし、オクタヴィアン役は昨年バイエルン国立歌劇場でも歌い好評を博した。
   17年デビューと言うから、非常に若くて、アメリカのメゾでありながら、バルセロナやグラインドボーンやバイエルンなどヨーロッパでも活躍し、 not only the handsomeness of hankey's rich mezzo, but also its power,で尊敬されていると言う。ガランチャのように年の功は出せないが、若々しくて一途に入れ込んだパワーの効いた演技が感動的で、タイトルロール演じきった。
   グロイスベックとモーリーの好演は言うまでもなく、ホーフマンスタールと同郷のウィーンの諧謔笑いを共有したオックス男爵のろくでなし貴族、
   モーリーの美しくて響き渡るソプラノの美しさ、
   指揮は、オーストラリアの女性指揮者シモーネ・ヤング、30年以上も振っていると言うから超ベテランの冴え。

   歌劇場で観たのは、入場に遅れてイタリア人歌手のパバロッティを見損なった苦い記憶があるので、METでの1回は覚えている。
   このブログでも書いたが、第1幕は客席に着けず、暗い地下の小部屋の貧しい白黒ディプレイで観た。
   METのデータベースで調べると、その時のキャストは、
   DER ROSENKAVALIER October 2, 1982
Octavian.....................Tatiana Troyanos
Princess von Werdenberg......Kiri Te Kanawa
Baron Ochs...................Kurt Moll
Sophie.......................Judith Blegen
Faninal......................Derek Hammond-Stroud
Italian Singer...............Luciano Pavarotti
   凄い歌手陣である。余談ながら舞台で一番多く観て聴いたソプラノは、キリ・テ・カナワであることを思いだした。
   アンネ・リーゼ・フォン・オッターのオクタビアンが記憶に残っているので、ロイヤル・オペラのデータベースにはないので、どこかの劇場で観たのであろう。
   リヒャルト・シュトラウスのオペラは、「サロメ」「エレクトラ」「ナクソス島のアリアドネ」「アラベラ」「影のない女」「イドメネオ」などを歌劇場で観ているが、やはり、この「ばらの騎士」が一番興味深くて、ウィンナワルツの軽快なサウンドにのった美しい音楽が流れていて楽しい。
   このオペラは、若くて溌剌としたオクタヴィアンの恋の成長物語だが、マルシャリンの徐々に忍び寄る老いを感じながらの恋との決別という陰影のある心理描写も秀逸で、主役の二人が実に上手い。その集大成の終幕真際の三重唱が素晴しい。

   ところで、この演出は、18世紀のウィーンを第一次世界大戦前に移した現代劇だと言うので、オックス男爵が軍人として描かれていて、軍服姿で押し通しており、今までの品の悪い俗人丸出しの年配の貴族姿と全く雰囲気が違うので、印象がそっくり変る。
   しかし、華麗な古いウィーンの雰囲気を彷彿とさせる舞台設定で、セットや衣装など細かいところにも色々工夫が熟されていて非常に美しい。
   興味深いのは、第3幕の「ウィーンの居酒屋の部屋」が、娼館にアレンジされていて、一気に卑猥な雰囲気となり、オクタビアンも娼婦姿でオックスに対応する砕けたいたぶりが面白い。ところで、騒ぎを聞いて警官が駆け込んできた時のシーンでの次の注意書きが意味深、
   Content Advisory: This production contains scenes that include nudity.
   ヌードと言うよりも、舞台の後方で、何組もの男女が乱交パーティ紛いで組んず解れつ、
   その方が気になって、真面目腐って取り調べに右往左往する当事者たちの演技が、まさに、カリカチュア、喜劇である。

   松竹のHPから写真を借用すると、
   
   
   
   
   
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PS ダロン・アセモグル「なぜエルドアンが勝つのか Why Erdoğan Wins」

2023年05月26日 | 政治・経済・社会時事評論
   まだ、トルコ大統領の決選投票の結果は出ていないが、トルコ生まれの世界的な経済学者のダロン・アセモグルMIT教授が、最新論文「なぜエルドアンが勝つのか WHY ERDOĞAN WINS」で、エルドアンの勝利を予測しており注目に値する。
   世論調査では野党の団結が権威主義化を強める指導者を失脚させる可能性があることを示していたにも拘らず、トルコの独裁的な大統領とその正義発展党(AKP)は、汚職の蔓延や経済的失政にもかかわらず、権力を維持する可能性が高い。 これは他の右翼ポピュリストにとっては良いニュースだが、トルコの破裂状態の経済にとっては非常に悪いニュースだ、と言うのである。

   世論調査では、エルドアンの権威主義化が進む20年間の統治は終わることになっていたが、このイベントでは、トルコは49.5%の票を獲得したエルドアンが圧倒的なリードで5月28日に第2回投票に臨むことになる。問題は、世論調査の誤りよりも、もっと根本的な病根「 トルコの有権者がどれほど国家主義的になったか」を認識せずに、選挙の結果を理解することは不可能である。と言うのである。
   この変化は、同国南東部でのクルド分離主義者との長期にわたる紛争、中東からの大量の難民流入、大手メディアとエルドアンのAKPが主導した数十年にわたるプロパガンダを反映している。 議会選挙では、AKPとその連立パートナー3つの政党が民族主義的な議題を掲げて立候補し、有効でもない選挙運動にも拘らず、10%以上の票を獲得した。このように、エルドアンの戦闘的ナショナリズムは、特にクルジュチダロールが少数派アレヴィ族(圧倒的にスンニ派が多い国におけるシーア派の分派)の出身であり、クルド党と有権者の暗黙の支持を得ていたことを考えると、クルジュチダロールの穏健・反汚職キャンペーンよりも有権者の共感を呼んだ。
   
   しかし、選挙結果についての 2 つの安易な解釈には注意を要する。 1つ目は、教育を受けた都市住民が好むと好まざるにかかわらず、結果はトルコ国民の民主的意志を反映しているということ。 2 つ目は、これとは逆で、これは独裁者によって画策された偽選挙だったということである。
   真実は、多くのトルコ有権者がエルドアンの党内の汚職が天文学的な規模に達し、経済運営の失敗が3桁のインフレと深刻な苦境を招いていることを認識していても、エルドアン大統領を支持した。 彼らは、AKPが地盤を広げた地域で、驚異的な被害と人命の損失の主な要因となった地震で最も大きな被害を受けたにも拘らず、彼を支援した。
   一方で、選挙は自由かつ公正とは言えない。 テレビと印刷メディアは、エルドアンとその同盟者のほぼ完全な支配下にある。 少数民族クルド人の党指導者は数年間投獄されており、司法機関と官僚機構の多くはもはや独立性を失い、一貫してエルドアンの命令に従っている。

   エルドアン大統領とAKPは、また、自らが構築した強力な後援ネットワークを維持し、主要な有権者に応えるために国の資源を活用している。 最低賃金の引き上げ、公務員の昇給、国営銀行から関連企業への低額融資、そして困難な状況にあっても雇用を維持するよう企業に圧力をかけることにより、有権者の忠誠心が強固になった。 エルドアンが地震地帯でこれほど多くの支援を受けた理由の一つは、エルドアンが自ら現金を配り、政府雇用を拡大し、被災者に新築住宅を約束したことである。
   しかし、エルドアンの反対派は、AKPの地元組織や後援ネットワークの巧みな使い方、そして多くの有権者の気分を掴む能力を過小評価しているが、今回の選挙結果は政府機関など各組織の将来にとって悪いニュースである。 中央銀行を含むメディア、司法、官僚組織に対するエルドアンの支配力は強まるばかりである。 汚職を抑制したり経済的不正管理を改善したりする政策は実現しそうにない。
   楽観主義者は、AKPの議会でのリードが低下したことを指摘するかもしれない。 しかし、エルドアンは第2回選挙の後、以前よりも議会をコントロールする上で有利な立場にあるかもしれない。 彼が導入した帝国大統領制は議会の役割を弱めており、そこで野党はさらに分裂するであろう。

   さらに、トルコ経済は悲惨な状況にある。 総生産性は 15 年以上停滞しており、経済制度の全般的な悪化により、インフレはかろうじて制御されている。 非金融企業と銀行はどちらもバランスシートが悪く、近い将来さらに深刻なメルトダウンが起こる可能性がある。 2021年に外貨準備が枯渇して以降、中央銀行は友好国からの支援に依存するようになり、政府が地震で荒廃した地域を再建するために巨額の資金が必要となる中、AKPの選挙関連の公共支出で財政資源が枯渇した。大量の資源の流入なしに経済を正常化する方法を理解することは困難であり、 政府がより従来型の政策を採用するという強い兆候がなければ、これらの政策は実現しそうにない。
   しかし、AKPと官僚組織のその同盟者には、この困難な時期に経済を導くための専門知識がない。 党の保守主義に共感し、協力する意欲を持っていた何人かの経済学者や官僚がエルドアン氏のサークルから追放され、イエスマンばかりが重用されている。

   トルコの選挙は、より広範な教訓をもたらした。 まず、エルドアンの成功は、インドのナレンドラ・モディや米国のドナルド・トランプなど、他の右翼ポピュリストや有力者にとって朗報であり、彼らは今後も同様の戦術や攻撃的な国家主義的レトリックを用いて自国の支持層を活気づけ、二極化を深めていく可能性が高い。
   第二に、今後数カ月間のトルコの経験は、この種の政治が経済にもたらす影響、誰がその代償を払うのか、国内外の資本がどのように反応するのかを明らかにするであろう。 権威主義はしばしば経済的失政と結びついており、トルコで起こっていることはトルコにとどまることはない。

   アセモグル教授の論文の主旨だが、トルコの将来は益々悪化するという見解は別として、最後の論点が一番気になる。
   私自身は、このブログで、ブックレビューでも、教授の説に賛意を表しているので、異存はなく、今回は、紹介に留めておく。

   日本のTVやメディアの報道では、当然のこととして、トルコの世論調査や一般的なメディの報道を参考にして予測報道がなされているが、実際の選挙は,トルコに深く内在する根本的な政治経済社会の本質を理解しなければ、分からないと言うことであろう。
   比較的民主的で、自由かつ公平にメディア報道を解釈している日本的な理解方法では、トルコのように為政者にとって最も巧みに利益誘導された歪んだシステムの理解など無理であると言うことであろうか。
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シャーウィン・B. ヌーランド著「レオナルド・ダ・ヴィンチ」

2023年05月24日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   今回は、ペンギン評伝双書のシャーウィン・B. ヌーランド著「レオナルド・ダ・ヴィンチ」
   とにかく、アメリカの第一人者が著したコンパクトな巨人の評伝であるから面白いのだが、この本は、イエール大医学部教授の著作なので、かなり解剖学にも言及しているので、普通のダ・ヴィンチ論と少し変っている。

   やはり、気になるのは、何回か観ていて脳裏に焼き付いているダ・ヴィンチの代表作に関する記述。
   まず、「モナリザ」であるが、ウォルター・ペイターの、創造性が最高度に発揮された雰囲気を理解することが困難な感情の状態、超自然的な感覚に浸った賛美論で、ダ・ヴィンチにしか聞こえない秘密の知恵の声の調子を体現した最高の例だという。
   モナリザの顔について、「それは内側からつくりだされ肉体上に表わされた美であり、知られざる思想や精妙な情熱が小さな細胞の一つ一つに堆積したものである。この世のありとあらゆる思想と経験とがそこに刻まれ、形作られたのである」と言うのである。

   また、ケネス・クラークが言う如く、「モナリザの微笑み」が、人の複雑な内面を永続的な素材に刻印定着させることの最高の例だと言うのなら、一体だれの内面なのか。
   高貴な女性の肖像画の依頼を蹴って、平凡な女性のラ・ジョコンダの肖像を、歌や演奏をさせたり冗談を言ったり彼女を楽しませながら描き、未完成だからと言って、死ぬまで手元においていたのは何故なのか。
   著者は、フロイトやキールの論を引いて、モナリザは、レオナルドの理想的な母親像に捧げられているという説に、いやむしろ、自分が母親という空の中でただ一つの星であった幼年期を取り戻したいという無意識の願いに捧げられている、と言う説に与する、と述べている。
   「モナリザ」が理想化された母親像を表し、レオナルドのデーモンに満ちているとするなら、最も偉大な芸術は、「その動きにより魂の情熱を尤も良く表すという」という命題に従って生きた男の内面を究極的に表現するのは、ラ・ジョコンダであるという結論は動かしがたい。と言う。
   更に興味深いのは、レオナルドの理想化された母親像である「モナリザ」は、また、レオナルドでもある。と述べていることで、「ある知られざる秘密の智慧を有する者」であり、それ故にあの謎めいた微笑みを浮かべている者であり、芸術家自身がその芸術の対象なのである。彼は、母親を描くと同時に、自分をを描いたのだ。作者は、伝記と自伝とを同時に生み出していたのだ。と結論付けている。

   私が、初めてモナリザを観たのは、1973年のクリスマス、
   その時には、今のように警護は厳しくなくて、普通の額に収容されていて、前に、申しわけ程度に、1㍍くらいのロープ状の衝立が立っている程度で,人も少なくて直近で写真が撮れた。
   それから、パリに出かけて何度か観ているが、いつも、「謎の微笑み」には魅了されてはいたが、少し福与かな感じで決して美人ではない肖像画であることを不思議に思っていたのだが、ダ・ヴィンチ村の正妻ではない女性をイメージすれば、何となく納得できる。
   幼くして母と切り離されて庶子として辛酸を嘗めたレオナルドが、同性愛者だったと言うのも不思議だが、歪な女性観を抱きながらも、終生理想の母親像を追い求め続けたということが、痛いほど伝わってくる。

   最初に観たレオナルドの作品は1972年にワシントン、それから、8年前のロシアのエルミタージュまで、レオナルド行脚を続けて、殆ど観てきた。
   印象深いのは、修復期を挟んで、前後3回観たミラノの「最後の晩餐」、
   この本でも触れているが、今回は、モナリザだけに留める。
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PS:欧州は世界最大の敗者となるのか? Will Europe Be the World's Biggest Loser?

2023年05月22日 | 政治・経済・社会時事評論
   PSに、1998年から2005年までドイツの外務大臣兼副首相を務めたドイツ緑の党の指導者ヨシュカ・フィッシャーが、興味深いEU論を展開した。
   欧州は世界最大の敗者となるのか? Will Europe Be the World's Biggest Loser?
   ロシアの対ウクライナ戦争、米中対立、そして新たな中堅国の台頭などによって、国際秩序の大幅な再編が促進されており、ヨーロッパは明らかに不利な立場に置かれることになった。 軍事予算が増大する大国が支配する今日の世界で繁栄するためには、ヨーロッパ自身が真の大国になる以外に選択肢はない。と言うのである。

   フィッシャーは、米中対立を利用して漁夫の利を求めようとする新興大国の暗躍やロシアの国家戦略等についても論じているが、
   興味深いのは、国際競争の間で、斜陽傾向にあるEUや日本の産業や経済力の低下トレンドについて論じていて、EUに取っては、真の統一連合国家体制の構築以外に生きる道はないと説いていることである。。

   国際システムに対するより広範な危険は、ウクライナ戦争(真の世界的脅威とするにはロシアが弱すぎる)からではなく、米中関係の悪化から生じている。 確かに、台湾に対する中国の好戦的な発言や、台湾周辺海域での積極的な海軍演習にもかかわらず、これまでのところ対立は軍事的というよりは、経済的、技術的、政治的なものである。 しかし、それは冷ややかな慰めであり、それは激化するゼロサム紛争だからである。
   この対立で最大の敗者となるのは、日本と欧州になる可能性が高い。 中国企業は自動車産業、特に電気自動車(EV)で大規模な生産能力を構築しており、現在では長らく世界的に支配的であった欧州や日本の自動車メーカーを圧倒する態勢を整えている。
   さらに悪いことに、中国との競争に対するアメリカ自身の対応は、ヨーロッパと日本の製造業者の犠牲を伴う産業政策を追求することである。 たとえば、インフレ抑制法などの最近の法律は、米国で生産される自動車に多額の補助金を提供している。 米国の観点からすると、このような政策は国内大手メーカーを保護し、EV開発を推進するインセンティブを与えるという一石二鳥ではあるが、EUや日本にとっては最悪である。
   最終的には世界の自動車産業が徹底的に再編され、日本と欧州(主にドイツ)が競争力と市場シェアを失うことになるであろうが、忘れてはならないのは、この大きな経済的なトレンドは、はるかに大規模な世界的な対立と戦略的再秩序の始まりにすぎないということである。

   ヨーロッパは、この世界経済の再編の間、経済モデルを維持するために多大な労力を費やさなければならない。 更に、高いエネルギーコスト、2つの超大国との間で拡大するデジタル技術の差、そしてロシアからの新たな脅威に対抗するための防衛費の増加の緊急の必要性にも対処しなければならない。 トランプ氏がホワイトハウスに復帰する可能性があることを考慮すると、次の米国大統領選挙が近づくにつれて、これらすべての優先事項はさらに緊急性を増すことになるであろう。
   したがって、ヨーロッパは特に不利な立場にあると言える。 この地域はますます危険な地域にあるが、二度の世界大戦と数十年にわたる冷戦の経過後でも、真の統合を達成する意志を決して結集することのできない主権国民国家の連合体であり、未だに統一国家体制ではない。 軍事予算が増大する大国が多数を占める世界において、ヨーロッパは依然として真の大国ではない。
  この状態が今後も続くかどうかはヨーロッパ人次第だが、 世界はヨーロッパの成長を待ってはくれない。 欧州が今日の世界的な再秩序に立ち向かうつもりなら、すぐに始めるべきである。

   ドイツと雖も、今や、米中から、科学技術や最先端の生産業において、大きく遅れを取ってしまったと言う危機意識が濃厚に表明された論文だが、最早、グローバリゼーションには戻り得ないとすると、米中に倣えではなく、独立した確固たる地盤を確立しなければならない。それには、依って立つEUを、米中に真面に対峙できる統一した連合国家なり合衆国にして、経済のみならず、政治的にも単一国家体制を確立して大国にしなければならない。と言うことである。
   EUの弱体化、崩壊の危機に神経質になっているが、ブレクジットが典型で、元々、歴史的背景も文化文明も国民性も違った呉越同舟の連合体であり、政治的統合など不可能であろうから、EU加盟の恩典だけを享受して,横車を押す国などを、可能なら除名して、元の6カ国のように核となる国同士で再編成すべきであろうと思う。

   いずれにしろ、フィッシャーは、少なくとも、EUが統一して実質的な大国になれば、米中と対等に、あるいはそれ以上にパワフルに競争できる体制を確立できると考えているのであろうが、まず、独仏連合の結束が出来るかどうかがポイントとなろう。
   8年ヨーロッパに住んでいての実感だが、イギリスを筆頭として、EUの人々は、ヨーロッパ人と言う意識よりも、○○国人と言うローカル意識の方が強くて、現実にも、かなり豊かな自由な民主主義的な環境下で、安定した恵まれた生活をしているので、是々非々主義で対応できれば、EU統合などには特に関心はない。
   従って、フィッシャーが意図するような真正な統一したEU連合なり統一政治体制の確立はむりであろうから、何らかの便法を探し出して対応せねばならないであろう。

   日本も、完全に孤立した単独国家なので、フィッシャーの説くEUと同様な立場に立つ。
   今更、強力な体制に加入するなど無理なので、アメリカ一辺倒が嫌なら、協力する相手を精査選択して、イエレン財務長官がコインした有効なフレンドショアリング体制を確立する以外に道はないと思っている。
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還暦迎える2000人の貯蓄額 平均3500万円! と言うことだが

2023年05月21日 | 生活随想・趣味
  インターネットを叩いていて、「まいどなニュース」の次のようなタイトルの記事を見た。
  「平均3500万円!還暦迎える2000人の貯蓄額 際立つ格差 約4割が300万円未満」
  記事の冒頭を引用すると、
  2019年に話題となった「老後2000万円問題」を機に、将来安心して暮らすために貯蓄を意識する人が増えてきているのではないでしょうか。そこで、今年還暦を迎える1963年生まれの男女2000人を対象に、現段階の貯蓄金額を聞いたところ、平均3454万円でした。また、「300万円未満」の割合は38.2%、「2000万円以上」の割合は33.0%と、貯蓄格差が際立つ結果となったそうです。
PGF生命保険株式会社(東京都千代田区)が2023年3月に、「2023年の還暦人(かんれきびと)に関する調査」としてインターネットで実施した調査です。

   この記事について、実際に傘寿を越して殆ど老後の生活が終局に向かった私がコメントするのはおかしいと思うが、しかし、どの様に後期高齢者に達して、平均寿命も越えたたのかと言った視点から、感想を述べるのも良かろうと思って、筆を執った。

   まず、59才の時点で、何才まで働きたいかという調査だが、目的の如何は兎も角、多くの人が雇用の延長を期待している。
   定年が55才や60才やと言っていた時代から比べると、健康状態も格段に良くなっており、健康年齢は実年齢の8掛けだと言われているから、定年を65才や70才に延長して然るべきだと言えようか。延長した方が、あらゆる意味で、社会に貢献するのは間違いない。
   私は、現役を離れてほぼ20年になるが、僭越ながら、役に立つか立たないかは問題だが、今でも、専攻した経済学や経営学などの知的水準は、大卒の新入社員には引けを取らないと思っているし、知識経験は増しているので、退任前の監査役についても、もう少しマシな仕事が出来るような気がしている。


   さて、表題の「還暦迎える2000人の貯蓄額 平均3500万円!」だが、次の表を見れば分かるように、貯金額の分布が幅広く分散していて、下位の300万円以下が38.2%、上位の1000万円以上が33.0%となっていて、これを平均すれば、3454万円と言うことであって、正確な数字とは言えない。平均すれば、高額値の数字に引っ張られて高くなると言うことである。
   中央値が示されていないので分からないが、表から推測すると、真ん中あたりの人の貯蓄は1000万円程度かと思われるので、表題のタイトルは誤解を招く。
   真面目に働いて一生懸命貯蓄に励んだサラリーマンと雖も、大半は、オレオレ詐欺に引っかかるほどの余裕などあるはずがないということである。
   年金額がどの程度あるかによるのだが、下位の半分くらいの人々は、苦労するであろうと思われる。税の平準化や所得分配に配慮するなり政府は考えるべきである。


   ところで、60才以降、ゆとりのある生活を送るために必要だと思える金額だが、この数字は、最小限必要だと思える数字より、ほぼ、8~10万円高い。
   私の場合、現役退任時点で、いくら貯蓄があったかなど殆ど記憶にはないが、それ程余裕がなかったことは事実で、その後、ゆとり資金は年金では賄えず、貯蓄を食い潰して来た。
   このブログは、退任以降の記録なので、数回の海外旅行や観劇行脚など、それなりにゆとりらしき生活を送ってきたようだが、2度の大病の入院生活など苦しかったことどもは殆ど書いていないが、いずれにしろ、いつの間にか、ここまで無事に駆け抜けてきたという感じである。
   実感としては転ばぬ先の杖で、現役時代に貯蓄に留意するに越したことはないと思っている。
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ピーター・ゲイ 著「モーツアルト」

2023年05月19日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   先日、オペラ・セリエ「ポントの王ミトリダーテ」を観て、久しぶりにじっくりとモーツアルトに向き合いたくて、ペンギン双書のピーター・ゲイ の「モーツアルト」を読んだ。
   モーツアルトには、学生の頃に、レコードやコンサートから始めて、その後、欧米の劇場やコンサートを行脚して聴き込んできたので、もう、60年以上の付き合いである。

   モーツアルトの人生は,早熟と言うよりも天才の花開いたものである。と言う書き出しで始まるこの伝記本、
   作品を生み出すだけではなく、自ら生み出したものに更に磨きを掛けて、息を飲むほど美しいものに高めることができた。35歳で逝ったその悲しくも短い生涯を通して、一握りの最も偉大な作曲家しか入れない殿堂に入る資格を得たと、感動的なモーツアルト像を浮き彫りにしている。

   この本では、モーツアルトの素晴しい多くの作品のことや、世の人々の多くから喝采を浴び続けた凄い成功人生を披露しているが、ザルツブルグでの大司教から自由にならない従僕人生の悲哀や、父親レオポルトとの絶えない激しい葛藤、ウィーンでも、あれだけ凄い作品を残しながらも宮廷室内作曲家以上の職にありつけなく、身の程知らずの贅沢三昧の生活から抜け切ることが出来ずに貧苦に喘ぎ続けたなど、決して順風満帆ではなかった生活も活写していて興味深い。

   まず、映画「アマデウス」で印象に残っているモーツアルトを殺したとするサリエリのことだが、当然否定しており、彼を殺した犯人は、ウィーンの医学会の有名な医者たちであると言う。
   彼らは、スタートしたばかりの瀉血反対運動に目を向けることなく、繰り返し血を抜くことで、モーツアルトの体の抵抗力を減退させ、おそらくは消毒していない器具によって血液中に毒を送っていたのである。と言うのである。
   尤も、モーツアルトは,激しいリューマチ熱に何度も襲われていて、この再発が致命的だとは言われているが、しかし、モーツアルトはこの年に、二つのオペラ、ピアノ協奏曲、クラリネット協奏曲、二つの弦楽五重奏曲、レクイエムの大半ほか多くの作曲を手がけており、更に、皇帝レオポルト二世の戴冠式と「皇帝チィトウスの慈悲」の初演に立ち会うためにプラハへ旅をしている。

   もう一つ、モーツアルトは、その棺は冬の嵐の夜に見送る人もなく墓地に運ばれて無名者用の共同墓地に埋葬されたという巷間の説には根拠がないとしている。
   モーツアルトは、皇帝の布告の対象になっていた華美で目立つ葬式が極力控えられていた時代に亡くなったので、皇帝など支配者によって大々的に取り入れられた反聖職者の信念や「迷信的な」儀式を軽蔑する考え方とうまく合致していた。彼の葬式は、最も安価なものではあったが、その埋葬は貧民より1段階上だった。モーツアルトの考えからすれば、聖職者の権利に反するカトリック啓蒙主義に身を置き、フリーメイソン主義の洗礼を受けていたので、彼があれ以外のものを求めなかったであろうと言う。
   後の世を乗り越えるモーツアルトの音楽の航海は、決して順調なものではなかった。彼の死を悼んだ同世代の人々、とりわけハイドンは、偉大な作曲家が亡くなったことをハッキリ意識していたが、年と共に、モーツアルトの音楽を称える言葉を抑えるようになっていったと言うのである。

   さて、この本で、ミトリダーテに触れた箇所があり、
   ミラノでの初演の後、父レオポルトが妻に当てた手紙に、
   ミラノのオペラハウスでは先例のない出来事が二つ起こった。初演の際にプリマドンナがアリアを繰り返して歌うのは全く慣例に反することだが、それが起こった。そしてその殆どすべてのアリアに対して「信じられないくらいの拍手」が起こって「マエストリーノ(小さなマエストロ)万歳!マエストリーノ万歳!」という観客が叫ぶ声を聞くことになった。と書いている。

   ところで、先のオペラでのメインテーマの一つは、王の許嫁アスパージアへの3者の愛憎劇で、中でも、シーファレとアスパージアの愛は、アスパージアの恋心の揺らめきとシーファレの予感など非常にセンシティブな描写を、14歳のモーツアルトが、どうしてあれほどまでに叙情的に美しく描き切れたのか。
   ゲスの勘ぐりで恐縮だが、早熟であったはずのモーツアルトだが、この本では、モーツアルトが大人の快楽を初めて知ったのは、21歳の時に、従妹のベーズレーとの逢瀬だったということであるから、本当の恋の甘さや切なさを書けたのはそれ以降と言うことであろうか。尤も、天才には不可能はないと言うことではあろうが。
   とにかく、私は、モーツアルトのオペラが好きでよく観ており、この本でも、 フィガロの結婚‎、コジ・ファン・トゥッテ、ドン・ジョヴァンニ‎ 、魔笛などについても、詳細に語られていて面白いのだが、特に男女の微妙な掛け合いや絡みについては、モーツアルトは独特な感性を持っていて、いつも楽しませてくれるのである。
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わが庭・・・紫色のばらが咲く

2023年05月17日 | わが庭の歳時記
   紫がかったばらが、咲き始めた。
   タグを見ると、ダッシーバッセルとなっているのだが、この花は、真っ赤なイングリッシュローズであって、全く違うのだが、鉢植えなので、あっちこっち移動している間に、タグの掛け間違いをしたのであろう。しかし、記憶がないので、ばらの名前が分からない。
   追跡すれば分かるのだが、その時々に植えたいと思って買っていて、いちいち覚えていないし、このブログ以外に記録はないので、いい加減なものだが、咲いてくれれば良い。
   
   
   

   ハンス・ゲーネバインとあおいが、咲き続けている。
   鶯がしきりに囀っている。今年は、この鶯がわが庭の植木に止って鳴くことがあるので、姿を見ることがある。
   天は二物を与えずか、非常に地味な小鳥ながら、途轍もなく奇麗な魅力的な声で鳴く。
   何故か、今年は、偽鶯のガビチョウを見ないのが不思議である。
   
   
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NHK BS4K ベルリン国立歌劇場:歌劇「ポントの王ミトリダーテ」

2023年05月15日 | クラシック音楽・オペラ
   NHK BS4Kのプレミアム・シアターの ベルリン国立歌劇場:モーツアルトの歌劇「ポントの王ミトリダーテ」を観た。
   深夜の放映なので、録画映像であるが、画像も鮮明でハイレゾなのでサウンドも良い。

   このオペラは、モーツァルトが14歳の時に作曲した作品で、紀元前1世紀、小アジアの国ポントの王ミトリダーテをとりまく戦争と愛憎渦巻く人間模様が描かれた、繰り返される戦争と復讐の連鎖の物語。
   今回の特色は、SPAC芸術総監督で演出家の宮城聰が、このオペラを演出することで、ベルリン国立歌劇場が日本人演出家を招くのは同歌劇場278年の歴史上初めてだと言う。宮城は、この物語に、第二次世界大戦末期の日本を重ねた。殺伐とした復讐の連続を、「死者たちの鎮魂の儀式」としてこの作品を描くことによって、希望というあらたな光が見えてくる。というのである。

   指揮:マルク・ミンコフスキ
   演出:宮城 聰
   出演:
   ミトリダーテ:ペネ・パティ
   アスパージア:アナ・マリア・ラービン
   シーファレ:アンジェラ・ブラウアー
   ファルナーチェ:ポール・アントワーヌ・ベノ・ジャン
   イスメーネ:サラ・アリスティドウ 
   管弦楽:レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴル

   ポントの王ミトリダーテは、ローマとの戦争に、婚約者アスパージアを、2人の息子シーファレと兄ファルナーチェに託して出陣する。しかし、二人とも、アスパージアに思いを寄せていて、ことにファルナーチェが積極的でアタックするが、アスパージアはシーファレと相思相愛である。ミトリダーテは、ファルナーチェの花嫁としてイズメーネを連れて帰ってきたが馴染まない。王は、自分を裏切った2人の息子:ローマと通じたファルナーチェと許嫁と相愛のシーファレを殺す決心をするが、イズメーネが諭す。ローマ軍が上陸したので、応戦にでたミトリダーテが瀕死の状態で運ばれて来る。ミトリダーテは、改心して協力した二人の息子を許し、薬をあおいで逝く。
   ローマとの戦争と、息子たちの自分の許嫁への恋情に、ミトリダーテが激情して嫉妬し復讐する連鎖が主テーマだが、暗い雰囲気ながら、美しいモーツアルト節が延々と続くので、陰鬱さは全くない。
   

   モーツアルトの得意とするジングシュピールではなく、アリアというのか歌唱の連続で、各歌手とも大変だと思えるほどの長台詞で聞かせてくれる。
   各歌手とも相当な実力者で、堪能させてくれたが、詳細なデータが探せないので、感想は控えたいと思う。
   このオペラの特色は、テノールのミトリダーテ以外の主要人物は、すべて女声で、シーファレはソプラノ、兄のファルナーチェはアルト、今回はカウンター・テナー、ニンフェアの領主アルバーテはソプラノ、
   最初は一寸戸惑ったが、能舞台のことを考えれば不思議でも何でもないので、気にならなくなって、シーファレのアンジェラ・ブラウアーの美声に聞き惚れていた。
   
   さて、宮城 聰の演出だが、蜷川幸雄のシェイクスピアの舞台を結構観ているので、それを思い出しながら観ていたのだが、舞台設定や衣装などは、歌舞伎の影響など日本の美意識が随所に見られたが、オペラとしては、最近の奇を衒ったモダンなデカダン的な印象は全くなく、シックリト馴染んだ、美しい素晴しい舞台であった。
   セットは、極めてシンプルで、正面舞台からややセットバックして、左右に階段をセットした長方形の4階建て舞台で、バルコニーは廊下舞台、
   各階、6つのコンパートメントに仕切られていて、それぞれ回転ドアーで出入り口となり、裏表の転換で二面のバック・スクリーンが表われる、
   3幕全舞台とも、このセットで通して、舞台は4面のバックスクリーンの転換とコンパートメントのバックの舞台利用などで演出し、
   小道具は、幡や布、ダンサーたちの移動や演技で代用して、無駄は一切ないのが凄い。
   
   

   ビックリしているのは、この2時間半に及ぶ複雑な人間模様をオペラにしたのが、14歳のモーツアルトだと言うこと、
   小澤征爾さんが語っていたが、神がモーツアルトの手を取って作曲させたとしか思えない。
   ベルリン国立歌劇場は、東ベルリンにあって、ベルリンの壁崩壊の少し前に、警戒の厳しい国境を鉄道で越えて出かけて、オペラ「ホフマン物語」を観たことがある。入場券は、西ドイツマルクで支払った。
   壁崩壊直後に、ベルリン・コーミッシェ・オーパーで、軍国ムード演出の「魔弾の射手」を観たが、下りたとは言え鉄のカーテン越えのオペラ鑑賞なので、心穏やかではなかった。懐かしい。
   
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若冲が待っていた: 辻惟雄自伝

2023年05月13日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   伊藤若冲を「奇想の画家」として再発見し、若冲ブームの扉を開いた日本美術史の大家・辻惟雄の日経の「私の履歴書」を元にした自伝的エッセイ。
   かなり砕けた調子のユーモアのある語り口の自伝なので、読んでいて楽しい。
   著者のサイン入りの「日本美術の歴史」を持っているのだが、そのサインが、この口絵の表紙の下段の絵と同じなので、トレードマークなのであろう。

   医者になるつもりで、東大理科Ⅱ類に現役入学しながら、何故、美術史専攻に転身したのか、その切っ掛けは、初年度に腸チフスに罹って留年、翌年は、試験に悪戦苦闘しカンニング事件を起すなど勉学の低空飛行で2年連続留年して、医学部を断念。
   東大入学の4月、マチス展に感動し、琳派の逸品が総出して並ぶ「宗達・光琳派展」にわくわくして、授業より美術展巡りを優先していたから、学業の低空飛行も当然だと言うことで、「勉強するならやっぱり美術かな」と考えて、文学部の美術史学科に運良く転部できた。と言う。

   それでは、多くの学生は西洋美術に傾倒していたのだが、何故、日本画に興味を持ったのか。
   東京博物館で開かれた「雪舟展」で、「山水長巻」全巻を、自然光下で見て、その清潔で力強い美しさにハートを鷲づかみにされて感動したからだという。
   卒論は、「浮世絵」をテーマにした。

   卒論を書き終えた直後、母の訃報に直面した。
   「母を助けられたのは医学しかなかったんだ」、医学部に行こうと考えて父に打ち明けたら、「美術史がヒトの役に立たないとは思わない。絵には人を慰める力があるんだ。私も絵に慰められているんだよ」と言われて、その言葉が胸に染みこみ、それからずっと胸の奥で燃え続けている。美術史の研究を生涯の仕事にするんだと、その時、初めて決心した。と言うのである。

   ところで、本人は、エキセントリックだと言っているが、奇天烈とは言わないまでも、面白い行動が多くて愉快である。
   まず、助手の時、安保闘争で樺美智子さんの死に襲撃を受けて、敗北と虚無感を強く感じて、研究室という狭い窮屈な世界から「知らない世界」に身を投じようと、横浜のドヤ街に潜り込んで港湾労働者のアルバイトをしたと言う。
   また、女性に興味を持って、幼稚園の頃から、性懲りもなくアプローチするが悉く失敗したり振られる。チャンスを作ろうと、教習所でダンスを習ってダンパに通うが全く成功せず、極めつきは、卒論の世話をしていた他の大学の女学生に興味を持って、分厚いラブレターを書いて、今ならセクハラと同時にパワハラ紛いのアタックをして、激怒した父親が、その顛末をしたためて主任教授に手紙を書いたので厄介なことになった。こともあろうに、奥方がこの女子学生と知人で、変った男の取った奇妙な行動の顛末を話して、そのおかしさに二人でケラケラと笑いこけたと言うのだが、奥方がその話題の主が自分の夫であることを知って唖然としたと言う。もっと狼狽したのは本人だが、彼女の本人に対する見方は、どちらかというと好意的であったそうで救われたと言う、世話はない。
   
   この自伝では、タイトルの「若冲が待っていた」についての記述は殆どない。「奇想の系譜」などを読むべきかも知れないのだが、もう一度、「日本美術の歴史」を拾い読みしようと思っている。
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峯 陽一 著「2100年の世界地図 アフラシアの時代」

2023年05月12日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   世界人口の重心が変化していく。2100年までに世界の人口は百億人を超え、アフリカとアジア、すなわち「アフラシア」の人々が世界人口の8割以上を占める。本書は地理情報システム(GIS)の手法を駆使し、人口分布などの地球規模の情報を多彩なカラー地図で示す2100年の未来予測。と言う本である。
   常識的にも、当然だと思える課題だが、その背景を知りたくて読んでみた。

   まず、アフラシアという言葉だが、初めてこの言葉を使ったのは、アーノルド・トインビーであったようで、この場合は、中東と北アフリカを指すもので、正に文明揺籃の地であり、重要な意味があったが、著者の場合は、極東をも含むアジア全域とアフリカ大陸を包含した地域で、特に脈絡があるわけではなく、総称して論じている。

   100年後に、アフリカとアジアの人口が、それぞれ4割ずつ、あわせて世界人口の8割を占めると言うのは、あくまで、現時点のシナリオであっって、正確な数字は時間の経過と共に見えてくる。それよりも重要なことは,アフリカとアジアで暮らす人々が地球市民の圧倒的な多数派になりつつあると言う「傾向性」を確認することである。と言う。
   強者が少数派になり、弱者が多数派になる、この流れが急速に進んでおり、世界の自己統治すなわちグローバル・ガバナンスの未来にどの様な意味を持つのか。と問いかけている。

   民主主義の2大原則は、少数派の意見を聞く、多数決で決めると言うことだが、この原理が時として鋭く対立する。
   歴史上人類は、多数派の意見が支配する、少数派の意見が尊重される、両ケースの経験を経てきたが、アフラシアが、外にも内にも敵を作らない温和な共同体になれるであろうか。アフリカとアジアに生きる人々を情念によって結びつける根拠があるとすれば、それは歴史的な他者との関係、すなわち、西ヨーロッパという異空間の政治権力によって植民地支配を受けた歴史的経験だけである。この広大な空間を束ねる共通の属性は、他には存在しない。
   さすれば、どうするのか。

   著者は、経過説明など詳細を述べていないので不明なのだが、あるべき理想的な温和な共同体というアフラシア像を示している。
   アフラシアは、その内部において、植民地的態度を取らない文化共同体、紛争を軍事的手段で解決しない不戦共同体、そして、資源の搾取をしない開発協力の共同体であり得る。文化芸術や学術の分野での協力を涵養することは比較的容易であろう。地域内には軍事介入のよる紛争の解決に批判的なコンセンサスもある。
   現実味がないと感じているかも知れないが、しかし実際には、アフラシア共同体は既にほとんど存在している、アジア諸国がアフリカと交流する経験をお互いの手本として交換するだけで良い、そして、アフリカ諸国がアジアとの関係について同じことを試みても良いであろう、と言う。

   アフリカの開発発展の筋道として、「ユーラシア・アフラシアのZ軸」と言う理論を展開している。
   Z字の上辺は、西欧と極東を結ぶ線で、両方向指向の経済交流を示し、極東からアフリカ方向へ、すなわち、右上から左下への斜線と、東南アジアからアフリカへの水平の底辺の直線とで、アジアのアフリカへの援助支援を表す。
   産業化を進めているアフリカ諸国の政府は、アジア諸国に対して、天然資源を買うだけではなく、アフリカの人的資源を育成し、高付加価値の製造業や農業に投資せよと繰り返し訴えている。

   いずれにしろ、著者の説く「温和な共同体」としてのアフラシア論は、理想としては理解できても、今のグローバル・サウスの動きを見ていても、バンドン会議のような繰り返しの可能性はあったとしても、やはり、現実味に乏しいように思う。
   現実にも、アジアの中国のアフリカへのアプローチは、かなり、今様植民地主義の様相を呈していて、危ういし、多様化したアジアの新興国とアフリカの発展途上国が、同じ共同体の成員として協調できるとは思えない。
   アフラシアが世界人口の8割を占めるということで、文化文明、それに、人類の思想や価値観が大きく変って、激変するであろうが、多様化した世界においては、アフラシアという世界が、人類社会の基本的な核となるかは、大いに疑問だと思っている。

   近代の世界の発展論を、ポメランツやジャレッド・ダイアモンドやアンガス・マディソンやピケティ等多彩な論者を引き出して論じていて面白いし、特に、よく知らないアジアやアフリカの専門家の見解を紹介するなど興味が尽きないのだが、理想論が先行しているような気がしていて、一寸戸惑っている。
   
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R.W.B. ルイス著「ダンテ」

2023年05月10日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   久しぶりにダンテ。
   岩波のペンギン双書の1冊、伝記作家でイェール大のルイス,R.W.B.の「ダンテ」を読んだ。
   
   神田神保町の田宮書店の店頭で、平川祐弘教授の「神曲」を見つけて買ったのが、2017年7月、
   それから、今道先生の動画講義を観て「神曲講義」などを読み、野上先生たちのダンテ関係の本を読むなど、遅ればせながら、少しずつ、ダンテを勉強してきた。
   シェイクスピア同様に、ダンテも、多くの芸術家たちをインスパイアーして、多くの素晴しい芸術作品を創造させてきた。
   図録や写真集を見ながら、欧米の博物館や美術館で鑑賞した絵画や彫刻に思いを馳せて、ダンテの世界を反芻するのは非常に楽しい。
   特に,昔から、神曲の物語の人物像が鏤められているロダンの「地獄の門」が好きで、あの頃、世界には3門(実際には7つ)しかないと言われていたので、フィラデルフィアとパリで観たときには非常に感激して、東京の上野へはしきりに出かけていた。

   ダンテの伝記としては、かなり、詳細に記されていて、大分知らなかったことも分かってきたのだが、その人生を、ダンテの作品、主に「神曲」の物語と絡ませながらその軌跡を追って語っているので、面白い。
   また、この本でも、政争で永久追放された故郷への望郷の念冷めやらず、最後まで帰郷を願って画策していたダンテの生き様を描いていて感動的。

   やはり気になったのは、ベアトリーチェに関する記述である。
   高貴な深紅の衣服を纏った9歳のベアトリーチェを見て、少年の全存在が「愛」に屈服し、「愛」の命ずるままに、ベアトリーチェの姿を探し求めた続けて、サンタ・マルゲリータ教会の中で、3メートルも離れていないところに座り、静かな熱い思いを込めて彼女を見つめることができた。次第に「彼女は死すべき人間の子ではなく、神の子のようにみえた」と言うホメーロスの言葉が当てはまるほど、気高く称讃に値する態度を彼女のうちに見るようになった。と、まず、最初に書いている。
   そして、9年後に、サンタ・トリニタ橋のたもとで再会し、その時、ベアトリーチェは、えも言われぬほど丁重に会釈をしてくれたので、至福のありとあらゆる極みを見たように覚えて、幸せな気持ちになって家で眠り込んで見たベアトリーチェの夢の話など、「新生」をなぞっているのだが、
   著者は、会話がなかったはずなのに、この若い女性は現実に彼に話しかける、と述べているのが興味深い。

   ダンテとベアトリーチェが正式に婚約する可能性は、いかなる時にも皆無だったようである,と言う。こうした事柄は、完全に両親の領分であって、両家とも別な計画があって、ダンテの場合12歳の時に、10歳のジェンマ・ドナーティと正式に婚約していて、婚約の破棄は大変な侮辱とされ血の雨が降る騒動になるので破棄できない。ベアトリーチェも、21歳の時に、シモーネ・バルディの後妻になっている。

   面白いのは、神曲の「煉獄篇」で、ベアトリーチェが登場して、衝撃を受ける舞台の描写。
   これは、ダンテの創作なのでベアトリーチェの実際の感覚とは全く違うかも知れないのだが、
   神の知恵で、人間の精神を照らして神へ導くことの出来る超越的な叡智が人間の姿を取った存在として、天国へと昇る旅路の道案内と教師の役をつとめるベアトリーチェが、
   彼女は、まさしく、フィレンツェのサンピエーロ・マッジョーレ地区のコルソ通りにかっては住んでいたベアトリーチェ・ボルティナーレでもあり、彼女は、このことを示すつもりで、彼女の死後のダンテの腐敗堕落を、情け容赦なくコテンパンに糾弾するのだが、このシーンが面白い。

   青年時代に大いなる可能性を秘めていてあらゆる優れた天分が実を結んでいたのに、その天賦の才を無駄遣いしてしまった。私が死ぬとすぐに私を捨てて他の者達に身を委ねた。幸福の虚像を追い求めて真実でない道に向かった。そのように彷徨わなければならないほど、他の者達の容貌に、どんな魅惑や利益が表われていたのですか。あなたの夢枕に立ったのに無駄であって、あなたは一顧だにしなかった。
   ベアトリーチェは、神性にあずかる身でありながら、同じ地区に住む嫉妬深い若い隣人であった。もし、彼女が地獄に下りてきて、ダンテの導きをウェルギリウスに頼まなかったら、ダンテは永遠の罪を受けたであろうと、信じられないと言わんばかりに、その思いを口にした。
   このあたりのルイスの表現は、かなり、やさしいが、「神曲」では、非常に厳しくて、ダンテの過去の行状を叱りつけるので、彼は、悔恨の情に胸を締め付けられて卒倒する。
   ルイスが、ベアトリーチェを、親しい幼馴染みのお隣さんであって、一寸、ヒスを起したようなものだと匂わせているところが興味深い。
   これは、天国への一つ手前の「煉獄篇」の話、
   「天国篇」のベアトリーチェは光り輝いている。

   いずれにしろ、ベアトリーチェは、ダンテにとっては、永遠の憧れであって「愛」の象徴、
   ベアトリーチェあっての「神曲」であり「新生」なのである。

   ベアトリーチェで終ってしまったが、このルイス教授のダンテ伝記本、
   「神曲」と「新生」と併読すると面白い。
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ばら:ハンス・ゲーネバイン、あおい咲き出す

2023年05月09日 | わが庭の歳時記
   激しかった雨と風が止んで、奇麗な五月晴れになった。
   ばらの似合う季節である。
   20鉢以上もあったわが庭のばらも、手入れ不如意で8鉢に減ってしまったが、それでも、健気に咲き出してくれた。

   まず、ピンクのハンス・ゲーネバイン。
   
   
   
   

   そして、赤紫のシックなばら・あおい、
   
   
   
   
   
   
   
   
   ばらの栽培では、ヨーロッパから帰ってきてから、まだ、庭に十分に空間のあった頃、若かった所為もあって、京成バラ園に出かけて苗木を買って来て、熱心に本を読んで勉強して、庭一杯に咲き乱れさせたことがある。
   近かったので、京成バラ園を頻繁に訪れて、講習に出たりレクチャーを受けたり、
   ばらのシーズンには、何度も出かけて写真を撮り続けた。
   鎌倉に越してきて10年、
   当初は、千葉から持ち込んだばらが綺麗に咲いていた。
   
   要するに、ばらの栽培には、根気よく丁寧な手入れが必須で、怠け者似非ガーデェナーには、向かないと言うことで、手を抜き始めると、一気にばらも応えてくれなくなってきて、花付きが悪くなり、枯れ始めてくる。
   元々、庭仕事には向かない性格で、まず、手入れの大変な季節の草花栽培から撤退して、ばらも諦めて、今では、手入れの楽な椿一辺倒になってしまっている。
   今年は、長年楽しんできたミニトマトのプランター栽培も止めたので、随分楽になったので、残った花木を大切にしようと思っている。
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格差の起源 なぜ人類は繁栄し、不平等が生まれたのか(2)格差

2023年05月06日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   オデッド・ガロー の「格差の起源」の第2部「なぜ「格差」が生まれたのか」について、考えてみたい。
   興味深いのは、現在の格差問題を分析しながら、その起源を、歴史を逆戻りして、原初の人類誕生にまで翻って検討していることである。

   まず、発展途上国の貧困は、主として不適切な経済や政治の政策の結果であり、従って普遍的な一連の構造改革を実施すれば解消されるという通念の誤りについて、もっと根深い根源的な要因があって、そうした政策の有効性を損ねている重大な影響を無視しているとして、
   その例として、ワシントン・コンセンサスを糾弾している。
   発展途上国への政策提言として、世界銀行やIMFが、貿易の自由化、国有企業の民営化、財産権の保護の充実、規制緩和、課税ベースの拡大と限界税率の引き下げなどの政策を推進させて努力したにも拘わらず、成功は限定的で成果は殆ど上がらなかった。これらの政策は、経済成長のための社会や文化の前提条件を既に整えた国家にとっては有効かも知れないが、これらの土台を欠いたり、社会の結束が弱かったり、賄賂が横行している環境では、これらの普遍的改革は実を結ばなかったのである。
   先進国の後追い政策は、後進の発展途上国の指針にはなり得ない、ロストウの経済成長の発展理論は、最早骨董になって使い物にはならないと言うことである。
   余談ながら、これと同じことは、このブログで何度も論及しているように、今日、発展途上国が経済成長を策すためには、西側先進諸国の民主主義体制を取るよりも、中国型の専制主義的な政治経済体制を取る方が有効だと言うことである。このことは、現代史における逆転現象で、残念ながら、民主主義勢力の退潮を現出しており、歴史の逆行でもある。

   さて、格差のおおもとは、植民地化とグローバル化との非対称の影響である。
   この両制度は、西欧の国々の工業化や発展のペースを速める一方、発展の遅れた国々が貧困の罠から逃れるのを遅らせた。
   世界の一部の後進地域では、既存の経済の不平等と政治の不平等を永続させるように作られた収奪的な植民地制度が持続したために成長が抑えられ,国家間の格差を更に広げることになった。
   
   人類の歴史においては、地理的な特性と人口集団の多様性こそが、何をおいても、世界の格差の背後にある最も根深い要因である。そして、文化や制度の環境への適応は、しばしば、世界各地の社会で発展の進む速度を決めている。と説く。
   一部の地域では、成長を促すような地理や多様性のお陰で、文化の特性や制度の特徴が環境に迅速に適応し、技術の進歩の加速に繋がった。何世紀も後、この過程が人的資本の需要爆発を引き起こし、出生率が低落して、それによって経済が成長軌道に乗り、近代の成長時代への移行が始まった。
   別の場所では、地理や多様性と文化や制度の相互作用の悪循環などで、社会の進展が遅れてゆっくりと旅路を歩むこととなり、マルサスの罠から逃れる時期が遅れた。
   こうして、現代世界に見られるような巨大な格差が生まれた。と言うのである。
  
   著者は、特に人口集団の多様性について注目しており、最終章「出アフリカ」において、「東アフリカからの移動距離と先住民族集団内の多様性」について計測して、移動距離と観察可能な特性の多様性との間に密接な負の相関関係があると指摘している。
   この多様性だが、相反する影響を経済にもたらしている。
   多様性は、社会的な相互作用の中で、個人の価値観や信念や嗜好の幅を広げることによって、個人間の信頼を低下させ、社会の結束を弱め、内戦を増やし、交易の提供を非効率化し、その所為で景気を悪化させる。その一方で、社会の多様性は、経済の発展を促してもきた。技能や問題解決の取り組み方など、個人の特性の幅を広げることによって、専門化が進んだり、革新的な活動でアイデアの「交雑」を後押ししたりして、変わりゆく技術環境に迅速に適応することを可能にした。 
   現在の繁栄の最も深い起源だが、出アフリカの道筋によって部分的に決まった各社会の多様性の度合いが、人類史全体にわたって、経済の繁栄に長期的な影響をもたらした。技術革新を誘発する「交雑」と社会の結束の両面でスィートスポットを上手く捉えた人口集団が、最も大きな恩恵を受けた。と言うのである。

   私自身は、著者の「地理的な特性と人口集団の多様性こそが世界の経済格差の根本要因だ」という説については、反論はしないが、
   やはり、今日の先進国と発展途上国など遅れた国との経済格差の要因は、「植民地化とグローバル化との非対称の影響」が大きいと思っている。
   植民地や遅れた国を搾取し踏み台にして、政治経済社会の好循環に恵まれて、工業化や近代化を進めて発展を遂げてきた西欧の国々に対して、発展の遅れた国々は、既存の政治や経済の不平等を内包した収奪的な植民地制度を持続して成長への芽が摘まれて、貧困の罠から抜け出せなかった。
   国家の政治経済社会構造が、権力と富が偏在した専制的な独裁体制ではなくて、革新的な進歩発展を策せる自由で公正な機動性に富む柔軟な体制であるほど望ましかったと言うことであり、この制度の違いが明暗を分けた。

   何故、社会制度など文化的な要素を重視するのかと言うことだが、これは、かって4年間ブラジルに住んでいた経験からである。
   もう、半世紀以上も前から、明日の経済大国と囃され、BRIC’sでも脚光を浴びた資源大国のブラジルが、未だに鳴かず飛ばずで汚職社会からさえ抜けきれず、成長頓挫の苦境に呻吟し続けているのは、ポルトガル時代に刷り込まれた強烈なマイナスのラテン気質の為せる業、
   そして、神の恵みを受けたはずの資源豊かなアルゼンチンやヴェネズエラなどラテンアメリカの惨状を見ても、宗主国スペインの残した負の遺産故であって、
   ダロン・アセモグルが国家の衰退要因だと説いた収奪的政治制度や経済制度の一変形である深刻な国家病、
   植民地化の残した罪は深くて重い。   
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バイデンの南米の盲点 Biden’s South American Blind Spot

2023年05月04日 | 政治・経済・社会時事評論
   PSのケネス・ロゴフ教授の評論「バイデンの南米の盲点 Biden’s South American Blind Spot」が興味深い。
   中国の地政学的な野望を抑えるという公約にもかかわらず、バイデン政権は、南アメリカにおける中国の経済的足跡の拡大に対抗するために、ほとんど何もしてこなかった。 気候変動との戦いにおけるこの地域の重要な役割を考えると、米国はもはや南部の近隣諸国を当然の隣人だと考える余裕はない。
   今や中国は、南米大陸の最大の貿易国として米国を追い越しており、アメリカの裏庭だと考えてきた自分の領域での中国の存在感の高まりをほとんど見落としてきたのが、全く不可解であり憂慮すべきことである。と言うのである。

   4月初旬、ブラジルのルーラ大統領は、米国に対して、ウクライナでの戦争を「助長」するのを止めるよう声明を出したが、こう言われること自体、この地域における米国の影響力が弱まっている由々しき例だが、バイデン政権がそれに何の対処もできない。
   アメリカ人の南米に対する無知の最たる例は、 1982 年、ロナルド レーガン大統領がこの地域を視察した後、南アメリカが複数の国で構成されていることを発見して「驚いた」と言った有名な話で、 彼のコメントは、合わせて 4 億 3000 万人の人口を持つ多様な大陸に関する知識が広く欠如していることを反映していて、今でも、アメリカ庶民の南米への無知や無関心は変っていないであろう。

   さて、中国は、南米から獲得した資源に対して十分な支払いをしており、主要な貸し手として台頭しており、債務国に非常に必要な資金を提供しているが、一般的には条件付き (中国からの購入など) である。世銀とIMFが主張する汚職ガイドラインなどの反政府勢力への配慮はほとんどないが、中国は、前世紀に米国が何度も経験した現行犯の扇動クーデターに巻き込まれたことはない。
   いずれにせよ、南米における中国の存在が環境に与える影響は非常に懸念される。 大豆に対する飽くなき欲求は、ブラジルの森林伐採とアルゼンチンの牧草地の喪失の主な原因となっており、 さらに、南米大陸への関心は、中国では不足し、ここでは豊富な水に対するニーズの高まりを反映している。

   最終的に、欧米は、地球温暖化に対処するためには、熱帯雨林の保護と再生可能エネルギーへの移行において、ブラジルのような国々の協力が必然的に必要になることを認めなければならない。 中国は間違いなく気候変動と戦うことの重要性を認識してはいるが、当面の目標は、世界最大の経済国として米国を追い越し、対等な大国としての地位を確立することであって、 ネットゼロ排出を達成し、南米の二酸化炭素排出量を削減することなどはは、最優先事項には含まれていない。

   米国がラテンアメリカを見落としがちな理由の 1 つは、1823年に確立されたモンロー・ドクトリンによって、ラテンアメリカ全体を米国の影響範囲内に置き、それ以来、外国勢力がそこに足場を築くことを効果的に防いできたので、ラテンアメリカが 19 世紀以来比較的平和であったことである。
   しかし、今や、米国の経済的影響力が弱体化するにつれて、外国軍が南アメリカに存在感を確立するのを阻止する米国の能力は、ますます危険にさらされている。 中国はすでにパタゴニアに宇宙観測ステーションを建設しており、現在はアルゼンチンに海軍基地を建設するよう圧力をかけている。 アルゼンチンが債務不履行に近づき、インフレ率が 100% を超えて急上昇し、ポピュリスト政府が政権を握っていることを考えると、中国が最終的に思い通りになる可能性がある。 ベネズエラは、かつてアメリカの左派に支持されていたが、何十年にもわたる破滅的な経済政策の後、中国およびロシアの影響を非常に受けやすくなっている。アルゼンチンとベネズエラは、南米で最も広く報道された景気後退を経験しており、COVID-19 パンデミックは更に成長を鈍化させ、他の国においても不平等を悪化させている。 さらに、ウクライナに関するルーラのコメントが示唆するように、大陸全体の左傾化は、米国の利益に反する外交政策をもたらす可能性がある。

   したがって、バイデン政権は、南米における中国の影響力に対抗する取り組みを強化しなければならない。
    南米諸国が教育制度を改善し、貯蓄を増やして公共投資を増やし、生産性を高める構造改革を実施するのを支援することなどによって、米国は南米大陸を長期的な経済的繁栄への道に導くことに貢献できる。 そして、南米の再生可能エネルギーへの転換を支援するために、西側諸国は、借金で苦境に立たされて資金不足に苦しむ政府に対し、より広く、融資の代わりに大規模な助成金を提供すべきである。 中国のグローバルな影響範囲の拡大と、環境保護への移行における南米の重要性を考えると、米国は、もはや、南部の近隣諸国を、親しい裏庭のお隣さんだと当然のことのように考えている余裕などはないのである。

  以上がロゴフ教授の見解だが、もう、半世紀も前のことになるが、アメリカのビジネス・スクールで学んでいた頃のラテンアメリカ観との落差の激しさにビックリする。
   時代も時代だと思うが、米帝国主義が、如何に中南米を食い物にして資本主義を謳歌していたか、米国の多国籍企業の中南米での事業を糾弾した左翼系の経済学書なども花盛りであった。
   私自身も、MBAの國際ビジネスのクラスで、利益送金が制限されているメキシコから利益を回収するために、アメリカの親会社が、ポンコツの製造機械を送って高額で売りつけるなど、あの手この手の移転所得の手法などを学んだ記憶がある。
   アマゾンの熱帯雨林破壊の先鞭を付けたのも、米国穀物会社大手の所業であり、ロゴフ教授が中国の悪辣さを糾弾しているが、アメリカ帝国主義こそ、その権化である、と言えないこともなかろう。

   いずれにしろ、本論のロゴフ教授の見解には異存はない、
   経済大国が、経済力の強さを良いことに、苦しむ新興国や発展途上国を、自分たちの国益のために利用し圧殺するなどは許されるべきではなく、まして、その行為が、宇宙船地球号を窮地に追い込む所業であるのなら断じて容認すべきではない。
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わが庭の椿、五月晴れを謳歌

2023年05月03日 | わが庭の歳時記
   今日は、憲法記念日、素晴しい五月晴れの清々しい気候である。
   家族は、それぞれ、休日を楽しみに出かけたが、わが老人は、庭に出て、鶯のさえずりを楽しみながら、花木との対話に勤しむ。

   さて、沢山植えている庭植えや鉢花の椿が、今一番輝いていている。
   一気に新芽を伸ばして成長し、結実して膨らみ始めた実をしっかりと抱えている。
   庭植えの椿は、寒肥が利いたのであろうし、鉢植えの椿は、春先のハイポネックスの効果であろうが、何故か、鉢植えの椿では、何株か枯れ始めているのがある。気にはなるが、自然淘汰だと諦めている。
   昨年は、種まきや挿し木をひかえたので、今年の鉢上げは、ミリンダの4株だけである。
   
   
   
   問題は、今年の挿し木と種まきを、どうするかである。
   挿し木の方は、ともかく、種を蒔くと、花を咲かせるためには、少なくとも、5年は掛かる。
   人生100年の時代だと言うのだが、それまで、世話を続けていける自信がないし、それに、何十本もある今の椿もドンドン大きくなるので、その世話も大変である。
   しかし、青い珊瑚礁やミリンダ、それに、式部やタマ系の洋椿など種の付きにくい椿にも実がついているので、雑種のどのような新しい椿が出てくるのか、見てみたい誘惑にも抗しがたい。
   さて、どうするか、実が熟成する秋先に考えよう。
   
   
   
   

   今、わが庭では、シャクヤクが咲き出している。
   今咲いているのは、何株かの白いシャクヤク。
   
   
   
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