熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

台頭するブラジル(仮題 BRAZIL ON THE RISE)(21) これからの政治の課題

2011年12月13日 | BRIC’sの大国:ブラジル
   1985年に右翼系軍事政権が崩壊して以降、今日のブラジルを築き上げた偉大な大統領は、カルドーゾとルーラであろう。
   カルドーゾが、ルーラ・プランを実施して、ブラジルのハーパー・インフレを終息させて通貨を安定させ、経済を軌道に乗せると同時に、混迷続きの政治を安定させ、これを継承したルーラが、経済成長を図って、国民の所得を引き上げて生活を豊かにし、国際収支を好転させて深刻であった債務超過経済を一気に債権国に格上げする一方、外交関係においても近隣諸国と貿易を拡大し平安を保っている。

   しかし、政治的には、ルーラ政権の8年間は、共和国の歴史上でも、金額的にもスキャンダル数でも、最も汚職が多かったと言われるくらい、いまだに、腐敗体質から脱却していない。
   汚職、詐欺、たかり、欺瞞、違法行為、縁故優遇主義などに対して、世論調査毎に、ブラジル人は、嫌悪感を示すのだが、ルーラが悪いことをしたと糾弾するのではなく、国会議員や閣僚たちに怒りの矛先を向けていたと言うのである。
   ルーターは、ルーラの酒癖が悪いと記事に書いた時、ルーラ自身が口封じに適用された軍政時代と同じ法律で、追放されたと権力乱用に息巻いているのだが、いくら法制度上は権利が認められていても、例えば、プレス報道をコントロールして脅迫威嚇をしているのだから避けようがない。
   ブラジル人にとっては、所得が増えて、中流国民が増加して生活水準が上がり、社会的インフラ投資が拡大し、生活が豊かになったのだから、ルーラ政権には好意的なのである。

   ローターは、ブラジルが豊かになればなるほど、継ぎはぎだらけの政治システムにビルトインされた欠陥故に、益々、政治が悪化し、汚職が増加する傾向にあると言う。
   1988年制定の憲法では、ブラジルの選挙制度は、アメリカのようにウイナー・テイクス・オールではなくて、比例代表制である。州毎に政党が選挙名簿を作成し、リストの上位から選ばれて行くので、最も金を使って買収した候補が当選すると言うことになっている。
   したがって、選ばれた議員には党へのロイヤリティなどはなく、慢性的に弱くて規律のない党を蔓延させる公算が強くなると言うのである。
   政治家が党を渡り歩くのはざらで、自分や領袖たちにとって有利な党へ靡いて行くのである。ある党から立候補して当選し、登院した段階で他党に移り、止める時には第3党に移っていると言うのは異常では何でもないらしく、某党の副党首は8回も変わったと言う。

   ブラジルには、必ずしも国会に議席を持っていないものもあるが、20以上の政党が乱立している。
   民政移行後、サルネイ大統領以外は、政権政党が国会の過半数を占めたことがないので、議案を通すためには、たえず交渉してコンプロマイズする必要があり、政局の混乱を招くこととなり、汚職や買収などの違法行為や腐敗行為が介入することになる。
   2005年6月にルーラ大統領が率いる与党・労働党は、政権基盤を磐石なものとするために連立を組む他党の議員に毎月3万レアルをばらまいていたと言われ、2006年3月27日には、経済政策の面でルーラ大統領を支え、「ブラジル経済の守護神」といわれたパロシ財務相までが汚職問題で辞任すると言うスキャンダルの連続だったが、ボルサ・ファミリアで最貧層に無償補助金を支給していたこともあって、貧困層の支持があって2次政権も持ったのであるが、とにかく、政権維持のためにも、金が動く国柄であるから、抜本的な政治改革は必須なのである。

   金銭であろうと他の報奨であろうと、このグルになって助け合い、裏工作をして、買ったり売ったりする買収工作塗れのシステムは、1988年成立の憲法に由来すると言うのだが、ブラジル人が、clientelismoと呼んでおり、従属と報奨の垂直連鎖を含む独裁モードのレギュレーション・システムだと言うことらしい。
   しかし、チリ―やアルゼンチンなどの他のラテンアメリカ諸国と違って、ブラジル政治で特異な点は、民主政治への移行をスムーズに推進したのは、ガイゼル大統領など穏健派の軍事政権のお蔭でもあると言うことである。
   メジチ大統領時代でさえ、クーデターを粉砕して、ある程度のデモクラシーの維持に努めていた。
   マルキスト・ゲリラの粉砕などによって、チリ―やアルゼンチンのように過激な軍事的政治闘争を避け得たことや、独立当初から、国家分裂を一度も起さすことなく、ブラジル一国で通し続けたと言うことも、ブラジルの特質かも知れない。

   ブラジルの政治システムがオーバーホールされない限り、誰が成っても、ブラジルの大統領は、民主的な国家の舵取りは不可能だろうとローターは言う。
   経済は、どんどん成長して大国になって行くのに、政治システムは、時代遅れの体制と慣習のままで進歩から取り残されて、そのギャップが拡大する一方である。
   経済的に豊かになった大企業や億万長者たちが、益々、民主主義的な原則や価値観を主張するようになって、時代錯誤の政治システムへの反発を強めて来ており、改革は急務となって来ている。
   改革には多くの問題を内包しているが、政党の安易な移動の制限や、比例代表制の選挙制度の改正などは、その一歩となろう。
   いずれにしろ、16世紀の建国以来培ってきたブラジル文化社会や価値観が、果たして、21世紀のBRIC’s大国ブラジルの将来に如何にあるべきかが、厳しく問われていると言うことであろうか。
   
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台頭するブラジル(仮題 BRAZIL ON THE RISE)(20) 真面目な国になる

2011年12月05日 | BRIC’sの大国:ブラジル
   この章のタイトルは、「BECOMING A "SERIOUS COUNTRY"」。
   SERIOUSをどう約すか難しい問題だが、発端は、1960年代初期に、フランスとの漁業交渉で、ド・ゴール大統領が、ブラジルは、SERIOUS COUNTRYではないと言ったことに始まると言う。
   ところで、この問題の答えになるかは別にして、ローターは、2009年10月2日に、リオが、2016年のオリンピック開催地に決定した時のルーラ大統領の言葉を、引用して、ブラジルが世界に認知されたと捉えている。
   ルーラ大統領が、喜びの演説で、”Today is the day that Brazil gained its international citizenship."と宣言したのである。

   ブラジル人が、世界中に、唯一認知されたいと願っていたのは、ブラジルが、great powerだと言うことだったと言う。
   名実ともに経済的にも巨大な国であり、天然資源にも恵まれた広大な国土と2億人に達する人口を擁する国であるが、国際舞台では、一等国としては、認めれれておらず、また、ブラジル人自身も、劣等感(a feeling of inferiority)が強くて、自分たち自身にも自信がなかったのである。
   ところが、オリンピックに選ばれ、今や、BRIC’sの大国として21世紀にもっとも期待される新興国の代表として脚光を浴びたのであるから、一挙に、ブラジル人の鼻息が荒くなって、多少、自信過剰状態になってしまったと言うのだから興味深い

   この章では、ローターは、当然のこととして、ブラジルの外交や軍事などを含めて対外関係や国際関係に焦点を当てて論じている。
   まず、ブラジルは、自国自身が、ラテンアメリカでのリーダーだと思っているので、他の大陸の大国ばかりを意識して比較をしており、近隣の中南米諸国に対しては、軽視気味だと言う。
   面白いのは、元宗主国のポルトガルには、殆ど関心がなく、イタリアやドイツなどからの移民が多いにも拘らず、非常にフランスびいきらしい。
   日本、中国、インドなどアジアに対しては、経済成長の見本として、高く評価しているのだが、逆に、アフリカに対しては、非常に評価が低い。

   興味深いのは、アメリカに対するブラジル人の錯綜した複雑な気持ちである。
   「アメリカに出来ることが、ブラジルに出来ない筈がない」と言う気持ちを持ちながら、現実のアメリカとの格差の大きさを考えれば、何故、ブラジルは、同じ新興国であった筈なのに、こんなに遅れてしまっているのかと言う気持ちを持たざるを得ないと言うことである。
   
   歴史はゼロサム・ゲームであるので、アメリカは、ブラジルを犠牲にして、今日の繁栄を勝ち取ったとのだと言う。
   この考え方は、ブラジルの左翼系の人に多いと言うことで、ブラジルが、当然、達成すべきだった筈の偉大さを、アメリカは、初期の段階で、奪ってしまったのだと言うことで、名のある学者が、外交官養成機関で講義していると言うのだから驚く。

   面白いのは、飛行機の生みの親は、ライト兄弟ではなく、ブラジル人のサントス=デュモンだと主張して譲らないと言う話である。
   ライト兄弟の飛行は1903年で、デュモンは1906年だが、ライト兄弟は、金儲けのために一切を秘密にしたが、デュモンは、図面をはじめ飛行機に関する発明の一切合財を公に公開したということだが、ライト兄弟はアメリカ、デュモンはヨーロッパと言うこともあるが、面白い。
   また、前にも触れたが、アメリカが、アマゾンを、支配下に置こうとしていると言うブラジル人には強烈な疑念があると言う。

   ブラジルが、アメリカとの関係が良かったのは、クリントンとカルドーゾ時代で、最悪だったのは、カーターと軍事政権時代とブッシュとカルドーゾ時代だったと言う。
   ブラジルのルーラ政権以降とオバマ政権とは、良好のようだが、イランやベネズエラなどに対するブラジルの独自外交では利害の対立がありギクシャクしているケースもかなり出ているとも言えよう。
   2009年にマフムード・アフマディーネジャード大統領を招き、2010年にルーラ大統領自身イランを訪問し、イランの核開発をバックアップしている。
   この核開発に対しては、ブラジルもソ連崩壊後、ロシアから核科学者を招聘して、密かに海軍などを中心に進めていて、核保有国の手前勝手な核保有について反発しており、IAEAに参加しているが、核拡散防止条約の趣旨にも納得はしていないと言う。
   核兵器を保有する意思はなさそうだが、他のBRIC’s諸国が核を保有しており、ナショナリストたちは、大国の資格要件として核保有は当然だとと考えているようである。
   ブラジルのロケット開発に対して、アメリカが、悉く、妨害し続けていることなどにも、ブラジルのフラストレーションが高まっていると言う。

   軍事については、特に、仮想敵国がある訳ではなく、ラ米での軍事的脅威が存在する訳でもないので、現在、375,000人の軍人が存在するが、目的は、国境警備、国内治安の維持、国内政治への干渉などである。
   現に、隣国との紛争と言えば、ボリビアのモラレス大統領によるペトロブラス国有化や、パラグアイとのイタイプ発電プロジェクトの価格紛争くらいである。
   しかし、その拡大整備は、大国としての権威として必要だと考えており、特に、最近開発された原油資源や、外国からの干渉が激しくなってきているアマゾンを守るために、その必要を感じ始めていると言う。
   興味深いのは、資金と経験確保のために、国連のPKMに積極的に参加して、平和維持に貢献していることである。

   もう一つのブラジルの悲願は、国連安全保障理事会の常任理事国への参加である。
   あらゆる機会を利用して、その推進を進めているようだが、まず、メキシコ、そして、アルゼンチンが反発するであろうし、中国も賛成しないであろうと言う。
   ブラジルのラ米での立ち位置だが、比較的仲の良いチャベスのベネズエラとの問題でギクシャクしているのも、チャベスが提唱している南大西洋条約機構SATOでの主導権争いにあるようである。
   したがって、ラ米において、ブラジル自身が、名実ともに、リーダー大国として認知されるかどうかと言うことが、ブラジルとしての重要な外交案件でもある。

   いずれにしろ、表立って紛争を興すことを嫌い、どことでも仲良くしたいと言う八方美人的な国民性の強いブラジルが、如何に、真面目な成熟した大国として、世界中から認められるのかと言うことが、ブラジル、ひいては、世界の為にも重要だと言うことであろうか。
   
   

   
   
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台頭するブラジル(仮題 BRAZIL ON THE RISE)(19) アマゾン その2

2011年11月09日 | BRIC’sの大国:ブラジル
   アマゾンでのもう一つの深刻なブラジルのアキレス腱は、ブラジル政府の原住民対策や保護の手抜きと、今様奴隷とも言うべき賃金奴隷(wage slavery)の存在の問題である。
   奴隷制度が、19世紀に廃止されて、世界でも屈指の人権尊重の憲法を誇るブラジルだが、何百年前の建国当時と殆ど変らない非人道的な労働慣行が行われているなどと言う問題を、ローターは、レポルタージュを交えて詳述している。

   トランス・アマゾン・ハイウエーは、いわば、アマゾン地帯のバックボーンとも言うべき貴重な道路で、ブラジルの経済発展のため、そして、貧しい地方からの膨大な農民たちの移動を助けたのだが、長い間アマゾナス州知事であったジルベルト・メストリンニョと言った地方の大ボスたちが、このメリットを最大限に使って、私腹を肥やして行った。
   アマゾンには、満足なインフラがないので、1966年軍事政権が、SUDAM(アマゾン開発公社)を設立した。
   政府は、一定率のSUDAM配賦金を所得税のような形で徴収していたので、私も払っていたが、本来、アマゾン川住民のために使われるべき筈の資金が、殆ど、メストリンニョや隣のパラ州のバルバリョと言った大ボスや関係者に贈収賄の形で流れてしまって、何十年も全く実質的な効果が上がらなかったので、2001年に廃止されたと言うお粗末さ。
   アマゾン川の住人と称されるカボクロ、すなわち、原住民であるインディオは、いまだに、狩猟や初期農業をして生活しており、生活に困窮し、その多くは、貨幣経済の埒外にあると言い、マラリアやデング熱など風土病で若くして死んで行くと言う。

   ブラジル政府が、インディオ達の厚生福利と言わないまでも、生活水準の向上に殆ど手を付けないので、インディオ達は、むしろ、自分たちに同情的な内外の機関や個人と協力して、自分たちの生活や文化を守ろうとしているのだが、このインディオの自衛手段が、以前に書いた、アマゾンを外国人に取られるのはないかと言うブラジル人の疑心暗鬼に火を点けているのだと言う。
   ブラジル人は、インディオの法的ステイタスは、ブラジル人の子供で、外国人の餌食になる可哀そうな奴だと、一人前扱いにしていないとローターは言う。

   ローターは、ベネズエラとの国境地帯にあるヤノマミ保護居住区に行ってレポしているが、ここには、ブラジル軍が駐在しているのだが、インディオの保護に当たるどころか、少なくとも18人のインディオ少女に妊娠させて他にも性病をうつしたり、幼いヤノマミ族を兵隊にとったりしているので記事に書いたらえらいことになったと言っている。

   ところで、インディオの人口だが、ブラジル建国時には600万人いたのが、1970年には、20万人に激減し、その後、人口が3倍くらいに増えているので、テリトリーの問題でトラぶっていると言う。
   インディオは、少人数の集団を形成して移動する狩猟民であるので、広大な土地を必要としており、1%以下の人口で10%の土地を名目上支配しているので、それが増加するとなると、アマゾン開発に虎視眈々と身構えている開発業者など多くのブラジル人が、利権保護のために、大反発するのである。
   しかし、現実には、インディオの所有権が厳然と存在しているインディオ保護居住区は、地方の大ボスや鉱山業者や開発業者たちの違法極まりない侵入や乱開発で無茶苦茶に権利が侵害されており、駐屯している軍隊も、インディオを保護するどころか高飛車に対応してトラブルが絶えないと言うのだが、これも、ローターの2004年と2007年の、ベネズエラとギアナ国境のラッパ・セラ・デ・ソル保護居住区訪問時のレポである。
   現在でも、武装した開発団などが、どんどん、インディオ・テリトリーに押しかけて権利を侵害し、アマゾンの乱開発を進めていると言う。

   もう一つは、今様の賃金奴隷制度の存在である。元々、19世紀から20世紀初頭のゴム景気の時に端を発しているのだが、現在では、輸出用の植物栽培や、木材業、鉱山業と言った過酷な労働に、貧窮した農民労働者などが各地から集められて、粗末な住居に寝起きして奴隷のように酷使されていると言う。
   身分証明書や労働手帳は、燃やされてしまい、毎日朝の6時から仕事に出て夜の11時に終わり、生活必需品はすべて強制的に労働キャンプで買わされ、生活経費はすべて天引きされるので、賃金は一度も支払われたことがないと元賃金奴隷がローターに語っているが、ある宗教団体によると、そのような労働者が、少なくとも、2万人存在し、政府機関の急襲で、毎乾季に、1000人以上が解放されるのだと言う。
   武装した監視人によって厳重にガードされているので、逃げるに逃げられないというのだが、現実は、あの植民地時代の東北地方のサトウキビのエンジェニーニョ制度と殆ど同じような過酷さが、ブラジルに存在するのをどう見るか、BRIC’sのどこも似たり寄ったりかも知れないと思うと、経済の発展段階と文明の連鎖を感じざるを得ない。

   勿論、ブラジル政府も、国のイメージダウンであり国際信義にも反するので、問題を看過している訳ではなく、調査員を置いたり急襲調査したり、対策を講じているのだが、何しろ、メインロードや集落から深く入り込んだ遠隔地のジャングルの中の人跡未踏に近いペルーやボリビアとの国境地帯にあるので、思うように進まない。
   それに、インスペクターの体たらくは、十分な人員も装備もなく、車のガソリンや修理パーツ不足に泣いていると言うのであるから話にならないので、ブラジル政府は、逆に、国際的な批判を叩くのに汲々としていると言うのであるから恐れ入る。
   とにかく、この人権問題とも言うべき深刻な問題が、飛ぶ鳥落とす勢いの筈のブラジルの、過去の歴史の暗部を背負った悲劇の一端でもあり、世界には見えないアマゾンでの深刻な一側面でもあるのである。
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台頭するブラジル(仮題 BRAZIL ON THE RISE)(18) アマゾン その1

2011年11月03日 | BRIC’sの大国:ブラジル
   「ナショナリズムとジャングルのパラノイア」と副題のついたこの「アマゾン」の章は、アマゾンの乱開発に反対していたアメリカ生まれのシスター・ドロシーが、酋長たちとの面会に向かう途中のアマゾン横断道路で暗殺された事件から説き起こしている。
   1970年代以降彼女が活動していた地域の老朽ハイウエーを、ブラジル政府が再舗装すると発表した瞬間、一気に、周りの土地価格が急騰し始め、全国から、森林業者や牧畜業者や投機家などが雪崩れ込んで来て、見るも無残な乱開発を始めていたのである。
   シスター・ドロシーは、その無法者たちの犠牲になったのである。
   (2006年12月30日のブログ「地球の悲鳴・・・消え行くアマゾン熱帯雨林」で、ナショナル・ジオグラフィックの記事を紹介し、アマゾンの乱開発を論じた。)

   ローターによると、「アマゾンは、ブラジル人のモノだ。」と言うスローガンは、幼稚園に入った瞬間に叩きこまれて、死ぬまで何回も繰り返して教え込まれるブラジル人のマントラになっていて、国土をどのように使おうと自分たちの勝手であると言う感覚が染みついていると言う。
   このアマゾン地区は、ヨーロッパ全体より広大なのだが、この40年間に、その5分の1を破壊しつくしてしまっている。
   牧場に、大豆のプランテーションに、ハイウエーに、木材や製鉄工場に、発電施設に、鉄道に、ガスや油田開発に、追放農民の居留地に等々に変えてしまったのだが、この行為が、本当に国の経済発展に役立っているのか、或いは、単なるユニークな天然資源のタダ乗りの浪費なのか、考えてみる価値があると、ローターは糾弾する。

   国土の60%を占めるアマゾン地帯には、人口の10%しか住んでおらず、大半は南部の沿岸地帯に住んでおり、非常に遠くて訪れた者も非常に限られているので、ブラジル人には、アメリカ人にとってのワイルド・ウエストのように、殆ど、神秘的で無関心だと言う。
   ところが、我々、先進国の人間にとっては、アマゾンは、真水の4分の1を保持し、魚類、植物、鳥類など地球上最大の宝庫であり、地球温暖化問題の最大の焦点である。科学者たちは、このアマゾンの破壊が続いて、酸素供給源としてのエコシステムが崩壊してしまうと、宇宙船地球号の運命が危機に直面すると予言しており、正にアマゾンの環境破壊は、人類に取っては死活問題である。  
   現下のようなブラジルの急速なアマゾンの熱帯雨林破壊が続くと、地球は一気に帰らざる河チッピング・ポイントに到達してしまって、ブラジルのみならず世界全体が沈没してしまうのは必定なのである。

   ブラジル政府も、世界的な圧力で、不法開発を阻止すべく試みても、たとえ、科学の進歩で、上空からアマゾンに立ち籠る煙を発見しても、地上の違法開発を阻止する能力は殆どない。2009年のコペンハーゲン・サミットで、森林破壊の減少分半分を加味して、40%温室効果ガスの削減義務を負ったのだが、今や、中国、アメリカ、インドネシアに次ぐ世界第4位の排出国で、生活廃棄物と化石燃料による産廃がひどく、その相当部分は、アマゾンの熱帯雨林の破壊によるものだと言う。
   深刻な問題は、環境破壊対策に対する、ブラジル政府のアマゾン地帯の統治能力の欠如で、世界の各機関が援助等サポートしてくるのだが、外部勢力の接近が、アマゾンの存在を羨むアメリカなどがアマゾン支配を目論んでいると言った不安を増幅させて、ブラジルのパラノイアになっている。
   ブラジル軍の極秘レポートによると、グリーンピースや、国際保護団、熱帯雨林行動ネットワーク、ワイルドライフ・ファンドなどは、アマゾン支配のためのアメリカの手先だとまで書いている。
   嘘か本当か、アメリカの中学の地理の教科書からの引用だとして、アマゾンを国際コンソーシャムの管理下にあると書いた地図を示して物議を醸して、米伯外交問題になったが、その引用地図に到底ネイティブの英語だと思えないような拙い英語が書かれていたと言うのだから驚くが、更に、アメリカ人のローターは、ブラジル各所での、外国人がアマゾンを欲しがっていると言うプロパガンダや、でっち上げ報道やデマ情報について克明に描いている。
   アル・ゴアも餌食になったようで、ノーベル賞受賞時に、「アル・ゴアは、アマゾンは、ブラジル人の考えとは違って、人類全体のモノだ。と言っている。」とブラジル紙が報道したと言う。
   とにかく、ブラジル人は、アメリカがアマゾンを狙っているのではないかと始終心配しているのだが、インディオの保護なども含めてそのアマゾンをまともに統治できないパラノイアにも呻吟していると言うことである。
   
   かって、フォードやダニエル・ルードウッヒなどがアマゾンに投資して開発を手掛けたのだが、政治的な問題やジャングルでの開発スケールなどの問題で失敗しており、こんなこともあって、実際には、アマゾンへは、外資はあまり近寄らないようである。
   しかし、ブンゲ、カーギル、ADMなど穀物メージャーが、セラードからアマゾンにかけて、どんどん、ブラジル農業と国土を侵食し始めているし、アマゾンを、ブラジルが、有効に国家統治出来なければ、宇宙船地球号の未来のためにも、国際管理下に入るのは、時間の問題であろうと思われる。

   私が、ブラジルと関係を持っていた1972年から、出張も含めて、1990年代の初め頃までは、飛べども飛べども、ジャングルに包まれたアマゾンの熱帯雨林地帯の風景が、どこまでも変わらない程巨大な空間であったが、最近の上空写真を見ると、あっちこっち乱開発されて、魚の骨のような状態の所や、ハゲチョロケの空間が嫌に多くなったような気がする。
   今回の福島のように無味無臭で見えないので分からない原子力の恐ろしさは格別だが、見えているにも拘わらず、手を打てずにいて、それがどんどん、地球環境を破壊して、人類の首を絞め続けていると言うのも、極めて恐ろしいことである。
   自然の宝庫、アマゾンをどうするのか、私の子供頃には30億人であった人口が、70億人を突破してしまった今日、恐ろしさはつのるばかりであるのだが、しかし、ブラジルには、ブラジルの言い分があるのであろうと思う。
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台頭するブラジル(仮題 BRAZIL ON THE RISE)(17) 燃えるエネルギー その2

2011年10月21日 | BRIC’sの大国:ブラジル
   ブラジルは、アメリカと並んで世界屈指のエタノール大国であるが、最初は、嘲りや失敗すると言われ続けながらも、ものともせずに、無視して挑戦した科学者や政府の役人がいたからこその成功である。
   それに、ブラジル最古の栽培植物であるサトウキビを500年間も育て続けていたお蔭で、このサトウキビをエタノールに転用する技術を開発して、21世紀に必須となる再生エネルギーのスーパーパワーとなったとローターは言う。
   エタノールは、ビールやワインと同じ発酵なので、色々な植物のセルロースから生産可能であるが、サトウキビは、アメリカのエタノールの原料であるトウモロコシよりも、はるかに効率が良く、それに、生産コストや土地代の安さが貢献して、他国よりも、競争力がある。

   エタノールは、単位当たりの走行距離は、ガソリンには劣るが、オクタン価が高く、再生可能であり、何よりも、地球温暖化に優しいのが利点である。
   ブラジルが、エタノール開発を決心したのは、1973年に勃発したイスラエル・アラブ戦争の結果、石油が一挙に高騰したオイル・ショックのために、繁栄を謳歌していた「ブラジルの奇跡」が、失速して窮地に立った時である。
   私は、オイル・ショックは、アメリカ留学中に経験したのだが、その翌年、まだ、余燼が残っていたブームのブラジルに赴任したので、ブラジル経済の混乱ぶりは具に知っている。

   当時、エネルギー対策として、ブラジルが考えていたのは、原子力発電で、1975年に、ドイツと契約を締結して2000年までに7つの原発をリオ近郊の海岸線に建設することだったが、実際には、2010年までに2基が完了しただけだと言う。
   一方、ブラジルの軍事政権は、1975年に、Pro-Alcool計画を打ち上げて、砂糖産業に補助金を支給して、更に、自分たちの生産する車につかえるような新しい燃料が生産されるまで、エタノールで走るエンジン装備の車の生産を渋っていた、大手の自動車会社にも、同様のインセンティブを与えて尻を叩いた。

   砂糖産業にしても、大量にエタノールを作って売れ残れば、致命的なダメッジで、正に、鶏が先か卵が確かのチキンレースであったが、1980年半ばには、主にサンパウロだが、新車80万台の内、75%の車が、エタノール・エンジンを搭載して走り始めたのである。
   私自身、この頃、サンパウロに出張して、エタノール・タクシーに乗ったが、全く違和感がなかったのを覚えている。

   ところが、面白いのは、1989年に、世界的な砂糖の需要拡大で、一挙に砂糖価格が高騰したので、砂糖農家は、エタノール生産を縮小して、外貨獲得のために砂糖生産に切り替えたので、エタノールが不足して、自動車会社も、エタノール車をガソリン・エンジン車に切り替え始めたのである。
   農家は、生産段階で、砂糖にもエタノールにも切換自由なのだが、そこは、資本主義の市場経済であるから、この混乱はしばらく続いたのだが、2003年に、ガソリンでもエタノールでも、どちらの燃料でも走る車「フレックス・カー」をフォルクス・ワーゲンが開発したので、一挙に問題が解決した。
   消費者は、スタンドで、どちらでも安い方を選んで給油すれば良いのであるが、現在売られているガソリンにも、25%エタノールが混入されていると言う。

   このフレックス車の登場で、ブラジルの自動車産業は活況を呈して、輸出も拡大し、今や、フランスを抜いて、世界第5位の自動車生産国となった。
   しかし、破竹の勢いである筈のブラジルのエタノールの輸出が振るわないのは、単純な経済的政治的な理由で、アメリカやEUの強い自国農業保護政策の為で、それを見越して、ブラジルが喉から手が出るほど欲しがっている外資が逡巡して投資して来ないのだと言う。

   もう一つ問題なのは、世界の環境団体が、ブラジルのエタノール生産が増大すれば、貴重なアマゾンの自然環境の破壊に繋がると懸念しており、また、人権団体が、植民地時代に逆戻りするような劣悪な労働環境を助長することになると反対運動を展開していることである。
   しかし、現在では、サトウキビの処理は、オートメーション化されており、アマゾンは、トウモロコシ生産には不向きで、大半サンパウロ近辺で生産されている言うことだが、エタノールか砂糖かと言うエネルギーと食との争いも含めて、如何せん、世界世論の抵抗は厳しい。

   それよりも、先に論じたように、ブラジルが、プレサルの膨大な油田の発見で、殆ど、エネルギー問題は解決済みと言う認識で、プレサルの開発に関心が行ってしまって、エタノールの影が薄くなってきたのも事実である。

   しかし、エタノール車の開発とフレックス車の開発は、一種の自動車のハイブリッドたるイノベーションであって、今後、新興国発のリバース・イノベーションの一種として、グローバル・ベースで展開される可能性も大であろうと思う。
   やれば、どうにかなると言う楽天的なブラジル精神の発露である。
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台頭するブラジル(仮題 BRAZIL ON THE RISE)(16) 燃えるエネルギー その1

2011年09月30日 | BRIC’sの大国:ブラジル
   「神は、ブラジル人だ。」自分たちの国土を顧みて、恵み豊かな膨大な自然資源に感激して、ブラジル人が、好んで、口にするのは、この言葉だと言う。神がブラジル人でなければ、こんなに、大盤振る舞いをしてくれる筈がないと言うことであろうか。
   この無尽蔵のエネルギー資源にバックアップされて、ルーラ前大統領は、21世紀には、「ブラジルは、世界第5のワールド・パワー」だと豪語した。米国、EU,中国、インドで、日本など、更々、眼中にはない。
   いずれにしろ、石油に泣いたブラジルが、2006年には、エネルギー自給自足経済を達成したのである。
   

   今や、ブラジルは、巨大な海底油田の開発後は、エネルギー資源の輸出国に変貌しているが、それも、これも、すべて、きっかけは、1970年代の石油危機に始まる。
   私は、1970年代の後半、ブラジルに居たので、ブラジルの奇跡を謳歌して爆発的なブラジル・ブームを展開していた経済が、石油危機のために一挙にダウンした惨めな姿を知っているので、正に、今昔の感である。

   石油価格の高騰に大打撃を受けたブラジルは、幸いにも、広大な国土に栽培していたサトウキビを転用してエタノールを開発し、アマゾン川など世界最大の水資源を誇る3大巨大河川を活用して、水力発電に注力して、エネルギー不足に対処した。
   最も安くていくらでも増産できる再生エネルギーであるエタノールは、恰好のガソリン代替で、1990年代初めに、ブラジルを訪れた時には、アルコール車のタクシーが走っていて乗ってみたが、変った感じはなかった。
   石油、エタノール、水力発電のみならず、太陽光、風力など再生エネルギーを生み出すための余力は、世界屈指の豊かさで、ブラジルのエネルギー資源は、すべては、開発次第ということである。

   1953年に創設された国営石油会社ペトロブラスは、イラクやリビアに石油資源を求めたが、1980年代に、リオ沖のCampos Basinに巨大な油田を発見して以降は、国内油田の掘削生産に力を入れ、独自開発で得た海底油田開発技術を磨き上げ、TUPIでの深海油田開発に活用するなど、5~7000メートルと言う深海の膨大な埋蔵量を誇るプレサル油田への期待が高まっている。
   今後のブラジルのエネルギー開発については、経済的な歪みを引き起こさず、環境を破壊せずに、如何にして、この豊かな資源開発を管理運営して行くかであろうが、特に、2010年メキシコ湾原油流出事故(Deepwater Horizon oil spill)のような壊滅的な事故を起こさないためにも、プレサル開発の帰趨が注目されている。
   ローターは、一部の政治家が、水力やエタノール開発に走った時期に、環境や社会インフラなどを軽視した様に、かっての中東やヴェネズエラやインドネシアに似た、このタナボタ式のエネルギー資源景気に浮かれている傾向を危惧して、この膨大なエネルギー資源の開発には、ブラジルには欠けている厳格な規律と長期的ビジョンが、必須だと強調している。

   ところで、ブラジルは、石油やガス開発で、発見や開発が遅れたために、ラテンアメリカの資源大国メキシコやヴェネズエラから、大きく遅れを取っている。
   これまで、20年間、メキシコやヴェネズエラは、膨大な資源を開発して巨額の外貨を稼いで来たのだが、これが、ブラジルのエネルギー世界大国への成長と発展を妨げるのではないかと考えられてきた。
   しかし、これらの国々の資源の枯渇が始まっており、今後のエネルギー資源価格の高騰を考えれば、プレサル深海油田の開発が進めば、この10年くらいの間に、世界でもトップ5の石油産出国となるブラジルにとっては、むしろ、後発としての残り福を享受できるのではないかと言うことである。
   既に、ヴェネズエラの背中が見えており、凌駕するのは時間の問題だと言う。

   ガスについては、国産では不足なので、ボリビアの合弁現地法人から、大変な長距離のパイプラインで輸入しているのだが、2006年、エボ・モラレスボリビア大統領がボリビア国内の石油の国有化を発表し、ボリビア陸軍に油田の接収を命じてから、ボリビアとトラブルが発生して、不安定要因が出て来たので、ペトロブラスも拡大投資を控えている。
   そのために、ブラジルは、TUPIなどのサブ・サル鉱床の開発など、国内開発に力を入れていると言う。
   
   エタノール開発や環境問題などについては、次の回に譲ることとする。
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ブラジルのハイテクMNEは政府支援あったればこそ

2011年09月19日 | BRIC’sの大国:ブラジル
   日経ビジネスが、「強敵!BRIC's企業」と言う特集記事を組んでいたが、ブラジル企業で、小型民間航空機で、カナダのボンバルディと覇を競っているエンブラエルが取り上げられている。
   また、深海油田プレ・サルで湧くペトロブラスも、深海油田開発関連では右に出る企業がないほど卓越した技術を持つブラジルのみならず、世界有数のMNE(多国籍企業)で、いずれも、高度な独自技術とその開発で有名だが、同じBRIC'sのMNEでも、中国、インド、ロシアなど、夫々が歴史的な背景を引きずっていて、国によって、大きな特色の差があるのが面白い。

   この口絵写真は、ブルッキングズ研究所の「BRAZIL AS AN ECONOMIC SUPERPOWER?」だが、経済のブラジル経済の現状をかなり詳しくレポートしていて非常に興味深い。
   その中の第3章「Extending Brazilian Multinational' Global Reach」で、ブラジルの大企業が、政府の支援をテコにして、政府の後押しで技術を開発し、如何にして国際市場に打って出て来たかが活写されている(特に、エドムンド・アマンの論文)。

   「国産の多国籍企業が、今日のブラジル経済興隆の立役者であることは疑いない。ブラジル企業の海外投資が、市場と資源確保のために加速されて来たが、ブラジル企業に、特別なテクノロジー能力の開発発展と言う利点があったからである。今や、積極的な海外投資によって、培った技術ノウハウを国際市場で活用する段階に入った。
   しからば、ブラジル企業に、このようなハイテク能力を付与した要因は何か。それは、紛れもなく、ブラジル政府のなせる業である。」と言うのである。
   
   元々、ブラジルの大企業は、殆ど、国有か公営の企業であったし、それに、長い間の輸入代替産業育成政策で外資の侵入を締めだして保護して来ており、更に、公営の研究所やR&Dなどの技術開発機構や大学の研究機関からの積極的なサポートを受け、政府機関の資金的支援など、ブラジル政府のバックアップ援助が続いていた。この傾向は、1990年代の民営化後も変っておらず、キメ細かく続けられていると言う。
   レアル高で、国内企業が窮地に立っているので、最近、輸入車に大幅増税を発表したが、元々、遵法欠如で法制度が有効に機能しないブラジルであるから、いざとなれば、国内保護のために、政府は、何でもする、いわば、社会主義国家体制に似たところがある。

   興味深いのは、最近、ブラジル政府に財政的余力がなくなって、これまでの様には民間企業へのサポートがままならず、MNEなど大企業が、方向転換を迫られていると言うのである。
   唯一の明るい兆しは、マクロ経済の安定と株式市場の発展で、民間ルートを通してR&Dや国際化への資金調達が可能になったことで、今まで、政府援助を望めなかった中堅企業が、従来の伝統的な公的支援なしで、技術集約的なMNEへ飛躍できる道が開けたと言うのだが、いかにもブラジルらしくて面白い。

   ところで、エンブラエルだが、航空省の航空技術開発研究所CTAから、1969年に航空機の輸出を目的に創立された国有企業で、航空省や空軍とは密接な関係にあり、技術者の多くは、隣の優秀な工科大学航空技術大學卒業生だと言うから、正に、産軍共同体的連携である。
   経営が悪化した時点で1996年に民営化されたが、50人乗りの小型ジェット機ERJ-145が、アメリカでバカ売れして起死回生し、最大の輸出企業に返り咲いた。
   いずれにしろ、政府べたべただったエンブラエルが、以前に、三菱重工の小型ジェット旅客機「MRJ」(三菱リージョナルジェット)に対する日本政府の支援について、「WTO協定違反の可能性」を指摘していたと言う記事を見た記憶があるが、良く言うなあと言えないこともない。

   このエンブラエルが、MNEなのは、中国への進出とポルトガルの軍用機製造会社の買収。
   中国では、ERJ-145の組み立て工場の建設だが、目的は、勿論、中国の膨大な市場で、更に、中国のテクノロジーやノウハウの獲得も目論んでいると言う。

   ペトロブラスも、エンブラエルと良く似た過程を経た大石油企業で、1953年創立で、当初は、国内オンリーの国有会社であったが、1970年代の石油危機で海外志向を始めた。
   しかし、1980年代に、国内に石油が発見されてから国内回帰して、更に、最近では、リオ沖の広大な深海油田プレ・サルの発見で、ブラジルが、世界第8位の産油国にランクアップして、ペトロブラスの技術開発が一挙に加速して、今では、深海油田開発関連技術では最高峰だと言う。
   この技術にモノを言わせて海外進出に打って出たのだが、世界銀行がグローバル・エコノミック・プロスペクト2008で、
   「ペトロブラスは、この先進技術を活用して、アンゴラ、アルゼンチン、ボリヴィア、コロンビア、ナイジェリア、トリニダード・トバゴ、米国で、油田開発生産を行っており、赤道ギアナ、リビア、セネガル、トルコでオフショア油田開発などを実施している。」と言うのだから、新興国企業の域を超えている。
   
   ところで、このエンブラエルやペトロブラスを見ていると、ブラジルのMNEは大したものだと言う感じがするが、ブラジル国産の大企業は、ヴァーレを筆頭に、殆ど鉱業や食糧などのローテク企業で、自動車やエレクトロニクスなど国際級の工業の殆どは、主に1990年代以降自由化民営化で進出してきた外資系企業で、これが主要輸出ドライバーである。
   輸出の相当部分は、これら工業製品であり、ブラジルは、鉱物などの資源大国であり、農業大国であるのみならず、工業大国でもある特異な新興国だと言われているが、本当にバランスの取れた産業国家であるかどうかは、中身を十分考慮しなければ判断できない問題である。
   自然資源や食糧価格高騰で潤っているブラジルだが、何時までも、「オランダ病」の不安を拭い切れないのは、資源高のアブク銭を、付加価値の高い産業構造への変換に投入できないブラジルの現状を変えられないからだとも言われている。
   
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台頭するブラジル(仮題 BRAZIL ON THE RISE)(15) 産業の巨人、農業のスパーパワー その2

2011年09月08日 | BRIC’sの大国:ブラジル
   ブラジル経済には、まだまだ、課題が沢山残ってはいるが、私は、インフレーションの激しい不安定な軍人大統領の時代を知っているので、
   ハーパー・インフレを終息させた1994年のレアル・プランの功績には絶大なものがあり、その後、世紀末のアジアやロシアなどの新興国危機に直面して、1999年に、為替を固定相場制から変動相場制に切り替え、インフレターゲットを導入したものの、財政責任法を制定して更にプライマリーバランス目標の徹底的維持を図るなど、カルドーゾ蔵相(後に大統領)の実施した絶妙なマクロ経済政策の舵取りがなければ、今日のBRIC'sの雄としてのブラジルはなかったのではないかと思っている。
   その後のルーラ政権が、市場経済重視の前政権の基本方針を受け継ぎ、更に、マクロ政策の健全化を促進し、2005年には、IMF借入を完済し、2007年には純債権国に転換し、2009年には、ガイトナー財務長官から、世界的金融危機救済者として感謝されたと言うのであるから、正に、今昔の感しきりである。

   このレアル・プランの少し前に、コロル政権が実施したコロル計画で、貿易の自由化、外資導入と公営企業の民営化を実施して、それまでの輸入代替工業化政策で国際競争力のない脆弱な工業部門と非効率な公営企業による劣悪な工業サービス、植民地時代の時代遅れの統治制度や富の偏在等々を一挙に排除しようとしたのを、「従属理論」の権威であるカルドーゾ教授が新自由主義的な経済政策で引き継いだのである。

   さて、ローターは、ブラジルの農業について、アマゾンの南部に広がる広大な熱帯サバンナ・セラードの農業開発、農牧リサーチ会社エンブラパの活躍、そして、アフリカへの技術移転などについて農業スーパーパワー・ブラジルを語っている。
   実は、このセラードだが、30年前、田中角栄によって始まり、ブラジルの広大な荒れ地を開拓し、日本の技術で緑の農地に変えたのだが、残念ながら、ローターは一言も日本について言及しないし、現在では、ブンゲ、カーギル、ADMなど穀物メージャーに抑えられて、日本の姿は見る影もない。
   このセラードは、2億ヘクタールで、日本の2.5倍の面積で、地球上に残った唯一の農業開発可能地だと言うのだが、そして、ブラジルの農産物、野菜や果物を育てたのは、すべて、日本人移民だと言うのだが、食料を海外に依存している日本の食糧安全保障の見地から言っても、あまりにも、今日の日本のブラジルとの関係は希薄となっている。
   酸性の土地に石灰を撒いて土地改良して荒れ地を蘇らせた日本の多くの農業学者や役人たちが、ブラジルで果たした熱帯農業の開発や品種改良や作物開発など、高度なバイオ技術の移転が実を結んで、ブラジルは、今や、この分野では、世界最先端を行くようだが、このセラードの開発ノウハウと技術を、アフリカ諸国に持ち込んで、農地開発を行おうとしている。

   ところで、比較的上手く進行して経済発展を続けているブラジルだが、ローターは、そのブラジル経済が完全にその持てる能力を発揮できないボトルネックについて言及している。
   まず、最初は、国土の広範囲に及ぶインフラの劣悪さ不十分さである。
   十分なドックも倉庫もない貧弱な港湾を筆頭に、空港、高速道路、鉄道など不備未整備は甚だしく、2016年のリオのオリンピックは大丈夫かと言った状態である。

   次に酷いのは、非効率で汚職塗れの官僚システム。
   500年前のポルトガル人移民そのままのメンタリティを根本的に変える必要があるのだと指摘して、例えば、証明書や許認可や公的文書の取得は勿論のこと、あらゆるお役所仕事では、延々と長い列が出来て時間の浪費が甚だしいと言う。
   1980年代に、この問題を解決するために、脱官僚省を設置したようだが、調査と申告受領役人を増やしただけで、国民の嘲笑を買い潰れててしまった。

   この非効率極まりない役所仕事を上手く取り仕切るのが、金を払えば中に入って何でも処理してくれるヨロズ代行業のデスパシャンテで、個人的にも、人コネや賄賂で処理するブラジル流解決法ジェイトが威力を発揮するのだが、これは、既に説明済みなので解説は省略する。
   上から下まで、賄賂とキックバックなど役人を喜ばせることなら何でも有効だとローターは言うのだが、このブラジルの評判を貶めている透明性の欠如、法律や規則よりも人間関係が優先すると言うブラジルでのビジネスは、外国人には、大変なのだが、法治国家の機能が働かないアミーゴ社会に順応する以外に道がないと言うことであろう。

   その他に、ローターは、ブラジルの課題として、教育の貧困、異常な所得格差や貧困問題等々の克服について論じているが、とにかく、世界の格付け会社が、ブラジルの格付けをアップグレイドし、サンパウロ証券取引所が、世界第4位となり、益々、発展の勢いだと言うことであるから、ブラジル経済は、もう、はるか以前にテイクオフしたと言うことであろう。
   とにかく、限りなく豊かで、輝かしい未来を秘めたブラジルを無視して、明日の人類社会を語れなくなったのである。
   
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台頭するブラジル(仮題 BRAZIL ON THE RISE)(14) 産業の巨人、農業のスパーパワー その1

2011年08月31日 | BRIC’sの大国:ブラジル
   ブラジルはBRIC'sの一国ながら、中国やインドと比べて、人口は一桁少ないのだが、既に、GDPは、世界第8位で、カナダ、イタリア、フランスを抜き去るのは秒読みであると言う。2050年には、中国、アメリカ、インドに次ぐ世界第4位の経済大国になると予測されている。
   ブラジルの貧困と所得格差は極めて深刻な問題なのだが、一人当たりのGDPや制度の強化などの面では、アジアのライバルよりも、はるかに高いレベルで開発を進めて近代化を図っていると言う。
   一人あたりのGDPは、2008年に、1万ドルを突破しており、中国やインドよりもはるかに高い。

   ブラジルは、農産物や鉄鋼などの鉱産物の大産地ではあるのだが、輸出の過半は、航空機、自動車などの工業製品であり、非常にバランスのとれた工業国でもあると言うことである。
   こうなったのは、須らく、ハイパーインフレを抑えてブラジルの経済社会の方向を変えたカルドーゾ大統領とその路線を継承したルーラ大統領治世のこの16年間にある。
   ブラジルには、大航海時代を開いて世界に雄飛したポルトガル魂が息づいており、天然資源に恵まれるなど経済的ダイナモを秘めた無限の可能性があったのだが、政治的意思、経済的インテリジェンス、政策の持続継続性が著しく欠けていたために、あたら、貴重なチャンスを棒に振って来たのだが、インフレを抑制し、経済を広く世界に開放することによって、一気に、ブラジル人の発展のための火ぶたを切った。
   ラ米の常として、ブラジルのインフレも、苛烈を極め、1970年代初期に、コレソン・モネタリア(インデクセーション)を実施して、一時小康状態となり、「ブラジルの軌跡」を現出したのだが、所詮は、インフレをビルトインした経済であるから、デノミや通貨変更を何度繰り返しても終息せず、1980年末には、年率2700%を越え、経済社会を暗礁に乗り上げてしまったのである。その数千%のインフレを、「レアル・プラン」で一挙に一桁台にまでダウンさせてしまったのだから、カルドーゾの功績が、如何に、偉大であったかが分かる。

   ドルにリンクした新通貨レアルの導入にあたっては、徹底的な財政規律の確立と収支のバランス維持に努め、実施後は、高金利を実施するなど、経済全般には多くの後遺症を残してはいるが、インフレが終息したので、これまで市場からはみ出ていた沢山の労働階級や下位の中産階級たちが、市場に参入して、耐久消費財などを買い始めて、経済が拡大に向かい始めた。
   その後のルーラ政権で、最貧層に無償で支給するボルサ・ファミリアが実施されたことになり、更に、貧民層を市場に取り込むなど、ブラジル経済の拡大に拍車をか駆けることになったのだが、何故か、著者ルーターは、このBolsa familiaについて言及していないのが不思議である。

   ブラジルの貧困と社会格差の酷さは、世界でも群を抜いた悲惨さで、これが、ブラジルの治安の悪化を招いているのだが、このレアル・プランとボルサ・ファミリアの導入で、下位の労働者階級や貧民層の経済状態を向上させ、市場に巻き込んでブラジル経済を拡大させたお蔭で、先年の世界的な金融恐慌からのダメッジは軽微に済んだ。
   尤も、ブラジルは、輸出が大きな比重を占めていて内需拡大を目指している中国などと違って、国民の消費がGDPの60%を占める国内市場経済優位の経済構造であり、これが、ブラジルの将来の経済発展に大きな意味を持つであろう。
 
   ところで、アメリカでは、ブラジルは、コーヒー・イメージの国のようだが、ラ米全体の5分の3の工業製品を生産する工業国なのである。
   サンパウロからリオ、ベロホリゾンテの三角地帯が、この工業の中心で、自動車、鉄鋼、セメント、電気機器および部品、紙、化学・肥料等々、これらの製品の多くが輸出されていると言う。
   この工業の隆盛が、豊かな鉱物資源の開発を誘発し、石炭を除いて、殆どの鉱業品の生産の拡大を助長している。

   しかし、ブラジルの経済大国の将来を更に明るくしているのは、農業のポテンシャルと生産力であろう。
   中国やインドには、殆ど拡大の余地はないが、ブラジルには、農業生産を拡大するための無限の緑野や未開の土地と、そして、豊かな水資源がある。
   ローターは、アメリカは農業で得た富を工業基地の建設に活用して来たが、ブラジルは、農業および工業ともに経済発展の原動力になるであろうと言う。
   この章の原題が、INDUSTRIAL GIANT, AGRICULTUAL SUPERPOWER と言うことなのだが、この言葉を冠し得る国は、今のところ、ブラジルだけであろう。

   ブラジルは、ポルトガル植民地以来、殆ど単独の農産物に依存するモノカルチュア経済で、砂糖、ココア、コーヒー、ゴムと言った調子で、サイクルを打ちながら経済を維持して来たのだが、1970年以降、農産物生産を多角化して、今日では、これらの他に、大豆、オレンジ、綿花、たばこ、コーン、牛肉、豚肉、鶏肉等々多くの産品を生産して、その多くを輸出している。
   この多角的農業政策が功を奏して、農産物価格の乱高下に対して抵抗力がついたと同時に、世界市場でのバーゲニング・パワーが格段に強くなった。
   砂糖のために育成していたトウモロコシを、エタノール生産のために転用するなど、如何にもブラジルらしいが、サバンナのカンポ・セラードやアマゾンの開発など、環境問題も含めて、農業のスパー・パワー・ブラジルにも、多くの宿題が、前途に山積している。
   ブラジルの産業政策についての問題点など、次回に論じることとする。
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台頭するブラジル(仮題 BRAZIL ON THE RISE)(13) 創造性、文化、カニバリズム

2011年08月22日 | BRIC’sの大国:ブラジル
   1500年にブラジルが植民地化された初期には、到着したヨーロッパ人たちの一部は、インディオ原住民に食べられたと言うことなのだが、ローターは、ブラジル文化には、そのカニバリズム・食人習慣が濃厚に反映されていると説いている。
   イパネマの娘やカーニバル、或いは、ブラジリアの広大な道路と聳え立つガラスとコンクリートの建物など、驚嘆すべきバイタリティとバラエティに富んだ力強いブラジル文化を見れば、ブラジル人にとっては、これら総てが、antropofagia(cultural canibalism)現象で説明がつくと言うのである。

   最初から、ブラジル文化は、ヨーロッパ人とアフリカ人と原住民の要素の混合であったのだが、他の世界との関係においても、例えば、19世紀のフランス文学にしろ、ハリウッド映画にしろ、20世紀の英国のポップ音楽にしろ、何でも、貪るように貧欲に吸収消化して、それらの文化を器用にもブラジル流にアレンジし生成し直して、再び、新しい文化として世界に逆発信している。
   ボサノヴァが良い例で、アントニオ・カルロス・ジョビンが、アメリカのジャズとショパンなどのクラシック音楽の影響を吸収して、サンバなどのブラジル音楽をミックスしながら新しい典型的なブラジル音楽を創り上げた。
   このような外来文化を、食人種のように飲み込んで、独特なブラジリアン・フレイバーで味付けをして典型的なブラジル文化を生み出す現象を、文化の食人習慣(cultural cannivalism)と称しており、このことが、ブラジルの文化の需要と発信の特色を成していると言うのである。

   何故そうなのかと言うことについて、ブラジルでは、人生そのものが、予想通りに上手く運ばなくて軌道を外れることが普通であるから、ブラジル人には、どんなことがあっても、敏捷に、創意工夫を凝らして、即興的に対応できる能力が要求されており、これが当たり前の処世術であるから、ことに及んでも、即座に創造性が発揮されて難局を乗り切ることができるのだと言うのである。
   人生は思い通りには行かないのだから、どんなことが起こっても、受けて立って上手く処する。先回に論じたブラジル人の人生を楽天的に生きるラテン的トロピカル感覚に相通じるメンタリティでもあろうか。
   他の国では、人生が破壊的で無秩序であっても、ブラジルでは、生産的に変え得ると言うのである。
   人生において、その場その場で臨機応変に適応できると言う特質から生まれる創造的な行動力は、特に音楽やダンスなど文化方面で如何なく発揮される。

   英国のパブリック・スクールで生まれた消化不良を起こすような肉体的にもぎこちないスポーツでも、ブラジル人にかかるとダンスや芝居のように楽しいスペクタクルに変わってしまって、そのスタイルが、世界に普及することになる。
   これは、先回、ブラジル人が、軍人教育や訓練の場であったようなサッカーを、カーニバルの先頭を行くサンバダンサーのような俊敏さを発揮するサッカー選手の目の覚めるような名人芸披露のスポーツに変えてしまったと言うケースと全く同じであろう。
   何でも賭けようとするメンタリティのイギリス人によって、殆どの球技など目ぼしいスポーツは、イギリスで生まれているのだが、この無味乾燥な勝負のみのスポーツを、血の通った楽しくてワクワクするようなスポーツにイノベイトするのが、お天道様はわれらが味方と信じて、今日が楽しければ何でもすると言うブラジル人気質だと言うことであろうか。

   この文化のカニバリズムは、音楽から建築まであらゆる部門に広がっていると言う。
   ブラジルでは、バスや地下鉄に乗っていても、乗客のなかで、急にサンバのリズムが湧きおこり、踊り出すと言うのは当たり前で、リオの高級レストランでは、支配人が、客にリズムを取らないで欲しいと頼まなければならない程だと言うから、とにかく、じっと大人しくしておれないのである。
   ガソリンがなければ車は走れないが、外貨がなくて高くて買えない。同じ油ならアルコールで走れないかと、エタノール車を生み出したブラジル人の心意気も、この国民性の発露であろう。

   ローターは、この章で、ブラジルの文化について、サンバからボサノヴァ、シネマ、絵画、文学、芝居など多方面にわたって、ブラジル文化の創造性、文化創出、カニバリズムについて持論を展開していて面白いのだが、私の得意とする分野ばかりではないので詳細説明は省略する。

   いずれにしろ、ヨーロッパ人と黒人とインディオの血のミックスしたブラジル人の、cultural cannivarism,
すなわち、人食い人種のような旺盛で貧欲な吸収欲で外来文化を吸収消化して、即席即興の創造性の才を発揮して、ブラジル流の新しい価値を付加した文化を生み出して世界に発信すると言う素晴らしい才能が、カラフルで内容豊かな世界文化のエンリッチに貢献していると言うことである。
   私が、このブログで何度も書いているイノベーションを生み出す秘密であるメディチ・イフェクトと同じような効果が、ブラジル人気質には、ビルトインされているのである。
   外来文化を吸収して独特な新しい文化を生み出すと言うのは、何となく、日本人に似ているような感じがするのだが、日本の場合には、即興的刹那的名人芸ではなく、もう少し緻密に磨き上げられた精神性の高い高度な文化のような気がすると言うのは、偏見であろうか。

   とにかく、岩山にそそり立つ巨大なキリスト像を真横に眺めながら、真っ青に輝く空と海の狭間に浮かぶ可愛い恐竜のような姿をしたポン・デ・アスーカと真っ白な砂浜に縁どられた海岸線のコパカバーナやイパネマの高層ビルが立ち並ぶ街並みを上空から眺めると、こんな美しいところだと、どんな素晴らしい文化が生まれても不思議ではないと思えるのだから楽しい。
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台頭するブラジル(仮題 BRAZIL ON THE RISE)(12) トロピカル・ライフスタイル~その3 サッカー

2011年08月17日 | BRIC’sの大国:ブラジル
   サッカーは、ブラジルの国技のような感じであるが、ブラジルに導入されたのは、1894年だと言うから歴史は非常に浅い。
   イギリスとスコットランドの血を引くチャールス・ミラーが、英国遊学を終えて帰国した時に持ち込んだスポーツで、最初は、ヨーロッパナイズされた都会上流階級の白人仲間だけでひっそりと行われていた。
   このような知的で洗練された身のこなしの難しいヨーロッパ的なゲームは、典型的なブラジル人の肉体やメンタリティには向かないので、ブラジルでは普及しないと言われていたと言う。

   ところが、本場イートン校のグランドでは、サッカーは、非常に鍛錬された、むしろ、堅苦しい、秩序と戦略の訓練の場として行われていたようだが、それが、一旦、ブラジルで普及すると、全く形を変えてしまって、ゲームは、一気に、カーニバルのトップダンサーに求められるような敏捷さの延長にも等しい軽快さと創造性を発揮する場に変ってしまったのである。
   軍隊的な整然として秩序だった攻撃ではなく、ブラジルチームは、選手たちに、何十年もかかって編み出したキック、パス、ヘッディング、デコイ、フェイント、そして、攻撃防御の手練手管を駆使した名人芸を即興で演じさせる戦略を取っている。

   今日では、黒人も貧民も、どんな人にとっても、サッカーは、社会的に認知され経済的に報われる数少ない登竜門の一つとなっている。
   最も尊敬を集めて大臣にもなったペレは、ミナスジェライスの小町の貧民の子でサンパウロで成人したのだが、ロマリオ、ロナルド、リヴァルド、ロベルト・カルロス、ロナルジンニョなども殆ど同じ生い立ちであり、ワールドカップ選手の4分の3は、貧しいか地方出身か、或いは、その両方で、白人ではないと言う。

   ローターは、サッカー選手や関係者たちが、ブラジルでの異常なサッカー人気を反映した名声活用や特権乱用について切り込んで厳しい。
   1994年アメリカでのワールドカップ優勝時の帰国に際して、チャーター機に、コンピューターや電気製品、宝石装身具等々贅沢品を何トンも持ち帰って税関申告を求められたが、公式祝賀会をボイコットすると脅し上げて、政府高官に揉み消させたと言う。
   特権意識と説明責任の欠如が染み透っていて、サッカービジネスを、悪質で嫌悪すべきもののシンボルにしているのであるが、ブラジル国民も国民で、ブラジルチームが勝利して、国家に栄誉と至福を齎してくれれば、特権乱用などなんのその、いくらおかしい現状であっても、喜んで受け入れるのだと言う。
 
   サッカーも、今や、カーニバルと同じで、単なるエンターテインメントではなく、ビッグ・ビジネスになってしまっている。
   審判買収など試合操作やエージェントから賄賂を貰って選手を入れ替えたりするなどの事件は頻発で、買収、親族優遇主義、詐欺、不誠実等々の不法行為が蔓延っている。
   特に、サッカー界のエリート、国内の代表チームを率いて、選手の契約権を一手に握っている役員などは、「caltolas、英語で、top hats」として知られており、その贅沢三昧の生活の傍若無人ぶりは群を抜いていて、たとえ、チームが破産していても、意に介さないのだと言う。
   それに、ブラジル・サッカー協会も、スポンサーシップ契約などを結んで巨額の金を受け取っているのだが、インタビューを求めても無視され続けており、一切公表されることなく闇の中だとローターは言う。

   エージェントは、田舎やスラムで、非常に若い有能なサッカー選手を見つけると、長期の個人契約を結んで、プロチームに派遣するのだが、この選手は、エージェントの個人資産として扱われており、現代版偽装奴隷制度だと批判されているのだが、政府が法的措置を取る兆しさえない。
   この制度の延長線上にあるのが、ブラジル選手の外国チームへの移籍で、最近では、ブラジルの優秀な選手が外国チームに移って(ローターは、soldと言う単語を使用)、そこでプレイし続けると言うケースが増えているので、エージェントは、最高の移籍フィーを求めて血眼になっていると言う。

   したがって、ブラジルのサッカー選手の輸出(ローターの表現は、the export of soccer players)は、ブラジルにとっては割の良い所得稼ぎであるのだが、2002年のフットボール誌によると、現在、1000人のブラジル人プレーヤーが、外国のクラブに所属している。
   これだけ、選手が、海外に流出すると、当然、ブラジルのサッカーの質は落ちてくる。
   ワールドカップでも、ヨーロッパのチームは、ブラジル人プレイヤーの帰国を許さないケースが多くなったので、なおさらであるが、最近、ブラジルが、コロコロ負けるのは、この所為なのであろうか。
   
   ブラジルでは、大統領まで贔屓チームに入れ込むようで、監督の采配にも文句をつける。
   ワールドカップの経済効果は非常に高くて、大統領選の時期にも一致するので、勝てば、大変ことになると言うのだが、このローターの記述は、ブラジルの国民性の中で生きるサッカーの悲喜劇を垣間見せていて、非常に興味深い。
   私は、サッカーファンでもないので、サンパウロで、たった、1回しかサッカーの試合を見ていないが、貧しいファベーラで、一つのサッカーボールを嬉々として追っかけながら、楽しそうに遊んでいた子供たちの笑顔を何度も見ている。
   
   余談ながら、なでしこJapanの快挙によって、一気に人気が出た女子サッカーだが、ブラジルでも、人気や評価は、男子チームと雲泥の差であると言う。
   アスレチックでスポーツ好きの女性は、ブラジルでは、sapatao (英語で、big shoe レスビアンを意味するスラング)と呼ばれているらしい。
   ブラジルでは、女子のナショナルチームはないようで、これまで、ワールドカップで、優勝したこともないのだが、2007年に、決勝まで進出して、男子チームの宿敵ドイツと対戦したので、テレビ放映されたと言う。
   ブラジルでは、サッカーは、男性らしさを定義する色々な要素、すなわち、conflict, physical confrontation, guts, dominance, control, and endurance などを含んだ男のスポーツだと考えらていると言うのだが、今に至っては、正に、偏見と言うことであろうか。
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台頭するブラジル(仮題 BRAZIL ON THE RISE)(11) トロピカル・ライフスタイル~その3 カーニバル

2011年07月29日 | BRIC’sの大国:ブラジル
   ブラジルは、ヨーロッパとは反対の南半球にあるので、カーニバルの季節は盛夏となり、ディオニソス的乱痴気騒ぎも、ムンムンする熱気の中で極に達する。
   エイズを恐れて、政府がコンドームを配布すると言うのだが、聞くところによると、何千人と言うカーニバル・ベイビーが生まれると言うのだから、正に、ブラジル全土で、人生謳歌の祭典が繰り広げられるのであろう。
   リオのカーニバルが、有名だが、ブラジルのブルジョアが、パリの仮面舞踏会にヒントを得て、1641年に導入したと言うことだが、1930年に、リオの市長が、偶々、伝統的なカーニバルに新趣向として、貧しい黒人たちグループを参加させたところ、彼らが育んでいた新しいスタイルの音楽「サンバ」が人気を博して、大ブレイクしたのだと言う。
   この黒人たちのサンバ・スクールは、独特なリズムと、刺激的で抒情的な歌を交えて、手の込んだ衣装を身に着けて、街路に飛び出して踊り回るのであるから、巷の人々を魅了してしまい、その結果、色々なリズムや活動が加わって行き、サンバが、徐々に、カーニバルと同義語になってしまったのだと言う。
   リオに都が移り、コーヒーブームで、東北地方から駆り出された黒人奴隷たちが、生みだしたアフロ・ブラジリアン文化の一つの精華が、世界最高のカーニバルを生み出したと言うことである。
   毎年、初春に、テレビで、リオのカーニバル模様が放映されて、ビートの利いた陽気なサンバのリズムと美しくて肉感的なムラータ嬢たちの激しい踊りが魅力的だが、あの「黒いオルフェ」と言う映画も良かった。

   このカーニバル時期には、完全にブラジルの機能は停止してしまってカーニバル一色になってしまうのだが、ローターは、「カーニバルは、激烈な競争が展開されて、今や、産業industryになってしまった。」と言うのである。
   リオでは、これまで、カーニバルの資金源は、陰の地下経済の隠れた存在であったのだが、最近では、大企業が、これらを押しのけて、自分たちの宣伝と利益を追求し始めた。
   コンペティションは、リオの街中にある「サンボドロモ」で実施され、70000人のグランドスタンド席の前を1時間に7サンバ・スクールがパレードし、4人の審判員が、衣装の美しさから打楽器部門の出来栄えまで10項目に亘って採点する。
   ところで、これらパレードのダンサーやドラマーたちは、バスの運転手、主婦と言った普通の人々で、殆どは、色々な労働者階級の人々だが、勝利の栄冠を夢見て、何ヵ月も必死になって、リズムやステップをマスターするために寸暇を惜しんで練習しているのである。
   結果は、カーニバルの終わる灰の水曜日の午後に発表されて、その様子は全伯に放映される。

   ところで、興味深いのは、勝つためには、サンバ・スクールは、カルナバレスコと称するプロを招聘して、カーニバルのオーガナイズや、デザイン、プレゼンの監督などを依頼するのだと言う。
   勝利を目指すのは当然だが、サンバ・スクールによっては、二軍に落とされて、パレードから外されないようにするのも大切である。Aグループ14チームの内、最後尾の2チームは、Bグループトップ2チームと入れ替えられるのである。

   リーダー的なサンバ・スクールは、最近、益々、派手で大規模なプレゼンに流れる傾向が出て来たので、資金需要が益々旺盛になる。
   観光の為もあって、市政府が資金を出してはいるが、それでは足りる訳がなく、他の資金源が必須となる。
   昔から、違法なアニマル・ゲームを主催しているブックメーカー吞屋が大口献金者であった。カーニバル参加者である住民たちのお蔭で金を儲けさせて貰っているのであるから、吞屋のボスが資金提供者になるのは当然の義務でもあると言う。
   もう一つの資金源は、スラムの住人麻薬ボスで、幾分かは献金しているのだが、やはり、最近の大口は、大企業で、交換条件に、楽器や衣装にロゴを付けさせる。石油公団ペトロブラスも、献金者である。

   何でもかんでも、金はどこからでも受け取ると言うことなのであろうが、ヴェネズエラのチャベス大統領から、ヴィラ・イサベラ・スクールが、2007年に、100万ドルを貰って、テーマを、「I'm Crazy About You, America: In Praise of Latinity」とした。
   審判員が買収されたのであろうか、予期せず有り得ないことに、イサベラが優勝してしまったのであるが、チャベスは、「ラテン・アメリカ統合の勝利」と宣言して、このスクールの国際ツアーのスポンサーになったと言う。
   
   さて、サンバ・スクールのトップを行進する魅力的な女性ダンサーが、肉体美を強調するようになって、衣装が、年々、少しずつ消えて行った。
   リオ・カーニバルを独占放映のグローボTVが、これを助長して、カーニバル・コンペにも油を注ぎ、ゴージャスなムラタ・ダンサー「ヴァレリア・ヴァレンサ」にスポットライトを当てた。この「グローボ美人」だが、クロッチに申し訳程度に絵を描いただけで、殆ど裸で、胸も露わな姿が放映され脚光を浴びると、負けじとばかりに、他のダンサーも追随して競争が過激化したと言う。
   結局、揺り戻しが来て、ヴァレンサも舞台から降りてカーニバルの激しい批判者になったのだが、2008年に、「カーニバルは、肉体のフェスティバル、世俗的なフェスティバルで、そこにいる人間は、罪を犯しているのだ。」と言ったとか。

   ショー化したリオに比べて、サルバドール、オリンダ、レシフェなど地方では、昔の皆のためのカーニバルに回帰しようと言う動きが起こり、サンバとは違って、マラカタやシランダと言ったその地のリズムが奏され、コンペではなく、巨大な人形を取り込んだパレードなどが行われている。
   人形作者のシルビオ・ボテリョは、リオにも招聘されたが、リオのカーニバルは、商業的利益追求にハイジャックされて、旅行者への見世物スペクタクルに成り下がってしまっていると言って拒絶したと言う。

   ローターは、リオのライバルであるサルバドールや、オリンダ、アマゾン地方のカーニバルについても語っているが、夫々、自分たちのフェスティバルには、夫々の地方の歴史と伝統を背負った独特の風習などがあって、カーニバルが、如何にあるべきか考えさせられる。

   ところで、私は、サンパウロに4年間住んでいて、一度だけ、リオに一泊して、カーニバルがスタートする街の雰囲気を味わったことがあるが、この期間は、雑踏を避けて、家で、テレビでカーニバルを見ていた。
   カーニバルの楽しみ方は色々で、街を踊り歩くのは貧民たちで、豊かな人々は、ホテルや巨大なイヴェント会場で、豪華なサンバ大パーティを催して踊り明かしていたし、もっと金持ちたちは、海外に出てバカンスを楽しむと言うことであった。
   いずれにしろ、文化芸術と言うものは、静かに沈潜した民衆の生活からも生まれ出るけれど、度を過ごした無茶苦茶な人間のエネルギーの爆発の中からも生まれ出るものであり、どのカーニバルが良いのか悪いのかは、価値観の問題だと思っている。
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台頭するブラジル(仮題 BRAZIL ON THE RISE)(10) トロピカル・ライフスタイル~その2 ビーチ

2011年06月16日 | BRIC’sの大国:ブラジル
   ブラジルでは、原住民トゥピ族が紀元前9500年頃から、内陸部のジャングルや山岳地域を避けて海岸線に住んでいて、その後も、ブラジル人は、海のないようなところであろうと何処に住んでいても、ビーチを作り、大きな川の岸辺にビーチ文化を作ると言う。
   ブラジル人にとってのビーチは、古代ギリシャのアゴラのようなもので、公共の場でも最もパブリックで、そのためにも、最もデモクラティックなところだとみなされているのだと言う。

   ビーチは、伝統的に、偉大な社会の平等の場だと考えられていて、人類学者のロベルト・ダマッタは、そこでは、老いも若きも、金持ちも貧乏人も、あらゆる職業や地位の人間が、全く同じように、裸同然の姿で肩を摺り寄せて、防御も偽装もすることなく、会い見えるところだと言っている。
   ブラジルのビーチは、米国や南アのように、人種によって正式に分離されていないし、貧乏人を排除することもなく、1988年憲法には、ビーチは、ブラジル人総意の委託によって国民に所有される公共の土地だと規定されていると言うのである。

   まず、ブラジルの原則的な建前を述べて、実はと言って、現実をどんでん返しで語るのが、著者ローターのやり方だが、これも、これまでの議論は、原則であって、実際は、かなり、複雑だと言うことである。
   すなわち、現実には、階級、人種、年齢、男女の違いや、或いは、偏見などによって、ビーチに対する対応に差があり、特に、リオでは、それが顕著である。
   リオでは、イパネマとコパカバーナのビーチが有名だが、ほぼ半マイル毎に地区が護衛ステーションで区切られ、12POSTOに分かれていて、夫々地区毎に、違った社会的経済的な種族がその文化をアピールしていて、毛色の変わった異種族の人間を寄せ付けないと言う。
   このPOSTOにも、格式表示がなされてプレスティージに差があり、9番ポストがトップで、格式の高い高級なビルにいるセレブや金持ちの子供たちが、大晦日のどんちゃん騒ぎで、海岸通りの歩道に向かって卵を投げつけている光景をYou Tubeで見られるようだが、決まって標的になるのは、貧しい身なりの人々だと言う。

   ところで、ブラジル人は、アメリカ人と違って、ビーチに来ても、いくら、良い天気で波が穏やかであっても、水の中に入らない。
   前述したように、ブラジル人にとってビーチは、リクリエーションの場ではなく、広場や街角のような公共の、社交の場なのである。
   結婚式が執り行われたり、政治家がキャンペーンを張ったり、ビジネスの宣伝広告の場であったり、空には、広告バーナーを棚引かせた飛行機が飛んでいたり、販促員が、街頭で日用雑貨などの試供品を配っていたり、それに、音楽家や街頭芸人たちが芸を披露するなど、正に、広場そのもので、ブラジル人たちは、あっちこっちに屯して、飲んだり食べたり喋ったりして、一日をビーチで過ごすと言うことである。

   ところで、興味深いのは、このような、ビーチ・コミュニティとも言うべきパブリックの場が、有効に機能するのも、サーバント・クラスの貧しいビーチ労働者があってこそなのである。
   人々がビーチに到着すると、キオスクの人たちが、椅子や日よけテントなどを貸出し、お馴染み客には、既に、場所を設定して準備しており、ビーチの砂上で屯する客には、売り声も派手に、飲み物やアイスクリームやサングラス、Tシャツ、ローション等々を行商露天商たちが売り歩く。
   しかし、これらの露店商人たちは、労働者階級が住む遠い郊外から来ており、妻や子供たち家族全員が、売るための飲み物やカバブなどの食べ物を家で総がかりで作り上げている。夏シーズンには、彼らは、ビーチで寝て料理をして、遅日の月曜日にだけ家に帰る。
   リオ、サルバドール、レシフェと言った長い海岸線を持つ沿岸の大都市の外れのビーチに、彼ら低級労働者であるサーバント階級の住居地帯があるが、大半は、製油所や化学工場がある工業地帯であったり、岩が飛び出ていたり、公害に汚染されたりした劣悪な状態であり、更に、リオのファベーラに住む最貧階層は、糞尿やバクテリア塗れのラモスのようなビーチに行くのだと言う。

   私がサンパウロに住んでいた時は、しばしばリオを訪れたが、治安も悪かったし他での用事もなかったので、殆ど、コパカバーナの高級ホテルに滞在して、高級ビジネス街で仕事をしていたので、リオの暗部は知り得なかった。
   しかし、リオの豪華な高層ビルが立ち並ぶ美しいコパカバーナやイパネマの街の背後には、びっしりと、貧民窟の密集するファベーラが並んでいて、その富と貧が併存する奇妙なブラジルの景観に、強烈なカルチュア・ショックを覚えた。
   あの黒いオルフェのサンバ・グループが、このファベーラから降りて来て、リオの繁華街で踊り明かすのだが、水と油の異様なミックス社会の現状は、今でも、殆ど変っていないと言うから驚きである。
   文明国では、山の手が高級街だが、未開国家や遅れた国では、インフラが伴わないので、海岸線にしか高級街や繁華街は作れないのである。

   むしろ、最近では、ファベーラの急速な拡大によって、増加の一途を辿る灰燼や廃棄物が、エリート階層が住むビーチや住環境を汚染し、時には、麻薬ギャングの抗争による犠牲者の肉片が、ビーチを洗うことがある。
   それに、悪質な盗難が横行し、ファベーラから降りて来た若者たちの集団強盗も頻発しており、抵抗すれば、手ひどい被害を受けるだけだと言う。
   リオは、世界に冠たる観光地であるから、政府や国民も名誉回復のために、あらゆる手を打っているようだが、あまりにも酷い社会的経済的格差が存在しており、それも、目の前で厳然とその格差と差別を見せつけられている以上、貧困層や劣悪な労働環境に置かれている底辺の人々の、生活水準や生活環境を、根本的に向上させない限り、問題の解決にはならないであろう。

   リオでのオリンピックでの治安が、問題視されている。
   今でも、サンパウロでは、治安が悪いと友人が言って来ているのだが、経済社会の底辺を底上げする以外に解決法はない筈。
   ブラジルでは、貧しい底辺から這い上がったルイス・イナシオ・ルーラ・ダ・シルヴァが大統領になって以降、現在のジルマ・ヴァナ・ルセフ大統領も、圧政に苦しんだ歴戦の闘志であり、弱い者たちの地位向上と生活水準のアップに必死に取り組んでおり、ブラジルの奇跡的な成長も、このあたりにあり、大いに、期待できると思っている。
   
   話が、また、横道にそれてしまったが、いずれにしろ、トロピカルの陽光燦々と輝く真っ青なビーチが、ブラジル人にとっては、最高の生活舞台であることには変わりはない。
   飛行機の窓から見たリオの光景は、本当に美しかったし、アマゾンの延々と続くジャングルとともに、私の強烈なブラジル・イメージの始まりであった。
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台頭するブラジル(仮題 BRAZIL ON THE RISE)(9) トロピカル・ライフスタイル~その1

2011年05月28日 | BRIC’sの大国:ブラジル
   この章は、リオ・デ・ジャネイロの真夏の休日の一日から始まる。
   午前中は、イパネマやコパカバーナの海岸は、人々で一杯。男は裸でバーミューダ・ショーツ姿、女はビキニでフリップ・フロップ、海岸べりのキオスクやカフェーに屯して、飲み物を啜りながら、ビーチ・バレーを眺めたり、政治やセレブや仲間たちのゴシップ話で花盛り。
   午後にはビーチを離れて、シュラスコ料理を皆で満喫し、アフター5には、マラカニアンでサッカーの観戦、夜のとばりが降りると、サンバグループは、カーニバルのリハーサル・・・

   レジャー・タイムは、ブラジル人にとっては、何よりも大切で、アメリカ人とは違って、仕事や富の蓄積と言った美名のもとに私的生活を犠牲にして働く仕事中毒者は、尊敬されるどころか一顧だにされない。
   仕事は、生活上必要かもしれないし、時には満足を与えてくれるかも知れないが、ブラジル人にとっては、この世で与えられた自分の時間を如何に楽しむかを学ぶ事は、アートであり、このアートをマスターした人こそ、人生の達人として称えられるのである。
   したがって、同じブラジル人でも、仕事人間のサンパウロ人を、リオの住人は、バカにしていると言う。
   確かに、風景のみならず生活環境もそうだが、リオの素晴らしさは、格別かも知れない。
   私の記憶では、ブラジル政府の高官など、リオに住居を構えていて、週末ごとにブラジリアを脱出してリオに帰っていたと言う。

   この熱帯気候のお蔭で、ブラジルでは、戸外で、パブリック・ライフを過ごすことが多いので、自分の肉体を人前に晒すことが多くなり、人一倍、自分の肉体美に拘ることになる。
   したがって、体型をスリムに保つ為に、ダイエットからエクササイズに意を用いることは当然で、プラスチック手術、脂肪吸引術を始めとしたあらゆる部位の美容整形手術にも熱心で、この美容関連技術や処置およびその施設などに関しては、ブラジルは、世界の最先端を行く正にメッカだと言う。
   謂わば、国全体が、肉体オリエンテッドな文化に染まっていると言っても良く、Ivo Pitanguyと言ったその道の最高峰の外科医などが、ハリウッドスターなどのセレブの顧客を惹きつけて止まないのみならず、中流のプロフェッショナルたちも、本国より安くて良質な美容処置を受けられるので、わんさと押しかけて来ている。
   これは、インドの白内障手術が世界の最先端・最高峰を行くのと同じで、必ずしも、最先端技術が、先進国の専売特許でなくなって来ているのが興味深い。
   
   ところで、ブラジルの一般庶民は、このようにセレブのように美容整形手術を受ける経済的余裕も時間もない。
   どうするかと言うと、初めての人間に対しても、肉付きの良い人間、特に、女性などは、惜しげもなく肉体を晒す。
   そもそも、肉体美の観念が違っていて、ブラジル人の男は、豊かなボインのプレイボーイ誌の美女とは逆に、胸よりも後姿に注目し、骨に豊かな肉がついて大きくカーブするギターのような形をした肉体美を好むらしい。
   尤も、普通のブラジル人は、そんな事とは関係なく、あるがままの自分の肉体に満足し、それなりに喜びを見出しながら、体を露出しているのだと言う。

   私自身のサンパウロの4年間は、悲しいかな、仕事中毒人間で、南米のあっちこっちを飛び回って仕事に明け暮れていたので、このあたりのブラジル美人の印象など殆どなく、それに、写真と言えば風景や風物ばかり撮っていたので、コパカバーナの海岸やホテルでスナップした美女たちの写真が、いくらか残っている程度であろうか。
   それに、キャリオカが馬鹿にする仕事中毒のパウリスタに混じってサンパウロで生活していたので、リオ人間のローターの説くトロピカル・ブラジル人気質に疎くなっていたのかも知れない。
   しかし、カーニバルのみならず、あっちこっちで、素晴らしいブラジル美人に遭遇するチャンスがあったことは事実で、この太陽の燦々と照りつけるトロピカルでオープンなブラジルの風土が、ラテン民族の血と呼応して生まれた人間賛歌の一面と考えれば、この肉体美を謳歌する国民気質も良く分かる。

   ところで、この人間の肉体を、生活の前面、かつ、中心に据えて、ブラジル人が最も楽しむ行動と言えば、ビーチ文化、カーニバル、サッカーを置いて他には考えられないと言う。
   この三つこそが、ブラジルの価値を体現し、ブラジルを、活気溢れ、カラフルに、そして、エキサイティングにしている要素であることには疑いの余地がない。
   したがって、ブラジル人の会話は、贔屓のサッカー・チームは何処か?、カーニバルで応援するサンバ・クラブは?、良く行くビーチは何処か?と言った調子だが、しかし、普通のどこの国でも初対面で交わす、仕事は? お住まいは? 出身校は?と行った問いに、この会話の答えをプラスすれば、そのブラジル人のステイタス、興味、そのロイヤリティなど総てが分かると言うものである。
   この三つのテーマについて、ローターが、ビーチ、カーニバル、サッカーと言うサブタイトルで、ユニークな文化文明論を展開しているのだが、詳細は、次回以降に譲りたい。
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台頭するブラジル(仮題 BRAZIL ON THE RISE)(8)人種的なパラダイスと言う神話~その2

2011年05月06日 | BRIC’sの大国:ブラジル
   ブラジルには人種差別はなく、人種によって差別されない人種的なパラダイスだと言われているが、これは神話に過ぎない。厳然と厳しい黒人に対する人種差別が存在していると言うのが著者ラリー・ローターの見解であることを、前回、論じて来た。
   ブラジル男の理想的な女性との関係は、”a white one to marry, a black one to cook, and a mulata to screw."と言う。結婚するなら白人、料理させるなら黒人、寝るならムラタ(白人と黒人の混血)と言うことだが、黒人の居場所は、どこまで行っても、台所であり、ガレージであり、畑であり、工場であり、社会の底辺に住む人間の居る場所に運命づけられているのだと言うのである。

   ローターは、黒人は、いくら偉くなっても、金持ちになっても、あっちこっちで、差別に遭遇すると言うケースを、これでもか、これでもかと言った調子で記述している。
   一例は、2005年のこと、サンパウロ州の卓越した法律家エルダ・シルバ司法長官のケース。
   ブラジリアの最高裁での式典に招待を受けて、知事や州の高官たちと一緒に出かけたところ、他の白人たちは皆貴賓席に案内されたのだが、会場入り口で、ここはボディガードは入室禁止だと制止されて、いくら説明しても聞き入れてもらえず、やっと、同僚の取り成しでジョイン出来たと言う。
   黒人が権威ある高い地位につくなどと言うことは有り得ないとブラジル人の大半は信じているので、人を見分けたり臨機応変に判断するなど言う行為は埒外であるから、こんなことは日常茶飯事であり、名が売れている有名人に対してでも、友人のマンションを訪問する時に、黒人なら、ドアーマンが、表玄関を通さず、メイドたちが出入りする裏口から入れと言うらしい。
   尤も、ブラジル人は、いくら蔑んでも、スポーツと音楽に関する黒人の素質の卓越さだけは、認めていると言う。

   黒人に対する差別については、ブラジルと、アメリカとは、大分違っている。
   アメリカの場合には、法制度などで厳然と黒人に対する差別が規定されていたのが徐々に取り除かれて平等化が進んできたのだが、ブラジルの場合には、元々、一切、法律や制度的な黒人に対する記述も区別もないので、歴史的に積み上げられてきた社会的慣習や因習の継続であるから、いくら、差別撤廃の理想的な法制度が出来ても実施の仕様が難しいのである。
   もう一つは、アメリカでは黒人はマイノリティだが、ブラジルでは、白人より黒人の方が多いことである。
   面白いのは、アメリカでは、人種差別主義者は、雑婚は、白人種の劣化につながるとして強力に反対していたが、ブラジルでは、白人のエリートたちは、むしろ、異人種混交は、下等民として蔑んでいた支配的な黒人人口を白色化(whitening)すると考えて、容認していたと言う。

   この白色化政策だが、ヨーロッパなど外国からの黒人以外の移民の奨励も含めて、その目的は、ヨーロッパ系を祖先とするブラジル人にとってより好ましい人種的人口構成を形成することだとして法制化されて、独裁者ヴァルガス政権崩壊の1945年まで継承されたと言う。
   奴隷制撤廃後、政府の資金は、解放された黒人たちの生活水準や教育の向上ではなく、外国からの移民たちの定着の方に使われたので、奴隷からは解放されたものの、何の地位向上手段も施されなかったので、黒人ブラジル人の社会的経済的な困窮は深まる一方で、田舎に釘づけか、都会地のファベーラに追い込まれて行ったと言う。
   人種的民主主義などとは真っ赤なウソだとして、ローターは、この説を広めたギルベルト・フレールや、白人主義の論陣を張って黒人を痛めつけたグローボTVのアリ・カメルを激しく糾弾している。

   ローターが、1970年ころにブラジルに行った時に、多くの求人広告に、" good appearance required" と書いてあるのを見て、何だと聞いたら、黒人お断りだと言うことだと聞いてびっくりしたと言っているが、私も、その頃にサンパウロにいたので、そんなこともあったことを思い出した。
   余談だが、この章で、著者は、オバマ大統領のことに触れていて、アメリカでは、初の黒人大統領と言うことで、黒人扱いだが、ブラジル人は、黒人ではない、ムラートだと言うと書いている。
   アメリカでは、少しでも黒人の血が入っておれば黒人扱いだが、私の経験では、ブラジルでは、殆どが混血でムラート・ムラータのような気がしたのだが、ローターが、この本では、アメリカ概念で黒人を論じている。
   私には、ヨーロッパ人種の見分けがつかないが、遅れて大挙してヨーロッパから来た移民たちの多くは、混血せずに南部諸州に居住していて、夫々、イタリア人、ドイツ人と言ったコミュニティを形成して、学校など本国から援助を受けているケースも多く、それに、カルロス・ゴーンのようなレバシリ系からアラブ、アジア系等々人種の坩堝で、4年間のブラジル生活では、その複雑な人間関係や、人種差別の実態は良く分からなかった。

   しかし、ブラジルでも、時代の潮流に逆らう訳にも行かず、人種問題は、少しずつ変化しており、黒人最初の閣僚は、前の政権のペレ・スポーツ相だったが、ルーラ大統領は、2003年に、3人の黒人の大臣を任命した。

   最近、ルーラ政権が、アメリカに習って黒人優遇の為のアファーマティブ・アクション(affirmative action)を導入した。アメリカの大学入試制度におけるアファーマティブ・アクション、すなわち、マイノリティの入学枠を別に設ける割当制(クォータ制)、マイノリティの合格点を引き下げる、持ち点を最初から多く与える等のマイノリティー優遇措置を取って、権威ある大学の黒人合格率を40%に決めたのである。
   この制度は、平等を実現するために黒人を中心としたマイノリティ優遇措置で、アメリカ経済社会の多くの分野に適用されており、問題も結構多い。私がアメリカにいた時、いくら優秀でも、黒人枠のために、憧れのニューヨーク騎馬警官に成れなかった人々が逆差別だとして息巻いていた。
   何でもアバウトで担当者の利己的な個人裁量で決まることの多いブラジルでは、そもそも黒人の定義さえ曖昧で、兄弟でありながら、合否が分かれたので、クレイムして調査し直したら、今度は合否が逆になったと言ったケースなど問題山積だと言う。
   今度は、人種ではなく、家族所得でこの割当制を実施しようとか考えられているようだが、どっちにしても、貧しくて虐げられている下層階級は、黒人であり、問題の深刻さを露呈している。

   しかし、グローバリゼーションの拡大で、人権問題など、人々の自由と平等思想はブラジル社会に容赦なく押し寄せてくる。
   政治経済社会体制の奥深くまで染みついた人種問題の深層は、巨大なブラジル社会を、そんなに簡単に変えられそうにはなさそうである。
   経済大国化だけでは解決できないBRIC’s共通の深刻な問題で、ブラジルの場合には、複雑な人種問題が絡んでいるだけに、どのような展開をするのか、ブラジル経済社会発展への課題である。
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