冷改2等座席車。張り上げ屋根でかなり優美な姿……。
冷改2等寝台車。三角屋根の存在感が凄い。
1950年代製の旧客2等座席車も試みに (?) 冷房改造とは!
3等車も冷房改造を試みていたということでブッ飛び!!
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暑季の午後3時の強烈な陽光に照らされたバーンパーチー駅構内で、ヘロヘロになりながらも謎の超高級1等座席車と覚しき車両を激写しまくってハァハァ……と思ったら、そんな高級車両と連結されて放置されている日本製、もしくは日本ノックダウン生産車両の存在感が負けず劣らず凄絶過ぎました……。勿論、現在も活躍している2等非冷房寝台車や3等車の余剰車もゴロゴロしていたのですが、かなりまとまった量数で↑こういった車両が大量に放置されているのを目にしますと、タイ国鉄ではあるタイミングでどういう激変が起こったのか……という想像を巡らせずにはいられません。一応、ツートン旧塗装と、1990年代後半あたりから (?) 採用されたと覚しきグラデーション帯旧塗装が混ざっていることから、1990年代後半あたりにウリナラ製のロング&ステンレスボディ1・2等冷房寝台車が大量に増備されたタイミングで、当時急増していた冷房付き高速バスにも白旗を上げつつ、一斉に運用から外されたのでしょうか……? 逆にみれば、タイ国鉄も古い客車の冷房化を推進して何とか頑張ろうとしていた形跡も垣間見えるわけで、これらの車両が今も現役であれば俄然車種もカヲスを極めて面白かったはずですので、本当に惜しまれることでございます。
とくに細かい窓が並ぶ10系客車ボディ2等座席車など、雨樋をつければサロ110・111を彷彿とさせるわけで、こういう車両を日本に連れ帰ってイベント用車両にしたいぜ!と思うのは私だけでしょうか? (藍色になった台湾のSP2300を日本に連れてくる訳には行かないですし)
それにしても、一部の車両は別の場所(バーンスーあたり?)での放置中、地の塗装と窓を覆い隠すかたちで巨大な宣伝ラッピングを貼られていたようで、それが今やパリパリに退色・崩壊して見苦しい……(-_-;)。全ての車両で地の塗装が見えていれば、それこそのぼせすぎて鼻血が止まらなかったことでしょう (笑)。
実は去年の春、当方もタイ旅行に行った折、列車でバーンパーチー駅を通りましたが、後日程が詰まっており、ヤードの客車群を見ても途中下車できませんでした...
ところで、3枚目の写真はASC.1ではないでしょうか。
先述のタイ旅行の折、ナコーンラチャシマーで同種と思われる車両ASC.2を撮影しました。
留置車両が朽ち果てる前に一両でも多く記録を残しておきたいのですが、海外旅行に行けるアテもなく歯がゆい思いです。
こんにちは、こちらこそ初めまして、コメントどうもありがとうございます!
多忙でコメントを頂いたことを気付かず、レスが大幅に遅れて誠に申し訳ございません m(_ _;)m
タイの鉄道の旅、いや海外鉄道の旅一般で悩ましいのは、珍しい車両を見かけていてもたってもいられず途中下車してしまうと、その後に来る列車に座れる保証はなく、後の予定にも大幅に響いてしまう可能性が高いため、結局車窓から指をくわえて見ているしかない点でしょうか (そこらへんは日本国内でもそうかも知れませんが……)。
とくに、タイも含めて、古い客車を線路工事作業員の宿舎として活用している場合や、廃車にした車両をなかなか潰さず側線に放置している場合が少なくない国の場合、「あ~っ!!」と驚いて速攻でカメラを取り出しても、結局うまく撮影出来ずに悔しい思いをすることがしばしばです。現役の事業用車の場合、時間をおくと何処かに移動してしまう可能性も高いですので、結局その場限りの御対面で帰国となり、再訪してももぬけの殻だったり……。
もっとも、バーンパーチーの廃車体は、しばらく移動する可能性はなさそうですし、まとまった数が撮りやすい位置に放置されていますので、また近い将来タイを訪問される機会には是非日帰りでどうぞ……。とはいえ、国内や他の外国にも目移りしたり、経済的な都合で余り頻繁に海外遠征するわけには行かなかったり、それぞれの方にそれぞれの事情があることでしょう。そして、予告なく突然解体される可能性もゼロではありませんから、とりわけ海外の珍廃車探訪は至難の業ですね……。