大阪の桜ノ宮高校のバスケット部の指導者が、キャプテンを殴り翌日彼は自殺した。親はこの指導者を訴えている。指導者の加える暴力は、体罰と言われる。
体罰とは上下関係がはっきりしている上が与える、暴力である。私は体育系ではないしそうしたクラブなどに入ったことがない。ほとんど体罰は受けたこともないが、体育会系の体罰の暴力の源流は、旧日本軍の中に見ることが出来る。
旧日本軍兵士の体験を何度も聞いたことがるが、反論できない部下を殴る蹴るしごく。体罰の原型はここあると思われる。思うようにならなかったのは、指導力のなかった自らの責任のはずである。こうした暴力の根底には、服従の強制がある。
桜ノ宮高校の事件は、前日の指導者は40発も殴っているようである。これは控えめに見ても、指導のレベルとは思えない。私怨すら感じられる暴力のレベルである。
ここに興味深い調査結果がある。元巨人の桑田真澄氏が早稲田大学大学院時代に調査した結果がある。東京6大学の野球部員へのアンケートである。中学時代で指導者から体罰を受けたのが24%、高校では46%であった。同じく先輩からは中学時代は36%、高校では51%にも上っていた。
約半数の半数の選手が、体罰を受けているのである。更に驚いたのは、体罰が必要であったと思っている人が、85%にも上っていることである。大学の野球部に進学した選手の、ほとんどが体罰を容認していることである。
今回の事件で、橋下市長が来年度の体育系の入学を認めなかった。生徒あるいは受験生にはなんの瑕疵もない。教師の総入れ替えも強制している。予算と人事を握る立場からの圧力である。
橋下はこれまでも、いろいろな場面で「わからん奴は、ぶっ叩けばいいのです」といった類の発言を、何度も繰り返している。橋下は市長の裁量権の範囲とはいえ、全く暴力的に今回の事件に対応している。「お前が言うか!」というのが率直な感想である。
この男も6大学のラガーマンである。体罰を腹の底では認めていたものと思われる。
日教組憎しの延長上の感情を、橋下は教育者や教育現場や教育制度に向けている。この点は安倍と全く合致するところである。
予算は執行しない、人事は認めないという強権的な対応は、教育の場で取るような対策ではない。こうした”ちゃぶ台返し”の論理は、一時しのぎに過ぎない。体罰が咎められるのは、私情を加えて上位の立場の者が。相手の言い分を聞かない行為だからである。単なる服従の強要である。
とすると、今回の橋下の判断こそ”体罰”と同質の対応と言える。
相手が服従の態度を示さないところが、気に入らないのであろう。
日本語には、階称 (言葉づかい) と言うものがある。
上と見るか、下と見るかの判断を迫る日本語を使えば、モノの上下に関する判断は常について回る。
「下におれ、下におれ」の掛け声は、昔から続いた為政者の要求である。
理屈はない。ただ、指導者の要求のみがある。
「がんばって」の掛け声のようなものか。
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部活は基本的に教員の奉仕活動です。端的に言うと、活動は勤務時間外で無報酬。しかも事故がおきたときには大きな責任があります。にもかかわらず、恵まれた市町村で土日の4時間以上の指導(大会参加等)で1200円程度の指導手当です。
情熱ある指導者の家族から部活未亡人、母子家庭と言う愚痴を聞くこともしばしばでした。私の経験では部活指導者に対する都道府県の予算があることを知りません。
公立とは言え、スポーツ名門校の部活指導者は良い成績を求められ名誉だけの特別待遇に甘んじ、体罰から暴力へとエスカレートしたと推測されます。売名目的で行われた部活動見直しが基本です。学校責任者や部活指導者の総入れ替えでことを濁そうとする橋本市長には本質が見えていないようです。
文科省の言う学校教育の一環としての部活動そのものが曖昧です。今後、部活を指導する先生は激減するでしょう。