Joseph Mallord William Turner. Waves Breaking against the Wind circa 1835, Tate Collection.
画材の質が、作品のその後に大きな影響を与えることについては、前回に記した。そのことを知っていて、顔料、絵具などの選択に細心の注意をする画家がいる一方で、画材の質などにほとんど関心を寄せない画家もいるようだ。
イギリスの国民的画家であるターナーJoseph Mallord William Turnerは、どうも後者のようである。1835年頃、「風にくだける波」Waves Breaking against the Wind*を描いたとき、日没に向かう太陽の最後の光が雲に映える様子が赤色の絵具でほのかに描かれていたはずであった。
画材を気にかけない大家
しかし、今日この作品を見る限り、画家がイメージしたようなカーマイン(深紅色)の部分は褪せて失われてしまっているようだ。偉大な画家たちはあまり画商などの言葉に耳を傾けなかった。
ターナーはいくどとなく、褪色する絵具は使わない方が良いといわれたらしい。しかし、1835年頃の制作当時、ピンク色の日没と荒波の情景を思い浮かべていた画家は、それがいずれ褪せるということは知っていて、輝いた赤を選んだ。もしかすると、色が褪せるという考え自体を好んでいたのではないかとも思われる節がある。
ターナーの作品は時代によって大きく変化している。画家の描く空や波は、絶えず変化する対象である。カンバスの上に描かれた対象も時とともに変わるというのは、画家の想念のどこかにあったのかもしれない。
ひとつの逸話として残るのは、ターナーが現在も存在し、著名な画材商であるウインザー・ニュートンWinsor & Newtonで絵具を求めた時、店主のウインザー氏がそのいくつかについて、色は長持ちしませんよと注意したところ、「自分の商売を考えろ」と答えて、相手にしなかったことがあったという(Finlay 148-149)。
テートで、ターナーの作品の修復・保持にあたるタウンゼント Joyce Townsend博士によると、ターナーは制作の仕方が気ままでであったことに加えて、国家への遺贈品となった彼の作品が、制作当時と比較してかなり褪色していることを指摘している。
ターナーは自分の作品を所有する誰かが、油彩や水彩の褪色やひび割れに手を加えてほしいと持ち込んでもとりあわなかったらしい。画家は自分の作品のその後については、ほとんど関心がなかった。批評家のジョン・ラスキンは、ターナーの作品は描かれて1月もすると、ひび割れその他が目に見えてくるとまで言っている。
その一瞬にかけた画家
画家は80年いや180年後の自分の作品がどうなるかといったことについては、まったく関心がなかったといってよい。まさに、画家が対象とした自然と同じように、作品自体も変わってしまうものだということを悟っていたのだろう。自分の作品の保存や将来について、ほとんど関心を持たなかったターナーにとっては、キャンバスを前にした制作の一瞬こそが大事だった。目の前に浮かんだイメージを描き出すに必要な画材さえあれば、それで十分だったのだ。
*この作品の詳細については、
http://www.tate.org.uk/servlet/ViewWork?workid=14887&searchid=25577&tabview=image
Reference
Victoria Finlay. Colour, London: Sceptre, 2002.