時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

「ハルとナツ」を見る

2005年10月08日 | 移民の情景

http://www.nhk.or.jp/drama/harutonatsu/


  TVはあまり見ない方だが、たまたま番組案内でブラジル移民をテーマにしていることを知り、見始めたところ、たちまち引き込まれた。戦前、戦後をカバーする壮大な人間ドラマである。移民労働をひとつの研究対象にしてきたこともあって、思わず5回の放映、全部を通して見ることになった。感動的なシーンが多く、涙線も開いてしまった。

「蒼茫」の時代から
  さまざまなこと、とりわけかつて読んだ石川達三「蒼茫」の情景に、記憶がよみがえった。昭和13年に最初の芥川賞受賞作であるこの作品を知る人は、もう少なくなった。かつてこの国が移民を送り出していたことを知る人はさらに少ない。そして、その血筋を引く人たちが多数、はるばる南半球から日本に働きに来ていることを知っている人はどれだけいるだろうか。
 
  これまでに費やされた多くの移民の多大な血と汗を思うと、改めて感慨無量である。橋田壽賀子さんの脚本はきわめて周到に考えられた力作である。なにしろ70年近い年月における日伯両国における家族の変化を5回に圧縮しただけに、不自然なところも目につくが、全体としてまとまった感動的な作品になっている。両国で多くの関係者の共感を集めるだろう。 作者によると、制作にあたり、念頭に置いたものは「戦争の悲劇」と「家族のきずな」とのことである。

ブラジルの発展を支えた日本人移民
  戦前そして戦後も、多くの日本人が困窮の果てに、南米の新天地を目指した。しかし、新天地とは名ばかりで、荒涼たる原生林、荒地があるだけだった。当時の拓務大臣の言葉とは裏腹に、棄民政策といってよいばかりの政府の無責任さが生み出した結果であった。第二次大戦の勃発は、不幸にして事態をさらに悪化させた。冷淡な本国政府の対応にもかかわらず、母国の発展を祈って、ひたすら働く人々の姿は感動的である。その結果は着実に実を結び、ブラジルの経済発展を支える大きな力となった。移民の間にもさまざまな明暗があった。
  
  終戦後も「勝ち組」、「負け組」など、戦争の傷跡は深く残った。日伯両国ともに発展したが、依然として大きな経済格差が存在した。日本の発展の方が目覚しかったのだ。

変わった「移民労働」の流れ
  80年代中後から、移民労働者の流れはブラジルから日本へと逆になった。 変貌してしまった母国新たな状況の下で、日本へ出稼ぎする移民の人々が見た母国の実態も、驚くものであった。母国は同胞を暖かく受け入れてくれるにちがいないという期待とは程遠い、冷淡な風土へと変貌してしまっていた。

  それでも両国の賃金格差は大きく、ブラジルから日本への「デカセギ」は増加している。2004年末、登録の日系ブラジル人は28万7000人、毎年1万人くらいずつの増加である。。ブラジルでは大卒初任給は約1200ルピア(約6万円)くらい、日本で工場労働などで働くと残業込みで月25-30万円になる。母国家族への仕送りも可能になる。帰国した日系人をねらう犯罪も増えている*。

  ストーリーでは、主人公の二人姉妹の一人ナツは、戦前、家族のブラジルへの移民船出航時に、トラホームという眼病に罹患していたために、一人日本に残された。この出来事は、ヨーロッパからアメリカへの移民の入国を審査するエリス島入国管理局でも、しばしば起きており、強制送還された事例が数多く記録されている。医療水準が高い今日では、考えられないことである。

日本は希望がもてない国か
  ストーリーは、最後に見る者が予想しないような出来事で締めくくられる。日本での事業に成功を収めたにもかかわらず、残念にも晩年になり失敗したナツが、ブラジルのハルとその家族たちのところに行くという結末である。戦前、移民船に乗船する時に、断ち切られたハルとナツの姉妹のきずながここでやっと結ばれる。
  
  現代の日本は、家族や社会を結びつける基盤が、急速に劣化・衰退するという荒涼たる精神風土が展開している。深刻な少子高齢化の進行にもかかわらず、日本は定住移民を受け入れるか否かという重要課題を議論することをあえて避けているかにみえる。しかし、実態としての定住化はすでに進行している。いつまで先の見えない、なし崩し的政策を続けて行くつもりなのだろうか。先延ばしするほど、将来の問題は深刻化するだろう。政府の責任は重い。

  一時的な出稼ぎのつもりで来日した人が、気づいてみたら10年以上になっていたというような事実上の定住化が進んでいる。学齢に達しながらも就学していない子供たちなど、深刻な問題がいたるところで起きている。 他方、日本、ブラジルいずれにも安定した仕事や生活の場を築けずに、日伯間を何回も往復している「リピーター」と呼ばれる人々も生まれた。どこが自分の祖国かという喪失感にとらわれながら、日々を過ごしている人も増えた。「ディアスポラ」(家族離散)の悲劇を増幅することだけはなんとしても避けなければならない。


Reference
*「出稼ぎ5年ブラジル帰国の夜」『朝日新聞』2005年10月8日

 

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