時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

新たな次元を迎える移民政策

2005年10月19日 | 移民政策を追って


  資本や物の移動と比較すると、労働者の国境を越える移動には、さまざまな制約がついてまわる。理論上は労働者の国際移動に関する制約を少し緩めることで、大きな効率の上昇が見込まれる。たとえば、ハーバード大学のロデリックDani Roderickの計算では、一定期間、貧しい国から富める国への移動を少しだけ(受入国の労働力の3%)増やすことで、貧しい国の利益を年間2000億ドル増やすことができる。経済学者がそれほどの計算をしているのに、なぜ貿易や資本の自由化に比較して、労働の自由化には力が注がれないのか。 

移民政策検討の結果
  こうした疑問に対応するかのように、アナン国連事務総長は、2年前に移民労働に関するグローバル委員会*を設置した。世界の移民問題関係者・知識人19人とジュネーブの事務局一人からなる委員会は、国際的な移民と政策のすべての側面についての見解を取りまとめた(日本人は委員に含まれていない)。日本のメディアでは、ほとんど報じられていないが、この報告書は去る10月5日にプレス・レリースされた**。報告書では33の提案がなされているが、最も効果が見込めるのは、貧しい国から富める国への一時的移動(出稼ぎ先に定住しないで帰国するゲストワーカー型)を増やす要請であろう。

想定を裏切る歴史の現実
  ゲスト・ワーカープログラムは、ロデリックが確認した想定利益のある部分を実現するだろう。この形で合法的な移民へ新たな道を開くことは、不法移民(irregular/illegal immigrant workers)の流れを減少させると報告書は考えている。

  しかし、委員会報告書が認めるように、これまでの歴史の結果はこのような楽観主義をあまり支持していない。ドイツのガスト・アルバイタープログラムは、トルコ、ユーゴスラビア、その他からの労働者を戦後の経済的奇跡が生んだ工場労働者の不足を埋めるためだった。彼らは不況になり、仕事がなくなれば、母国へ帰国するものと考えられていた。しかし、その予想は外れ、ドイツの「ゲスト」の多くは帰国しなかった。そればかりでなく、彼らの家族がドイツにやってきた。

  アメリカのブラセロ・プログラムは、1942-64年まで実施された。メキシコ人農業労働者が季節的に入国を認められ、テキサスとカリフォルニアで綿や砂糖ビートの採取にあたった。しかし、状況は改善されなかった。このプログラムによる数多い農場労働者の流入は、その後、入国に必要な書類を持たない労働者が国境をひそかに越えて多数流入するかくれみのとなった。


一時的移民のプラス・マイナス
  こうした事実にもかかわらず、一時的な労働移動を認める論理には抗しがたいものがある。富める国は移民労働を欲している。しかし、移民が歳をとったときに面倒をみるつもりはない。富んだ国はできるならば、必要な外国人労働者が滞留せすに絶えず彼らの国と自国との間で回転することを好んでいるようだ。言い換えると、若く活動的な時に入国して働き、歳をとり扶養者となる前に帰国することである。かなり身勝手な考えではある。

  報告書は「一時的で循環的な移民」について、うまく設計されれば、貧しい国にとってもプラスがあると考えている。そのひとつは本国への送金である。移民が本国から長く離れているほど、彼の賃金から送金される額が少なくなる。そのため、出稼ぎ先国への長期にわたる滞留は、この点では望ましくない。

   もし、一時的労働者プログラムを再採用するのならば、いかに設計されるべきか。委員会のために書かれたペーパーで、オックスフォードのマーティン・ルス Martin Ruhsは、その場合のオプションについて考察している。ある国は早い者勝ちのルールで、単純な割り当て制度を運用している。イギリス政府は安い労働力を必要とする食肉加工など特定の部門に割り当てる、さらに計算された方法を採用している。

  シンガポールは最もアンビシャスである。同国のマンパワー省は「外国人労働者税」を設定し、移民労働者を雇用するについて使用者は税金を払わねばならない。税は産業、熟練で異なる。建設業で熟練した外国人を雇用するには、使用者は月にS$80(US$47)を支払う。不熟練労働者を雇用するには、S$470を支払う。こうした税金でマンパワー省は移民労働者の需要を微調整できる。

カリフォルニアのケース
  受入国政府は自分たちの経済の実態に即して移民についてのルールを調整したいと思っている。しかし、経済のニーズもこうしたルールに対応する。カリフォルニア大学デイビスのフィリプ・マーティンとマイケル・タイトルバウム(Aflred Sloan Foundation)は二つの例を挙げる。

  カリフォルニアのケチャップ産業は1960年代、トマトの摘み取りにブラセロ労働者(J.F.ケネディ大統領時代に導入された季節労働者)を使っていた。この産業は彼らなしには成り立たないと主張していた。しかし、1964年、このプログラムが終了した後、農場主は機械で労働を代替した。トマトを幹から振り落とし、赤と緑色を区分する装置を発明した。農業技術者は機械が扱いやすい卵型のトマトを栽培するようになった。

  ドイツでは、マーティンらは同じ現象が逆になったという。ドイツの農業では、安い移民労働力が使えることで、新しい省力機械の採用が遅れた。当時使われた表現では、「日本はロボットを入れたが、ドイツはトルコ人を入れた」ということになる。 エコノミストによっては、政府は単に外国人労働者の受け入れの割り当てだけを決め、賃金などは競売で決めればよいという。逆に、多かれ少なかれ、同じ数の売り上げになる価格を決めればよい。いずれのやり方も主たる利点は政府がニーズを推定するのではなく、民間による価値評価にしたがってヴィザを割り当てることができることである。

いくつかの試み
  政府はどうすれば、ゲストワーカーが必要な期間を超えてオーバーステイしないようにできるだろうか。韓国では、テンポラリーな労働者は、特定の勘定に預託金(デポジット)を
支払う。外国人労働者が予定通り出国すれば払い戻され、帰国せずにぐずぐずしていると没収される。イギリス政府はあるタイプの移民については、保釈金のような債権を買わせることを考えている。帰国しない決定をすると無駄になる。

  移民の経済的利益がそれほど大きくないとすれば、入国した移民も、どうしても帰りたがらないわけではないだろう。他方、皮肉な見方では、「一時的移民ほど恒久的なものはない」There is nothing more permanet than temporary migrationといわれる。しかし、市場の諸力と人口圧力をみると、一時的な移民のあり方について、再考する必要があるようだ。少なくとも、不法就労という形で多くの外国人労働者が働いている日本の状況を考えると、新たな方式をテストしてみることは、
十分意味のあることだろう。

Reference 

Global Commission on Internationa Migration,
報告書については 
http://www.gcim.org/en/

この委員会の座長(2人制)のひとりであるスエーデンの元移民・開発大臣のJan O. Karlssonは本年春に来日し、一人の専門家として筆者もヒアリングを受けた。

**このブログ記事は次のレビューも参考にした。

"Be My Guest", The Economist October 8th 2005

コメント
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