時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

壊れた国境

2005年10月25日 | 移民の情景

 
  今週のNewsweek*の表紙を見て、どこかで似たような写真を見たことがあると思った。表紙の写真は、メキシコ南部でトラックで不法移民を輸送する様子をX線撮影したものであった。

生命を賭けた海外出稼ぎ 
  他方、記憶に残っていたイメージは、2000年6月、ベルギーからイギリス南東部のドーヴァーに向けて、フェリーで上陸した果物運送ローリー(コンテナートラック)から中国人58人の死体が見つかるという身の毛もよだつような事件の映像であった。表紙の写真と同様に、運送ローリーの貨物の中に隠れた多数の人間のX線写真であった。この事件は背後に潜む人身売買密輸 human trafficking のすさまじさを、一見しただけで世界に知らせることになった**。  
  
  その後の裁判でイギリスへの密航者はいずれも中国人男女で、背後に密航を手引きする大規模な犯罪組織が関与していることが明らかとなった。彼らはイギリスまでの費用として、一人17000ポンドを密輸業者(トラフィッカー)に支払っていた。死体で発見された中国人は、身元を確認するものは一切見につけていなかったという。  
  
暗躍するトラフィッカー
  彼らの多くは福建省出身で、蛇頭(スネークヘッド)の手引きで北京から中国人は、ヴィザが要求されないベルグラードに飛んだ。そこで、ブローカーの指図で中国のパスポートを取り上げられ、代わりに韓国の偽造パスポートを渡された。その後、トラックの荷台などに隠れたりして、ハンガリー、オーストリア、フランスなどを経由して、ロッテルダムに連れて行かれ、そこでトルコ系のブローカーに引き渡された。そして、ベルギーのゼーブルッヘを経て、イギリスに渡り、ドーヴァーの税関を抜けたところで、別のブローカーが引き継ぐことになっていた。そして、万一、発見されたら中国で非合法組織とされた「法輪功」のメンバーで、本国には戻れないと訴えるよう指示されていた。 
  
  ドーヴァーへ向かうローリーは、偽装のためにトマトの箱で密閉され、換気管もほとんど閉ざされていたため、熱気と酸欠状態の中に9時間近く閉じ込められ、死亡するという惨事となった。かろうじて命を取り留めた二人は、最後にコンテナーに押し込まれ、空気がかすかに通う床の木材の隙間に頭があったことが幸いした。その日は記録的な酷暑の一日であった。

  実はこうした事件は、世界の各地で発生している。今回のNewsweek表紙の写真もそのひとつである。アメリカ・メキシコ国境で類似の事件が何度も起きている。
 
国境を越える不法取引 
  グローバル化は国境を介在する不法・合法の取引の壁の高さを引き下げた。その結果、国際的な不法取引が世界中で増加することになった。 

  本年10月中旬、イギリスの捜査組織は全ヨーロッパ規模になっている地下リングを手入れしたが、この組織は過去数年にイギリスに20万人近くの外国人労働者を不法入国させたといわれる。また、8月には、アメリカ司法当局は麻薬、偽造切手、紙幣にはじまり、ロケット発射装置にいたるありとあらゆるものをアメリカに密輸してきたギャング組織を捜索した。そのほかにも多数の犯罪が明るみに出ている。
  
改善しない実態

  こうした事態に、各国はとりわけ9/11以来、国境防備に巨額を投下し、人身売買、潜在的なテロリストから不法な麻薬、核兵器関連資材など、あらゆるタイプの密輸に対応しようとしている。 しかし、こうした対抗措置にもかかわらず、国境密輸の水準が低下しているとの証明はなにもない。アメリカへの不法移民にしても、1990年代以降ほぼ同じ年間50万人という数に達していると推定されている(Pew Hispanic Center推定) 。
  
  小火器の密輸取引だけでも年間40億ドルという規模となり、イラクからコンゴまでを覆っている。人身売買取引の規模は100億ドル近いと推定されている。他方、麻薬取引の規模は900億ドル近いものと考えられる。こうした不法取引にはいずれも人間の移動が絡んでいるだけに、捜査当局は人の動きに神経質にならざるをえない。
  
  世界にはいくつか国境管理の困難な場所、入国を企てる不法移民の側からは比較的入りやすい場所がある。最近、世界の注目を集めているそうした場所のひとつに、アフリカのモロッコに位置するスペインの「飛び地」enclaveがある。セウタCeutaおよびメリーラMelillaという二つの地域である。ここになんとか潜り込もうとするアフリカ系の人々がじっと機会をうかがっている。彼らは沿岸の森や海岸にひそんで、お互いに携帯で連絡しつつ、警備の緩んだ隙を狙って集団で、はしごや毛布などさまざまな機材を使って国境の壁を乗り越える。壁は3-6メートルという高さである。時には国境パトロールと銃撃戦になり、今年9月末に越境した者のうち、少なくも14名の死者が生まれた。

変わる国境
  こうした地域は、第1世界の繁栄と第3世界の貧困を、一本の国境線が分け隔てている。拡大EUを目指すヨーロッパは、その実現に向かうほどに国境管理というきわめて難しい課題を背負うことになった。もし10年先であってもトルコがEUに正式加盟すれば、ヨーロッパの国境はシリア、イラン、イラク、ジョージア、アルメニア、アゼルバイジャンと接することになる。国境は「壊れているが」、
時々刻々その意味を変えつつもある。


Reference
Dark Trade:Smuggling of Everything From People to Purses Threratens the Global Economy by Moises Naim, Newsweek October 24, 2005,

『朝日新聞』2000年6月21日

Grain McGill. Human Traffic, Vision, 2003.

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