時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ラ・トゥールを追いかけて(42)

2005年10月22日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの部屋

ラ・トゥールのパレット:ヴァーミリオン 

  ラ・トゥールの作品は、光と闇で特徴づけられている。それとともに、これまであまり指摘されていないが、色彩の点で褐色系(土製顔料)および赤(朱)色が多用されていることも別の特徴である。青色系がほとんど使われていないことは、フェルメールなどと比較して際立って対象的である。ちなみにフェルメールは赤もかなり使っている。

「赤の画家」
  多用されている褐色系顔料だけだと、「砂漠の聖ヨハネ」のように画面はどうしても暗くなるが、ラ・トゥールは蝋燭や不思議な内的光、そして赤色系の使用でその点を補っている。濃淡さまざまなヴァーミリオン(朱色)、赤色系が使われている。「聖ヒエロニムス」「聖アンデレ」などの使徒像、「妻に嘲笑されるヨブ」「女占い師」「いかさま師」、「生誕」など、赤色が画面を決定づけている作品はきわめて多い。「いかさま師」などを改めて見ると、実にさまざまな赤色が画面を彩っている。フェルメールを「青の画家」とすれば、ラ・トゥールは明らかに「赤の画家」といってもよいほどである。
http://blog.goo.ne.jp/old-dreamer/e/3794fadd1c15942bfad8069032e59855

  ラ・トゥールの使用している赤色系の顔料は、ヴァーミリオンの他にも、西洋茜Madder、コチニールCochinealなどが考えられる。どの作品にいかなる色の顔料が使われているかについての資料は少ないので、多分に推測が含まれるが、ヴァーミリオンだけではなさそうである。

ヴァーミリオンの由来
  ヴァーミリオンという名称は、古代ローマにおいて赤色染料の製造に使われたケルメスという虫の赤色を意味するvermesに由来するといわれる。英語のクリムソンの語源らしい。ヴァーミリオンは辰砂cinnabarと密接に関連している。シナバーは天然の硫化水銀だが、天然も人工も実際上はほとんど同じである。
  ヴァーミリオンは、画家が使用する絵具の中では不透明な色のひとつとされてきた。この色のヴァリエーションのひとつである朱色は、古代中国で大変重用された。エジプト、メソポタミアの絵画には出てこないが、ローマでは知られていた。大変高価なため、為政者が価格を定めたといわれる。
  ヨーロッパでは12世紀前から知られていたにもかかわらず、美術で著名になったのは20世紀になってからである。しかし、中世においても大事な絵具のひとつであった。12世紀ではあまり知られていなかったが、15世紀には広く知られるようになった。ルネッサンス画家はこの色を最も安定した純粋な色と考えてきた。
  現代画家はほとんどヴァーミリオンを使用せず、代わってカドミウム赤などがより多く使われている。しかし、西欧美術ではそれでもよく知られた色である。 ヴァーミリオンの色調は、輝くような赤からより紫色まで幅広く分布している。

顔料の製法
  硫化硫黄、シナバーはよく知られているが、世界に豊富にあるわけではない。鉱床はスペイン、イタリア、アジア、アルタイ、トルキスタン、中国、ロシアなど。また、ドイツ、ペルー、メキシコ、カリフォルニア、テキサスなどにもある。スペインのアルマデン鉱床は歴史的に有名で今日でも重要な生産源である。
  シナバーには乾式、湿式のふたつの製法があるが、古い方は乾式法である。古いラテンの資料では最古のものは中国で8世紀に開発されたといわれる。他の資料では8世紀か9世紀にアラブの錬金術者によって生み出されたという説もある。 17世紀オランダの資料では、鉄なべで水銀と溶解した硫黄とを混ぜ合わせる。その後、土器に移して、昇華するまで加熱をする。この時までに容器は壊れ、赤い硫化水銀は器の内側に付着するといわれる。 その後、分離硫黄を取り除くためアルカリ溶解される。
  アジアで生まれた乾式製法はヨーロッパへ移り、17世紀初期までには、アムステルダムがヨーロッパの製造の中心であった。 もうひとつの湿式法は硫化硫黄の混合物をアンモニウムの苛性ソーダとともに加熱する。この方法は17世紀後期にドイツで発明され、製法の容易さと経済性で乾式法を急速に代替した。色調の明るいドイツ・ヴァーミリオンとして知られる。色は黄色味を帯びている。乾式法の色は一般に暗く、クールである。今日ではほとんど湿式製法が席巻しているが、中国では一部乾式法も使われている。
  
耐光性が弱い
  ヴァーミリオンの化学式である硫化水銀は安定しており、弱い酸やアルカリには解けない。色は鮮やかに輝いているが、ひとつのマイナス点は時とともに光を受けて暗くなる傾向があるとされる。 また、他の顔料と混ぜ合わせると変色することもある。たとえば鉛白(シルバーホワイト)と硫黄系の顔料(ヴァーミリオン)の組み合わせは変色を生むため、混色はできない。
  時間の経過とともに変色することを防ぐ古典的方法として使われてきたのは、耐光性が劣るヴァーミリオンの上にクレムソンレーキなどでグレースする方法である。こうした技法で、深みのある赤が得られるとともに、色の持ちもよくなる。
  改めて、「いかさま師」を見てみると、かもにされている貴族の若者のきらびやかな衣装、帽子の羽根、あやしい目つきの女たちの衣装や帽子をさまざまな赤が彩っている。ヴァーミリオンは他の赤色系の色、オレンジ色などとあわせて、絢爛豪華な雰囲気を醸し出すのに決定的な役割を果たしている。

Reference

http://www.sewanee.edu/chem/Chem&Art/Detail_Pages/Pigments/vermillion

コメント
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