時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

画題の残る唯一の絵

2006年10月02日 | ジョルジュ・ド・ラ・トゥールの書棚

ラ・トゥールの書棚

Paulette Chone. Georges de La Tour un peintre lorrain au XVIIe siecle. Tournai: Casterman, 1996.   

  ラ・トゥールに関する研究文献の中で、本書はいわば中級専門書の部類に入るだろうか。多少なりともこの希有な画家の世界に足を踏み入れ、その魅力に惹かれた者には、手元において折に触れて眺めてみたい書籍である。作品を展覧会などで見た後、画家の出自や社会的背景などについてもう一段深く知りたい人にも、大変適切な一冊である。
  前半で画家の出自、生涯、後半で作品解題がなされている。とりわけ、興味深いのは前半部である。過半のページを費やして、展開されているラ・トゥールの生涯やロレーヌの社会や宗教について、多数の興味ある図版を含めて説明がなされている。17世紀前半という遠く離れた時空が少し近づき、この画家が過ごしたロレーヌの輪郭がくっきりと浮かんでくる。本書では、作品よりも、この地域に固有な文化的・社会的風土の解明にかなり力点が置かれている。
  その中には、他の研究文献には含まれていない貴重な記述や資料がかなり掲載されている。それは著者のChoneがこの時代のロレーヌに関する傑出した研究者であり、紋章やイメージに関する膨大な研究を残していることに基づいている。とりわけ興味を惹くのは、16世紀後半から17世紀にかけてのヴィックやリュネヴィルに関する考証がしっかり行われている点である。この点もいずれ少し立ち入ってみたい。   
  表紙には、「聖アレクシスの遺骸の発見」が使われており、大型版の大変美しい装丁である。このテーマの作品については、発見された当時は直ちにラ・トゥールの真作とされた。特記すべきことは、この画家の作品の中で唯一画題とその意味が明らかになっていることである。「1648年、ラ・フェルテのために描かれた聖アレクシス」である。他の作品については、すべて後世の研究者などによる推定である。   
  その後検討が進み、今日では現存する同一テーマの2点の作品は、ラ・トゥールの真作に基づく模作(非真作)ではないかとされるようになった(真作はあのラ・フェルテに献上されたものらしい)。しかし、十分決着がついているわけではない。しかし、少なくとも、ラ・トゥールの真作に基づく模作であることまでは確認されている。他のラ・トゥールの作品と同様に、静謐な美しさで見る人は思わず画面に引き込まれて行く。

本書の構成は次の通りである:


Sommaire
Introduction
I. A vic
II. Les années de formation
III. De Vic à Lunéville
IV. Le temps des fléaux
V. Un peintre officiel
VI. Les dernières années

L'oeuvre peint des Georges de La Tour
I. Types populaires
II. Proverbes et paraboles
III. Image des saints
IV. Sujets évangéliques
V. Le Livre de Job

Chronologie
Bibliographie

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