時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

ロボットは仕立て屋に代わりうるか

2006年10月03日 | グローバル化の断面
  紡績、織布、縫製という工程を経る繊維産業は、産業革命以来の長い歴史を持っている。しかし、依然として人手を要する部分が多い。とりわけ、ビスボーク、オーダー・メイドといわれる特注高級品ほど人間の目や手、そして経験をベースとする微妙な作業に頼る部分が多い。テーラーメード Tailor-made とは、もともと主に紳士服や婦人用コート類を注文で作る専門の仕立屋、洋裁師によって作られた注文服のことを意味していた。

労働コストで勝負が決まる  
  既製品といわれる分野についても、縫製・加工の点で、ミシンかけ、ボタン付け、アイロンかけなど手作業を要する部分があるが、世界には機械加工よりも労働のコストが安い地域が多数ある。中国、インド、ヴェトナム、スリランカ、トルコなどの開発途上国がこうした仕事を引き受けている。

  インドだけでも80万ドル近い輸出規模で、1千万人近い雇用の機会を生み出している。雇用数という点では、繊維産業は農業に次ぐ大産業である。もし、衣服縫製産業がなくなったらその衝撃ははかりしれない。

窮地に立つ先進国  
  他方、後がないところまで追い込まれた先進国側も衣服縫製に大きな期待をかけている。もし人手をかけることなくロボットで衣服に仕立てることができれば、先進国に衣服産業を復活させることできる。このブログでも触れたように、日本そしてイタリアやアメリカの繊維・衣服産業が追いつけないのは、この人手のかかる工程であった。1980年代、「第3イタリア」論が注目を集めた頃、中世以来の繊維の町プラトーを訪ねた。当時は、経営者も自身を持って将来を話してくれたが、時代の変化は激しい。いまやプラトーも追い込まれている。省力化を極限まで追求し自動化できれば、先進国の衣服産業も再生が期待できる。
  
  中国上海郊外の縫製工場を見学したことがある。日本から送られた型紙に沿って裁断、加工などを最新の機械設備でこなし、商品コードから値札までつけて箱に入れ、日本のデパートに送るという作業である。生産ラインには若い女子工員がはりついていた。設備がきわめて新しく、しかも労働者数が少ないのに驚かされた。
  
  その前に、愛知県三河で古い工業用ミシンを使って、高齢者と中国人研修生に頼っての旧態以前たる縫製工場を見た後だったので、勝負は一目瞭然だった。一瞬日本と中国の位置関係を逆にしそうな錯覚に陥った。

逆転はなるか 
  ヨーロッパの繊維企業と国際機関が最後の挑戦を行っている。「馬跳びプロジェクト」Leapfrog projectの名の下で、縫製加工の完全自動化を目指している。プロジェクトには3つの重点目標がある。衣服縫製の完全自動化、新繊維の開発そしてデザインである。
  
  来年にはパイロット生産が可能かともいわれている「馬跳びプロジェクト」の最も重要な工程は、生地を損なうことなく取り扱う作業にある。この大役は、イタリア・ジェノア大学の「デザイン・測定・自動化・ロボット化研究所」にゆだねられた。生地の扱いが解決されると、次の課題はいかに縫うことかである。Molfino はドイツの縫製メーカーPhilipp Moll、イタリアの技術研究企業STAMと協力して、体型の変化するマネキンに対応して製作する。コンピューター・グラフィックス、アニメーション、ナノテクノロジーの成果を使い切って対抗しようとの構想である。
  
  こうした計画が中国、ヴェトナムなど労働コストの安い地域への対抗手段となりうるか、今の段階ではまだ先がみえない。EUの11カ国は、このために16mユーロ(30Mドル)を拠出した。Hugo BossやLa Redounteなども出資している。タイムアップ寸前までに追い込まれたEU繊維産業が土壇場にかける大勝負といわれる。ゴールはなるだろうか。


Reference
”Closing the circle”. The Economist July 15th 2006
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする