広がる移民労働者の帰国
移民(外国人)労働者がグローバル大不況の浸透に伴い、出稼ぎ先で仕事を失い、自国へ帰国する動き(1月3日) が顕著になってきた。不況が到来すると、最初に解雇されるカテゴリーの労働者なので、この動きは予想されたことではある。言い換えると、移民労働者の動向は労働市場の最先端の動きを知るに欠かせない。
今回は世界のほとんどの地域で一斉に逆流現象が起きている。ドバイ、アブタビなど湾岸諸国のように、8割近くを出稼ぎ外国人労働者に頼こる国では、衝撃はことのほか大きい。これらの国々は彼らに定住を認めず、市民権取得の道も閉ざしているため、工事などの契約が終了したら即時帰国しなければならない。
帰国する労働者のほとんどは、自費で帰国費用を調達しなければならない。日本に来ている日系ブラジル人などの中にも、仕事の機会がなく帰国しようと考えても帰国費用も払えず、寒い冬空に苦難の日々を過ごしている人たちも多い。航空機の発達で、『蒼茫』の時代とは大きく様変わりしたとはいえ、簡単には帰れない。
しかし、移民労働者の帰国促進を目指した制度を導入した国もある。スペインでは移民が増え、総人口の1割を越えるまでになった。建設業を中心に、近年ヨーロッパ全体で生まれた新規雇用の3分の1近くを生み出したといわれた。2000年から2007年の間に、EU加盟国のブルガリア、ルーマニア、そしてエクアドルなどから4百万人近くを受け入れてきた。しかし、アメリカの住宅不況とほぼ同時にバブルが崩壊し、着工件数は急速に減少し、失業率はすでに12%を越えた。そのため、この分野で働いていた多くの移民労働者が仕事を失った。
効果少ない帰国促進策
スペイン政府はエクアドル、モロッコなどEU非加盟国の中で、スペインと二国間の社会保障協定を結ぶ19カ国からの移民で、失業している労働者を対象に、母国への帰国を促す帰国補助制度「自発的帰国プラン」を昨年末に新設した。母国への帰国費用を補助し、およそ8万7千人がこの制度で帰国することを期待している。スペインでの居住・労働許可証を持っている者には、3年間はスペインへは入国してこないことを条件に、将来の失業給付を一部先払いするなどの優遇措置が含まれている。
興味深いのは1970年代、第一次石油危機後、フランスなどで働いていたスペイン、ポルトガルなどの労働者に対して、帰国費用補助が行われたことがあった。しかし、その効果は期待を大きく下回った。母国へ戻っても、仕事の機会がなく、出稼ぎ先へ留まろうとした労働者が多かったのだ。いまや移民受入国側に回ったスペイン政府は、この経験を今度はなんとかうまく機能させたいと思ったようだ。一人当たり最大40,000ドルが支払われることになっているが、移民労働者はほとんど興味を示さないらしい。
高まる外国人嫌い
他方、世界各地で移民労働者への風当たりが強くなっている。ロシアは今回の危機以前は、経済成長率が6%を越える高成長を誇っていたが、不況の浸透で2%近くへ急減した。好況期には旧ソビエト諸国からの移民が多く、人口の10%近く、2500万人が外国人労働者になっていた。しかし、不況の到来とともに職を失う者、賃金未払いなどが目立つようになった。こうした状況を反映して、ゼノフォビア(外国人嫌い)が力を得て、「ロシアはロシア人の国だ」などと主張する過激な若者などによる襲撃、暴力行為などが増加した。すでに85人近くが死亡するなど、憂慮すべき人道問題が発生するまでになっている。
ロシアの人口一人当たりの総国民所得はUS$換算5780ドルであるのに対して、移民労働者の母国であるキルギスは490ドル、タジキスタン390ドルなど、きわめて大きな格差がある。そのために、ロシアはきわめて魅力的な出稼ぎ先であった。ロシア側も深刻な人で不足を補うために査証免除などの優遇措置を講じて、受け入れを促進してきた。移民労働者は主として建設、工場などの現場で働いていた。
しかし、不況の到来でロシア人の失業率も急上昇し、昨年の6%から今年上半期は25%近くへ急上昇するなどの予測もあり、国民の不満も高まっている。メドベージェフ大統領も対応を迫られ、プーチン首相も移民労働者の受け入れ制限強化を約し、今年は受け入れを半減させると発言している。「ロシア人は一番」とする過激なナショナリズムも高まっており、保護主義化への傾斜が急速にすすんでいる。
懸念される保護主義への動き
世界全体ではおよそ2億人が母国を離れ、他国で働いている。全世界の人口の約3%にあたる。しかし、ヨーロッパではギリシア、アイルランドなどかつての移民送り出し国でも、移民労働者の比率は10%を越えている。ILOの予測によると、今年2009年の世界の失業者は2億人を超えるのではないかとされ、ほぼ移民労働者の数に相当する。しかし、これはマクロ水準での状況に過ぎず、地域や国の水準へ下りると、きわめて複雑な実態が展開している。
すでに記したが、アメリカでも労働需給の悪化は移民労働者に大きな影響を与えている。一般の失業率はすでに7%を越えた。16年来の高さである。メキシコ側から流入する不法越境者の数は大きく減少している。帰国する移民労働者の多くは、自主的な判断で出稼ぎ先に残るか、帰国するかの決断をしている。その意味では、労働市場の自律的な需給調整の動きではある。
ILOは2009年だけで2千万人分の雇用が失われると推定している。そして、こうした厳しい不況期にありがちな保護主義への動きを警告している。歴史的に見ても。この危険性は明らかだ。
1920年代、1930年代の世界恐慌期にも、恐慌突入前は多数の移民を受け入れていた新大陸アメリカは、その後扉を閉ざし、受け入れ移民の数は長らく低位にとどまっていた。国内労働者の雇用機会が奪われるとして、国境開放に反対した。移民労働者は農業や看護・介護分野などで、国内労働者より低い賃金で長時間働くことを辞さないなどの特徴があり、結果として国内労働者の失業率が悪化することもある。
急激な需要(プル要因)の減退
海外で働く移民労働者から母国への送金も大きな影響を受けている。
2008年、インドは在外インド人から約300億ドル、中国は華僑を含めて270億ドル近い送金を受けている。(世界銀行推定)。フィリピンの場合、およそ800万人が海外で働いている。その本国送金は国内総生産の1割近くに達する。2008年はかなりの伸びを示したが、2009年については大幅に減少すると推定されている。グローバルな不況の影響はさまざまだ。中国では海外への出稼ぎよりも国内での出稼ぎが圧倒的に多い。その数はおよそ1億4千万人といわれるが、このたびの不況でかなりの数が仕事を失うとみられる(この問題はいずれ取り上げたい)。
移民労働者の帰国、逆流減少は、部分的には過去にも常に起きていた現象である。しかし、今回は文字通り、グローバル・マイグレーションの象徴的な動きが各所に見られる。全体としてみれば、帰国する移民労働者は全体の中では周辺的な部分に留まろう。多くの移民労働者は、出稼ぎ先国で可能な限り働き、その多くは家族とともに必死に目前の現実に耐え、劣化する仕事の機会にすがっている。アメリカに居住し、働いている不法滞在者約1200万人のほとんどは、母国へ戻ることはないだろう。
問題は、彼らのかつての母国も大不況の影響を深刻に受けていることだ。いまやグローバル恐慌の様相をあらわにしてきた今回の不況だが、厳しい崩壊の局面を乗り越えての回復・反転に向けて、いかなる世界的協力が行われるか。しばらく目が離せなくなった。
現段階では不況の急速な拡大による需要(プル要因)急減による余剰発生とみることができるが、彼らの母国である開発途上国もさらに厳しい経済状況にあり、再び海外出稼ぎへの供給(プル圧力)が高まる可能性もある。
IT上で瞬く間に国境を越えて移動する資本と比較して、流動性に制約があるとみられた労働力だが、高まる国境障壁にもかかわらず移動するグローバルな労働力の全容が次第に見えてきた。移民労働者がどこで踏みとどまるかは、各国の労働市場の今後を判定する大きなバロメーターともなる。しばらく崩壊のプロセスが進む労働市場で、来るべき時代への修復、再編がいかに行われるか、注目して行きたい。
References
「活況ドバイ急降下:開発中断・・・職失う外国人」『朝日新聞』2009年2月1日
'The people crunch.’ The Economist January 17th 2009