時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

会えてよかった:『蜂の寓話』

2009年02月10日 | 書棚の片隅から

 かなり頻繁に書籍の「レイオフ」(処分)をしてきた。本意ではまったくないのだが、陋屋の収容限界があって涙ながらの措置だった。古書店などを通して、再びどなたかのお役に立つものと思ってあきらめてきた。大部分はこの20年くらいの間に整理し、身の回りになんとか見苦しくないほどの空間が生まれた。しかし、いずれ別れる時までは手許におきたいものもかなり残っている

 マンドヴィル『蜂の寓話』(上田辰之助著、新紀元社)は、
レイオフしていないはずだと思っていた。先日、「定額給付金」問題との関連で、思いがけず記憶の底からよみがえった一冊である。その後、幸い書庫の片隅に生き残っていたのを発見した。レイオフされなくてよかったなあ!
  
 奥付を見ると、昭和25年20日第一刷、定価380円とあった。父親から引き継いだ蔵書の中の一冊だ。経済学とはとりわけ関係なかった父親がいかなる理由で購入したのか、今となっては確かめることはできない。『百科事典』(平凡社)、『国民大百科事典』(富山房)、ウエルズ『世界文化史大系』、『日本文学全集』、『プルターク英雄伝』、『ロビンソンクルーソー』など、雑多な本の中にあった。

 価格の実感が湧かないかもしれない。この上田氏の著書が刊行された年の前年、東京都の失業対策事業として、職業安定所が定額日給として支払った額が240円であった。今日の「デイ・ワーカー」に近い日雇い労働者は、この日給にかけて、「ニコヨン」と呼ばれていた。この賃金額を考えると、決して安くはない価格だ。別に稀覯書でもないのだが、ネット古書店の価格では定額給付金では買えない価格がついているようだ。しかし、実際にレイオフされる時は、市場価格の数十分の一?以下なのです(涙)。

 半世紀以上の歳月を経ているため、さすがに表紙もかなり黄ばみ、変色している。紙質も今のように良くなかったことも影響しているようだ。

 本書はマンドヴィルの詩篇の訳書というよりは、この希有な思想家とその作品(詩篇)『蜂の寓話』の学術的研究書だ。本書の終わりの部分に、現著者序文(譯文)、『ブンブン不平を鳴らす蜂の巣』(上田氏譯文)、詩篇(英文)、原著書序文が付いている体裁で、総ページ数(346ページ)の内、250ページ余は上田氏の解説を含めた研究成果である。

 『蜂の寓話』は、再び読み出したら止められない奇妙な魅力をもった作品である。経済活動の根源的意味を考えるには、格好な材料を提供してくれる。いまや政治家の発言の枕詞になった「100年に一回の」大不況のさなか、個人の消費が全体としては美徳になると政治家が説いても、財布のひもは緩むことはあるまい。


悪の根という貪慾こそは
かの呪われた邪曲有害の悪徳。
それが貴い罪悪「濫費」に仕え、
奢侈は百萬の貧者に仕事を與え、
忌まわしい鼻持ちならぬ傲慢が
もう百萬人を雇うとき、
羨望さえも、そして虚栄心もまた、
みな産業の奉仕者である。
かれらご寵愛の人間愚(オロカサ)、それは移り気、
食物、家具、着物の移り気、
ほんとうに不思議な馬鹿気た悪徳だ。
それでも商賣動かす肝腎の車輪となる。

『蜂の寓話』(上田 7ぺージ)
からの一節。

コメント
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