このたびのグローバル大不況が及ばない地域は、探すのが難しいくらいになった。市場経済が存在する限り、不況は容赦なく浸透して行く。変化は、しばしば地域の最前線で厳しい。象徴的な例が、EU砦の外壁を構成するスペインやポーランド、チェッコなど東欧・旧ソ連圏諸国だ。母国にまともな仕事の機会がないことを知りながらも、出稼ぎの夢破れ、帰国する労働者が増えている。
過去10年近く、スペインはEU諸国の中で最大の雇用創出を行った国といわれてきた。ところが、このたびの不況では最も激しく雇用が失われている。現在の失業率は13%、失業者は3百万人を越えている。その数は人口が8割以上多いドイツにほぼ匹敵する。ヨーロッパの失業率平均は7%である。スペイン貯蓄銀行の予測では、同国の失業率は2010年には18%、4百万人を越えるとされる。
スペインではアメリカ同様住宅ブームも瞬く間に崩壊した。建設現場では農家の若者が高い賃率を求めて多数働いていた。労働力が不足し、農業が立ちゆかなくなった農村は、移民労働者を多数受け入れることで、なんとかEUの農産物需要へ対応してきた。スペインの農業部門は、過去10年間に5百万人近く外国人労働者を受け入れてきた。しかし、不況は彼らに最も厳しい。農業労働者への風当たりが強くなっている。国内の若者が農業へ戻りつつあり、移民労働者が追われている。どこでも、不況は弱者に厳しいのだ。EU加盟国の中でも、砦の外壁を形作る国々から中心へ向かって、危機は強まっている。
さらにスペインの成長を引っ張ってきた自動車産業も苦境のまっただ中にある。EUの中では相対的に労働コストが低かったスペインは、自動車、電機などの多国籍企業が立地を求める所であった。ところが、今回の不況では、GMが最初に大量のレイオフを行い、日産、ルノーも人員削減を実施している。自動車産業は、スペインが大きな期待をかけてきた産業分野だけに、その崩壊は国民に衝撃を与えた。
ザパテロ首相は330億ユーロの公共事業を行い、新たなプロジェクトを創出すると発表している。しかし、スペインでは社会保障システムも破綻しており、惨憺たる状態のようだ
スペインの大きな問題は、将来を担う産業基盤が十分確立できていないことだ。今後の成長に大きな鍵となる国民教育の充実、競争力ある研究開発がまったく地に足がついていない段階での大打撃だ。この国は「粘土の足」で歩いているとまでいわれている。
スペインではこれまで、不況時には伝統的に家族がお互いに頼りあって過ごしてきた。しかし、その家族も小さくなり、高齢化も進んでいる。この点はポルトガル、イタリアなども同様だ。これらの国々がいかなる形で不況に対処するかは、地域開発の今後を測る意味で注目に値する。
不況の進行とともに、最も深刻な状況に置かれているのが、同国内で働く移民労働者だ。スペインは、かつて移民送り出し国であったが、いまや移民受け入れ国に転換している。しかし、今は多数の移民労働者が仕事を失い路頭に迷っている。EUの他地域へ移動しても、仕事の機会は期待できなくなった。ザパテロ首相は、移民労働者には帰国費用を提供すると言っているが、応募者は少ないようだ。そして、スペインが再生のために必要とする高いスキルを持った労働者から逃げ出してしまう。
同様な動きは東欧圏諸国でも起きている。フロンティアでの労働力の動きはきわめて激しい。グローバル不況のバロメーターのようだ。大きな潮目の変わり時、移民ウオッチャーも結構忙しい。