把握しがたい失業実態
最近発表されたアメリカの雇用統計によると、本年1月の全米失業率は7.6%(季節調整済)、1992年9月以来、16年4ヶ月ぶりの水準にまで悪化した。ABCのキャスターは「まぎれもなく」crystal clear 最悪の事態だと報じた。オバマ大統領は失業が厳しい事態を生んでいる各地を歴訪、視察しているようだ。
世界にはきわめて深刻な事態でありながら、その実態が「明らかでない」地域もある。その最たるものは、アジアの大国、中国である。中国の都市失業率は、2008年4.2%(2007年4.0%)とされ、中国政府は今年は4.6%以下に抑制したいとしている。
実はこうした数値から中国の労働実態を推測することはきわめて難しい。失業率は都市部についてのみ公表されており、膨大な農村部が含まれていない。農村部から都市部へ出稼ぎにくる農民工といわれる出稼ぎ労働者の実態も、この数値からは推測できない。公式発表としては、出稼ぎ労働者の数はおよそ1億3千万人(2億人という推測もある)とされ、その15.3%が職を失っているとされる。なお、この中には帰郷せず沿岸部で職を探している人は含まれないので、実際の失業者はもっと多い。中国政府は、2千万人以上の出稼ぎ労働者が沿岸部工業地帯で職を失い、旧正月時に地方へ帰郷していると発表した。
農村からの出稼ぎ労働者は毎年600万―700万人ずつ増加している。2009年は失業した農民工と合わせ、約2500万人の就業圧力がかかるという。
これまでの中国の発展過程において、農村はしばしば衝撃を吸収する緩衝材の役割を果たしてきた。失業に限らず、さまざまな問題をその膨大な人口の中に包み込み、嵐の過ぎるまで耐えてきた。しかし、今回はかなり難しい。アメリカ発の大津波は中国全土を覆いそうだ。
「無給休暇」の実態
最近、中国の友人、知人や留学生が知らせてくれたことで興味を惹かれたことのひとつに、メディアで「無給休暇」という言葉が目立つようになったということがある。日本でも「有給休暇」という言葉は一般化しているが、「無給休暇」はあまり聞くことがない。 「無給休暇」は、最近の経済不況の過程で、人件費削減のひとつの手段として、企業に静かに広がっているらしい。
非公式だが総工会の弁護士なども、原則として労働者に休日・休暇を与えることは望ましいとした上で、「無給休暇」は導入プロセスが合法であり、従業員代表と話し合い、現地の組合又は企業の組合が同意すれば実施ができるとの見解のようだ。
「無給休暇」とは二つの概念を含み、第一に、労働者が自ら休暇を申請、取得した場合、第二に、使用者が積極的に労働者に対して休暇を手配し、かつその休暇の給与を支払わない場合である。前者は、特に説明は不要だが、後者が問題だ。
昨年1月1日に施行された中国の労働契約法には、「無給休暇」については特段の規定はない。現在の段階では「無給休暇」のケースが発生した場合、直ちに失業とは見なされず、また解雇ともいえない状態におかれる。すでに労働契約を締結している場合、会社の生産、経営が困難あるいは業務・生産停止により会社が従業員を休ませる場合、会社は、従業員に毎月基本生活費を支給しなければならない。その額は該当地の政府と会社が基準を決める。労働者に給与を支給しなければならない。国家の統一規定はなく、上海などの場合は、少なくとも市規定の最低賃金基準を下回ってはならないとされているようだ。
新労働契約法が施行されたが、現実にはさまざまな違法あるいは法をかいくぐる動きがみられるようだ。なにしろ、「上に政策あれば下に対策あり」の国である。現在の段階では、上海のような都市部で、大量解雇によって大きな紛争などの社会問題に発展しているケースは見られないようだ。しかし、こうした事態が一般に話題となるほど、労働市場でも状況の悪化は急速に進んでいるとみるべきだろう。
深刻な大卒者市場
農民工の問題と並び、深刻な事態に直面しているのは、大学などの新卒者だ。昨年、中国の大学の新卒者は560万人と前年より65万人増加し、過去最高の増加となった。今年はさらに約61万人が上乗せされると推定されている。しかし、すでに昨年末、約150万人が失業している。中国共産党は、今年は5月4日が五四運動90周年、6月4日は天安門事件20周年にあたり、厳戒体制であたることになろう。温家宝首相は大学へ出かけていって学生に言った。「君たちは心配だろうが、私はもっと心配しているのだ」(The Economist Jan.31 2009)。温家宝首相への信頼は高いようだが、心中大変なストレスがたまっているだろう。
崖から落ちるようだといわれる急激な輸出の低下は、これまで破竹の勢いで伸びてきた中国輸出関連産業に大打撃を与えている。昨年来、中国メディアに目立つようになったのは、「内需」という言葉だ。海外市場が総崩れの状況では、内需の喚起以外に経済回復の道はない。その道はかつてない苦難に満ちている。家計の貯蓄率は高いとはいえ、社会保障面などが不安な中国では、政府が消費を推奨しても庶民の懐は緩まない。
世界で一国だけが繁栄できる時代ではなくなったことはいうまでもない。中国の雇用問題はアメリカなどと比較すると、統計上の問題もあり、これまであまり関心を集めなかった。しかし、今やその動向から目が離せなくなってきた。政治、経済共に迷走を続ける日本の今後は、アメリカ、中国の経済に大きく依存している。加油!中国。
References
‘A great migration into the unknown.’ The Economist January 31st.