フキノトウの季節になった。
一昨日に今年初の天ぷらを揚げながらも想う。
ああ、「フキノトウの天ぷらを食べる会」なんて言って集ったっけ、と。
なにかと理由付けしては、機会を作って話し込んだものなのに、彼女はいない。
彼女は余命を聞いてからは少しでも命を長らえようと、あらゆる方法を試みた。
抗がん剤治療に体力が負けてはならじと、ウォーキングを欠かさず、寒空の日は家の中を歩いている、とも。
砂糖はがん細胞の栄養になるから、砂糖を使った甘いものは食べていない、とも。
抗がん剤でがんの幹部の縮小を狙い、手術ができるようになるのが目的だった。
ひとつ目の病院でも、もうひとつの病院(ガンの専門病院・大学病院)でも手術GOの状態にはならなくて、主治医の意見を振り切って、遠距離にある先進医療を謳っている病院での治療を決めた。今はネットでたくさんの情報を得られるから、可能性にかけたくなる、という気持ちを抑えることはできない。切羽詰まっている状態では、自分が選択しようという方向以外のアドバイスは、彼女には不適格な(ダメな)意見でした。主治医への愚痴が山積。一か八かに賭けたのですが、良い方向へ向かうことなく、むしろ悪化してしまいました。
彼女は、またまた真剣に検索して、今度は、治験段階から先進医療扱いにされたばかりの革新的医療(彼女はそう信じていた)を求めて、別の遠距離の病院のお医者さんを頼ることに賭け、雪の季節に雪国へと向かいました。
できることは、がん細胞の切除ではなく、勢いを抑えるという内容のもの。その治療が功を奏せば手術も可能になろうか、というのが目的。
2回目の先進医療の結果も、いよいよ体力消耗する結果となり、腹水が貯まるようにもなり、ベットから起き上がれなくなったのです。
ほぼ告げられた余命期間通りに彼女は逝ってしまいました。
その間、ずっと抗がん剤の副作用で、ツライ、キツイ、で「耐えて」の日々でした。
期間の後半になると、前半頃の副作用がいかに軽かったか、らしいです。抗がん剤の種類もドンドン変わっていき、シンドサは増すばかり、と言っていました。
彼女は努力家で、頑張り屋です。そして自分の「いのち」のことにも、最高の頑張りを見せました。
でも、ふと思うのです。
ガンの専門病院の複数の専門家の意見を聞き入れていたら、こんなにも身体を傷めつけることなく、旅行したりランチを楽しんだりして余命期間の2倍ぐらいは生きることもアリ、だったのかも、と。
当事者じゃないと、なんとも言えません。
「むやみな治療をすることでがん細胞を活気づけることもあるから、施術後はベットから起き上がれなくなることもあるよ」
との話も耳に入っていたのですが、主治医の意見にも反論していた当時の彼女には言えませんでした。たまたま彼女は先進医療を受ける経済的余裕があったことも影響しているかもしれません。費用のために治療しない選択をしたくない、でしたから。
自分の場合はどういう選択をしようか、そんなシーンを想定する癖ができました。
治療法がゼロじゃないかもしれないのに、治療をしないという選択は果たしてできるだろうか。
花の季節がやってきました。
庭づくりの情報交換する相手でした。梅見も桜見もツーカーで足を運んだものです。
どれも「生きていればこそ」です。
生きているからできることをやらないで過ごすことを、もったいない、と思う癖もつきました。
今日は暖かくなりそうで、庭仕事です。
彼女の家の庭にも、フキノトウが顔を出しているでしょうか。
一昨日に今年初の天ぷらを揚げながらも想う。
ああ、「フキノトウの天ぷらを食べる会」なんて言って集ったっけ、と。
なにかと理由付けしては、機会を作って話し込んだものなのに、彼女はいない。
彼女は余命を聞いてからは少しでも命を長らえようと、あらゆる方法を試みた。
抗がん剤治療に体力が負けてはならじと、ウォーキングを欠かさず、寒空の日は家の中を歩いている、とも。
砂糖はがん細胞の栄養になるから、砂糖を使った甘いものは食べていない、とも。
抗がん剤でがんの幹部の縮小を狙い、手術ができるようになるのが目的だった。
ひとつ目の病院でも、もうひとつの病院(ガンの専門病院・大学病院)でも手術GOの状態にはならなくて、主治医の意見を振り切って、遠距離にある先進医療を謳っている病院での治療を決めた。今はネットでたくさんの情報を得られるから、可能性にかけたくなる、という気持ちを抑えることはできない。切羽詰まっている状態では、自分が選択しようという方向以外のアドバイスは、彼女には不適格な(ダメな)意見でした。主治医への愚痴が山積。一か八かに賭けたのですが、良い方向へ向かうことなく、むしろ悪化してしまいました。
彼女は、またまた真剣に検索して、今度は、治験段階から先進医療扱いにされたばかりの革新的医療(彼女はそう信じていた)を求めて、別の遠距離の病院のお医者さんを頼ることに賭け、雪の季節に雪国へと向かいました。
できることは、がん細胞の切除ではなく、勢いを抑えるという内容のもの。その治療が功を奏せば手術も可能になろうか、というのが目的。
2回目の先進医療の結果も、いよいよ体力消耗する結果となり、腹水が貯まるようにもなり、ベットから起き上がれなくなったのです。
ほぼ告げられた余命期間通りに彼女は逝ってしまいました。
その間、ずっと抗がん剤の副作用で、ツライ、キツイ、で「耐えて」の日々でした。
期間の後半になると、前半頃の副作用がいかに軽かったか、らしいです。抗がん剤の種類もドンドン変わっていき、シンドサは増すばかり、と言っていました。
彼女は努力家で、頑張り屋です。そして自分の「いのち」のことにも、最高の頑張りを見せました。
でも、ふと思うのです。
ガンの専門病院の複数の専門家の意見を聞き入れていたら、こんなにも身体を傷めつけることなく、旅行したりランチを楽しんだりして余命期間の2倍ぐらいは生きることもアリ、だったのかも、と。
当事者じゃないと、なんとも言えません。
「むやみな治療をすることでがん細胞を活気づけることもあるから、施術後はベットから起き上がれなくなることもあるよ」
との話も耳に入っていたのですが、主治医の意見にも反論していた当時の彼女には言えませんでした。たまたま彼女は先進医療を受ける経済的余裕があったことも影響しているかもしれません。費用のために治療しない選択をしたくない、でしたから。
自分の場合はどういう選択をしようか、そんなシーンを想定する癖ができました。
治療法がゼロじゃないかもしれないのに、治療をしないという選択は果たしてできるだろうか。
花の季節がやってきました。
庭づくりの情報交換する相手でした。梅見も桜見もツーカーで足を運んだものです。
どれも「生きていればこそ」です。
生きているからできることをやらないで過ごすことを、もったいない、と思う癖もつきました。
今日は暖かくなりそうで、庭仕事です。
彼女の家の庭にも、フキノトウが顔を出しているでしょうか。