日々の暮らしから

「街中の案山子」「庭にいます。」から更にタイトル変更します。

東北旅に2泊三日。

2022-07-10 10:45:33 | 旅行・休養
行ったことがない山形へ、と思って申し込んでいたものだから(パック旅行です)、前日に、「新潟空港でお待ちしています」と添乗員さんからの確認電話で、アレっ新潟ですか?という返答をしてしまうワタシの杜撰さ。💦

新潟空港で迎えのバスに乗り込んでから、米どころ新潟の豪農の館へ向かいました。
伊藤家です。8代目当主の代に敗戦を迎え、戦後の農地改革があり、米軍に接収解体されるところを、アメリカの大学留学経験がある8代目当主が、米軍側の担当軍人と同じ大学卒だった縁もあって懇意になり、文化財として残すことが認められ「北方文化博物館」となりました。民間としては初めて博物館と称した施設とのことでした。膨大な農地を所有していた豪農の館ですから、設えも見事であり(30メートルの杉の木が鴨居(?)に使われていたり、日本のお屋敷としては超ど級でした。使用人も多く、朝食に60キロ(1俵)の米を炊くというほど大勢の使用人が働いていたということです。
     

今、封切上映中の戊辰戦争では幕府方として官軍相手に戦った河合継之助の物語「峠」の撮影にも使われたそうです。掛け軸もそのまま映画で使われています。
江戸初期と明治初期の農家の建物が移築(?)されてありました。江戸初期の農家の建物には、筵を敷いた板張りの空間がひとスペースあるだけ。あとは土間です。当主以外は寝起きも土間だったそうです。
池のハスは古代ハスの種から育っている大賀ハスとのこと。

その後ホテルに。
由緒あるホテルに泊まる旅、というタイトルだから、観光地巡りというよりも、温泉滞在時間の長い旅行でした。
あつみ温泉泊。当地ではデラックスクラスとか。
コロナで経営が大変だったでしょうね。まだ現在も、、、かしら。
すれ違う観光バスはナシ。私たちは貴重なお客です。
ところが、アレレッの間違いが。
ひとテーブルに一組だけの大広間での夕食。
定刻よりほんの5分遅れていったら、アラッ、空いている席がない!
隣室もあるのかしら、、、としどろもどろしていると、ツアー客ではない方が一組混じっていました。
で、我が家は別のフロアに急遽夕食の準備をしてもらいました。
ホテル側は大慌てだったでしょうね。
こんなことはあろうはずがなくて、最初はお世話係の方に事情を説明しても、我が家が勘違いしているのだと思われたくらいですから。
少したってからですが、若女将が丁寧にお詫びの挨拶に来てくださいました。紛れ込んで食事の席についていた方たちは、バツが悪かったと思います。
お互いに、相手によろしく、と伝えあって、一件落着。
ということで、夕食の画像は取っていませんが、朝食はこちら。タイのお刺身にタイ飯と鯛茶漬け。タイのアラ煮も美味しくて、食べきれないほどでした。


ホテル出発時間もゆっくりなので、近くにあるというバラ園まで朝の散歩。

去年に我が家の庭から退場してしまったブルームーンとシャルルドゴールに逢えたのでなぜか懐かしかったです。ついパチリ。

二日目の昼食は、山形酒田の「相馬楼」というお食事処でした。老舗としても経営に紆余曲折があった話も聞きましたが、北前船で栄えた酒田の風情が特徴。沓脱に入ってすぐ、日本人形かと思われる振り袖美女がお出迎え。
そう、舞妓さんだったのです。
北前船が日本海を行き交った頃は京都の文化が入ってくる好条件が備わっていて、京舞妓の酒田版が出来上がっていたらしいです。
舞妓弁当を味わって、3人の若い舞妓さんの踊りを楽しみました。
かつてだったら、経済力のある旦那衆の交流の場だったのでしょう。


で、舞妓弁当の写真を撮ろうとスマホを立ち上げたら、ヤフーニュースの「安倍元総理が銃撃されて心肺停止!!」が飛び込んできました。岸田総理が街頭演説で山形にいらっしゃるとか、「お楽しみ」とあり得ないようなニュースがミックスした状態になりました。
こちらの料亭も贅沢な造りになっていて、建物の版画家であるジュディオングさんが、この料亭をモチーフとした作品も。

たくさんの部屋を巡ることができるのですが、何気なくかかっている掛け軸が素敵でした。
 

この旅が絵の友達と一緒だったら、わたしとしてはもりあがっていたでしょう。苦笑
絵はモチーフ。何をどう描き留めたいか、画面にこの構図で描き留めたいと思われた、その感覚の持ち主の作家さんのことを想像するとワクワクします。そして、この一幅の掛け軸を求めた館主さんの感覚にも嬉しくなります。
瀧の画面に占める水量の部分の描き方が斬新。細枝につるされた金魚鉢とこっちを向いている金魚のひょうひょうとおどけ加減が軽妙。こんな水墨画が好きです。

その後、新潟へ向かって、月岡温泉泊。
ここでも、ホテルは5つ星。
建築年数も経っていることもあり、両方とも和室でした。

阿賀野川のライン下りも楽しみました。あの明治初期に来日して東北旅の紀行文が英国で大ヒットしたイザベラバードもこの阿賀野川に訪れて船旅をしたそうです。その時に発した「(ドイツの)ライン川みたいに素敵!」から、ライン下りという呼ばれ方をしているそうです。

もちろん、船は貸切り。コロナで観光が冷え切って、営業は大変でしょうね。

そのあと、アチコチのお買い物休憩のようなのがあって、市場の紅ズワイガニに目が留まりました。
いつも注文して送ってもらっているあのカニです。地元で食べられる!に気持ちが傾いてしまって、素通りできませんでした。

考えてみれば、地元ではあっても、その日に水揚げされたものでもないし、水揚げして即陸送してもらっているものとは、鮮度が違いました。それでも、食べないで我慢するときっと後悔するから、食べてよかった、とは思っています。
ひとり1匹。カニ足をもいで食べるのは慣れたものです。苦笑

いくつかの訪問箇所を巡って、早めに新潟空港に到着。
すると、防弾チョッキを着たような警備員がやけに目につきます。
岸田首相が街頭演説のために新潟入りしているので、空港の警備も超厳重になっているとの話。
思わぬことで、物々しいモードまで味わいました。

飛行機の荷物チェックにも一段と注意が払われるだろうに、私は、刃物で有名な燕市のある新潟に来たのだからと、包丁を買い求めました。お店のおじさんは、機内に持ち込まなければ大丈夫、とアドバイスしてくれたのだけれど、まぁ、なにもこんな厳重警戒のときに、トランクに包丁入れているのだから、素人としては、ちょっぴりヒヤッとしました。だって、それなりの値段だから、放棄はしたくないし、、、。⇒ 無問題でした。

追記 画像もなく書き漏れてしまいましたが、二つのホテルとも、当地で最高クラスとのことで、絵画・陶器類は見事でした。江戸初期の屏風絵が双方のホテルで展示されていたり、鏑木清方クラスの日本画がさらりと並んでいたりします。100号大の油絵もあります。この絵は好きだけど、こっちは好みじゃないわ~、などと語り合ったりするのも好きなのですが、連れは興味なし、のタイプなので、どの絵画や掛け軸の前でもひとり鑑賞していました。
今時はやりの〇〇リゾートとは違い、バブルの頃はにぎわったであろう重厚な構えの宿でした。




コメント
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