旧小野路宿
青葉・若葉の谷戸道を潜り抜け絶好な里山歩き
町田市北部に位置する。
多摩丘陵内の緑豊かな地域となっており、都内有数の里山地域である。
江戸時代には大山街道の宿場町として栄え、小野路宿通りは当時の雰囲気を現在に残している。
地域内には中世前期のものと推定される小野路城址があり、
周辺は図師小野路歴史環境保全地域に指定されている。
小野路宿と大山街道(昔ばなし)・
その昔鎌倉古道や大山道付近では石仏や道標などが幾度か盗まれたことがあったそうです。
いったいどんな人間がそのようなことをするのでしょうか。
単なるマニアなのか、或いは古美術屋などに売りさばこうという目的なのか。
この地域は道標や、石仏が多い古い道が入り組んでいます。
黄線の区域内 ↑ ↓
小野路宿(大山街道)に入ります。
大山街道の看板が目に飛び込んだ
小野路宿の民家、蔵造り
⑬ 写真です。小島資料館
小島資料館
(右側板塀が続く大きな木のある邸宅)
鎌倉街道から離れた話になりますが、ここ小野路宿の中ほどに小島資料館があります。
小島家は中世以来の由緒ある名主で、幕末以後の当地における活躍者として知られています。
小島鹿之助為政は幕末の新撰組の活動に大きな役割を果たした人物です。
新撰組の近藤勇は鹿之助と交流を持ち、
ここ小野路に剣術の出稽古に訪れていて、鹿之助から儒教などを学んでいたと言います。
⑫の写真です。小野路里山交流館
多摩丘陵の原風景を残す町田市北部の小野路地域には、江戸時代に宿場としてにぎわった小野路宿。
そこにあった一軒の旅籠(はたご)、旧「角屋(かどや)」を改修し、観光交流の拠点として
再整備しにぎわっています。
小野路里山交流館の内部です。
門を入るとフジの花が咲きかけていた。
Kさんは、以前立ち寄ったことあり。コロッケが美味しいからと…、また立ち寄った。
同道して中の休憩所をパチリ。
急ぎ足て小野路宿通りを抜けましたが、左右の屋並みを見ると、重厚な造りでした。
小島家に剣術の出稽古・・・・と言ば、塀の中から、
エイヤーと剣術の練習風景が聞こえ来るような、そんな錯覚に捉われながら街を抜けた。
・ 街道の黒い板塀屋敷内
剣術稽古する雰囲気す (縄)
open しております。