この口絵写真は、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウス(ROH)の正面で、ROHのHPページから借用したので、絵のように美しい。
実際には、劇場街の繁華な場所にあり建物が込み入っているので、この写真のように綺麗に写真は撮れないのだが、「マイ・フェア・レディ」の冒頭に登場するコベントガーデンの市場に面していて、昼夜娯楽を楽しむ人や観光客で賑わっていて、面白い店や露店、それに、エキゾチックなレストランなどもあって、楽しいところである。
来月、久しぶりに、音楽監督のアントニオ・パッパーノに率いられて、このロイヤル・オペラ・ハウスが来日して、「マクベス」と「ドン・ジョヴァンニ」を上演すると言うので、非常に楽しみにしている。
ロンドンには、5年在住していて、その間、ROHのシーズン・メンバー・チケットを持っており、その前はアムステルダムから度々、そして、その前後は出張や旅毎に訪れていたので、この劇場には、もう何十回も訪れて、オペラを鑑賞しており、特別な思い入れがある。
さて、この劇場には、その他に、親しく付き合っていた英国人と、誘いつ誘われて、社交の場としても随分訪れる機会があった。
折角、ロンドンに居ながらゴルフ趣味のない私は、アスコットやクリケットなどの観戦にも誘われて愉しんではいたが、専ら、英国人との社交は、オペラ・バレイやクラシック音楽、そして、シェイクスピアなどのパーフォーマンス・アーツが主体であった。
チケット取得が至難の業のグラインドボーンには、メンバー権を持っているジムなどが、毎年招待してくれたので、逆に私の方は、ロイヤル・オペラに招待することとなり、他の英国人の友人たちと誘い誘われて楽しんだのも、ロイヤル・オペラが多かったので、当時は、我々も、一寸したロイヤル・オペラの通であったと言えようか。
尤も、オペラだけでも、大アリーナや公園、古城などでの野外オペラなども含めて、色々なチャンスがあった。
社交としてのオペラ鑑賞は、共に夫婦同伴で、会食を伴うので、夕刻から深夜まで、結構長い付き合いとなる。
問題はレストランで、色々なケースがあるが、私は、大通りを隔てたテムズ河畔のザ サヴォイ ホテルのレストランを予約して置いて、シアター・メニューで会食することが多かった。
普通は、大体、開演が7時半くらいだったので、食事は、観劇前に済ませることが多かったが、アフター・シアターの時もあったし、時間によっては、途中で切り上げて、休憩やアフター・シアターに帰って来て、会食を続けることも許されていたのである。
オペラ・ハウスの周りには、劇場が沢山あり、ビフォア―やアフター・シアター・メニューを設けたレストランも結構あるのだが、やはり、寛げるのは高級ホテルなのである。
ミシュランの星付きのレストランだと、到底、7時過ぎに会食を終えるのは無理で、一度、当時、ロンドンで唯一の3つ星のガブローシュへ、予約して置いて終演後出かけて行ったが、竈の火を落としていて、真面には会食できなかった。
もう一つの方法は、オペラ・ハウスの中で、会食することである。
この口絵写真の2階の窓裏が小さなレストランになっており、もう一つは、1階客席外の廻廊状のロビーが俄かレストランとなって、そこに並べられた食卓に着いて、休憩時間に、分けて会食すると言うことである。
この廻廊には、売店もあって、周りの手すりなどを利用して客が飲食をしているのだが、ウエイターは、サーカス師並の奮闘である。
私は、一度、この俄かレストランで会食したが、要するに、観客が移動したり寛ぐ場所で、すれ違うのさえ気を使うほどの狭いスペースに座って、衆人監視下での食事であるから、心穏やかではなかったが、楽しめたのであるから不思議なものである。
今では、もうそんな風景は消えてしまって、口絵写真左側のガラス張りの立派な建物が併設されて、素晴らしく雰囲気のあるレストランや色々な豊かに寛げるパブリックスペースが出来ていて、今昔の感となっている。
スカラ座のように美術館の併設や、METのような所縁の歌手たちの豊かな絵画展示のロビーはないが、立派な最高峰のオペラハウスであることには間違いなかろう。
劇場正面のファサードは凄く華麗で、オペラ座の怪人の舞台であるパリオペラ座のように、素晴らしい階段ホールなどのある王宮のような劇場もあるが、去年書いたように、ロシアのマリインスキー劇場やボリショイ劇場でもそうだが、欧米の古いオペラ・ハウスやミュージカル・シアターには、殆ど目ぼしいパブリック・スペースはなくて、あっても貧弱なので、風格と雰囲気なりムードには欠けるが、日本の劇場の方が、スペースに恵まれているので、休憩時は過ごし良いのかも知れない。
それまでに、フィラデルフィアやサンパウロでも、METなどへも出かけて、オペラ鑑賞をしていたので、ロンドンの頃には、どんな演目のオペラでも、それなりに楽しむことが出来ていたので、プログラムには好き嫌いがなく、その点は助かったのかも知れない。
とにかく、固い話はやめて、相客のMR&MRSを楽しませながら、自分たちもエンジョイすると言う芸当をやりおおせたのも、若さゆえか、懐かしい思い出である。
実際には、劇場街の繁華な場所にあり建物が込み入っているので、この写真のように綺麗に写真は撮れないのだが、「マイ・フェア・レディ」の冒頭に登場するコベントガーデンの市場に面していて、昼夜娯楽を楽しむ人や観光客で賑わっていて、面白い店や露店、それに、エキゾチックなレストランなどもあって、楽しいところである。
来月、久しぶりに、音楽監督のアントニオ・パッパーノに率いられて、このロイヤル・オペラ・ハウスが来日して、「マクベス」と「ドン・ジョヴァンニ」を上演すると言うので、非常に楽しみにしている。
ロンドンには、5年在住していて、その間、ROHのシーズン・メンバー・チケットを持っており、その前はアムステルダムから度々、そして、その前後は出張や旅毎に訪れていたので、この劇場には、もう何十回も訪れて、オペラを鑑賞しており、特別な思い入れがある。
さて、この劇場には、その他に、親しく付き合っていた英国人と、誘いつ誘われて、社交の場としても随分訪れる機会があった。
折角、ロンドンに居ながらゴルフ趣味のない私は、アスコットやクリケットなどの観戦にも誘われて愉しんではいたが、専ら、英国人との社交は、オペラ・バレイやクラシック音楽、そして、シェイクスピアなどのパーフォーマンス・アーツが主体であった。
チケット取得が至難の業のグラインドボーンには、メンバー権を持っているジムなどが、毎年招待してくれたので、逆に私の方は、ロイヤル・オペラに招待することとなり、他の英国人の友人たちと誘い誘われて楽しんだのも、ロイヤル・オペラが多かったので、当時は、我々も、一寸したロイヤル・オペラの通であったと言えようか。
尤も、オペラだけでも、大アリーナや公園、古城などでの野外オペラなども含めて、色々なチャンスがあった。
社交としてのオペラ鑑賞は、共に夫婦同伴で、会食を伴うので、夕刻から深夜まで、結構長い付き合いとなる。
問題はレストランで、色々なケースがあるが、私は、大通りを隔てたテムズ河畔のザ サヴォイ ホテルのレストランを予約して置いて、シアター・メニューで会食することが多かった。
普通は、大体、開演が7時半くらいだったので、食事は、観劇前に済ませることが多かったが、アフター・シアターの時もあったし、時間によっては、途中で切り上げて、休憩やアフター・シアターに帰って来て、会食を続けることも許されていたのである。
オペラ・ハウスの周りには、劇場が沢山あり、ビフォア―やアフター・シアター・メニューを設けたレストランも結構あるのだが、やはり、寛げるのは高級ホテルなのである。
ミシュランの星付きのレストランだと、到底、7時過ぎに会食を終えるのは無理で、一度、当時、ロンドンで唯一の3つ星のガブローシュへ、予約して置いて終演後出かけて行ったが、竈の火を落としていて、真面には会食できなかった。
もう一つの方法は、オペラ・ハウスの中で、会食することである。
この口絵写真の2階の窓裏が小さなレストランになっており、もう一つは、1階客席外の廻廊状のロビーが俄かレストランとなって、そこに並べられた食卓に着いて、休憩時間に、分けて会食すると言うことである。
この廻廊には、売店もあって、周りの手すりなどを利用して客が飲食をしているのだが、ウエイターは、サーカス師並の奮闘である。
私は、一度、この俄かレストランで会食したが、要するに、観客が移動したり寛ぐ場所で、すれ違うのさえ気を使うほどの狭いスペースに座って、衆人監視下での食事であるから、心穏やかではなかったが、楽しめたのであるから不思議なものである。
今では、もうそんな風景は消えてしまって、口絵写真左側のガラス張りの立派な建物が併設されて、素晴らしく雰囲気のあるレストランや色々な豊かに寛げるパブリックスペースが出来ていて、今昔の感となっている。
スカラ座のように美術館の併設や、METのような所縁の歌手たちの豊かな絵画展示のロビーはないが、立派な最高峰のオペラハウスであることには間違いなかろう。
劇場正面のファサードは凄く華麗で、オペラ座の怪人の舞台であるパリオペラ座のように、素晴らしい階段ホールなどのある王宮のような劇場もあるが、去年書いたように、ロシアのマリインスキー劇場やボリショイ劇場でもそうだが、欧米の古いオペラ・ハウスやミュージカル・シアターには、殆ど目ぼしいパブリック・スペースはなくて、あっても貧弱なので、風格と雰囲気なりムードには欠けるが、日本の劇場の方が、スペースに恵まれているので、休憩時は過ごし良いのかも知れない。
それまでに、フィラデルフィアやサンパウロでも、METなどへも出かけて、オペラ鑑賞をしていたので、ロンドンの頃には、どんな演目のオペラでも、それなりに楽しむことが出来ていたので、プログラムには好き嫌いがなく、その点は助かったのかも知れない。
とにかく、固い話はやめて、相客のMR&MRSを楽しませながら、自分たちもエンジョイすると言う芸当をやりおおせたのも、若さゆえか、懐かしい思い出である。