地味鉄庵

鉄道趣味の果てしなく深い森の中にひっそりと (?) 佇む庵のようなブログです。

東武博物館リニューアル・5700系等の麗姿!

2009-07-23 20:45:00 | 保存・園内・特殊車両


 ネコ顔が再現されたモハ5701。余りにも見事すぎる……。



 近江ED4001も東武に奇跡の里帰りを果たしてED101に……。



 元西新井入換車のデハ5……まさに木造の芸術。



 立派なスノープロウが貨物黄金時代を物語るED5015。

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 長らく杉戸工場跡地にてカバーをかけられて放置されていた東武の至宝・モハ5701と、近江鉄道に譲渡されて久しかったED4001が東武博物館リニューアルに際して搬入され、かねてから広く注目を集めるところとなっていましたが、昨日ついに博物館リニューアルオープンを迎え、その麗姿が来館者の面前に供されるところとなりました! そこで、中学生時代に現役の5700系を撮影したことがあり、一昨年の「近江鉄道ミュージアム」でED4001をしげしげと眺めたこともある私としましては、待ってました!とばかりに、平日休みを使って訪れて参りました (笑)。
 5700系登場時のネコ顔は、言うまでもなく三十路の私が生まれた時点で既に東武貫通顔に改造されており、馴染みがない……と申しますか初対面でしたが、車体全体の雰囲気そのものは本当に懐かしい!のひとこと……(*^^*)。狂ったような釣掛の雄叫びを上げながら日光線を疾走していたあのときが蘇る……。
 いっぽうの目玉・ED4001は、これまた80年代に彦根駅のホームから車庫を眺めた時点でも既に予備車的存在となっていましたが、物持ちが良過ぎる近江鉄道が所有していたからこそ廃車解体されず、こうして半屋外展示の目玉として返り咲くことが出来たのでしょう。まさに数奇なる運命……。
 なお、これら2両は余りにも見事な光沢を放っており、博物館の格子状の外壁がモロに反射しまくっていますので、PLフィルターがあると良いかも知れません (シャッタースピードが落ちますが)。また、狭いスペースでありますが、35mm換算で24mm程度の広角を用意出来れば無理なく記録出来ると思います~。
 何はさておき、貴重な歴史的車両を完璧な状態で保存し、広く観覧に供して下さる東武関係者の皆様のご尽力には、ただただ脱帽です m(_ _)m そこでふと思うに、直通相手の東急にもこれくらい充実した車両保存を望みたいものですが、肝心の東急の名車がたどった運命は……完全な状態のモハ510も車体の全体を撮影することは叶わず、東急車両保存車は撮影不可。恩田の貴重な車両群も先日姿を消し、デハ5001は……(以下略 -_-;)。


 こんな巨大建築を東武が作っているとはスゴい……。

祝RP誌増刊号発売・京阪旧塗装車快走!

2009-07-22 17:41:00 | 都市民鉄 (近畿以西)


 先日の関西出張鉄で撮影した膨大なカットのうち、果たしてどの路線のどの車両からアップして行こうか……と悩みまして、取りあえずは一点ものの特急車両のカットをご紹介したわけですが、本格アップはやっぱりRP誌の京阪特集発売を記念しまして、大和田で撮影したものをお楽しみ頂きましょう。いや~、京阪特集の発売予定をすっかり忘れていまして、今週に入って定期号と同時に発売になっているのを見つけて思わず驚喜……ということで (笑)。
 先週金曜日の京都での用務を終えた後は午前零時過ぎまで関係者どうしで飲み、せっかく京都駅前のデラックスな宿に泊まっているのに余り部屋でゆっくり出来ず勿体ない……と思いつつも、撮り鉄の道に徹するため午前7時にチェックアウト (^^;)、まずは山陰線でフィーバーしたのち (そのうちアップします) 103系で一駅のみ乗って東福寺へ向かい、京阪で大阪方面へ移動~。その際にはまず丹波橋から新3000系の快速急行に乗り、余りにもデラックスで快適な車内を堪能し、さすがおけいはんは違う……という満足に浸ったのち香里園で区間準急に乗り換え、お手軽ベスト撮影地の大和田に向かった……ところまでは良かったのですが、あれれ……何故淀屋橋方の先端にはこんなに三脚や銀箱を持った撮り鉄が殺到しているのか……(@o@)。半年少々ぶりの京阪をのんびりまったりと楽しむ当てが外れて思わず愕然としてしまったのですが、どうやら先週土曜日は毎年恒例となっている「トーマ○電車」の今年のバージョンの初日だったようで、ト○マスには全く興味のない私は貧乏くじを引いた気分に……(苦笑)。そこで、明るい曇りだったこともあり、淀屋橋方で撮るのはさっさと止めにして出町柳方に移動したところ、ぬおぉぉっ! 旧塗装の3並びを撮影することが出来ました (^O^)。既に新塗装が増えつつある中、旧塗装だけの3並びは貴重となりつつあるわけで……「新塗装も良いけど旧塗装もね♪」という日和見な私は思わず小躍りしてしまったのでした (爆)。



 1枚目のカットは、2400系と5000系という割とレアめな車両の旧塗装ばかりが揃うという奇跡的な (?) シーンとなりましたが、そこそこ本数が多い2200系の旧塗装車も勿論堂々とやって来ております~。いや~、この古き良きスタイルも、塗装変更が終了するまでに少しでも多く撮り貯めておきたいところですね。
 そんな京阪の卵形ボディ車といえば……先日発売となったばかりのマイクロエースN模型は、個人的には眺めて良し、走らせて良し……という感じで、実に絶妙な出来映えだなぁと思っております (*^^*)。1980年代に入ってからの新造車である2630系ではなく、ガイコツ形テールライトを装備した2200系初期更新車バージョンを購入したのですが (画像はガイコツテールではなくてスミマセン ^^;)、さっそく手持ちの京阪8000・新3000系と競演させてみたところ、むふーん……自宅にいながらにして気分は京阪の複々線区間……(笑)。これから先、恐らく新塗装バージョンも発売されることでしょうが (その前にGMも新塗装で卵形ボディを生産すると予告していませんでしたっけ……こりゃ京阪模型祭り勃発という感じですね。笑)、個人的には2600系の正面2段窓バージョン・旧塗装の発売も非常に強く期待したいところです。
 とまあこんな感じで、晩飯にビールを飲んで酔った勢いで (爆) 個人的な思い入れを炸裂させた記事になってしまいましたが (^^;;;)、これから酔いが覚めたらRP誌京阪特集を熟読玩味することにします。既に帰りの電車の中でパラパラめくった大雑把な印象としましては……いやはや、京阪という会社が如何にファン・沿線民思いの会社であるかということがひしひしと伝わってきます。とくに、社史に関する部分を読んでいたところ、何と会社創立委員の中核にいたのが日本資本主義経済の祖・渋沢栄一翁だったとか……。そして、渋沢翁が掲げたモラルエコノミーの思想を今でも京阪が遵守し、かつ日々新たに発展させていることが、あの洗練されスピーディーで快適で、かつ古き良きものも大切に使う社風につながっていることが改めてよく分かった次第です。何はともあれ見どころ満載の一冊ですのでオススメですね~♪
 

韓国鉄道新事情09 (3) 京義線末端の現状

2009-07-21 09:25:00 | 韓国の鉄道


 先日関西で撮影したカットは相当膨大でレタッチと整理に時間がかかりそうですので (滝汗)、ひとまずお先に2週間少々前の韓国出張撮り鉄シリーズを続けます。……いや、こちらも膨大で、到底レタッチが進んでいないのですが、夏休みに韓国を訪問される方のご参考にもなろうかと思いまして (笑)。
 さて、先月末まではソウルから38度線目の前の都羅山まで全て非電化で、CDCやセマウル観光列車 (私が約2年前に乗ったときは空気輸送 ^^;) が運行されていた京義線ですが、前回記しました通りムン山までは全ての列車が8両編成の最新鋭交流電車による運行となってしまいましたので、ムン山から先に残された非電化・対北最前線区間の運行や営業形態がどう変わるのか、個人的には大いに興味をそそられるところでした (笑)。とくに……距離にしてごく僅かなこの区間が広域電鉄網に組み入れられるのか、それともムン山で運賃面でも完全に分断され、別々の改札となり切符の買い直しを強いられるのか……というあたりが重要な (?) ポイントでありますが、ムン山に到着して明らかになった答えは後者でした (^^;)。電車を下車して跨線橋に上りますと、列車用ホーム (当面は臨津江・都羅山行のみ) に下りる階段の手前に自動改札が設けられており、そこで出場or精算を終えた客はそのまま真っ直ぐ進んでコンコース内の切符売り場に向かうようになっております。ムン山から都羅山までは全線均一で1000ウォン也。京元線の末端区間 (東豆川=新炭里) と同じで思わず「安っ!」。しかも折からの円高ウォン安で「激安!」……(^^;)。
 切符を購入後は、コンコースと列車用ホームの間に改札がありませんので、そのままホームに向かって列車が来るまでのんびりするも良し、あるいは臨津江・都羅山行の発車直前までコンコースの待合いスペースや売店にいるも良し、ですが……今のところ京義線電化開業ブームのため、臨津江・都羅山安保観光に再び火が点いている状態でありまして (南北関係の悪化で北朝鮮側の開城や金剛山に観光に行けなくなった影響もあるかも)、4両編成に組み直されたCDCの車内は特に休日となると混雑します。短時間でも座ってCDCの乗り心地を楽しみたい方は、早めにホームに向かうと良いでしょう……。ちなみに、CDCは毎時0分にムン山を発車しますが、直前に到着した電車の客が駅出札口で切符を買い直し終わるのを律儀に待ってから発車しますので、私が訪れた週末は8~12分程度の遅延が常態化していました……(-_-;;;)。わざわざ切符を買い直させるシステムをとっているのですから、それを織り込んだ連絡時間設定にすれば良いと思うのですが……(汗)。とくに、直前到着の電車は毎時1本のみのソウル発で、客が多いのですから……。



 それはさておきムン山を発車した列車は、緑の中の平坦な路線を快調に飛ばし、途中小さな無人駅=雲泉[ウンチョン]に停車。ハイキング客が10人以上下車して行きましたが、こんな暑い中で平地ハイキングとはご苦労なことです (滝汗)。再びドアが閉まって4分ほど走ると、いよいよ民間人統制線の手前、臨津江に到着~。ここには朝鮮戦争時に破壊されたままの鉄橋や、鮮鉄の車両が保存されている鉄道分断点、そして北に墓を残した人々が祖先を祀るためにやって来る「望拝壇」などなど……さまざまなスポットが集約されており、ここを参観するだけでも1~2時間かかりますが、ほとんどの客はさらに都羅山観光へと向かうようで、ツアー申し込み窓口の前は200~300人ほどが並ぶカオスに (笑)。約2年前の平日はほとんど客がおらず、僅か1分ほどで都羅山ツアーの手続きが終わったのが夢のようです (^^;;)。あ、そうそう……詳細をご存じでない方のために大事なことを記すのを忘れていました。京義線末端の列車の多くは臨津江止まりで、日中4本が都羅山に向かいますが (都羅山発はツアー終了に連動するため5本)、一般人(外国人を含む)は民間人統制線を出る場合必ずツアーに参加しなければなりませんので、臨津江でそのまま乗る続けることは不可となっています(銃を構えた憲兵が乗り込んできて下車させられます)。全員客を降ろした列車はその後数十m進んで、既にツアー参加手続きを終えた客を拾って都羅山に向かうという次第。なお、一旦下ろされても切符は都羅山まで通しですので、臨津江では切符を持っているかどうか確認するだけです。
 でもって……私は最初から今回は都羅山へは行かないつもりでしたので(人が多過ぎですし、空気が湿気あり過ぎゆえ展望台に登っても北朝鮮側が見えずつまらん。前回は土砂降りで開城の街が見えず……T_T)、切符はそのままゲットしまして (笑)、かねてからやってみようと思っていた撮り鉄を敢行~。1枚目は駅東側の踏切にて撮影。2枚目は民間人統制線手前最前線の爆破ブロック (白い看板にカムフラージュされています) をバックに入れたカットですが、取りあえず何も言われませんでした (^^)。但し……南北関係の緊張がピークに達すれば、この一帯では間違いなく撮り鉄不可となるでしょうし (何せ、すぐそばの道路には軍の作戦用資材がゴロゴロ置いてあるという世界ですから)、駐屯地も近くにありますので、軍人・民間人問わず「ここでは撮るな」と言われたら素直に従うのが無難です。
 こんな感じで撮影を終えた後は、まだ帰りの観光客がおらず空いている列車に乗ってムン山に戻ってきたのですが、ムン山駅の列車用ホームの階段を登り切ったところに駅員氏が立って集札を行っていました。改札口がなくてもタダ乗りが可能なわけではないので御用心 (笑)。まぁ基本的には、途中の無人駅・雲泉 (今度はこの駅の周辺で撮り鉄したいなぁ~) から乗ってきた客から1000ウォンを頂戴するためにいるのだと思われますが……。
 なお、電化前まで走っていたソウル=都羅山間のセマウル号は廃止となりました……(号泣)。京義線に優等列車が復活するのは、南北直通列車が登場する日となることでしょうが、金一家の三代目が「大将」扱いされ始めている中では、果たしてそんな日は来るのでしょうか (苦笑)。

09年夏の関西出張撮り鉄・特急あれこれ

2009-07-19 21:43:00 | ノンジャンル


 京都を発車して全力疾走する「雷鳥」。撮影はお早めに……。
 ……って、これを撮影するために山科を訪れたのではないのですが (汗)。



 8000系の新塗装車もだいぶ増え、30番台の塗装変更もそのうちに?
 当方は全く狙ってないのに「新トー○ス」初日とかで、大和田は撮り鉄多数 (-_-;



 くろしおクネクネ~! (^^;;
 しかしまぁ……休日の阪和線はつまらん (-_-;;;



 近鉄スナックカーの撮影もそろそろお早めに……(?)。
 それはさておき、伊賀神戸でわざわざ下車した目的は果たせず……(号泣)。

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 いつも当ブログをお楽しみ頂き誠にありがとうございます。
 そして、最近多忙のため、新規記事のアップや頂いたコメントへのレスが遅れており、誠に申し訳ございません。m(_ _)m
 先週末京都に出張し、そのついでに連休を利用して関西エリアにて撮り鉄を楽しんで参りましたが (蒸し暑過ぎてヘロヘロ……@o@;;)、そのひとつひとつの話題をアップするにも相当時間がかかりそうですので、とりあえず一点ものの画像、とくに昭和のシブい特急車の画像を取り急ぎダイジェスト用にレタッチしてみました。これだけの車両がフツーに大活躍している関西……やっぱサイコー! (笑)


東急大井町線・溝の口延伸効果を味わう

2009-07-15 18:47:00 | 大手民鉄 (東急)


 東急大井町線の溝の口延伸により、悪名高き田園都市線ラッシュの緩和が期待される……という趣旨を先日アップの記事で記しておきながら、小田急江ノ島線沿線という地の果てから山手線内にある怪社のオフィスに行く場合や、用務先に直接向かう場合には、準急運転時間帯の田園都市線の超殺人的ラッシュは必ず避け、早朝出勤や他のルートを選択するワタクシ……(多少高く付いても定期を買わずにルート選択のフリーハンドを確保するということです ^^;)。しかし今朝、田町界隈での用務に直接向かうにあたり、速くて (田都や小田急に比べれば) 空いているため頼りにしている相鉄→東海道ルートが、あろうことかかしわ台の信号指令システムのダウンによりズタズタになってしまったため (T_T)、急遽一番やりたくない田都準急ルートを選択しまして、大井町線溝の口延伸5日目にしてどのような効果を発揮しているかを早速実地に体験することになったのでした (苦笑)。
 時間に追われているため長津田で数本待って始発から座るということをせず、7:45発の準急に乗ったところ、長津田・青葉台を発車した段階では勿論余裕でしたが……あざみ野で次第に怪しい混雑となり、たまプラでドッと押し寄せる人波が我が身にクラッシュ (爆)、鷺沼でついに立錐の余地無きギチギチ状態に……。ただ、思い出してもみれば、田都急行頻繁運転以前のため江ノ島線の客のほとんどが小田急で都心へ向かい、しかも複々線の片鱗も現れていなかった時代の小田急の急行 (1980年代から90年代はじめ) は、町田を出た段階で想像を絶する阿鼻叫喚の世界となり、それが下北沢まで延々と続くという最低最悪の路線だったものですが、6扉車を2~3両組み込んでいる田都準急の鷺沼発車時点の状態は、まだその域には達していません。そして、数分走った溝の口で目の前に6000系急行が待ち構えており、多くの客が田都準急から乗り換えて相当混雑が和らいでいました。これが先週までは、溝の口からさらに乗り込んで来て、まさに複々線化前の小田急と同程度かそれ以上の壮絶な混雑となっていたはずですから、溝の口での分散効果は極めて顕著なものがあるなぁ~~!と新鮮なオドロキ♪ 



 もちろん、田都の最終的な混雑緩和は、新たな最混雑区間となった溝の口~鷺沼間の複々線化を進め、より多くの客を大井町線に流して旧新玉川線区間の余裕を拡大することによってはじめて実現することは言うまでもありません。しかし、溝の口で「押し屋」をそれほど必要としなくなったこと自体が革命的変化であると断言できるわけで……東急もその効果を目にしてホッと胸をなで下ろしているのではないかと想像されます。5000系の6扉車を一部編成に集約して1編成あたり3両化する策も、大井町線溝の口延伸後は目に見えて田都の混雑率も改善される見通しを立てたうえで、最混雑時間帯に6扉車をより集約し、昼間の閑散時にはそういう編成を長津田になるべく引っ込めて、4扉のみの編成をより多く運用することによってサービス水準を高めようという趣旨なのだろうなぁ……と予想 (^^;)。
 そして、そのような策のあらわれ (?) として、ダイヤ改正後は日中の8500系の運用率が異様に上がっているような印象が……(^O^)。長期的には5000系の4扉オンリー編成が増備されることでしょうが、当面8500系の廃車が先送りにされて続々と検査入場したのも、これでナットクが行くというものです。明らかに8500系の廃車分を欲しがっている長野や秩父にはご愁傷様……という感じですが (汗)、まぁいずれ必ず廃車になることでしょうから、8500系ファンとしては引き続き記録に励み、かつ長野・秩父・ジャカルタ (?) への譲渡の動向にも着目し続ける日々が続くことになりそうです。
 というわけで、大井町線延伸の話をするつもりがいつの間にか田都の話になってしまいましたが、まぁ東急当局の発想においては両者は一体の運命共同体と位置づけられているのでしょう。そんな大井町線の車両たちが溝の口で佇むシーンを撮影してみましたが、とくに1枚目の画像……恐らく車掌氏の粋なファンサービスだと思われますが、8090系が「急行」のLED表示を出しているではありませんか!! \(^O^)/ 溝の口に延伸し、急行の所定運用数が増えているのではないかと思われる一方、6000系は増備されておらず、5連急行が走る可能性はひょっとすると高まっているのかも……というわけで、大井町急行表示8090系が複々線を快走する勇姿をいずれ是非見てみたいものです……。いっぽう下の画像では、東横線から転属したばかりの9002Fが幕を回して「大岡山」を表示♪ 幕車が「溝の口」から「大井町」へ回す際には必ずレア幕が出てくるようですので(「自由が丘」も目にするも、気付くのが遅れて失敗 ^^;)、ホーム先端周辺から編成撮影をする際のお楽しみ、といったところでしょうか。