時空を超えて Beyond Time and Space

人生の断片から Fragmentary Notes in My Life 
   桑原靖夫のブログ

オランダ絵画は退屈か

2008年08月19日 | 絵のある部屋

Jean Miense Molenaer
The King Drinks (detail)
1636-37
Oil on panel
The Collection of the Prince of Lichtenstein, Vaduz



    17世紀オランダ美術、とりわけジャンル画は退屈だという感想を聞いた。確かに、最初レンブラント、ハルス
などの大家の歴史画、肖像画などを見ていた頃には、魅了されるばかりで、退屈さなどは感じなかった。しかし、その後、他の作家の風景画、静物画、風俗画などのいわゆるジャンル画の領域に入り込み、作品を見慣れてくると、次第に単調さ、平板さを感じるものが増えてきた。風景画や静物画にしても、大変精緻に描かれているようにみえるが、なんとなく訴えるものに欠け、印象が薄い作品がかなりある。

  オランダは「黄金時代」であり、制作された作品の数は桁外れに多かった。絵画の大量生産市場が生まれていた。その結果、当然ながら、かなりの凡作にも接することになり、こうした印象を強めたのかもしれないと一時は思った。しかし、1781年にオランダへ旅した著名なイギリスの画家ジョシュア・レイノルズ(初代のRAA院長も務めた)が、当時のオランダ絵画を渋々賞めながらも、「この派の作品が目指したのは、単に目だけのためだ」として、「退屈なエンターテイメント」barren entertainment *と評したことを知って、自分の印象もあながち的はずれではないのかと思った


  
あの人気度抜群のフェルメールについてさえ、そうである。テュイリエの辛辣きわまりない批評もある。簡単に言ってしまえば、美しい光の中にあるがままに描かれているが、ただそれだけではないかということである。フェルメールの作品は確かに美しい。使われている色数が多く、総じて華やかで、精緻に描き込まれている。しかし、それから先へ進まないのだ。描かれた情景に接した時に、一瞬の美しさを感じることはできるのだが、そこでとどまってしまう。別にこちらが、作品に哲学・教訓や深遠な含意を求めているわけではないのだが。

  ピーテル・ヤンス・サーエンレダムに代表される教会画にしても、まさに設計図のような美しい線で描かれている。しかし、画家はそれによって、なにを訴えようとしたのか。しばらく考えていたことがあった。

  17世紀オランダの精神世界を支配したのは、なんといってもカルヴィニストの影響だった。カルヴィン個人の美術に関する具体的考えは、必ずしも明らかではないが、改革教会を通してのカルヴィニズムが、時代の風土形成に与えたものがきわめて大きかったことは改めていうまでもない。この時期のオランダ美術の環境条件を形作ったと考えられる。カルヴィニズムが偶像や人物画を崇拝の対象とすることを禁じたこともあって、宗教画が描きにくくなったのもひとつの結果だろう。静物や風景、世俗の情景を描くジャンル画といわれる領域が生まれた一因でもある

  この時期のオランダ絵画の特徴をなんと表現すべきなのか、美術史家ではないので分からない。しかし、興味にまかせて、いくつかの文献を見ていると、この問題の解釈はかなり複雑であることも分かってきた。絵画を評価するメンタリティ自体が17世紀とその後ではかなり異なっていた。
17世紀には、時代特有のさまざまなシンボルや暗喩・隠喩などが含まれていたことも事実だろう。

  ただ、17世紀のほぼ3分の2近い時期を通して、オランダ・ジャンル絵画の大きな特徴は、自然主義 naturalism とされてきたが、それは必ずしも好意的な評価ではなかったようだ。

  「自然主義」 naturalism という概念は、1672年に理論家ベローニ Belloni によって、カラヴァッジョおよびその追随者カラヴァジェスティに与えられた、対象の美醜にかかわらず、ディテールにこだわった作風を指してのコメントであった。しかし、この概念が、美術批評において重要な意味を持ち出したのは、19世紀になってからだ。

  時代の経過とともに、「自然主義」という概念の精緻化も図られた。科学的正確さをもって、外部世界を描くということがその真髄となった。エミール・ゾラの思想などが影響したのだろう。文学における’自然主義’は科学的な正確さとほぼ同義と考えられた。人間行動の原因と結果を支配するものを、科学的に示すことが意図された。

   しかし、それだけにとどまらない。「自然主義」は、「リアリズム」の緩やかな定義に近いものとなった。19世紀になると、「自然主義」あるいは「自然主義的」という概念は、時代を超えて、あるがままに描く作風について使われた。クールベなどがその例とされている。しかし、一見するとあるがままに描かれているかに見えても、画題の選定の過程における価値判断がかかわる。

  こんなことを考えながら、10年ほど前から、それまでやや遠ざかっていたオランダ・ジャンル画を見る機会があるごとに、なるべく既成観念から離れてみようと思った。
オランダ社会や歴史についての理解が多少深まったこともあって、単調さを感じていた作品にも新たな面白さも見えてきた。作品評価は、見る側のあり方で大きく変わるものだということを実感している。17世紀北方絵画の世界は、かなり面白く見られるようになってきた。
  

* Quoted in Sverlana Alpers, The Art of Describing: Dutch Art in the Seventeenth Century (University of chicago Press, 1981), pp. xvii-xviii.

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