新年早々から日比谷公園にテントが並ぶという状況は、どう見ても異常としか言いようがない緊急事態だ。「オバマ」がいない日本は、国民に将来へのエネルギーが充ちてこない。今はとにかく、与野党一致して、直前の問題へあらゆる手を打つべき時だ。その際忘れてほしくないことのひとつは、外国人労働者にも日本人に準じた救済措置を講じてほしいということである。彼らは忘れられた存在になっており、異国の寒風の中に文字通り放り出されている。
雇用政策についても、基軸となる構想がほとんど打ち出されていない日本の状況はかなり危うい。オバマ政権の「グリーン雇用」とまでは行かなくとも、中長期的にあるべき雇用創出の姿を政府は提示すべきだろう。新年早々でもあるし、ブログのひとつのテーマである移民問題の定点観測を続けてみたい。
移民(外国人労働者)に関する分析、論評を見ていると、かなり極端な主張に気づくことがある。いまや日本においても、外国人労働者は珍しい存在ではなくなったが、依然として偏った見方も横行している。きわめて簡単に要約すると、ひとつは、外国人労働者は砂のように流動的で、景気の変動に応じて大きく増減する(あるいは増減しうる)という見方であり、他方では多少の増減があっても移民は一方的に増加を続けるという見方である。いずれも正確ではない。移民についてもグローバル化が進んだ時代だが、地域や政策上の差異も依然として大きく、現実の動きをマクロ・ミクロの双方において、絶えず観察する必要がある。このブログは、その点をかなり意識してきた。
今回の大不況は、この点を見定める格好の機会だ。移民労働者は国内労働者以上に雇用調整の直接的対象になることが多いが、不況の深刻度が移民労働者にどの程度の影響を与えるかを観察することができる得難い機会だ。今回ほど深刻ではないが、同様な事態は1973年の第一次石油危機後のヨーロッパでも起きている。ドイツ、フランスなどが採用していたゲストワーカー・プログラムが破綻している。
今回のグローバル不況の震源地であり、世界一の移民大国でもあるアメリカでの変化は、とりわけ注目に値する。少し振り返ってみると、2002年時点では、アメリカ経済は小さな景気後退から回復しつつあった。その頃から、合法・不法を問わず、移民労働者が国境へ押し寄せていた。当時は移民の流れは一方通行で不可逆的な現象と考えられていた。押し寄せる移民の大波をいかに防ぐかというイメージが、アメリカ国民に強く印象づけられていた。
ギャラップ世論調査によると、2006年まではアメリカは、イラク戦争に次ぐ問題として、移民を国家的重要課題として考えてきた。しかし、このブログでも再三記してきたように、ブッシュ大統領が人気回復の材料として力を入れた「包括的移民政策」は、多くの修正にもかかわらず、議会の承認を得られず、実現しなかった。
移民の中では、特に南の国境を越えてくるヒスパニック系の不法越境者が問題となっていた。しかし、2008年9月に終わる会計年度でみると、アメリカを目指す不法越境者で国境で拘束された者は、およそ724,000人であった。この数は1970年代以降で最低の水準であった。当然とはいえ、国境パトロールは自らの管理活動の成果がもたらしたものと誇示してきた。しかし、現実をつぶさに見ると、入国管理の厳しい法規制よりも、市場の需給の力の方が大きかったと思われる。
減少が最も大きいのは建築、造園などの分野で働いていた非合法な労働者だった。今回の経済不況の根源でもある住宅市場に直接関連する分野である。彼らは不況の発生とともに、直ちにレイオフ、解雇の対象にされてきた。
ピュー・ヒスパニック・センターによると、2007年から2008年の間にアメリカに滞在していた不法滞在者1200万人のうち、およそ50万人が減少したと推定している。その内のある者は帰国し、また合法化への道を選んだと思われる。そして、不法滞在者ばかりでなく、新規に入国を目指す合法的移民の数も減少しているとみられる。
オバマは大統領選の過程で、自分が当選したならば移民問題は最初の1年の間にとりあげると明言している。国民的関心がきわめて高いことがその背景にあることはいうまでもないが、移民の中心であるヒスパニック(ラティーノ)系は、ほとんどが民主党支持であることを十分意識しての発言でもある。実際、オバマ候補に投票したヒスパニック系選挙民はきわめて多かったことが分かっている。2012年までにラティーノの多い選挙区はさらに拡大する。
不況に押されて不法移民が自らの意思で帰国するのならば、移民問題の最大の課題は、自然に解消するのかもしれないと思う人々もいるだろう。現在の移民管理システムの最大のほころびが修復されると考える人もいるかもしれない。しかし、現実には移民政策の構築は困難さを増すと見る専門家が多い。
2007年に潰れてしまった包括的移民法案は、第一に1200万人近い不法移民の合法化、第二に既存の法律をさらに強化し、不法入国には厳しくあたること、第三に農業分野などアメリカ人が就労したがらない分野で、移民労働者の供給を増やすことなどが含んでいた。リベラル、ヒスパニック、保守、ビジネスマンなどへの妥協を含んだ産物だった。
今回の大不況は、これらのパッケージの第3の部分を押し流してしまうだろうと見られている。不況が到来する前には、オバマを含めて中西部の民主党系支持者は、農業分野などでのゲストワーカー・プログラム案には賛成ではなかった。不況の時に、移民受け入れ拡大を提案することは難しい。ちなみに、アメリカの過去2回の移民法緩和は、失業率が低かった1965年と1990年に実施された。
大不況の力にまかせてしまい、アメリカが新移民政策の検討、導入を先送りすることは望ましくない。というのは、近い将来、幸い経済が再建され、活気を呈してくると、移民問題は再び難題として浮上してくることが明らかだからだ。
移民の流れは必ずしも、不可逆的ではない。長い時代の経過の間には、寄せては返す波のように、入国・出国の変化が続く。しかし、長い時間が経過した後には、波が土地を浸食したように深い跡が残る。
今回の大不況でも移民労働者の多数は、出稼ぎ先に留まるだろう。移民労働者の流れには、ひとたび動き出すとよほどの条件変化がないかぎり、同一方向へ流れ続ける特性がある。移民の流れがある方向へ動き出すと、定住化などが進み、かなりの期間、主流は同一方向へ流れる。逆転防止装置のある「ラチェット歯車」のような効果だ。大不況の衝撃を受けて、一部に帰国などの流れが生まれているが、多くの移民労働者は出稼ぎ先にとどまるだろう。本国に戻っても仕事があるわけではない。帰るも地獄、留まるも地獄だ。今回の不況で、日本、アメリカなどへの出稼ぎは減少し、帰国者が増えるだろう。逆流を止める動きが、どこで働くかを見極めることも、今後の雇用政策にとって、重要な意味を持っている。
不況が移民労働者を押し戻しているからといって、移民政策への関心を低めてしまうことは後に大きな禍根を残す。とりわけ、人口減少に伴う労働力不足がすでに深刻な形で押し寄せている日本にとって、目前の派遣労働者問題だけに目を奪われて、中長期の労働力政策(移民受け入れを含む)の国民的検討・構築を先送りしてしまう愚は、どうしても避けねばならない*。次世代のために、しっかりと考えねばならない重要課題だ。
* たとえば、今回の不況発生以前から日本人が就労したがらない労働分野は急速に拡大しており、外国人労働者がそれを補ってきたという事実が存在する。不況が深刻化している中で、地域や職種でみると、人手不足に悩む分野も厳然として存在する。実は今回の「非正規雇用」(妙な用語だが)の過剰と人手不足は、車の両輪のような関係にある。国の雇用政策は、こうした点をしっかりと把握したものでなければならない。
References
'The border closes.' The Economist December 20th 2008
杉山春『移民還流』新潮社、2009年