今年2月1日発行の初版本。新聞広告に目が行き、アマゾンで購入。久しぶりの紙の本でした。
タイトルは、いかにも挑発的で、食指が動かなさそうだったのだけれど、彼の本はこれまでに何冊も読んでおり、トランプのアメリカへと変化していくときの日本をどうとらえているのか、のほうの興味が勝りました。
1月20日に書き上げた本なので、トランプ大統領が誕生という前提での今後の世界情勢が語られています。
彼のその知識の厚さに、いろいろ教えられてきた一人です。
彼の論は今500年に一度の転換期に来ている、と展開しています。
その前は、中国やインドの生産力がヨーロッパよりはるかに勝っていた。ポルトガル、スペイン、その後はオランダやイギリスが次々と海洋進出し始めることで、それなりの暮らしぶりを維持していたアジア諸国はことごとく侵略された、生産性の低い地域へと貶められていった。原材料を廉価で本国へ持って行って、高価格な製品として売りつけるシステムを作り上げたヨーロッパが一世を風靡する時代となったのだと。
眠れる獅子という言葉は知っていたけれど、文化的にはヨーロッパ人から見て中国文化は仰ぎ見るものだったのだ。そういえばベルサイユ宮殿に中国の間の螺鈿細工や漆器はヨーロッパ人には憧れだったのかと、思ったり。
戦後生まれの日本人には、どうしても舶来賛美で凝り固まっているところ、あるのでは? → 幾度も修正し続けているけれど、とりあえず私。
「資源がない」は日本のマイナスイメージだったけれど、そちらの事情もこれからは変わっていくらしい。
産業革命以来、機械化が進み大量生産できる国がそうでない国へ製品を売ることにより豊かになってきました。より進んだ機械化に乗り出すことが優位につけたのです。ところが昨今では、豊かな国では労働力が高コストになることから、廉価な労働力を求めて、製造業は国外へという流れが進みました。そう、中国が世界の工場といわれるようになったように、です。
2000年(2001年?)にWTOに加入した中国は、国際取引に積極参加できることになり、生産力を高めようと設備投資にまい進していきます。中国は生産のための資源輸入も膨大なものになっていきました。
そう、資源の大きな移動は中国に向かっていったのです。
ところが、富は、もの、ではなく、情報やスキルに価値がつく時代になっていったのです。たくさん作られたものは、期待する価格がつかなくなる。ものあまり減少。生産調整を余儀なくされる。過剰設備投資は企業の負担になってくる。
工業生産のバランスを自国内から国外へ移している国には、その影響が国力を左右するほど大きくはなくても、世界の工場体制を敷いている国にとっては大変なことになってくるのです。
「富を得る → 大量のものを作る」ということではなくなるから、原材料を求めてきゅうきゅうしなくてもよくなる。
→ 原材料の価格の下落傾向が出てくる。
→ 原油価格の下げが止まらない、というのも、産油国間の思惑もあるだろうけれど、全体傾向としては、これらに起因しているのではないか。
私たちは、漠然と、日本は資源のない国、と子供の時から耳にしてきた。
その資源については、それぞれの産出額(国際間取引額?)を図解(面積割合で)してあったのが、とてもわかりやすかったです。
一番ビックなのは、「原油」次が「金」次が「鉄鉱石」と続く。金以下のメイン10種類ほどを合計しても、「原油」の取り扱い金額にはかなわない。そういうものなのかと、教えられないと、そういう考え方をすることはないです。
その影響力多大な原油が、「ここ掘れワンワン」的な、産出するだけで豊かな国々を作ってきていた。民主化されていない中東などでは王族など一部の権力者がその富を独占。欧米が豊かになった彼らに武器をゆしゅつするという構図ができたりもした。
豊かさを生み出すための社会形態が変わる時期に向かっている、というのが、この作者の書きたかったこと、ではないかと、勝手に読み取っている(誤読かな?)私です。
中国の対米貿易で稼いだドルは、自国通貨元に交換することなく、米ドルのままで、これが国際的なヘッジファンドの資金になって株式の世界にも入っているのだろうか。
とすると、トランプ大統領が、中国の貿易黒字を指弾しても、実際はアメリカの金融業界の資金として回っているのに、と思ったり。
グローバル化してしまっている社会を、一大統領の保護主義でどこまで抵抗できるのか。
グローバル化の流れは止まらない。豊かになることは大国であることや資源優位の国であることではない。日本人にとっては、なんだか元気が出る本でした。
著者はアナリスト出身なので、株や為替の説明にも多くのページをさいているが、飛ばし読み部分もありましたが、「だから日本はダメだ」とは違う論調に拍手、です。
タイトルは、いかにも挑発的で、食指が動かなさそうだったのだけれど、彼の本はこれまでに何冊も読んでおり、トランプのアメリカへと変化していくときの日本をどうとらえているのか、のほうの興味が勝りました。
1月20日に書き上げた本なので、トランプ大統領が誕生という前提での今後の世界情勢が語られています。
彼のその知識の厚さに、いろいろ教えられてきた一人です。
彼の論は今500年に一度の転換期に来ている、と展開しています。
その前は、中国やインドの生産力がヨーロッパよりはるかに勝っていた。ポルトガル、スペイン、その後はオランダやイギリスが次々と海洋進出し始めることで、それなりの暮らしぶりを維持していたアジア諸国はことごとく侵略された、生産性の低い地域へと貶められていった。原材料を廉価で本国へ持って行って、高価格な製品として売りつけるシステムを作り上げたヨーロッパが一世を風靡する時代となったのだと。
眠れる獅子という言葉は知っていたけれど、文化的にはヨーロッパ人から見て中国文化は仰ぎ見るものだったのだ。そういえばベルサイユ宮殿に中国の間の螺鈿細工や漆器はヨーロッパ人には憧れだったのかと、思ったり。
戦後生まれの日本人には、どうしても舶来賛美で凝り固まっているところ、あるのでは? → 幾度も修正し続けているけれど、とりあえず私。
「資源がない」は日本のマイナスイメージだったけれど、そちらの事情もこれからは変わっていくらしい。
産業革命以来、機械化が進み大量生産できる国がそうでない国へ製品を売ることにより豊かになってきました。より進んだ機械化に乗り出すことが優位につけたのです。ところが昨今では、豊かな国では労働力が高コストになることから、廉価な労働力を求めて、製造業は国外へという流れが進みました。そう、中国が世界の工場といわれるようになったように、です。
2000年(2001年?)にWTOに加入した中国は、国際取引に積極参加できることになり、生産力を高めようと設備投資にまい進していきます。中国は生産のための資源輸入も膨大なものになっていきました。
そう、資源の大きな移動は中国に向かっていったのです。
ところが、富は、もの、ではなく、情報やスキルに価値がつく時代になっていったのです。たくさん作られたものは、期待する価格がつかなくなる。ものあまり減少。生産調整を余儀なくされる。過剰設備投資は企業の負担になってくる。
工業生産のバランスを自国内から国外へ移している国には、その影響が国力を左右するほど大きくはなくても、世界の工場体制を敷いている国にとっては大変なことになってくるのです。
「富を得る → 大量のものを作る」ということではなくなるから、原材料を求めてきゅうきゅうしなくてもよくなる。
→ 原材料の価格の下落傾向が出てくる。
→ 原油価格の下げが止まらない、というのも、産油国間の思惑もあるだろうけれど、全体傾向としては、これらに起因しているのではないか。
私たちは、漠然と、日本は資源のない国、と子供の時から耳にしてきた。
その資源については、それぞれの産出額(国際間取引額?)を図解(面積割合で)してあったのが、とてもわかりやすかったです。
一番ビックなのは、「原油」次が「金」次が「鉄鉱石」と続く。金以下のメイン10種類ほどを合計しても、「原油」の取り扱い金額にはかなわない。そういうものなのかと、教えられないと、そういう考え方をすることはないです。
その影響力多大な原油が、「ここ掘れワンワン」的な、産出するだけで豊かな国々を作ってきていた。民主化されていない中東などでは王族など一部の権力者がその富を独占。欧米が豊かになった彼らに武器をゆしゅつするという構図ができたりもした。
豊かさを生み出すための社会形態が変わる時期に向かっている、というのが、この作者の書きたかったこと、ではないかと、勝手に読み取っている(誤読かな?)私です。
中国の対米貿易で稼いだドルは、自国通貨元に交換することなく、米ドルのままで、これが国際的なヘッジファンドの資金になって株式の世界にも入っているのだろうか。
とすると、トランプ大統領が、中国の貿易黒字を指弾しても、実際はアメリカの金融業界の資金として回っているのに、と思ったり。
グローバル化してしまっている社会を、一大統領の保護主義でどこまで抵抗できるのか。
グローバル化の流れは止まらない。豊かになることは大国であることや資源優位の国であることではない。日本人にとっては、なんだか元気が出る本でした。
著者はアナリスト出身なので、株や為替の説明にも多くのページをさいているが、飛ばし読み部分もありましたが、「だから日本はダメだ」とは違う論調に拍手、です。