熟年の文化徒然雑記帳

徒然なるままに、クラシックや歌舞伎・文楽鑑賞、海外生活と旅、読書、生活随想、経済、経営、政治等々万の随想を書こうと思う。

マット・リドレー著「人類とイノベーション:世界は「自由」と「失敗」で進化する」(1)

2021年10月14日 | 書評(ブックレビュー)・読書
   この本の原題は、How Innovation Works: And Why It Flourishes in Freedom
   マット・リドレー(Matt Ridley)は、世界的に著名な科学・経済啓蒙家で、事実と論理にもとづいてポジティブな未来を構想する「合理的楽観主義(Rational Optimism)」の提唱者である。この合理的楽観主義をはじめて提示した著書が、前にレビューした『繁栄:明日を切り拓くための人類10万年史』なのだが、とにかく、くらい未来論が多い中で、異彩を放っていて、読んでいてホッとする。
   尤も、人類の未来を楽観している識者については、このブログで、既に、
   P・H・ディアマンディス&S・コトラー著「楽観主義者の未来予測」上下
   スティーブン・ピンカー著「21世紀の啓蒙 上下: 理性、科学、ヒューマニズム、進歩 」
   ニコラス・クリスタキス 著「ブループリント:「よい未来」を築くための進化論と人類史」上下 をブックレビューして、紹介済みではある。
   
   イノベーションは、どのように作用し働くのか、そして、何故、自由であってこそイノベーションがFlourish繁栄するのか、この本では、
   自由を失いつつある現実社会に、イノベーションの陰りを感じつつ、一寸影を落とした合理的楽観主義が気になる。

   さて、人類の未来について、悲観的にならざるを得ないのは、地球温暖化の問題、気候変動が、人類を窮地に追い込むと言う危機だが、もう一つ、昔から懸念されている深刻な問題は、マルサスの亡霊である。
   マルサスは人口の増加が生活資源を生産する土地の能力よりも不等に大きいと主張し、人口は制限されなければ幾何級数的に増加するが生活資源は算術級数的にしか増加しないので、生活資源は必ず不足する、という帰結を導き、人口増の継続が、生活資源の継続的な不足をもたらし、したがって重大な貧困問題に直面すると予言した。このマルサスの予言が、的中するかも知れないと言う恐れが、人々の念頭から離れなかったのである。

   しかし現実には、マルサスが、これを予言した人口論を発表したのは、1798年で、当時世界人口は10億人をやや切っていたのだが、今や80億人に到達しようとしているのだが、アフリカなどの最貧国は別として、地球全体として食糧が危機的な状態になってはいないし、先進国など飽食の時代に突入し、廃棄食物の処理が問題になっているくらいである。

   ところで、リドレーは、「食物のイノベーション」の章「農業革命は「自然を破壊」したのか」という項で、ハッキリと、マルサスの予言、飢餓に導くような食料供給の不足に従い、過剰な人口が増加を停止するとする、マルサスの罠を否定している。

   20世紀に、機械化、肥料、新品種、殺虫剤、そして遺伝子組み換えの結果として、農業の生産力が大幅に向上したことで、人口は増え続けているのに、地球上から飢饉がほぼ完全に消え、栄養失調は劇的に減った。この状況を予測した人は殆どいなかったが、この改善は、自然を犠牲にして実現したと心配する人が大勢いる。
   実際にはその逆で、食糧生産のイノベーションのお陰で、農地の生産性が上がったことで、多くの土地や森が耕起や放牧や伐採から免れている。この「土地温存」は、土地共有よりはるかに生物多様性にとって良い。
   1960年から2010年の間に、一定量の食糧を生産するのに必要な土地の面積は、およそ65%減った。もしそうでなければ、世界中の森林も湿地も自然保護区もすでに耕されるか、家畜が放牧されていて、アマゾンの雨林はもっとはるかにひどく破壊されていたであろう。しかし実際には、原野と自然保護区は着実に増えており、森林面積の減少は止まり、多くの場所で、現在増えつつあるので、1982年以降、全体的に見れば森林面積は7%増加している。今世紀の半ばには、世界は1950年に30億人を養っていた時よりも狭い面積で、90億人を養っているだろう。と言うのである。

   イノベーションによって、光合成の効率を調整し、窒素固定細菌を植物の細胞に挿入し、害虫や菌や雑草による損失を更に減らし、植物それぞれのエネルギーをもっと沢山貴重な食糧に転換することによって、農業の生産量は増え続けるので、穀類や豆類など作物の平均収穫高は2050年には50%増えるであろう。
   農業革命のイノベーションが進めば、耕す土地をはるかに少なくして、国立公園や自然保護区を拡大し、土地を森林や手付かずの自然に戻し、花や鳥や蝶のために管理する土地を増やし、自分たちの食糧を確保しながらでも、地球の生態系を改善できる。
   とリドレーは説く。

   しかし、アマゾンの熱帯雨林が開発の美名の元に、どんどん、消滅している現実や世界各地で進行中の原生林の乱開発などを見ていると、リドレーの説明を額面通りには受け取れない。
   また、リドレーは、一切触れていないのだが、地球温暖化による世界全体で頻発している異常気象による地球環境の破壊で、農地は勿論、生活環境が、大きくダメッジを受け続けている。現状の農業環境では、対処しようがないのだが、どうするか。
   作物のイノベーション重視の農業革命だけでは乗り越えられない、人類の運命を帰する農業を取り巻く環境をも十分に考慮した対策も必要であろう。
コメント
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