5年2組の句会(8月27日)

5年2組が句会をするというので授業に参加しました。
今回は1度、俳句集を家庭に持ち帰り、親御さんにも選句してもらったようです。
授業では、その結果も伝えられました。
その上で、子供たちも3句ずつ選句していきました。
選んだ人の多かった句をいくつか紹介します。

・かみなりを花火とまちがううちの母
・みずうみにほたる飛び交う夏の夜
・せんぷうきあたる場所の争奪戦
・最後だよプールの思い出としまえん

女性の教員に多く選ばれたのが、
・雨上がり虹が出てから集合だ

大人にも子供にも平均的に選ばれたのが、
・ありし日の夏の思い出たからもの
・夏休みたったのこれだけガチぴえん

校長賞としては、
・あまがえるはねておどってぼくもとぶ
・耳すませ外にはセミの合唱団
・かみなりを花火とまちがううちの母
・最後だよプールの思い出としまえん

俳句学習の効果については、以前から何回か記事にしていますが、これを定期的に続けることで、子供たちの言語感覚(語彙力や言葉のセンス、言葉を選ぶ力など)が確実に高まります。
以前、私が副校長として勤務した小学校で「都言語能力向上拠点校」という研究指定を受け、その学校では今でも俳句指導を続けていますが、NHK全国俳句大会で俳句大賞を取ったことがあります。
その句が、
・ビアホールオレンジジュース5はいのむ(当時は小3男子の作品)
というものでした。
どうしてこの俳句が日本一になったのだろうと、教員は皆、不思議に思ったのですが、NHKホールで会場に紹介された瞬間、大きな笑いが起きました。
なるほど、多くの人の心を動かす俳句だったんだと学ばせてもらいました。
それから7年もたちましたが、私の記憶から全く消えない名句となっています。

ふとした瞬間に、誰でも気軽に創作できる俳句です。
ぜひ自学ノート(できれば俳句帳を作るとよい)でも取り組んでほしい学習です。
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衛生教育を徹底します(8月26日)

各家庭の皆様には、今回の感染防止について、多大なるご協力をいただいておりますこと、あらためて感謝申し上げます。
毎日、子供たちの欠席理由を見ておりますと、同居のご家族の体調不良であっても、あえてお子様を休ませてくださっていることが分かり、そのたびに心の中で「ご協力本当にありがとうございます」と言葉にしております。

2学期に入り、各担任から次のようなお願いをしてもらっています。
「雑巾を2種類持ってきてください。1枚は普通の掃除用、もう1枚は机や椅子を拭くものです。」
現在、多くの学校が、新型コロナウイルス感染症防止のための対応をしております。
当然、本校も細かい消毒作業をしております。
しかし、それだけでよいのか? 学校なのだから最も重視するのは対応策よりも「教育」なのではないのか? という思いが校長の私の中にあります。
今必要な健康教育に関しても、子供たちを受け身にしてはならない、当事者意識、主体者意識を高めることによって、自己防衛能力を育てなくてはならないことは明らかです。
そこで、この2学期から、児童自身も「自らの健康は自らの行動で守る」「自分が使ったものは、自分できれいにする」さらには「他者の安全ことまで思いが至る行動をする」という習慣付けをしていくこと、つまり、新型コロナウイルスへの「対応」だけでなく、「教育」を重視して指導していくことを教職員に指示しました。

(ねらい)
(1)児童に主体的な自己管理習慣を身に付け、自らの日常生活に役立つ衛生管理能力を育む。
(2)児童に次に使う人のことを考えさせることで、他者への思いやりの心や行動力を育む。

(取組)
(1)原則として、各教室の机・椅子等を午前1~2回、午後1~2回、家庭用洗剤を使って、全員で拭き掃除する。
(2)掃除の時間に当番の児童が、廊下や階段の手すりやその他の気になる場所を、家庭用洗剤を使って拭き掃除する。
(3)算数教室やその他の特別教室使用時には、次に使う人のために、使ったものは必ず家庭用洗剤を使って拭き掃除をする。

この活動の根拠としているのは、文部科学省から8月6日に出された「外部サイトへリンク 新規ウインドウで開きます。学校における新型コロナウイルス感染症衛生管理マニュアルVer3」に次のように示されていることです。

「清掃活動の中にポイントを絞って消毒の効果を取り入れるようにしましょう。これらは、通常の清掃活動の一環として、新型コロナウイルス対策に効果がある家庭用洗剤等を用いて、発達段階に応じて児童生徒が行っても差し支えないと考えます。」
これによって、子供たちの衛生面の自己管理能力が高まれば、それぞれの家庭に戻っても家族を守る意識が生まれるでしょうし、外出先でも自分の身のまわりをきれいに衛生管理してくれるようになるでしょう。
地域を愛する意識の高い矢口小の子供たちですから、地域の方々の安全も考え出す子が現れても不思議ではありません。
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棒体操の伝統・その2(8月25日)

前回記事にした「棒体操の伝統」については、1996年(平成8年)に取り組み始めてから今年で24年目を迎えているということが分かったところまで書きました。 
その後、当時の矢部憲司校長先生と、6年担任の池田博先生に電話取材を行いました。

【矢部憲司校長先生の話】
当時6年生の担任だった池田博先生からの申し出で、棒体操を始めたのです。
組立体操よりも華やかであるし、6年の教員も全員が賛同している。
子供たちも全力で取り組める内容だということで指導を承認しました。
まさか、令和の現在まで続いているとは思わなかった。
今年は新型コロナ対応で、指導することが困難でしょうから、いろいろと大変ですね。

【池田博先生の話】
棒体操は確かに私が導入しました。
実は矢口小に来る前の学校でも指導していたのです。
とても評判がよい取組なので、学年の先生に提案したところ、当時の学担(大澤町子先生、鷲見二朗先生)も大いに賛同してくれました。
そういうやる気に満ちた担任だったのです。
その頃の矢口小学校は、新しいものをどんどん取り入れていく教育活動をしていました。
そのような新しいことに取り組んでいく中のひとつとして、棒体操もあったわけです。
棒体操の良いところは、組立体操と違って、子供たちの得意な運動を活かし、苦手なところは他の子供がカバーできるといった自分の技を選べることにありました。
ですから、5年生の頃の組立体操では苦手で取り組み切れなかった子も、6年生の棒体操では得意気に頑張れたわけです。
見た目も素晴らしい演技になるため、保護者の評判もとても良く、みんなの心に残るものになりました。
今でも棒体操が続けられているなんて知りませんでしたので、矢口小に導入した私としても感激です。

以上が棒体操のルーツです。
伝統を50年、100年と継承していくためには、何故に伝統であるのかという過去の歴史をしっかり受け継ぐことが必要です。
そして、その歴史の上に、今いる矢口小の子供たち、教職員、保護者の力で、新しい歴史を積み上げていくことができてこそ、「伝統が深まる、高まる、強まる、生きる」ということになっていくのでしょう。
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棒体操(運動会・高学年演技)の伝統・その1(8月24日)

今日から2学期が始まりました。
保護者の皆様、本校の教育活動について、引き続きご協力をよろしくお願いいたします。

昨年度の4月、高学年の担任から、
「矢口小の運動会では、5,6年生による『棒体操』という、太い竹の棒を使った組立体操が伝統になっているから、やらせてほしい。」
相談を受けました。
詳しく聞いてみると、何も使わない組立体操よりは安全性がありそうな感じを受けましたので承認しました。
確かに、他校にはない独特の組立体操で、一般的なものよりも一人一人の姿がよく見えるという利点もあり、よく考えられた演技だと感想をもちました。

今年度も高学年担任には、棒体操の伝統を6年生児童から5年生児童に引き継がせたいという強い思いがあります。
そこで私がこだわったことが、
「矢口の伝統を引き継ぐというけれども、そもそも棒体操の伝統とはいったい何なのか?」
ということです。
棒体操という組立体操の形(やり方)だけを引き継ぐというならば、子供同士で引き継がなくても、通常の運動会ができるようになった時に、もっと新しい伝統を創っていけばよいのです。

そこでこの夏休み、校長自ら「棒体操調査」を行いました。
矢口小の棒体操は、1996年(平成8年)の6年生から始まりました。
この前年までは、5,6年合同の組立体操を行っていました。
翌年の1997年(平成9年)からは、5,6年合同で棒体操を行うようになります。
当時は第25代・矢部憲司校長先生。担任は池田博先生、大澤町子先生、鷲見二朗先生の3名。1996年というのは、開校105年の年になります。
ここまでの情報から予想すると、きっと105周年を記念して、当時の6年生担任が何かできないかと考え、おそらくどこかの高校で取り組まれていた棒体操を導入したのではないかと思われます。
それ以来、今年で24年目を迎え、来年は開校130周年に合わせて、棒体操25周年を迎えるのです。
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矢口魂の伝統に迫る(8月19日)

【今回の文章は、校長から本校教職員全員に配布している「校長通信」の内容から抜粋したものです。高学年の子供たちが同じように調べ学習を追求してくれることを期待しています。】

本校の伝統を引き継ぐとは、どのようなことなにかを考えてみます。
それはなぜかというと、現在、本校の伝統といわれることの中には、形式ばかりが残っていて、その精神性を引き継いでいないことが多くあると感じるからです。

まず最大の形骸化したものが「矢口魂」です。
昨年度、私が赴任した際、校内を細かく見て回ると、いたるところに「矢口魂」という文字があります。
このような学校精神を表現する言葉があるのは、とてもよいことであるし、子供たちの指導もやりやすくなります。
魂ということで世間的に有名なのは、
「大和魂(儒教などが伝来する以前の日本古来から伝わる固有の文化的精神)」
「負けじ魂(打たれ強くけっして折れない心)」
「会津魂(理を求めず義に生きる)」
「ゲルマン魂(ドイツサッカーの特徴。点を取らせないための体を張った守備と試合終了のホイッスルがなるまで走り続ける姿)」
「開成魂(新しい時代を創り出す気骨ある自由闊達な人材の育成)」
等々、世の中には〇〇魂なるものは、いくらでもあります。

では、矢口魂とは何なのでしょうか?と、昨年度1年間、様々な関係者に質問し続けました。
しかし、「完食すること」「農園を大切にすること」「挨拶」「やぐだま」「う~ん、分かりません」と、大した回答は得られませんでした。
それでもこの学校には、ポロシャツまで作成されて、町会の運動会でも町会長の皆さんが「矢口魂シャツ」を着て、現れるわけです。
そういう場で質問しても、「たぶん高橋校長先生の頃から使われ始めたような気がする」程度の認識なのです。
しかし、それほど古くから使われていた言葉ではないことは分かりました。

周年記念誌や卒業文集を調べてみました。

【120周年記念誌 2011年(平成23年)】
「今は、完食やあいさつ、矢口魂という伝統を大切にしていますが、当時大切にしている学校の伝統がありましたか。」(児童・由井さん)
「数年前の文化フェスタで「矢口魂」という言葉が出てきて、負けないとか最後までがんばるという気持ちをとても大切にしています。そういう思いが昔からありましたか。」(八木校長)
「スローガンというのは、記憶ではなかったな。」(同窓会長・角田さん)
「自然にみんなで盛り上げようというのはあったけど、学校をあげてこうしようというのはなかったかな。」(商店街長・佐藤さん)
「玄関に飾ってある「矢口魂心丸」の舟のように、そういう言葉が生きるような土地柄ではありますよね。」(八木校長)
「教育熱心な土地であることは間違いないですね。昔は原町といったんですよ。」(モリコウ・森さん)
「120周年という歴史のある小学校で、私も子ども3人も矢口小学校の卒業生です。「矢口魂」の捉え方は人それぞれ違うと思いますが、基本は同じだと思うので、そういう思いを大切に進んでいってほしいですね。中学生になった時に、矢口小学校にいて本当に良かったと思えるような思い出をたくさん残して、大人になってもらいたいなと思います。君たちもまだ半年以上、小学校生活がありますので、頑張ってください。」(佐藤さん)
「私も矢口小学校卒業、妻も子どもも矢口小学校卒業なので、大変矢口小学校にはお世話になっています。また、「矢口魂」という君たちの魂をこれからも引き継いでいって、伝統ある学校なので、それを更に良くしていっていただきたいと思います。誇りをもって矢口卒業生と言えるような学校にしていってほしいです。1日の始まりはあいさつから始まるというほどあいさつは本当に大切なことなので、大人になっても続けていってほしいと思います。その心がけを忘れずにいってください。」(角田さん)

【2013年(平成25年)卒業文集 八木校長先生の文】
77名の卒業生の皆さん、ご卒業おめでとうございます。(中略)
矢口魂 の言葉を贈ります。
数年前の文化フェスタのスローガンに登場し、120周年を経て、現在の矢口小学校にはなくてはならないシンボルになりました。
私は「最後まであきらめない」というところが、心に響きます。
人が生きていくというのは平坦で楽なことではありません。
常に困難さと向き合い乗り越えていく月日の連続です。
また、いつも元気に明るく乗り越えられるとも限りません。
へたりそうになったり、悲しみで胸が一杯になった時に、この言葉を思い出してください。
きっと魔法の呪文ように、また心を奮い立たせてくれると思います。
そうです。矢口小で共に過ごした仲間の背中には、この言葉が刻まれているのです。
背中の矢口魂が皆さんをそっと後押しして勇気付けてくれます。
また130、140~周年と、この言葉を合言葉にして歩み、また再び、この地で集いましょう。
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原爆死没者の慰霊・平和記念の黙祷(8月6日8:15)

2020年8月6日、午前8時15分。
1945年8月15日に広島市に原爆が投下され、甚大なる被害者を出したその日から75年目の今日となりました。

朝、子供たちを早めに教室に入れて、副校長の放送に合わせて全員で黙とうを行いました。
例年ですと、夏休みの半ばに差し掛かり、子供たちは家で過ごしている時期です。
しかし今年は新型コロナウイルス感染症の影響を受け、大田区は8月7日まで1学期となりました。
私の長い教員生活の中でも初めて、子供たちと一緒に広島原爆被害のこの日を迎えました。

私も、朝の正門あいさつをしている場所から近い1年生の教室で、子供たちと共に祈りの1分間を迎えました。
ご覧ください。この写真の1年生の姿を。神々しいばかりの子供の姿です。
そのあまりにも清らかな姿に、私は心を打たれ、目を潤ませてしまいました。
こういう気持ちのあるお子さんを育んでいらっしゃる、本校の保護者の皆さんも、
「私たち矢口の保護者の育てている子供たちは、トップレベルの素直さをもつ子供たちに育っている。」
と自信をもって、親類や知人に語ってくださいませ。
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親子で考える川柳・俳句・短歌コンクール入賞作品の紹介(8月4日)

臨時休校中に校長室企画として自主参加を呼びかけさせていただきました「親子で考える川柳・俳句・短歌コンクール」には、339作品が集まりました。
この審査を、学校支援地域本部コーディネーターの皆様、今年度のPTA役員の皆様、本校教職員による投票で行いました。
それぞれ個性豊かな作品ばかりで、表はかなり割れたのですが、その中でも多くの方々が選んでくださった作品を優秀作品賞として各学年1点ずつ全6点、さらに特別賞として1点、合計7点を終業式で表彰させていただきます。

優秀作品賞
(1年生)まえむきでみんなとたべるおべんとう
(2年生)さみだれてカエルよろこぶぼくへこむ
(3年生)ドラえもん何か出してよいいくすり
(4年生)はなれても笑顔あふれるオンライン
(5年生)始業式つかのまの外むねおどる
(6年生)母の日にわたした花はまだ笑顔

特別賞
(6年生)休校中 みんなを思い 空見れば 今日もつながる 矢口魂

多くの児童から、「校長先生、このコンクール、またやってほしいです。」という声があがっていますので、年度内にもう一度実施しようと思います。
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放送朝会の話「ハンバーガー屋さんの知恵」(8月3日)

今週で1学期は終わります。
本当ならば今頃、オリンピックの真っ最中だったはずなのですが、病気が流行ってしまいましたから、残念ながらオリンピックは1年後になりました。

さて、今日はハンバーガー屋さんの知恵というお話をします。
最近のニュースで見た人もいるでしょう。
品川区の大崎にあるMバーガーのお店で、今、小さなロボットが活躍しているそうです。
名前をオリヒメといって、身長は23センチメートル、体重が660グラム、本当に小さなロボットです。
このオリヒメロボットが、お客さんの注文を受けているのですが、そのしゃべり方が、ロボットらしくないなあと私は思いました。
するとやはり、ロボットがしゃべっているのではなく、なんと大阪にいる体が不自由で、外で働くことが難しい方が、インターネットでロボットとつながって、お客さんと話しているのです。
これはすごいことだと思いました。
大崎のお店のお客さんの相手を、大阪にいる人ができるのですから。
きっとハンバーガー屋さんは、「何のため」ということを、いろいろと考えたのでしょう。
自分の会社のためだけではなく、お客さんの安全のため、働いている店員さんの安全のため、そして社会に役立てるためにと考えたのだと思います。
これからの時代は、自分のことだけを考える利己主義りこしゅぎではダメなのです。
人のため、みんなのため、社会のためと考える利他主義りたしゅぎの考え方が大事です。
さあ、今週1週間、何か一つでもいいですから、自分のためではなく、友達のため、クラスのため、家族のため、または先生のために行動してみましょう。
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6年生の言語センスが面白い(7月31日)

たのしみは 最高学年 6年の 気持ちの高さに 感動するとき (校長 作)

今、6年生の教室外の掲示板には、国語で学習した「テーマ短歌」の作品が掲示されています。
一人一人の作品が個性豊かで読んでいて楽しいのです。
低学年では、なかなか出てこない言語センスで、読み手のことを意識し、五七五七七の31音の少ない文字数を工夫して、美しさを想像させたり、気持ちを表現してみたり。
人によっては、これならば絶対笑ってくれるだろうと考えたりして、楽しく短歌創作していることが分かります。

紹介用に各学級から2首ずつ選んでみました。

たのしみは ワタリとハナコ 四千頭身 第七世代が 出ているとき (6-1女子)
たのしみは 一人でじっくり プロ野球 おうえんがんばり 巨人勝つ時 (6-1男子)
たのしみは ベッドで一人 上をみて しずかなじかん ボーットする時 (6-2男子)
たのしみは 白紙とえんぴつ 取り出して 自分の理想を えがき出す時 (6-2女子)
たのしみは 朝まどのぞき 晴れた外 咲かりし花の 育ち見る時 (6-1女子)
たのしみは 列車に乗って 遠出して 自由気まま どこかゆくとき (6-1男子)
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「校長先生、あのね」(7月29日)

朝の登校時間に校門で挨拶をしていると、1年生がよく話しかけてきます。
1年生「おはようございます。校長先生、あのね、昨日ね、お寿司屋さんに行って、真鯛を6つも食べたんだよ。」
校長 「へえ、そんなにたくさん食べたんだね。よほどおいしかったんだね。」
1年生「うん、すごくおいしかったよ。」
校長 「どこのお寿司屋さんで食べたの?」
1年生「あのね、あそこの大きな道のところにあるお寿司屋さんで食べたの。」
校長 「そうか、そんなにおいしいなら、校長先生も行ってみようかな。」
1年生「うん、校長先生、ぜったい行った方がいいよ。」
また、1年生はアサガオを育てていますので、こんな会話もよくあります。
1年生「校長先生、見てください。私のアサガオがたくさん咲きました。」
校長 「どれどれ・・・・・うわあ、本当にたくさん咲いているね。よかったね。」
1年生「毎日お水をあげたから、大きくなったんだよ。」
校長 「きっとそうだね。一生懸命お世話をすると、アサガオも喜ぶよね。」
1年生「こっちにあるのは何のお花ですか?」
校長 「これはヒマワリだね。みんなの背の高さよりも大きいね。」
1年生「(自分たちの身長と比べながら)どのくらいあるんですか?」
校長 「今は1メートル70センチくらいあるよ。これからもっと大きくなるよ。」
1年生「へえ、ヒマワリってすごいね。」

小学校の教育、特に低学年では、このような「自然との関わり」「自然との出会い」によって、知識だけではない、言葉にはできないような感動や驚きが、無意識のうちに子供たちの心の宝物となっていきます。
矢口小学校の場合、こうした低学年時代の町との出会いや豊かな自然との関わり体験を心の栄養にして、3年生の「矢口渡商店街見学」や、本校の特色ある教育活動である5年生での「矢口の田んぼ学習」、6年生の自発的な「野菜栽培活動」へと縦系統で結び付いていきます。
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「私も名言ノートを作りました」(7月29日)

2年生の教室の授業の様子を見にいった際に、一人の女子から話しかけられました。
「校長先生、放送朝会で校長先生が話していた名言ノートを、私もこの4連休で書いてみました。」
何のことかというと、7月13日(月曜)の放送朝会で、私からドラえもんの名言を紹介し、名言ノートを作ることをお勧めしたことを、この子がしっかり受け止めて、自分から学びを起こしたというわけです。
この姿こそ、新しい学習指導要領で目指している「主体的に学習に取り組む態度」になります。
また、本校が今年度、研究をしている対話の中の「受け止め手を育てる」ということのモデルとなる姿となります。
その時の会話を紹介しておきます。
2年生「校長先生、放送朝会で校長先生が話していた名言ノートを、私もこの4連休で書いてみました。」
校長 「おお、素晴らしいね。どんな名言を書いたのかな。」
2年生「私が初めて調べたキャラクターの名言をノートに書いてみました。」
校長 「そのノートにどんどん名言を書いて、大人になってもずっと持っているといいよ。」
2年生「はい、分かりました。お母さんに言って、捨てないようにしてもらいます。」
多くの子供たちが、人生を支えてくれるような名言ノートに取り組んでくれると、将来に役立つと私は思っています。
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3年生の俳句(7月27日)

年生に関する記事が続いてしまい、他学年の方には申し訳ありません。

梅雨の日にかさをわすれてかぜひいた 3年1組男子
風鈴の音がすずしい風をよぶ 3年1組女子
むしさがしうるさい木にはせみがいた 3年1組男子
夏休みスイカをたべてへやでねる 3年2組男子
すいかわりくるくるまわってからぶった 3年2組男子
行こう行こうみんなで海へ楽しいな 3年2組女子

3年生が国語の学習で作り、廊下の掲示板で発表していた俳句の中から、選句してみました。
初めての俳句にしては、みんなよくできていました。ぜひ次のステップとして、“ひとひねり”を加えるチャレンジをしてほしいと思います。
そのひとつの方法を、私が俳句指導法を習っている日本学校俳句研究会会長の小山おやま正見まさみ先生が書いた記事から引用します。

【「十分間俳句」より引用】
サッカーでシュート決まったうれしいな
下五の気持ちを表す言葉を「季節を表す言葉」に置き換える。
→サッカーでシュート決まった夏の空

子供たちに、こうした方法を少しずつ教えていくと、知らず知らずのうちに言語能力が高まります。
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おりがみクラブに、はまっている、2年生(7月20日)

現在、本校の休み時間は、人数が多くなりすぎない(密集を避ける)ように、校庭・体育館・屋上を各学年に割り当て、使用できるローテーションで回している状態です。
そのため、日によっては外へ出られず、教室で工夫して遊ぶ日もあります。

最近、休み時間になると、校長室まで飛んできて、おりがみを楽しむ2年生グループがおります。(写真参照)
「校長室おりがみクラブ」と呼んでいます。
実は、臨時休校になる前の、1年生の2月頃(令和2年)から始まっています。
Youtubeで折り方を見ながら、「え?ここはどう折るんですか?」「校長先生、ちょっと画面を止めてください。」「なるほど、そうやって折るんだ。」などと、いろいろ考えたり、相談したりしながら、楽しそうにおりがみをしています。
そんな楽しそうな校長室内を覗いて、教員からは、「校長室で女子会を開いているんですか?」とからかわれることも。
小さな2年生の純粋な心に、校長室で楽しくおりがみをしたという記憶が刻まれれば、子供たちの人生の心の引き出しが、ひとつ増えるだろうと思って受け入れています。
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放送朝会の話「情報のとらえ方について」(7月20日)

朝からこんな話はあまりしたくないのですが、新型コロナウイルス感染者数が増えてきました。
さかんにテレビや新聞で取り上げられますが、流される情報を鵜呑みにしないで、「本当にそうなのか?」「ちがう考え方はないのか?」「これはどうなっているのだろう?」と疑問をもち、自分の頭で考えることが予防にも大事なことです。
よく飛沫感染と言われます。
では「飛沫」の意味は何でしょう。
「飛」は飛ぶことです。
「沫」は、さんずいに、すえと書きます。
訓読みすると、「あわ」「しぶき」となります。
そうすると飛沫感染とは、口からしぶきが飛んで感染するということです。
国立医薬品食品衛生研究所が2016年7月に書いていることによると、飛沫は2~5mは飛ぶらしいです。
その中で、ウイルス感染の危険がある濃い飛沫については、1m程度の距離だということです。
今、1~2m離れなさいと言われるのは、こうしたところから分かります。

さて、飛沫を防ぐためにマスクをするよう言われます。
くしゃみとせきでの飛沫がたくさん飛ぶことは分かりますが、では、しゃべっていての飛沫はどうなのだろうと調べてみました。
しゃべっていて一番飛沫が飛ぶのが破裂音といわれる「パピプペポ」を言った時だということが分かりました。
そうすると、ものすごく注意深い人がいたとしたら、「パピプペポ」を言わないようにしようと考えるかもしれません。
もし、どこかにそんなお父さんがいたとしたら、「パパ」と呼べなくなりますね。
パパと呼ぶたびに、たくさん飛沫が飛ぶからです。
だから、「感染が心配だから、今日からパパと呼ばず、お父さんと言いなさい。」と言われるかもしれません。
「ぺ」は使わない方がいいと決めてしまったら、レストランで「ペペロンチーノください。」とも言えなくなります。
今のは極端な話ですが、気にしすぎると、こんなおかしなこともありえるわけです。
大事なことは、情報に振り回されずに、バランスよく、物事を考えることです。

風邪の症状を出すウイルスは、200種類以上あるそうです。
これらが普通に自分たちの周りにたくさんあるのです。
風邪の原因の第1位はライノウイルスというものです。
コロナウイルスは第2位。
インフルエンザウイルスは第4位です。
当たり前にあるコロナウイルスの中でも、今回は新型でよく分からないウイルスだったため、今、私たちはどうしたらいいか困ってしまったのです。

今日は、情報をどう見るか。
そして自分の頭で考えて、一番良いと思える方法を選んでいくことが大事だという話をしました。
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校長先生、スイレンがきれいですね!(7月20日)

水連の 黄色い花に 目を引かれ
   声あげる子の 心も美し

「校長先生、今日は池の花が咲いていました。すごくきれいでした。」
2年生の男の子が私に話しかけてきた言葉です。
2~3年生側昇降口の近くにある大きめの池には、人になついている魚たちと共に、スイレン鉢が3つあります。
なかなか花を咲かせる場面に出会わせないのですが、今週は一輪の花を咲かせています。
スイレンが自分で「咲きますよ!見てね!」と教えてくれることはありませんので、この花に気付くかどうかも心のアンテナ次第です。
私に話しかけてきたこの男の子は、あまり人が気付かない、この美しい花をキャッチする心のアンテナをもっていたということです。
スイレンは、朝から午前中に咲いていて、午後になるとつぼんでしまいますから、花に気付けるタイミングも良くないとなりません。
このように、子どもの心の宝を見つけることは、教師という職業の醍醐味です。
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