矢口小の誇り「挨拶」 (2月25日 放送朝会)

挨拶は、いつでもどこでもだれとでも、さわやかにするものですね。
それでは朝の挨拶をしましょう。
「おはようございます。」(各教室から「おはようございます」の大きな声)
素晴らしい挨拶の声が、職員室まで届きました。

矢口小学校の誇りといわれるものの一つに、挨拶のよさがあります。
学校にお客様がいらっしゃると、みんなが廊下で挨拶をしてくれるので、「矢口小の子どもたちは、よく挨拶ができますね。」といつもほめてくださいます。
挨拶の「挨」の漢字の意味は、心を開くという意味です。
「拶」は近づくという意味があります。
挨拶とは、自分の心を開いて、相手との距離を縮めるという意味があります。

校長先生は教師1年目を、大田区の雑色にある城南特別支援学校の高等部でスタートしました。
身体が不自由で車いすを使っている子や、病気で体が弱い子が通っています。
先生は高校生の担任でしたから、働ける子は、何とか会社で雇ってもらえないかと、たくさんの会社の社長さんにお願いに行きました。
その時に、「会社で働く上で、一番大事なことは何ですか?」と質問すると、どの社長さんからも、「挨拶ができるかどうかですよ。」と答えが返ってきました。
「仕事は会社に入ってから覚えればいい。しかし、挨拶はその子がこれまで生きてきた習慣だから、それができるかどうかが大事だ。」ということなのです。
このように、挨拶はとても大事なことなのです。これからも矢口小学校の挨拶は、日本一、世界一、いや、宇宙一といわれるくらいに大切にしていきましょう。
「挨拶は、いつでも、どこでも、だれとでも」です。
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コロナウイルスについて(2月17日 全校朝会)

今日はコロナウイルスの予防について話します。インフルエンザの予防と同じですから、難しいことではありません。
人類の歴史は原始人の時代から、集団で協力して暮らすことで力を付けてきました。
しかし、人数が集まると、それまでは隠れていたウイルスなどの病気の元が、伝染するようになったのです。病気からの「挑戦」です。
人類史は、「挑戦に対する応戦の歴史」とも言われます。
この100年くらいの間にも、様々な病気が人類に挑戦してきました。
天然痘。スペイン風邪では1000万人以上が亡くなられました。
江戸時代に流行ったコレラ。町で人が次々に亡くなっていくので、コロリとも呼ばれていました。
明治時代や大正時代、結核も不治の病と言われていました。
これに対して、人類は、命と健康を守るために知恵を集めて「応戦」してきました。
不治の病と言われていた病気も治せるようになってきました。
こうした「応戦」を学校でも続けていきます。
合い言葉は、「スキあらば手洗い、うがい」です。

ここで、「文部科学大臣からのメッセージを紹介します。(文部科学省公式サイトより転載)
新型コロナウイルス感染症について、不安を感じておられる方も多いことと思います。
新型コロナウイルス感染症対策では、通常の風邪や季節性インフルエンザ対策と同様に、お一人お一人の咳エチケットや手洗いなどの実施がとても重要です。
子供たちには、外から帰った時などに、必ず手洗いをしっかりするとともに、正しい知識に基づいて冷静に行動するよう指導してください。
保護者の方や教職員の皆さんにおかれては、国や地方公共団体が発表する正確な情報を収集・把握していただくようお願いいたします。
また、新型コロナウイルスを理由としたいじめや偏見は、決して許されることではありません。
今後も、中国から多数の子供たちが帰国することが予想されます。
住み慣れた地域や学校を離れてつらい思いをしている子供たちや、感染拡大の防止に向けて懸命に働いているご家族を持つ子供たちを傷つけるような、心ない言葉や態度がとられることがあってはなりません。
教職員の皆さんにおかれては適切な対応をとっていただくとともに、保護者の方におかれてもご配慮をお願いいたします。
    令和2年2月7日   文部科学大臣 萩生田 光一

中国の学校が閉鎖されているところもありますから、これから矢口小学校にも、中国から帰国してくる子がいるかもしれません。
そんな時に、コロナウイルスを理由とした、いじめや悪口は、絶対にあってはならない。
一番苦しんでいる人を、どん底に落とす行為です。
校長先生は、そういういじめや悪口は、断じて許しません。
もし、中国から帰国してきた転入生があった場合は、優しく受け入れてあげてください。

さて、ウイルスの挑戦に対して応戦するために、これから手洗いの仕方を練習します。
ここに首相官邸ホームページから印刷してきた手洗いの仕方がありますから、みんなでやってみましょう。
(1)水道から水を出して、石鹸をつけて、手のひらをよくこすります。
(2)次に手の甲をのばすようにこすります。
(3)指先やつめの間をこすります。
(4)指の間を洗います。
(5)親指と手のひらをねじり洗いします。
(6)手首もよく洗います。
ウイルスの挑戦に対する矢口小学校の応戦のための合い言葉は「スキあらば手洗い、うがい」です。
学校ではよく手を洗うでしょうが、塾ではどうでしょう。
バスケットや野球、サッカーなど、スポーツチームは新人戦や卒業大会のシーズンでしょうから、人がたくさん集まります。
手洗い、うがいをたくさんしてください。「スキあらば手洗い、うがい」で、みんなでしっかり予防していきましょう。

◎この直後、1年生の教室を見に行きますと、みんなで一生懸命、手を洗っていました。こういう素直さが矢口魂をもった本校児童の姿ですね。1年生のみんな、偉いです。
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節分でまくのが豆なのはなんで?(2月3日全校朝会)

今日は節分です。
「鬼は外、福は内」ってやりますね。
昔から、この季節の変わり目には、鬼が来るから豆をまいて退治することになっています。
給食では「節分ごはん」という大豆入りのごはんが出ますから、残さず食べてくださいね。
では、ここでチコちゃんの質問です。
「節分でまくのが豆なのはなんで?」
(手をあげた児童は、わずか数名。)
豆の「ま」は、悪魔とか魔物といった「魔」を意味します。鬼も魔のひとつです。
病気ならば病魔ですし、心の魔だったら悪魔のような心とかいいます。
豆の「め」は、「滅する」ということ。つまり、消滅させる、無くしてしまうという意味です。
ですから、豆をまくことで、自分の体の中にいる「魔を滅する」という意味があります。
自分の中にある「魔」を滅する方法を、ひとつ紹介します。
この後、計画委員の皆さんがユニセフ募金について話してくれるのですが、この募金も魔を滅することにつながります。
募金は自分のためではなく、困っている人のためにやります。
人のために何かをするということは、自分の中にある魔の心を無くすことになるのです。
実は校長先生も、毎朝募金ということをしています。
朝、財布の中にある10円とか50円を全部募金してしまうのです。
人のためにしている募金ですが、この行動は自分自身の生活を良くする方に、必ず戻ってきます。
皆さんもこの後、計画委員の話をよく聴いて、5円でも10円でもいいから募金に協力してください。
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