そりゃおかしいぜ第三章

北海道根室台地、乳牛の獣医師として、この国の食料の在り方、自然保護、日本の政治、世界政治を問う

所詮は富裕層の有閑夫人の気まぐれでしかない、安倍昭恵の高江見学

2016-08-24 | 沖縄問題
参議院選挙が終わったとたんに、政府は高江のヘリパッド工事に取り掛かった。惨敗した沖縄への見せしめであろうか、日本全国からかき集めた機動隊は容赦ない実力行使を行っている。
そこに安倍晋三の配偶者の安倍昭恵妻が突如8月6日に訪れた。三宅洋平という参議院選挙東京区で25万票とって健闘した、一見反自民のようなミュージシャンの男を伴っての見学である。
思想信条が定かでなく浮遊した中でしか、状況を理解できないという点でお似合いの二人である。「何が起きているか見たかった」というのであるが、確かめる方法はいくらでもあろう。見学しただけのことならサルにでもできる。私たちも上映した「標的の村」を見て興味を持ったようである。
安倍昭恵は、これまで旦那の推し進める政策を随所に批判している。家庭内野党だのと言葉で濁しているが、それで何かをするというものではない。野党のガス抜き作用すらない。
雑誌の取材で、彼女は反原発、TPP反対、消費増税反対を表明している。それではどうするかというものが次に出てこない。そのような立場でないというのであろうか。次に踏み出せないなら、単なる冷やかしでしかない。これまで彼女は同じようなことを繰り返している。野党の主張を支持するような言動を幾度も繰り返している。
今回のことで言うなら、高江の住民が置かれているのはヘリパッドを強制的に作るところの彼らがいたという程度の認識で終わってしまっているのである。自民党はなぜ強制的にでも作る必要があるのいうか。なぜ日本政府が、つまり私たちの税金を大量に注ぎ込まなければならないのか。そうしたことを論議しなければ、彼女の見学は何の意味もない。
所詮は、富裕層のお嬢様育ちの気まぐれでしかい見学である。旦那に内緒のお忍びである。戦後一貫して(戦前もそうであったが)、虐げられ続けてきた沖縄の人々の置かれてきた立場を、どの程度理解しているのかもわからない。そして彼女は何を解決するでもない。住民の声を聴くわけでもない。何を提言するでもない。人騒がせな見学旅行である。
「旦那と意見が違うのよね~!」で済ます人騒がせな女である。旦那でも連れてくれば少しは変わろうが。
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高江のヘリパッドは遺棄される沖縄の象徴である

2016-07-23 | 沖縄問題
参議院選挙が終わった翌日に安倍政権は、高江ヘリパッド建設の強行に出た。報道が抑えられるとの判断であろう。これにNHKはしっかり呼応した。それまでもほとんど報道はなかった。一昨日の実力行使が始まった日には、トップにポケモンゴーとかいう田舎では全く使うことのできない、僻地を馬鹿にしたゲームが日本でも販売されたことを、延々とやっていた。公共報道の機関として、NHKは徐々にではあるが、会長の意向通りに政府の下請け機関化しているように思えてならない。
菅官房長官は、協議と建設は並行してやっていくと述べた。つまり沖縄で示された、何度も何度も繰り返し示された民意は聞きませんと言っているのである。同時に、辺野古新基地建設の行政差し止めした沖縄県を訴えたのである。
これに対して、翁長雄志知事は22日高江ヘリパッド建設工事を再開したことについて、「県民に大きな衝撃と不安を与えるものであり、誠に残念だ」と述べた。その上で「県民は長年にわたり過重な基地負担に耐えながら日米安保体制に尽くしてきているにもかかわらず、強行に工事に着手する政府の姿勢は到底容認できるものではない」と強く批判した。

私たちは、ドキュメント映画「標的の村」を当地で上演した。僻地での上演は厳しいものがあるが、支援の意味もあった。北部米軍訓練場の多くが返還されることになった、そのことを評価せよというのである。この訓練場は整備されたものではなく、やんばる森そのものでありジャングル行進の訓練に使われていたものである。ベトナム戦争の時には、高江の人たちはベトコンに扮してゲリラの標的に駆り出されていた。
そして返還する代わりに、今度は整備された巨大なオスプレイの基地を建築するというのである。これは沖縄に日本中の基地を集約した構図と同じである。
しかし、欠陥輸送機のオスプレイは巨大で高江の住民は、信じられない大きな騒音と風圧に悩まされることになる。そもそもやんばるの森を切り崩すことの環境調査をやったかどうかも聞いたことがない。少人数の地域が標的にされるのである。
政府は全国から呼びつけた大量の機動隊員を投入して、県道を塞ぐ高江の人たちを排除にかかった。この光景は、日本が沖縄を遺棄する象徴的な出来事に見えてならない。
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米軍軍属男の異常な強姦と殺害そして遺棄

2016-05-23 | 沖縄問題
沖縄でアメリカ軍属関係の男が20歳の女性を殺害した事件であるが、報道の一部があまりにも悲惨なためか正確ではない。この軍属と表現されている男であるが、SOFAという限りなく軍人に近い立場であることが判ってきた。そして事件のあった日は、若い女性を強姦する目的で、車で物色していた。見つけた女性を強姦したばかりででなく、持ち合わせていた(?)ナイフで刺し殺した。傷は複数骨まで達している残忍さである。このことだけでも極めて異常である。さらに、動かなくなったので持ち合わせていた(?)バッグに詰め込んで遺棄したというのである。極めて異常と思われる行動である。何一つとして弁解の余地も情状酌量の部分もない。
沖縄は辺野古を新基地建設問題を抱えて、反アメリカ軍基地の姿勢を崩さない翁長知事が、県民から強く支持されている。こうしたことを背景にして、日米地位協定の17条の裁判権の行使をアメリカは見送るようである。この男の犯行は早くから特定されていたようである。以前ならアメリカは日本に先駆けて拘束し、帰国させていた事例である。そうしたことが繰り返されてきたのが沖縄と日本各地のアメリカ軍基地周辺の状態であった。
事件が起きるたびに、再発防止に真剣に取り組むと日米両政府は異口同音に表明するが、事件が減少したわけでもない。相変わらず残忍な凶行が繰り返されている。再発防止はどのように取り組まれたかは、詳細については知らないが効果は全く上がっていない。今回は伊勢志摩サミットが目前に迫っているため、政府のメンツを守るために対応が早いようにふるまった。
アメリカ軍が駐留するばかりか、厳然たる治外法権の地位協定がある限りこうした事件はなくならない。アメリカに完全に支配されているイラクですら、米軍人を法廷に引き出す権利があり、実際に裁判にかけている。世界中でアメリカ軍が異国で一番法的に守られているのが、日本である。
沖縄では女性たちの団体がいくつかが、私たちも危険にさらされていると声を上げている。来月には県民大会が行われる。綱紀粛正や再発防止といった、口先だけの約束では何も変わらないことを今回の事件が証明している。
安倍晋三は、地位協定の見直しを質され、相手のあることと一蹴している。やる気がないのである。今後さらにこうした残忍な事件は起きることになる。
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繰り返される沖縄の米軍による惨事

2016-05-19 | 沖縄問題
沖縄で際限なく繰り返される女子暴行事件がまたまた起きた。
うるま市大田の会社員島袋里奈さんが4月28日から行方不明になっているたが、沖縄県警は19日午後、重要参考人として任意で事情を聴いていた元海兵隊員の米軍属の男(32)を死体遺棄容疑で緊急逮捕した。男の供述に基づき、本島北部で女性の遺体を発見した。男は殺害尾もほのめかしているとのことである。
今回の男は軍属ということで、現役ではないが海兵隊出身である。アメリカ軍は故国を離れて異国に駐留するのであるが、アメリカがそれらの地域や国家を低開発国あるいはアメリカの属国という概念が根にある。そのことによる優越感覚が犯罪を引き起こすのである。
とりわけ日本とは、地位協定という名の治外法権を結んでいる。犯罪を犯しても、彼らには法のお咎めもなく故国に帰れる恩典がそもそもあるのである。再発への約束は繰り返されるが、米軍関係者による犯罪は後を絶つことがない。とりわけ女性への暴行や犯罪は絶えることなく起きている。アメリカには解決する気が全くないか、日本あるいは日本人を属国化しているとの感覚があるのである。
多分アメリカは世界各国を守てやっている。だからお前たち金を出せと発言するとトランプ共和党の大統領候補も、駐留する犯罪を犯した連中と変わりない程度の認識しかないのだろう。
翁長知事が訪米して元副大統領のモンデール氏に直接沖縄の基地問題を訴えている。会談の内容は明かされていないが、普天間基地返還の当事者だったこともあって、深い理解を得ることができたと翁長氏は述べている。
原爆投下もそうであるが、こと沖縄の基地問題についてアメリカは、日本には礼を言われることはあっても、文句つけられる筋合いはないという姿勢は変わることがなく、日本との認識の差は説明しようもない。こうした海兵隊の暴行事件が繰り返されるたびに思うことである。米軍の撤退以外の解決方法は存在しないのである。
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「良き隣人と言うが、実行された試しない」という、翁長知事の言葉

2016-03-18 | 沖縄問題
兵による女性暴行事件がまた起きた。沖縄米軍トップのローレンス・ニコルソン四軍調整官が一昨日(6日)沖縄県庁を訪れ、謝罪した。
ニコルソン氏は「おわびと遺憾の意を伝える機会をもらい、感謝する」と述べ、「事件はわれわれにとっても恥だ。知事、県民の怒り以上に、私も怒りを感じている」と謝罪した。
型通りの謝罪をうけて、翁長知事は「強い憤りと、やるせなさをもって抗議する」と述べたが、これからも良き隣人で居たいと述べたことで、相当カチンときたらしい。良き隣人として実行されたためしがないと、強い不快感を示した。
これまで何十回何百回も繰り返された、米軍兵による女性暴行事件である。元々占領下での治外法権がいまだに残っているのである。米軍は日本を守ってやっているのだから、敗戦国なのだからという横暴が70年経っても拭えていないのである。基地という物理的存在以上に、沖縄県民は負担を負わされている不満を、辺野古新基地建設反対に取り組んでいる翁長は許せなかったのであろう。
しかしこの日訪れた在沖米軍トップからは、被害女性への謝罪の言葉は最後までなかった。所詮アメリカは日本を属国としか見ていないのである。繰り返される、米軍兵の婦女子への暴行事件は、治外法権沖縄と琉球王国時代まで遡る、沖縄差別の象徴的出来事といえる。
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民主主義も地方自治も壊される、辺野古新基地建設

2015-10-31 | 沖縄問題
沖縄弁護士会が、「辺野古新基地建設にかかる沖縄県知事の公有水面埋立承認取消処分の尊重を求める決議」を行った。総会を開いての決議であり、それな内容とともに大きな意味を持っている。
決議文で、普天間飛行場代替施設建設事業にかかる公有水面埋立申請の承認処分を取消すことについて、(1)米軍基地の集中による沖縄県民への過重負担、(2)辺野古沿岸、大浦湾周辺の環境保全の重要性、そして(3)沖縄県民の民意、をあげている。そして、行政不服審査請求を手続きをしたのであるが、これは国民の救済のための手続であって、国が不服申立の当事者となることを想定しているものではないとしている。それを同じ国側の国土交通省が審査するのはアンフェアーだとしている。つまり国側は、国民の声は聞かないということになる。地方自治の崩壊といえる。
しかも感を待たずに、代執行をするというのである。地方自治など必要ない、問答無用といえる行為である。
国は埋め立て承認取り消し処分の瑕疵については審査はしてはいないし、そのことは問うていない。異常な反応といえる。
3日前に本ブログで書いたが、カネの力で住民を分断を図っているが、これも自治法違反の匂いが強い。長崎県民には、反対されたからとオスプレイの飛行演習を取り下げた。その一方で沖縄の民意は聞かないという、ダブルスタンダードもやってのける、菅官房長官である。、
「沖縄住民の同意なくして、どうして国が新たな米軍基地の建設を強行できるのか」という言葉には、子細な知事認可が必要なことが多数あるからといわれている。珊瑚の破壊に伴う許可や埋蔵文化財の保護や珊瑚の採取許可などが、執行されなくなり建設はできないというのである。
何よりもこれだけの強権を執行する安倍政権側に焦りがあるからとも見られている。
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百田が潰さねばと言った沖縄二紙が記者会見

2015-07-02 | 沖縄問題

自民報道圧力問題で「沖縄2紙はつぶさないといけない」と名指しされた琉球新報と沖縄タイムスの両編集局長が今日(7月2日)、東京の日本外国特派員協会と日本記者クラブで会見した。それぞれに100人、160人の記者が集まって関心の高さを示している。
百田の指摘したことはすべてが事実と異なることは、6月30日の本ブログで指摘した。発言全てが事実をゆがめるものであるのも珍しく、無知によって飾られているとしか言いようがない。二人の編集長は、百田が好きなことを言うのは言論の自由であるが、それを引き出した自民党の国会議員は許されるべきではないと訴えた。
とりわけ基地の存在は、戦勝国のアメリカによって撤収されたものであり、後から周辺に住んだかの発言は県民の意思を逆なでするものである。沖縄の基地問題の基本が解っていない。
更に、懲らしめるために広告料をなくすために経団連に働きかけよという発言は、政権の意に沿わないメディアを『兵糧攻め』にして報道の自由を取り上げるという言論弾圧の発想にほかならず、極めて危険だ」と琉球新報の潮平芳和編集局長は述べた。沖縄タイムスの武富和彦局長は「政権の意に沿わない新聞は許さないという姿勢は民主主義の根源である報道の自由を否定する暴論だ」と述べた。

麻生・石破両大臣が党員を集め、後ろから弾撃ってどうするのだと諭している。石破はともかく何度も後ろから弾撃った麻生がそのような発言する資格があると思えないが、彼らは安倍晋三支援の若手懇談会が、間違ったことを言っていると指摘しているのではない。まるで今は黙っていろ言っているようなのである。騒ぐな、言うことは良く解っているとでもいうのであろうか。報道の自由や、沖縄基地の現状の認識の在り方を問うているのではないのである。
自民党には結局沖縄問題も、集団的自衛権の問題も、党議拘束によって健全な意見交換すらすることもないのである。沖縄が辺野古基地に示した民意も、集団的自衛権行為容認による安全保障法案も党の決めたことへの従順と忠誠しか、党員に認めないのが、安倍政権下の与党の存在なのである。異論を認めない体質に陥ってしまっている。沖縄の民意は、この集会を見ればわかるというものである。
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沖縄慰霊の日に逃げて帰る安倍晋三

2015-06-23 | 沖縄問題
今日は沖縄の慰霊の日である。牛島中将が自決したとされる日を、いわば沖縄の終戦の日として決めたのである。
本ブログではこれまでこの日に、「今日は慰霊の日、遺棄された沖縄」「沖縄慰霊の日に思う」と「沖縄慰霊の日」など、毎年のように書いている。しかし、今年は例年とやや異なる。辺野古基新基地建設はいたいの、沖縄県民の相違がこの一年で何度も示された背景があるからである。
翁長知事は、「沖縄全戦没者記念式典」の冒頭で平和宣言をした。ほぼ半分の時間を、辺野古基地建設ができないと県民の意思が示されていることなど基地問題に費やした。「戦争の犠牲になられた方々の安らかであることを心から願い、恒久平和を切望しているからです。」「国民の自由、平等、人権、民主主義が等しく保障されずして、平和の礎(いしずえ)を築くことはできないのです。 」など、思いの高さを感じるものです。
おざなりのコピペ文章しか読めない、安倍晋三のお座なりの挨拶とは比較のしようもない、翁長知事の県民の意思を受けた気品のある文章が際立つものであった。
式典後翁長知事は、首相に会談を申し入れたがそそくさと帰ってしまった。首相の初の沖縄訪問の機会を、会談の絶好の機会と捉えたのであるが断った。仲井真の時には会談している。安保法制が行き詰っていることもあり、会談しても突っ込まれるばかりと判断したのだろう。沖縄では、集団的自衛権行使することで、沖縄は再び戦場になる可能性が高いと半数以上の人が懸念を抱いている。

沖縄の「平和の礎」は20年前のこの日に除幕された。当初の刻銘数は23万4183人だったが、毎年追加刻銘を重ね、現在24万1336人の名前が刻まれている。そのうち約62%が県出身者である。刻まれた名前は靖国神社のように、国のために命を捧げたと国が認めた軍人だけが対象になっているのではない。沖縄戦で亡くなられた、すべての人たちが対象になっているのである。ここに強い沖縄県民の姿勢が読み取れるのである。
戦争を美化する軍事目的の靖国とは基本的に異なる、民間の施設である。
普天間基地建設も安保法制も、大きく国民の意思を外した政策であることに安倍晋三は気が付くべきである。民主主義とは、主権者が国民であることが何よりもの基本なのである。ついでに消費税も原発も引き下がる潮時ですよと、誰か側近が振り仮名つきのメモでも渡さないのだろうか。
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鳩山由紀夫と安倍晋三の功罪

2010-07-20 | 沖縄問題

人間とは良くできたもので、安穏としているだけでは置かれている場所が解らないものである。無くなって気が付くということもある。あるいは、騒がれること200pxshinzo_abe_2006nov18で初めてその存在に気がつくことがある。その典型が、平和憲法と沖縄基地問題である。この二つを国民に考える機会を作ってくれたのが、安倍晋三と鳩 山由紀夫である。奇しくも、二人の祖父は首相を務めている。

安倍晋三は、極右翼的立場を祖父から受け継いだ男である。就任早々「美しい日本」などと、情緒的と思われるキャッチフレーズを用いながら、防衛庁を防衛省に格上げし、憲法改正に向けて国民投票法案を可決したり、日教組憎しで教育基本法まで手を出した。

この男が総理をやったおかげで、危機感を持った国民の間に「九条の会」が全国に雨後のタケノコのように出来てきた。憲法について、とりわけ9条について大きな論議が起きた。ひとえに安倍ボンのお陰である。

鳩山由紀夫は、「友愛」なる同じく情緒的な概念を政治理念として掲げた。安Photo倍ボンと違って、この男には理念がなく、誰にも嫌われたくない態度で終始し た。

鳩山が、普天間をどうしたら良いのか解らないままに、あれこれ思い巡らしたのだろう、結論が引き出せないまま時が流れた、自らが設けた不要の時間設定の呪縛から逃れることができなかった。その結果、国民は思わぬもらいものをした。

マスコミがこぞって、沖縄基地を取り上げたのである。おそらく自民党政権がこのまま続いていれば、沖縄の基地はこれほど騒がれることもなかったであろう。国民もその存在について考えることもなかったことになったであろう。沖縄基地問題を考えるいい機会を、鳩山は設けてくれたことになる。

二人とも決して後世に評価を受ける総理とはならないであろうが、世間知らずのために、あるいは思いつくままの言動は混迷を極め短命首相で終わったが、おかげで国民はいろんなことを考える機会を貰ったことになる。

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こりゃフニャフニャだ

2007-09-25 | 沖縄問題

安倍首相が(前首相でない)、お詫びの記者会見をした。すっかり憔悴した病人であった。能力以上のことを突っ張ってやてきたが、そのつっかい棒も外れたのであろう。入院中にさらにひどくなったようである。フニャフニャの単なるおじさPhoto_171んである。この姿に同情する、お人好しの日本人が多数いることまで計算したのだろうか。哀れな気さえする。

安倍ボンは体調のことを、聞き取れないような細い声で言っていたがそれは明らかに違う。彼の肉体が、首相の””に耐えられなかったのである。能力以上のことをやろうとした結果、体が悲鳴を上げただけのことである。肉体的というよりも精神的に、その重さに耐 えられなかったのである。無責任を通りこしている。

ところで、彼を推薦した80%の自民党の連中は何処に行ったのであろうか。総裁へ苦言を呈する人物がいなかったことも、総裁の権限が強くなって誰も何も言えなくなった背景も、小選挙区制が政党の権力を収斂性を高めた結果である。極めて、独裁色の強くなった総裁の重さに耐えられなかった、安倍ボンボンTky200709240140は哀れそのものである。

代わって登場する、福田康夫氏はヘラヘラおじさん(おじいさんかもしれない)であるが、これで一番困っているのは、小沢一郎であろう。参議院選挙後の彼の言動は、かつての「剛腕小沢一郎」が復権した感がある。

この二人を並べてみると、与党と野党の色合いが逆転して見える。ほどなくヘラヘラおじさんの人当たりの良さが、自民党を復権させることになる。目先が少し変わって、これで溜飲を下げた国民の支持をなんとなく回復して、自民党そのうち挽回してくることになる。こちらのオボッチャマは二代目で、フニャフニャにはならないだろうが、何をするのかもよく解らない。

民主党はどうするのだろう。農家の所得補償政策だけは形が変わっても、農家を支援するためにやり遂げてもらいたいものである。テロ特措法は形を変えて承認されるであろう。もうひとつ、安倍晋三は政界にとどまるなどと言わずに、引退し、どこかの元首相のように陶芸などをやっていた方がいいと思う。

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こりゃ選挙詐欺だろ

2006-12-17 | 沖縄問題

Japanese_prime_minister_abe_said 昨年の9月11日に総選挙があった。「郵政民営化、この一点を国民に問う」、と参議院で否決された腹いせに、衆議院を解散した。つまり、あの選挙で日本国民は、郵政の民営化について自由民主党に、3分の2にも及ぶ大量の議席を与えた。

参考までに、北海道では自民党は大敗北をした。北海道はのような僻地は、郵政民営化は反対の態度であった。

いずれにせよ、この議席数は郵政のことだけを問われて、国民が与えた数である。ところが一旦、収まると数を武器に何でもやる。

防衛庁を省に昇格することなど、我々国民は問われはしなかった。ましてや、教育の憲法とまでいわれている、教育基本法を審議することなど全く問われてはいなかった。

これはシステムがこうなっているから仕方ないでは済まされない。権力者は、参議院で拒 否されても、理不尽にも衆議院を解散する、横暴が許される。システムはそのようにはなってはいないが、権力者ならできるこの矛盾。

この国の民主主義は、どこかおかしい。間接民主主義が間違っているとは思いたくはないが、こうしたことは逐一国民に問うべきではないのか。

どうもこの国会でのやり方は気に食わない。

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そりゃ美しい国だろ

2006-11-18 | 沖縄問題

Abebon美しい”国などと、自らの政策を形容詞で語り、概念を提示する安部総理は、結局はムードだけで乗り切ろうとしているかに見える。政治家は理念を語らなければならない。形容詞は概念でしかない。

戦うと政治家」いいながら、靖国神社については曖昧にしたままである。中国も韓国もこれ以上我慢できなかったのであろう。それでもいいから、話し合いたかったのである。経済交流の最も盛んな近隣国家と、首脳がいがみ合っていてはやっていけない。彼は運が良いだけである。

この総理のいい加減さは、アメリカ中間選挙結果にも「他国の選挙ですから」とコメントしない。コメントするだけの、分析力もなければ理念もないのである。ここにも、いい加減なままで曖昧にしておこうとする姿勢がありありである。

美しい国は、総理の頭の中には戦う国家のことのように思える。かつて、早稲田大学で、Fallen4 無役の頃とはいえ、日本の核装備を唱えた人物である。

棺をいくつも並べながBasra_british_may20 らも、アメリカな戦争をしている。戦うということは、大量の死者を作り死者を受け入れることでもあるのである。それが果たして美しい国なのであろうか?

いい加減さが売り物の政治家の賞味期限は知れている。

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羅臼港

春誓い羅臼港