イランが核開発を、国是として行う。世界唯一の被爆国日本では「核兵器」そのものの論議が、どうしても主体になっておこなわれる。論議の前に、嫌悪感が存在して核兵器を所有することの政治的な意味の本質を見逃す傾向になる。核兵器を所有したいと宣言しただけで、北朝鮮は膨大なエネルギーと食糧の援助をクリントン時代に貰った経験がある。国内政策が行き詰っても 「核兵器を作ろうかな~」と言うだけで、なんでも解決できたのである。まさに、核兵器の持つ政治的意味を正確に理解しているといえる。再度甘い汁は吸えなかったものの、核開発を強烈な政治の駆け引きのカードとして使用している。
世界最貧国の一つである北朝鮮が、国家の存亡を危うくするような戦争を本気でやるわけがない。一発打ってそれで終わりである。戦争ができない国が核兵器を持つ意味を再度確認するべきである。いたずらに危機感を煽ったり国防論や改憲論に置き換えてはならない。イランはインドやパキスタンが所有する限り、この国の国民は所有を望むであろう。核拡散防止条約は、米国、英国、仏国、ソ連、中国の5ヶ国以外が核を持つことを禁じた、かなり身勝手な条約である。被爆国日本が、核拡散に反対する意味は大いにあるが、結果的にアメリカを支援することになる政治的すり替えを理解しているのであろうか。広島は全ての核兵器の廃絶をうたっている。核兵器の拡散防止ではなく廃絶が本論である。
ところで、ビンラディンも核兵器を欲しがっているようであるが、これは政治的な意味や駆け引き材料ではない。まさしく「核兵器」として使用したいのである。核は二つの大きな意味を持ち、それらは個別の視点から論ぜられるべきである。
どうしてイラク・イランは大騒ぎして、パキスタンはスルーなのか、ヘンな話です。ようするに米国・イスラエルの勝手な事情ではないのでしょうか、と素人でも感じてしまいますよね。
あまりこんなことは言うべきではないのかもしれないけれど、おそらく日本に次ぐ第二の被爆国は米国になるんじゃないかなと、漠然と予想されてしまいます。NYかワシントンDCかわからないけど。それは文明対立とかビン・ラディンとかは関係なく、もっと個人的なレベルで。だって多くのイスラムの人たちが、ネオコンの私欲のために犠牲になり、インターネットの発達した現代では、そういう裏事情はみんなに筒抜けです。本当に多くの人たちが深い悲しみと怒りを抱えてらっしゃるわけです。もしも自分がそういう境遇に置かれたらどうするするかと考えると、わるいけど米国に情けをかける気にはならないと思います。
本当の意味での犯罪の抑止をしたかったら、弱者の救済が最重要であることは、社会学的にも、歴史を鑑みても間違いないでしょう。それを無視して、自由の名の下にやりたい放題、対テロの先制攻撃とか、巨額のミサイル防衛とか、そういうことばかりやってると、遠からず足下をすくわれる形で『神の鉄槌』が下ることは避けられないような・・・