そりゃおかしいぜ第三章

北海道根室台地、乳牛の獣医師として、この国の食料の在り方、自然保護、日本の政治、世界政治を問う

徴農制を考える

2010-01-13 | 政治と金

徴農制とは、徴兵制をもじったものである。兵役を義務化するのになぞらえて、農業実習を若者に体験させるというのである。様々な方が、農業体験の重要性を唱えている。義務化するとしているのは、自民党のかなり右寄りの方々である。現在適されているのは大学の単位としての義務化である。

都会の若者を農村にやるとするのは、ロシアの革命を農村からやろうとする「ナロードニキ」や、中国の文化大革命時代に「下放」と呼び、農村で強制労働をさせたことを思い出す。カンボジアでは、都会の労働力を強引に農村にやり思想統制の意味も、中国同様にあった。いずれにしてもあまり良いイメージがない。現在日本でとなえられている、徴農制は学生に単位としての農村での農作業体験をさせるというのである。

これは伊藤忠商事会長の丹羽宇一郎氏の提案で、学生に農作業を体験させ農業の実体を肌で感じさせようというものである。農村の高齢化は著しいものがあり、就農者の平均年齢が65歳を超えた。次代の担い手がいないのである。農村を体験したものから、後継者が出ることを期待するというのが、丹羽氏の思惑である。

畜産や農学系の学科では農業実習が単位としてある。多くの学生を農家に送りこんだ経験を持つが、全くの初体験の学生は少なからず感銘を受ける。農業関係に進まなくても、彼らの中に何らかのものが残ると思っている。

現代の都会の若者は、土を知らずに育っている。農作物が販売機からいつでも都合のよい時に取り出せると思っている。食料の持つ意味合いや概要だけでもいいから、知る機会を作ってやることは大変意味があることである。

農作物が天候や地形などのそれぞれの固有の風土で作られ、人々が生きてゆく上で欠かすことができない最も基本的な商品であることや、あらゆる生き物は生き物を食べる(取り込む)ことによって生命を長らえていること体験させるべきである。そうした体験を得ることで、農業を目指す人材が出ることもさることながら、食料や農業を本当の意味での理解が生じることを期待したい。

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