著者1973年生まれ。就職があのバブル期最後にあたり、売り手市場の緩やかな就職戦線を体験、その後の仕事では人事部、社員募集状況と若手社員の職場環境の変動が記されています。
バブル崩壊の荒波を潜り抜けた企業は、正社員を取らず派遣社員で人件費負担増を避けようとしていること。
よって、若手採用は、会社の景気が上向いても、それに見合った人員増を避け、人員調整がしやすい派遣で賄う体質になっている。
よって、いつまでも若手は少数派であり、給料の分配においても、正当な昇給が期待できず、長時間労働でいくら働いても、収益は年配者の給料にあてがわれる仕組みだ。
今の年配者が若かったころも、同様の仕組みだったから、彼らはそれを当然と思っている。過分の労働に対する対価は、将来のポスト(役職給)で報われるという暗黙の了解があったから。しかしながら年功序列から、成果主義へと流れはかわり、今の過分の労働に対する将来の見合ったポストが期待できないと思う若者を、今の職場は惹きつけはしない。それが、「3年で辞める」現象につながっているという。
以上は、若手側に属する立場から。
私は、よその国は知らないけれど、この国の会社組織の特徴として男性の給料は「世帯を維持していくための」という視点も入っているように捉えている。
その配慮は単一民族独特のやさしさからきているのだろうか。家族手当や住居手当など、従業員の家庭まで丸ごと抱えているかのごとく配慮されている。
会社は、仕事に見合った支払いをしているという面と、その家族を養っているという責任もあわせて持っている。
これらが、中高年への給料を膨らませ、そりなりの給料をもらえるべきだという発想を生み出し、昨今は、だったら求人は中高年を雇いたくないという悪循環を招いているような気がします。若い求人もいっぱいあるし…。
時代は常に変化しており、同じ時代は、どこにもありません。今の30代を育てた親たちは、自分の親の不確かな生活よりも、安定したサラリーマンにといって、こぞって会社員になろうとした世代ともいえるのでしょう。この間、個人企業もどんどん法人化していきました。
親たちのその前の世代は、将来はもっと不確かな時代でした(命の保障すらなかった)。
時代は途切れることなくつながっていくもの。会社を飛び出す人、会社に残る人それぞれがあって、次の時代が作られていく、それはそれでまたよしなのでしょう。考えてみれば、30年前より不確かかもしれないけれど、50年前より確実に豊かだったりします。
個人的には、若い人が長時間労働で、自分のもつエネルギーの殆どを連日使い果たし、疲れきっていることについて、何とかならないものかと思っていますが・・・。
健康を損なっては、なにごとも始まりませんから。
バブル崩壊の荒波を潜り抜けた企業は、正社員を取らず派遣社員で人件費負担増を避けようとしていること。
よって、若手採用は、会社の景気が上向いても、それに見合った人員増を避け、人員調整がしやすい派遣で賄う体質になっている。
よって、いつまでも若手は少数派であり、給料の分配においても、正当な昇給が期待できず、長時間労働でいくら働いても、収益は年配者の給料にあてがわれる仕組みだ。
今の年配者が若かったころも、同様の仕組みだったから、彼らはそれを当然と思っている。過分の労働に対する対価は、将来のポスト(役職給)で報われるという暗黙の了解があったから。しかしながら年功序列から、成果主義へと流れはかわり、今の過分の労働に対する将来の見合ったポストが期待できないと思う若者を、今の職場は惹きつけはしない。それが、「3年で辞める」現象につながっているという。
以上は、若手側に属する立場から。
私は、よその国は知らないけれど、この国の会社組織の特徴として男性の給料は「世帯を維持していくための」という視点も入っているように捉えている。
その配慮は単一民族独特のやさしさからきているのだろうか。家族手当や住居手当など、従業員の家庭まで丸ごと抱えているかのごとく配慮されている。
会社は、仕事に見合った支払いをしているという面と、その家族を養っているという責任もあわせて持っている。
これらが、中高年への給料を膨らませ、そりなりの給料をもらえるべきだという発想を生み出し、昨今は、だったら求人は中高年を雇いたくないという悪循環を招いているような気がします。若い求人もいっぱいあるし…。
時代は常に変化しており、同じ時代は、どこにもありません。今の30代を育てた親たちは、自分の親の不確かな生活よりも、安定したサラリーマンにといって、こぞって会社員になろうとした世代ともいえるのでしょう。この間、個人企業もどんどん法人化していきました。
親たちのその前の世代は、将来はもっと不確かな時代でした(命の保障すらなかった)。
時代は途切れることなくつながっていくもの。会社を飛び出す人、会社に残る人それぞれがあって、次の時代が作られていく、それはそれでまたよしなのでしょう。考えてみれば、30年前より不確かかもしれないけれど、50年前より確実に豊かだったりします。
個人的には、若い人が長時間労働で、自分のもつエネルギーの殆どを連日使い果たし、疲れきっていることについて、何とかならないものかと思っていますが・・・。
健康を損なっては、なにごとも始まりませんから。