日々の暮らしから

「街中の案山子」「庭にいます。」から更にタイトル変更します。

これって・・・、どう思いますか。 病院の医療費3割引?

2007-10-31 12:08:29 | 社会問題
内部告発ばやりのようです。

「赤福餅が問題になって、御福餅が売れ出した」ってニュースみて、笑えました。
包装紙がピンク系で伊勢神宮の欄干を思われる、すごく似通っていて、今まで、商標登録とか問題にならなかったのかしら、と思ったほど。
こんな、ギリギリの線で売っているお店だから、キット、と思っていたら案の定。

次々と偽装やらが暴露され、似たような商売で、告発されないかとビクビクしている関係者もいるのでしょうね。

で、耳に入った話。
とある病院。通ったことはないけれど総合病院だと思います。
そこは、「従業員とその家族は、診察代無料」だそうです。
今年勤め始めた従業員であっても、「家族まで医療費の個人負担なし」と言うわけです。
例えば、デパートが従業員と家族を優遇するってのは、それはあり、だと思うのです。
でも、7割が(公から支払われる)健康保険で、残り3割が個人負担という医療の業界でそれをするのは、デパートの場合と状況が違います。
その病院が、従業員の福利厚生として考えていて、7割を健康保険組合に請求していないのであれば、無問題でとやかくいうことないのですが、本人からは0円として、診察報酬請求には載せて、保険給付7割を受け取っているとしたら、おかしい、というか、不誠実な構造を招きかねないと思ってしまいます。

患者側から見ると
どれだけ入院しても無料。
どれだけ薬を貰っても無料。
どれだけリハビリに通っても無料。
よい病院でよかったと、患者は感謝する。
少しぐらい検査や薬が多くても、目くじらは立てないでしょう。

でも、病院は、公の健康保険組合からの支払金はしっかりと受け取っている場合は、疑ってしまいます。
お医者さんは、自分の家族の治療の保険申請はできない、と耳にしたことがあります。
→病気でもないのに、治療した、手術したことに偽装して、保険給付を受け取ることもできてしまうからです。
    ↑
これには、罰則規定があるはずです。

従業員であれば、その規制の枠もありませんから、保険給付申請は大丈夫。

こんな場合、自費負担をなしにして、水増しで保険給付されることはないかしら、そう考えてしまいます。
入院日数を増やしたり、投与した薬を利益率の高いものにしたり、そんなことに発展していきそうで、「自己負担無料」の仕組みを耳にしたとき、いやーな気分になりました。
恩恵を受けている個人をどうこう言うわけではなく、多くの人を雇っている総合病院がこんなイージーになりがちな仕組みを多人数に設けているのだとしたら、過請求の温床になりそうに思うのですが、いかがでしょうか。
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本『夢からの手紙」を読む。 辻原登 著

2007-10-31 10:23:39 | 本・映画・テレビドラマ・絵・音楽
初めて読む作家、というか今まで知らなかった。
けれど、カバー裏の案内を見て、「花はさくら木」の作者とのこと。
あー、朝日新聞に連載していた…、と、挿絵と題字だけが思い出される。

で、読んでみて、短編6つが盛り込まれていて、どれも読みやすく面白い。
うち5つが江戸時代の話。下級武士、町人の人間模が、ありていに書かれていて、今は昔、とうに姿を消した職業のひとたちであっても、日々、商い、日銭を稼ぎして暮らしを立てていたかと思うと、いつの時代も、違うようで、似たり寄ったり、とも得心する。

6つの話でどれかひとつ選ぶとすると(6つに切り分けられたケーキから自分の皿に取るひとつを物色する気分ですが…)、「おとし穴」かな。

しがない町医者が、思わぬ工面で10両が手元に。で、これは滅多にないことと、知り合いの内職にかまけているような、懐具合の寂しい仲間を呼んで、宴の一席をもうけ、普段はお目にかかったこともない一両小判を披露。皆感激する。
さて宴も終わりの頃、片付けようと小判を数えると、9両しかない。
皆、はたと困ってしまう。
したくもない犯人探し。しないと自分も嫌疑をかけられたままになり、これもお互いが不本意。
で、ひとりずつ別室に出向き、覚えがある人が、黙って1両を置いてきては…、ということに。
入れ替わりに別室へ、で、10番目は武士を相手に商売して、幾分懐具合のいい商人。その商人が別室に行くと指定された場所には何もない。
これでは問題が解決しない…、と思案して、自分の懐から1枚小判を出して、そこに置く。
で、その訳知らずに、目出度しめでたし、と一座は喜ぶ。
が、宴を設けた町医者のお内儀が言う。
「重箱の蓋に、湯気で1両小判がくっついていました」と。
10両揃って、目出度し、が11両になって、一座はまたもや困ってしまう。
10番目の男も、自分が懐から出したと名乗り出ようかどうか思案に暮れるが、余計なことをしたわけで、躊躇われる。
で、またまた、別室に1両を置いて、ひとりずつ別室へ、と同じことを提案。
10番目の男は、10番目に別室に入る。
1両は、ちゃんとそこにあった。
これでよかった、と懐に入れる。

で、話は終わらない。
帰り道、10番目の男は、自分の後をつけている不審な影に気づく。
影は、ひとりなのか集団なのかは判らない。
ひとりであれば、きっと9番目の男に違いない。
集団であれば招かれた(自分以外の)全員に違いない。

宴の終わりに、自分の、良かれと思った配慮が、こんな結果を招くことになったことを悔やむ。
了。

中東にアラビアンナイト、「千夜一夜物語」がある。
面白い話を一晩にひとつ、寝物語として語っていったという。
この本に入っている話、6日間のそんなアラビアンナイト風に思えた。




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