日々の暮らしから

「街中の案山子」「庭にいます。」から更にタイトル変更します。

「ローマ人の物語」塩野七生著 第10巻を読み始める。

2012-01-20 08:00:28 | 
紀元前50年代、ガリアでの戦闘は続いています。
塩野さんは、ユリウス・カエサルの「ガリア戦記」を読み説いて、戦闘の模様の連続ですが、あんまり続くので、私の目は文字面を泳ぎ気味です。苦笑
ところが、「ガリアとゲルマンの比較論」になると、興味が喚起されるので、抜粋しておきます。
2000年前に多分ラテン語で帰されていたであろうカエサルの文章が、どのような形で残っているのか知らず(添削の余地が見当たらないほどの名文筆家だったらしい)、それがどういう形で、今に至るまで保存、翻訳されて伝わっているのかわかりませんが、アルプスを越えて、ガリア(今のフランス以北)やライン河あたりまで遠征し、それを戦記として残していたからこそ知れる、と思うと感慨深く、ほんの抜粋ですが、転記します。
2000年前の西欧です。
因みに、ブリタニア(イギリス)についての記載もありますが、さらに未開。
スペインはもっと以前からローマ属州ですが、原住民という扱いです。

「ガリアとゲルマンの比較論」
中略

 ガリアでは、二つの階級が人々を支配している。平民階級は、ほとんど奴隷と同じ程度にしか考えられていない。何事も自らの意志ではやれず、集会にも出席の権利はない。それでいて、重税を払わせられている。
 支配する二階級だが、その第一はドゥルイデスと呼ばれる祭司たちで、宗教に限らず、教育も司法もこの人たちが取りしきる。祭司たちの権力はすこぶる強く、彼らが良しとすれば村八分にされかねない。教育は、読んで理解するよりは、暗記が重んじられている。言語は、ギリシャ語ではないがギリシャ語のアルファベットが用いられている。
 もう一つの支配階級は騎士たちで、もちろん軍事を受け持つ。それに属するか否かは、生まれで決まる。
 ガリアでは人身御供の制度が温存され、普通は罪人が犠牲にされるが、罪人がたりなくなると、無実の人でも犠牲にされかねない。

中略

「一方ゲルマン人だが、彼らはガリア人とは大変に違う風俗をもつ。
中略
 ゲルマンの男の人生は、狩猟と戦闘に費やされる。幼少の頃から、厳しく訓練される。
中略
 農耕には、ごくわずかしか関心を示さない。彼らの食生活は、乳とチーズと肉で成り立っている。一人として土地を私有しているものはいない。各地区の長たちが、一年ごとに、どこに移動するかもどの地で狩猟するかも決めるからである。生活基盤は家族にはなく、親族の合同体かそれ以上の規模の共同体に置かれる。
中略
 戦時は、全員の生死を決する権利を与えられた指揮官たちを選び、彼らの支持に従う。反対に平時は、統一的な考えに立った統治機関を置かないのがゲルマンのやり方だ。ために、共同体ごとに異なる裁きや対処が成されることが多い。

以下略


今の時代で、本当に良かったと思う。
多くの人たちの血を流しての歴史が重ねられて、今日に至っている。先人につくづく感謝したいものだ。
コメント
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