その時になっているのだと、私の中でも確信している。
「その時」というのは、施設入所。
世間的にはすでにトイレ介助の限界だったのに、よくもまぁ、頑張ってやってきていたものです。
部屋には、何種類もの紙パンツ類が山積みになっている。
いままでは、布パンツから紙パンツへ移行してほしい、との路線だったけれど、
改めて、紙パンツの利用説明書を見ると、立位ができる人。補助されると歩行可能な人向き、とある。
母は、全力でしがみついても、10秒も立っていられない状態なのに、、、、。
ムリ、だったのです。
女性の力では、立たせることもできないので、履かせるのにどれだけ難儀するか! 急場は自分の腰が痛いのも言っておられず、必死でしたけれど。
これまでは男性(弟)だから、なんとかできた、状態でした。
オムツに替えたのですが、なかなかオムツに排尿することが理解できなくて、夜中にむしり取ってしまうのです。
「あなたは人に迷惑をかけるのが嫌な人だったでしょう。介護する人が大変だから、嫌かもしれないけれど、そこは我慢して、オムツにして、、、」
と、何度も耳元で説得する。
弟は、そんな長い話は理解できないよ、と。もっと、短く言わないと、何言っているのか、理解しないよ、と。
ずっと介護してきている弟の言うのが正解なのだと思う。
だけど、自分の中では、母親が望まないことをさせることになるので、ついつい、理解してもらいたい、という、私の考え方のクセが出ているのだ。
夜中にベットサイドに見に行くと、足元がズブッ!
ああ、失敗で難儀している、というのは、こういうことか、と思った。
母の世話をする前に、まずこぼれ尿に突っ込んだ私の足をきれいにして、ベットに近づくためにの床を拭いて、それから母の、、、と。
弟夫婦は、こんな下の始末を何度も繰り返しているのだろう。私も体験できてよかった、と思った。
もう、弟夫婦は在宅介護は充分した。
母は自宅で死を迎えたいと希望しているのは承知しているけれど、こんな実情なのだから、そこはちょっと譲歩してもらって、施設にお世話になるときになっている、そう思った。
弟は悪性リンパ腫の完解期だった。親の介護があったから職探しをして就職する選択肢がなくなり8年目。スポーツ三昧(週に6日だとか!
)ができるのは、介護があったおかげ、と言ってくれる。
私にはありがたい言葉です。
特養への入居申込書を提出しても、待ち人数が多いから、、、とのことですが、102歳で要介護3だから、ポイント高いのじゃないかと思うんですけどね~。
老化は間違いなく進んできている。2ケタの暗算ができるし、半年ぶりで顔を合わせても私のことを忘れることはない。でも身体の具合は要介護4に相当するのじゃないかしら、とこころのなかでは思っている。
それにしても、良く考えている人だな~、と思うところがある。
以前に、檀家のお寺で「ひとは片足を棺桶に入れていても、世の中に役に立てる」という、張り紙を読んだことがある。
100歳を超えた夫の祖母と接した時、ああ、この人は私にとって、そういう存在、と思った。
目の前の食事を左手で食べること以外できなくなった母だけれど、介護生活を始めるときに弟に伝えた約束が、愚痴が出ない知恵なんだよな~、と思っている。
「その時」というのは、施設入所。
世間的にはすでにトイレ介助の限界だったのに、よくもまぁ、頑張ってやってきていたものです。
部屋には、何種類もの紙パンツ類が山積みになっている。
いままでは、布パンツから紙パンツへ移行してほしい、との路線だったけれど、
改めて、紙パンツの利用説明書を見ると、立位ができる人。補助されると歩行可能な人向き、とある。
母は、全力でしがみついても、10秒も立っていられない状態なのに、、、、。
ムリ、だったのです。
女性の力では、立たせることもできないので、履かせるのにどれだけ難儀するか! 急場は自分の腰が痛いのも言っておられず、必死でしたけれど。
これまでは男性(弟)だから、なんとかできた、状態でした。
オムツに替えたのですが、なかなかオムツに排尿することが理解できなくて、夜中にむしり取ってしまうのです。
「あなたは人に迷惑をかけるのが嫌な人だったでしょう。介護する人が大変だから、嫌かもしれないけれど、そこは我慢して、オムツにして、、、」
と、何度も耳元で説得する。
弟は、そんな長い話は理解できないよ、と。もっと、短く言わないと、何言っているのか、理解しないよ、と。
ずっと介護してきている弟の言うのが正解なのだと思う。
だけど、自分の中では、母親が望まないことをさせることになるので、ついつい、理解してもらいたい、という、私の考え方のクセが出ているのだ。
夜中にベットサイドに見に行くと、足元がズブッ!
ああ、失敗で難儀している、というのは、こういうことか、と思った。
母の世話をする前に、まずこぼれ尿に突っ込んだ私の足をきれいにして、ベットに近づくためにの床を拭いて、それから母の、、、と。
弟夫婦は、こんな下の始末を何度も繰り返しているのだろう。私も体験できてよかった、と思った。
もう、弟夫婦は在宅介護は充分した。
母は自宅で死を迎えたいと希望しているのは承知しているけれど、こんな実情なのだから、そこはちょっと譲歩してもらって、施設にお世話になるときになっている、そう思った。
弟は悪性リンパ腫の完解期だった。親の介護があったから職探しをして就職する選択肢がなくなり8年目。スポーツ三昧(週に6日だとか!
)ができるのは、介護があったおかげ、と言ってくれる。
私にはありがたい言葉です。
特養への入居申込書を提出しても、待ち人数が多いから、、、とのことですが、102歳で要介護3だから、ポイント高いのじゃないかと思うんですけどね~。
老化は間違いなく進んできている。2ケタの暗算ができるし、半年ぶりで顔を合わせても私のことを忘れることはない。でも身体の具合は要介護4に相当するのじゃないかしら、とこころのなかでは思っている。
それにしても、良く考えている人だな~、と思うところがある。
以前に、檀家のお寺で「ひとは片足を棺桶に入れていても、世の中に役に立てる」という、張り紙を読んだことがある。
100歳を超えた夫の祖母と接した時、ああ、この人は私にとって、そういう存在、と思った。
目の前の食事を左手で食べること以外できなくなった母だけれど、介護生活を始めるときに弟に伝えた約束が、愚痴が出ない知恵なんだよな~、と思っている。