今時はそうなんだ、と耳にしたのは、私が祖母になる数年前でした。
本当は孫から「〇〇ばぁば」と呼ばれたかったのに、、、と。
えっ、「ばぁば」が今時風? と思ったものでした。
婆々、のようで、嫌じゃないかしら、と思ったのだけれど、それば各自の自由ですから、もちろん口にはしてません。
対として、爺は「じぃじ」なんでしょうね。
孫が初めて、夫を呼ぶとき、「じぃじ」は「じじぃ」みたいだから「おじいちゃん」で、とそれとなく伝えたら、我が家はずっと、「おじいちゃん」「おばあちゃん」。もう一つの実家には「じぃじ」と使い分けている風です。苦笑
我が家の子育て段階(昭和50年代)では、最初はパパ、ママでした。なんて呼ばせようかなと考えたものです。20代で「お母さん」はしっかりもののイメージがあって、イメージに追い付かなかったという気持ちもあり、簡単な発語のパパ・ママにおさまりました。
それが長女が年長さんの時に、自分から、「いつまでもパパ・ママではおかしいから、お父さん・お母さんに呼び方を変える」と宣言し、当初は言い直したりしながらも、私たちは「お父さん」「お母さん」になりました。
弟も姉に倣って「お父さん」「お母さん」。5歳違いの末っ子は最初から「お父さん」「お母さん」だったかもしれません。
子どもたちへは「お姉ちゃん」「お兄ちゃん」という言い方を避けて「〇〇ちゃん」と名前で呼んでいました。
で、後日(息子が高校生になりたての頃)、友人との会話で、姉のことを「〇〇ちゃんが、、、と言ったら、嗤われた」といったことがあります。きっと、以後、姉がとか姉貴がと言っていることでしょう。
遠方に暮らしているので、話し込む機会はめっきり少ないのですが、思えば、息子は私たちのことをいつの間にか、「父さん・母さん」に替えたように思います。
「お」を入れて発語すると幼くみられると感じてのことでしょうか。判りません。昔ながらでいいのに、と思わないでもないのですが・・・。
どんなに歳をとっても、おかあさん、という呼び名はいいものですね。
そういえば、1月に没した母の書棚にサトウハチローの詩集「おかあさん」の数冊がありました。
うふふ、私が贈ったものですけどね。背表紙だけが目に残っていて処分済みです。
本当は孫から「〇〇ばぁば」と呼ばれたかったのに、、、と。
えっ、「ばぁば」が今時風? と思ったものでした。
婆々、のようで、嫌じゃないかしら、と思ったのだけれど、それば各自の自由ですから、もちろん口にはしてません。
対として、爺は「じぃじ」なんでしょうね。
孫が初めて、夫を呼ぶとき、「じぃじ」は「じじぃ」みたいだから「おじいちゃん」で、とそれとなく伝えたら、我が家はずっと、「おじいちゃん」「おばあちゃん」。もう一つの実家には「じぃじ」と使い分けている風です。苦笑
我が家の子育て段階(昭和50年代)では、最初はパパ、ママでした。なんて呼ばせようかなと考えたものです。20代で「お母さん」はしっかりもののイメージがあって、イメージに追い付かなかったという気持ちもあり、簡単な発語のパパ・ママにおさまりました。
それが長女が年長さんの時に、自分から、「いつまでもパパ・ママではおかしいから、お父さん・お母さんに呼び方を変える」と宣言し、当初は言い直したりしながらも、私たちは「お父さん」「お母さん」になりました。
弟も姉に倣って「お父さん」「お母さん」。5歳違いの末っ子は最初から「お父さん」「お母さん」だったかもしれません。
子どもたちへは「お姉ちゃん」「お兄ちゃん」という言い方を避けて「〇〇ちゃん」と名前で呼んでいました。
で、後日(息子が高校生になりたての頃)、友人との会話で、姉のことを「〇〇ちゃんが、、、と言ったら、嗤われた」といったことがあります。きっと、以後、姉がとか姉貴がと言っていることでしょう。
遠方に暮らしているので、話し込む機会はめっきり少ないのですが、思えば、息子は私たちのことをいつの間にか、「父さん・母さん」に替えたように思います。
「お」を入れて発語すると幼くみられると感じてのことでしょうか。判りません。昔ながらでいいのに、と思わないでもないのですが・・・。
どんなに歳をとっても、おかあさん、という呼び名はいいものですね。
そういえば、1月に没した母の書棚にサトウハチローの詩集「おかあさん」の数冊がありました。
うふふ、私が贈ったものですけどね。背表紙だけが目に残っていて処分済みです。