2月の孫の誕生のアクシデントに突き当たり、苦しいときの…、ではないけれど、いつもの癖で、ついついWeb検索してしまいます。
同じ病態でも何とか順調なケースはないものかと。
で、重度障害児を育てている家族のブログがたくさんあるのを知りました。
妊娠中は順調で、無事ふつうに赤ちゃんが抱っこできるものだとがんばって出産に臨んだ人たちの、でも重い現実にぶち当たった日々がつづられています。
ついつい、引き込まれてしまいます。
その中で、胸が熱くなった箇所のひとつに、こんなのが。
将来も介護が必要な重度心身障害児を育てていくという現実を突きつけられた若い妻と夫のやり取りとして
◆◆◆
出産後1ヶ月した頃、夫は私に言いました。
これから話すことは、一回しか話さないから、しっかりと聞いて欲しい。
と前置きをして、
キミは僕と離婚して、別の人生を生きるということを考えてもいいよ。僕はこの子を育てていくから、
と。
◆◆◆
彼女には勿論、夫の言葉は、思ってもいないこと、でした。
そんなシーンがあったと綴られていました。
初めての赤ちゃんを迎えた若い夫婦が、この会話を取り交わす心根を思うと、なんともいえません。
夫に話題にすると、彼の即答
夫はきっと妻をすごく好きなんだろうな。好きな妻に楽しい人生を送ってもらいたいから、自分が引き受けようと思ったのだろうな、
と。
そして、「僕もそうする」
と。
…わが夫の最後の台詞が即答なのが、ちょっと軽すぎると思うのですが・・・。
エピソードその2、というか、我が家であった、もうひとつのシーンもここに書いておきます。
交通事故で頭蓋骨骨折、脳内出血、意識不明の状態で、妊娠第8週目でした。
「妊娠8週の胎児は、薬の投与の影響が大の時期です。髄膜炎の危険性はまだありますが、抗生物質の投与をこのまま続けますか、どうしましょう」と説明を受けての帰り道だったか、「高次脳機能障害の後遺症が残り、ひとりでの子育ては困難かも知れない」と説明を受けたときだったか、とにかく事故に遭い、意識不明状態の当人の夫と母親は、逃れることができない現実が重くのしかかっている心境を抱えながら、夜道の帰路を歩いていた。
日本でコレまでに起こった薬害の情報などは、途上国育ちの彼は知っていないだろう。娘に後遺症が残っては、赤ちゃんは育てられないだろうし…。私はココロが押しつぶされそうだった。
どう思っているか、と娘の夫に聞くと。
意識が戻ったとき、お腹のこどもを失ったとは言えない。そうなったら自分自身が回復しようとする気持ちがうせてしまうと思う。
・・・
どんな障害を持って生まれてきても、僕は育てて行きます。
・・・
結婚しているのだから、判断するのはツレアイ。母親じゃあないのだ、と沸々する思いを抑え、抑えしているワタシ(きっと、態度にバレバレだっただろうな)。
お母さんの気持ちは、と一度聞いてくれました。
やっと答える場なのだ! と思った私は、今伝えなくっちゃ、と。
「娘の回復、感染症にかからないことを優先して欲しい」
そう言ったものです。
夜半、大変だね、と口にすると、今までの中で、今が一番大変です、といった言葉が忘れられない。自分から愚痴や弱音を吐かないで、前向き、建設的にがんばってきた彼にも、さすがの試練時、よくがんばるな、と思ったものです。
そんな彼の取った、選択は、奥さんもベビイも、でした。
幸いにして、感染症に罹ることもなく、ベビイに薬害の影響もなく、今があります。
同じ病態でも何とか順調なケースはないものかと。
で、重度障害児を育てている家族のブログがたくさんあるのを知りました。
妊娠中は順調で、無事ふつうに赤ちゃんが抱っこできるものだとがんばって出産に臨んだ人たちの、でも重い現実にぶち当たった日々がつづられています。
ついつい、引き込まれてしまいます。
その中で、胸が熱くなった箇所のひとつに、こんなのが。
将来も介護が必要な重度心身障害児を育てていくという現実を突きつけられた若い妻と夫のやり取りとして
◆◆◆
出産後1ヶ月した頃、夫は私に言いました。
これから話すことは、一回しか話さないから、しっかりと聞いて欲しい。
と前置きをして、
キミは僕と離婚して、別の人生を生きるということを考えてもいいよ。僕はこの子を育てていくから、
と。
◆◆◆
彼女には勿論、夫の言葉は、思ってもいないこと、でした。
そんなシーンがあったと綴られていました。
初めての赤ちゃんを迎えた若い夫婦が、この会話を取り交わす心根を思うと、なんともいえません。
夫に話題にすると、彼の即答
夫はきっと妻をすごく好きなんだろうな。好きな妻に楽しい人生を送ってもらいたいから、自分が引き受けようと思ったのだろうな、
と。
そして、「僕もそうする」
と。
…わが夫の最後の台詞が即答なのが、ちょっと軽すぎると思うのですが・・・。
エピソードその2、というか、我が家であった、もうひとつのシーンもここに書いておきます。
交通事故で頭蓋骨骨折、脳内出血、意識不明の状態で、妊娠第8週目でした。
「妊娠8週の胎児は、薬の投与の影響が大の時期です。髄膜炎の危険性はまだありますが、抗生物質の投与をこのまま続けますか、どうしましょう」と説明を受けての帰り道だったか、「高次脳機能障害の後遺症が残り、ひとりでの子育ては困難かも知れない」と説明を受けたときだったか、とにかく事故に遭い、意識不明状態の当人の夫と母親は、逃れることができない現実が重くのしかかっている心境を抱えながら、夜道の帰路を歩いていた。
日本でコレまでに起こった薬害の情報などは、途上国育ちの彼は知っていないだろう。娘に後遺症が残っては、赤ちゃんは育てられないだろうし…。私はココロが押しつぶされそうだった。
どう思っているか、と娘の夫に聞くと。
意識が戻ったとき、お腹のこどもを失ったとは言えない。そうなったら自分自身が回復しようとする気持ちがうせてしまうと思う。
・・・
どんな障害を持って生まれてきても、僕は育てて行きます。
・・・
結婚しているのだから、判断するのはツレアイ。母親じゃあないのだ、と沸々する思いを抑え、抑えしているワタシ(きっと、態度にバレバレだっただろうな)。
お母さんの気持ちは、と一度聞いてくれました。
やっと答える場なのだ! と思った私は、今伝えなくっちゃ、と。
「娘の回復、感染症にかからないことを優先して欲しい」
そう言ったものです。
夜半、大変だね、と口にすると、今までの中で、今が一番大変です、といった言葉が忘れられない。自分から愚痴や弱音を吐かないで、前向き、建設的にがんばってきた彼にも、さすがの試練時、よくがんばるな、と思ったものです。
そんな彼の取った、選択は、奥さんもベビイも、でした。
幸いにして、感染症に罹ることもなく、ベビイに薬害の影響もなく、今があります。
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