詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

すぎえみこ「かみいちまい」ほか

2025-03-01 21:51:36 | 現代詩講座

すぎえみこ「かみいちまい」ほか(朝日カルチャーセンター福岡、2025年02月17日)

 受講生の作品ほか。

かみいちまい  すぎえみこ

かくか
かかぬか

かかずにいるか
かけずにいるか

かこうとするか
かくまいとするか

かいていこうとおもうのか
かいていきたいとねがうのか

かいたらなにがよろこぶのか
かいたらわたしのこころがよろこぶ

 すぎが書を書いていることを私たちは知っている。そのためだと思うが「かく」を「書く」ととらえた上での感想がつづいた。「哲学問答、こころの対話」「かくという動詞だけでいろいろな問いをひきだすところがおもしろい」「わたしのこころへまでことばを動かしていくのがすごい」「ひらがなで書かれているのも、おもしろい。タイトルのかみは紙だろうけれど、神かもしれない」「かくのかわりに、泣く、笑うというようなほかの動詞でも詩ができるかもしれない」。
 私は、少し意地悪な質問もしてみたい。最後の「わたしのこころ」の「わたし」は誰だろうか。普通に考えれば、書を書いている作者(すぎ)なのだろうけれど、ほかに「主語」は考えられないだろうか。たとえば、「筆」あるいは「墨」、さらには「文字」そのものかもしれない。その場合、感想はどうかわってくるだろうか。
 さらに「かく」には「描く」もあれば「掻く」もある。その場合は、感想はどうかわるだろうか。
 もうひとつ。この詩は最初が短く、連がかわるごとに行が長くなっている。視覚的に三角形に見える。その形をあえて変形し、4、5連目を入れ換えるとどうなるだろうか。そのとき、4連目をことばを少し変えて「かいていこうとおもう/かいていきたいとねがう」のように「のか」を削除すると、どんな印象になるだろうか。
 いろいろ試して、感想を聞いてみたい作品だ。

白川へ  青柳俊哉
 
ヒグラシの森の声部
空へうたうひとつの羽 心理的な外部者
 
遠い柿の木の
内と外へ枝を差し交すあたり
ひとりのヒグラシが氷のような羽を擦りあわす
白川へ
色づく葉と実が森へむかって泳ぐ
 
川に鈴をかけて
いのちをあまねく受容する森の和声
 
水が川底へひらく
すすきの葉が殻を結わえて 
羽化した蜻蛉の氷のような羽を反射する

 受講生の何人かが指摘したが「心理的な外部者」ということばが非常に魅力的である。これが何を意味するのか。「内と外へ」ということばの交錯、「声部」「和声」の関係、「ひらく」「結わえる」の変化。それがもう少し緊密に書きこまれれば印象が違ってくると思う。
 「白川」が、その「白」が「心理的な外部者」とし全体を統一しているのかもしれないが、分かりにくい。分からなくてもいいのだが、「白川」へ行けば「心理的な外部者」に会える、あるいはなれる、と感じたい。
 私には、「白川」の占めている「位置」のようなものが、よくわからなかった。
 直感として言うのだが、たぶん、「繰り返し」が少ないために「外部/内部」の共通する何かが見つけにくい。繰り返しがあると、その繰り返しから逆に離反することばに気づく。そして、そこから「外部/内部」の区別も生まれ、詩の印象が変わるのではないだろうか。「ヒグラシ」「声」「羽」「川」など、単語(名詞)の繰り返しはあるのだが、乱反射が強くて、全体を攪拌している感じが、私にはする。

#   緒加たよこ

かおをみて
さみしくなった
さみしくなった と
山合の
雪はまだ
淡いの
朝に
もう時間は経っていると
告げて
日は差して 
うらら
二月の先
結晶している

 ことばのリズム、ことばの呼吸で読ませる。「さみしくなった と」の呼吸が、理由は分からないが、こころのなかへ入ってくる、という感想を語った受講生がいたが、たぶん、主語が書かれないことによって、書かれていない主語と読者が重なるのだと思う。読者のなかにある「呼吸」が刺戟される。
 ここでも、繰り返しがとても効果的だと思う。「さみしくなった」が繰り返されているからこそ、繰り返しのあとに一字空きがあって「と」がつづく。そうするとリズムに変化が生まれ、そこに呼吸を刺戟するものを感じる。
 さらに一行が短いのもリズム(呼吸)を強調しているかもしれない。一行が長くなると、どうしてもその一行に「意味」が入り込む。短いと意味は入り込めない。意味があるはずなのに、意味を奪われて、その意味の代わりに「呼吸」が動くのかもしれない。
 「と」という一文字でも、書き方次第で、それが「呼吸」になる。

言葉は いつも足らない  堤隆夫

かなしい思いは せせらぎを流れる
葉っぱのうえに乗せて
流してしまおう
言葉では足らない思いは 
空を流れる雲のうえに乗せて
流してしまおう

車窓から いつまでも手を振っていた 
あなたの思いは
もう 考えないでおこう
いつまでも見送っていた 
わたしの思いなんか
もう 忘れてしまおう

言葉は いつも足らない
言葉は いつも寂しい
言葉は いつも愛しい

ああ それでも あなたもわたしも 生きている
否 
生かされている

葉っぱのうえに乗って
雲のうえに乗って

あなたもわたしも 生きている
否 
生かされている

 「いつもの作品よりも透明感がある」という感想があった。なぜ、透明感を感じるのだろう。
 一連目は、思いがあふれている。言いたいことがありすぎて、まだ、それがまとまりきれない。まとまらないけれど、言ってしまいたい。そういう「思い(強い欲望)」がことばを動かしている。「言葉ではてらない」が「言葉は いつも足らない」を経て、「言葉は」の繰り返しがあり、そのあと「ああ それでも あなたもわたしも 生きている」と言ったあと、最終連では「ああ それでも」が省略されて4連目が繰り返される。
 この「省略」が透明感を高めていると思う。「ああ それでも」が不純物であるというのではないが、何か、感情(思い)を見切って、感情(思い)をそのまま受け入れている漢字がある。4連目で「ああ それでも」ということばを書いたときは、まだ書き足りない(ほんとうに言いたいのは、もっと違うこと)という思いがあったかもしれない。けれど、それはどんなにことばを書き足しても、たぶん足りないという気持ちを引き起こすだけだと思う。だから、書かない。「足りない」をそのまま受け入れている。
 そのとり「足りない」ではなく、逆に、何か「満ちている」感じがあふれてくるから、ことばというのは不思議なものだ。「余韻」さえ生まれてくる。最終連は4連目の繰り返しなのに、「余分」という感じを与えない。「余韻」とは「余分」ではなく、何か「不足」を含んでいるのかもしれない。作者の書こうとしたことが「不足」している。そして、その「不足」を読者が埋めにゆく、というのが「余韻」が引き起こす運動なのだろう。

 

 
**********************************************************************

★「詩はどこにあるか」オンライン講座★

メール、googlemeetを使っての「現代詩オンライン講座」です。
メール(宛て先=yachisyuso@gmail.com)で作品を送ってください。
詩への感想、推敲のヒントをメール、ネット会議でお伝えします。

★メール講座★
随時受け付け。
料金は1篇(40字×20行以内、1000円)
(20行を超える場合は、40行まで2000円、60行まで3000円、20行ごとに1000円追加)
1週間以内に、講評を返信します。
講評後の、質問などのやりとりは、1回につき500円。

★ネット会議講座(googlemeetかskype使用)★
随時受け付け。ただし、予約制。
1回30分、1000円。(長い詩の場合は60分まで延長、2000円)
メール送信の際、対話希望日、希望時間をお書きください。折り返し、対話可能日をお知らせします。

費用は月末に 1か月分を指定口座(返信の際、お知らせします)に振り込んでください。
作品は、A判サイズのワード文書でお送りください。

お申し込み・問い合わせは、
yachisyuso@gmail.com


また朝日カルチャーセンター福岡でも、講座を開いています。
毎月第1、第3月曜日13時-14時30分。
〒812-0011 福岡県福岡市博多区博多駅前2-1-1
電話 092-431-7751 / FAX 092-412-8571

オンデマンドで以下の本を発売中です。

(1)詩集『誤読』100ページ。1500円(送料別)
嵯峨信之の詩集『時刻表』を批評するという形式で詩を書いています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072512

(2)評論『中井久夫訳「カヴァフィス全詩集」を読む』396ページ。2500円(送料別)
読売文学賞(翻訳)受賞の中井の訳の魅力を、全編にわたって紹介。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073009

(3)評論『高橋睦郎「つい昨日のこと」を読む』314ページ。2500円(送料別)
2018年の話題の詩集の全編を批評しています。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168074804


(4)評論『ことばと沈黙、沈黙と音楽』190ページ。2000円(送料別)
『聴くと聞こえる』についての批評をまとめたものです。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168073455

(5)評論『天皇の悲鳴』72ページ。1000円(送料別)
2016年の「象徴としての務め」メッセージにこめられた天皇の真意と、安倍政権の攻防を描く。
https://www.seichoku.com/user_data/booksale.php?id=168072977

 

 

問い合わせ先 yachisyuso@gmail.com

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする