詩はどこにあるか(谷内修三の読書日記)

日々、読んだ本の感想。ときには映画の感想も。

川上明日夫「空の声・おしずかに」

2011-06-30 23:59:59 | 詩(雑誌・同人誌)
川上明日夫「空の声・おしずかに」(「木立ち」109 、2011年05月20日発行)

 川上明日夫は「空の声・おしずかに」はとても変な行から始まる。

ひらひらと音もなく おしずかに 降っている 枯葉です

 「おしずかに」って、何?
 「しずかに」ならば降っている枯葉の状態をあらわすことになる。でも、川上は「おしずかに」と書く。これは、何? 「ていねい語」?
 とりあえず、つづきをよむ。1行目から、引用し直す。

ひらひらと音もなく おしずかに 降っている 枯葉です

枯葉だから声がないのであろうか
青菜だったら声があるのだろうか

 3行目の「青菜」はたぶん「青葉」の誤植だと思うが(引用した詩は前半部分。後半にも「枯葉」「青葉」の対の構造が2回繰り返されているので)、「青菜」というのもおもしろいかもしれないので、「青菜」のまま引用しておく。


 1行目の「音もなく」は2連目では「声」にかわっている。つまり、1行目は「ひらひらと声もなく おしずかに 降っている 枯葉です」ということになる。
 そう?
 いや、どうも違うようだ。
 3連目。

声のするほうに あわてて耳をやったが 何も きこえる
ものは なかった

 「声」って何? 「枯葉の降る音」ではないようだ。どうやら「おしずかに」が声のようである。枯葉が降っているとき(散っているとき、とは違うのかもしれない)、ふと「おしずかに」という声が聞こえたのだ。
 「声」は「ことば」でもある。枯葉も青葉も「葉」ではあるが、「こと・葉」ではない。だから「おしずかに」は枯葉のいったことでもない。
 だいたい、枯葉と人間が「共通語」で話すということは聞いたことがない。
 で、「声」が誰かのひとの「声」だと仮定して……。
 そのあとが、また変。
 その「声」がだれなのか確認するとき、普通は「耳をやって」ということをしない。「目をやって」確認する。そこに人がいても何も言わなければ何も聞こえない。耳だけでは、そこに人がいるかいないか確認できない。
 だから、普通は「声」のするほうへ「目」をやるのである。そして、そこに人がいるかいないかを確認する。さらに、その人が誰であるかを確認する。もちろん「耳」でその人が誰であるかを確認するということもあるが、それはまた特殊なことがらであって、一般的ではない。
 4連目。これも変である。

ただ みな ひたすらにうなだれて そこに いない人影
ばかりが そっと もの想いに ふけっていた

 「うなだれて」いるかどうかは、耳では確認できない。目で確認する。「いない人影」というのは奇妙な、矛盾したことばだが、そこに人がいるかいないかも、たいていは目で確認する。音でも確認できないことはないが、それは音を立てているときである。音を立てていないときは、そこに誰かがいるかいないかは確認できない。不意に物音がして、人がいる、と思った瞬間、猫が飛び出してくれば、あの音は猫が立てたものと普通は思ってしまう。
 ひとの、そこに誰かがいるかいないか、その声を発したものが誰であるかを確認する肉体の器官が目であるなら、3連目に、川上はなぜ「耳をやったが」と「耳」ということばをつかったのだろう。
 なぜ、不自然なことばを先に書き、それをあとから少しずつ微妙に修正していくのだろう。
 いや、それ以上に不思議なことばが、この連にはある。
 「いない人影」が「もの想いに ふけっていた」というのは、どうやって確認する?
 「目」で見えるの? 
 5連目もとても変だ。

すぎてゆく 一瞬と永遠 後悔と悔恨 の 光と影だけが
もう この世の窓辺で ひっそり 空を 看取っていた

 「一瞬と永遠」「後悔と悔恨」。こういう「ことば」というか「存在」を確認するはなんだろう。耳で確認できるか。目で確認できるか。
 できない。では、何によって確認するか。
 精神、といってみようか。思考、といってみようか。
 --と書いた瞬間、私は、びっくりしてしまう。ふいに、川上の書いていたことがわかったように感じ、びっくりしてしまう。
 「誤読」なのだが、--「誤読」できたことに気付くのである。(これは川上の書いていることば以上に変なことばだね。)
 そうか、川上は、「思考」を書いていたのだ。
 「おしずかに」は「思考の声」だったのである。「おしずかに、そうすればひらひらと音もなく降っている枯葉の、なぜ音がないまま降ることができるか考えることができる」「おしずかに、枯葉が音もなく降ることの意味を考えなさい」という「声」だったのだ。そして、そんなふうに考えるということを「もの想いにふける」ということばで川上はあらわしているのだ。
 そして、この5連目、4連目の関係でも、「主語」はあとからあらわれて、前のことばを引き継いでいくという構造がある。4連目の「いない人影」というのは、「思考」だけが確認できる「虚」である。目や耳では確認できない。
 聞こえるもの(耳)、見えるもの(耳)から出発して、それを「思考」としてとらえ直す--これが川上の哲学の方法論なのである。
 で、こうした「思考」の領域に到達したあと、川上は世界を反転させる。

ひらひらと音もなく おしずかに 降っている 青葉です

音はだから枯葉の声だったのだろうか
声はだから青葉の音だったのだろうか

 降っているのは「青葉」。1行目で書いてある「枯葉」は間違い。青葉が降るとき、枯葉が「おしずかに」という声となって、思考のなかに存在する。それは青葉がふるということが起きないかぎり存在しないものだから、青葉の音(まだ「声」の明確さをもたない未生の「ことば」)であるともいえる。
 ここからは「思考」の世界であるから、なんとでもいえるのだ。
 
 で、その「思考」の世界は、どこへゆく?
 詩の最後。

つまびらかではないが その時たしかに おしずかに と

身の丈の寂しさで 上方に すれ違っていったものがいる

 それが「誰」かは問題ではない。川上は「身の丈の寂しさ」ということばをこそ書きたかったのだ。
 「思考」は「寂しさ」という「抒情」に到達する。







今月のお薦め
1 北川透『海の古文書』
2 林嗣夫「星座」
3 岩木誠一郎「飛来するもの」

雨師
川上 明日夫
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北川透『海の古文書』(14)

2011-06-29 23:59:59 | 詩集
北川透『海の古文書』(14)(思潮社、2011年06月15日発行)

 「終章 大凶事昔暦」。その書き出し。

そよ 詩歌とは凶事の予告 されど冬のはじめの時雨を歓んでいる
そよ そよ 雄猫が雌猫を仮装するとて 薄化粧するは気味わるし
そよ 猫さえも そよや やややや えいそりゃ 昔好みの本歌鶏
そよ 鳴かぬ鳴けぬか一番鶏 鳴いてるのはカオスの闇の黒猫ども

 「そよ」の書き出しをそろえ、また1行の長さをそろえることで、「リズム」と「定型」をつくり、「そよ」にぶら下がっている(?)ことばを自在に揺さぶってしまう。これは前の章の書き出しと同じである。ここには「詩歌は凶事の予告」という「意味」も書かれているが、その「意味」が単純になるのを防ぐために、定型を利用して、ことばに羽目を外させている。どんなに羽目を外しても「定型」があるので、読んでいる方が勝手に安心してしまう。--「定型」を守るために工夫されたことばの動き、それを制御する力に安心して、北川を信じてしまう。
 この、安直な(?)信頼が、詩にとっていいことかどうかわからないが。
 と書きながら、私は、確かにそこに北川のことばの魅力を感じている。

そよ 手鞠取れとれ まひとつふたつ そよや みつよついつむつ
そよ そよや ななつるやつる そよ ここのほんほ とをんえよ
そよ ややや ころころ こんろり 手鞠飛び跳ね勿忘草の塵の籠

 「詩歌とは凶事の予告」のような「意味」はここにはない。そのかわりに、無意味な「音楽がある。リズムがある。「勿忘草の塵の籠」が何を意味しているのか知らないけれど、その音は、その直前の「ひーふーみー」という日本語の数字の数え方を、ぱっと叩き割る。漢字のせいかな? 「ちりのかご」の「ご」の濁音の強さのせいかな? 何かよくわからないけれど、このことばの調子がおもしろいのである。
 「統辞法」について、何回か書いたけれど、もしかすると「統音法」というものがことばにあるのかもしれない。それは、音楽のことばでいえば「対位法」になるのかな? --もしそうだとしても、これは私のような音痴にはとても分析・説明できない何かだなあ。

 ということは、おいておいて。
 いや、ほんとうは、いま書いた「統辞法」「統音法(対位法)」について書くことが北川の詩に迫る「本筋」(本道)なのだろうけれど、私の手にはあまりすぎることなので、私に書ける感想だけを書いておく。 



 「終章」のこの部分で私が傍線を引いた部分は。

 ……何度でも繰り返すわ。わたしは老いた語り部の婆。狂言回しにして、単なることばの精なの。

 この部分の「何度でも繰り返すわ」である。ここでの「繰り返す」は、「意味」としては「わたしは老いた語り部の婆。狂言回しにして、単なることばの精なの。」ということを「繰り返す」ということ。だが、私はそれ以上のことを感じてしまう。すでに、何度も「わたし」がM、O、Hのことを「繰り返し」語っているからである。
 北川は「わたしは……ことばの精である」ということを「繰り返している」のではない。それは確かに「繰り返し」だが、「繰り返し」には別なものもある。M、O、Hに関する「繰り返し」を思い出すとはっきりする。M、O、Hは最初から最後まで同じ人物ではない。Hは最初は「第三の男」と呼ばれていた。「第三の男」はHと呼び直されている。また、三人のことは、いつもいつも同じことが語られるのではない。毎回、違うことが語られる。違うといっても、完全に違うわけではないが……。
 こういう「繰り返し」のことを何と言うか。
 「語り直し」。
 「語り直し」とはすでに語られたことを「修正」するということと、もう一度「語り」を「繰り返す」ということの、2種類がある。そして、それは、自然に「ひとつ」のことになる。「繰り返す」うちに、「ずれ」が生まれ、その「ずれ」を修正しないことには「語り」を「繰り返す」ことができない。
 「繰り返し」は「語り直し」を含み、「語り直し」は「繰り返す」を含む。そして、そのとき「繰り返す・語り直す」ことがらは、自分のことばだけではない。他人と出会えば、他人のことばを「繰り返す・語り直す」、つまり、他人のことばからどんなことがらを「引き継いだ」かを自分のことばで点検する。そこでは他人と「わたし」の交渉がある。「対話」がある。
 「繰り返す・語り直す」というのは「対話」なのである。北川がこの詩で書いているのは、「対話」なのである。話者がそれぞれ「独白」しているように見えても、その「独白」にはどうしても誰かがいったことを踏まえ、それをどう考えたかという視点が動いているから「対話」になるのである。
 「繰り返す・語り直す」--そのことを北川は、次のように言い換えている。

どの空部屋にも、死者たちの薄暗い影が幾重にも折り重なっている。わたしがいくらかでも語れたのは、これらの無数の影たちの饒舌な沈黙に、ことばの精を預けていたからでしょう。ほら、聞こえてくる。あれは影たちの騙り、声変わりしたわたしのことばで……。

 「わたしがいくらかでも語れたのは」。これは「繰り返すことができたのは」と同じ意味である。「騙り直すことができたのは」と同じ意味である。
 そして、この「繰り返し・語り直し」は、「ずれ」を最初から含んでいる。修正すべきものを含んでいる。なぜなら、「わたし」が「繰り返す・語り直す」対象としての「ことば(声)」は「饒舌な沈黙」という「矛盾」そのものだからである。「わたし」が聞き取るのは--つまり、「ことばの精を預け」るのは、「饒舌な沈黙」という「矛盾」そのものである。「矛盾」はそのままでは「ことば」にならない。どうしても何らかの「修正」をしないことには、「沈黙」はことばにならない。「いいたいことがありすぎて、逆にことばがことばを邪魔して沈黙してしまう、沈黙するしかない状態」のなかへ深く入り込んで、その「ことば・声」を「繰り返す」「語り直す」。
 それは、「影たちの声」であると同時に、「声変わりしたわたしのことば」ということになる。「わたし」が死者達になり、死者が「わたし」になる。ことばのなかで、「わたし」と「他者」が区別のつかない存在に「なる」。
 「なる」ための方法として「繰り返す・語り直す」があるのだ。
 「繰り返す・語り直す」という行為の中で、「饒舌な沈黙」が、「沈黙」としてではなく、そのときの「世界」として浮かび上がる。「繰り返す・語り直す」まで「世界」は「饒舌な沈黙」だが、「繰り返す・語り直す」とき、「沈黙」がことばにかわるのだ。
 「時代の風景」( 134ページ)が、そこに浮かび上がるのだ。
 これが、北川の書きたかったことだ、と、わかる。
 あ、でも、私は、こういう「意味」を語りたくない。私は北川とは同じ立場で「時代」を見てきたわけではないので、「時代の風景」(時代のことばの風景)について語るには、私自身が、まず、北川がこの作品でやったような「語り直し」をしてみないことには、何も始まらないという気がする。
 「時代の風景」に関しては、私ではないひとのほうがはるかに正確に語ることができるだろうと思う。--私はもともと「時代の風景」というようなものが、とても苦手なのである。



 で。
 「終章」で私が気に入った部分について、ふたたび書きたい。

せいぎだの、しんじつだの、よくあつされたもののみかただの、しんのてきだの、うえたもののれきだいのいこんをはらすだの、じんみんかいほうぐんせいしばんざいだの、かみのみつかいだの、ぞうさんぞうさん、おはながながくてどうしたの。そうよおまえのかかぁだってぞうはんゆうりするのだぞ。

 前半の部分には、「時代の風景」が書かれているのだろう。後半は、そこに「時代の風景」が書かれているかどうか私にはわからないが、「ぞうさんぞうさん」以後が私はとても好きだ。
 「ぞ」うさん「ぞ」うさん、おはながながくてどうしたの。そうよおまえのかかぁだって「ぞ」うはんゆうりするのだ「ぞ」。この「ぞ」の繰り返しが好きである。「象さん」と「造反」が韻を踏むのが楽しい。「ぞうはんゆうり」は「造反遊離」なのだろうけれど、この「ぞうはんゆうり」の音そのものの響きがいいし、「ゆうり」の音が美しく、「ぞうは」の音のリズムと「ん」を挟んで対象になる感じがすばらしい。(これって、対位法?)
 「ぞうはんゆうり」に、私は西脇順三郎の「音楽」に共通するものを感じた。




海の古文書
北川 透
思潮社



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北川透『海の古文書』(13)

2011-06-28 23:59:59 | 詩集
北川透『海の古文書』(13)(思潮社、2011年06月15日発行)

 「十一章 対位法 あるいは波間に消えるメモたちの群れ」。
 ことばは不思議である。あることばが動く。そうすると、それにつられて別のことばが動いてしまう。このとき、「ふたつ」のことばにとどういう関係があるのか。「ふたつ」のことばは動くことで「ひとつ」になるのか。そのとき、その「ひとつ」とは何か。「第三のことば」か……。
 「十一章」は、いくつかの「メモ」で構成されている。それぞれの「メモ」同士も、互いに動くことばかもしれないが、ひとつのメモのなかにも、ひとつことばの動きに誘われて動く別のことばがある。
 <溺死シタモノ>という最初の「メモ」。

そんなものものしいバリケードの海に浮いているのは
そらぞらしいウソの約束 吸いかけの煙草 パンの切れ端
そざつなプラン 変色したノート 汚物にまみれた下着や皇室記事
それていく蛇行デモ 割れた頭蓋 薄いコンドームの夢
そんなあぶくのなかで泳いでいて どうするのって聞いたの
そうしたら 向こう岸がある と言うのよ
そんなのあんたたちだけが勝手に見ている夢のカナンでしょう
そんなの剥がれ易いペラペラの緑の半島でしょう と必死に呼びかけた
そんなことすべて分かっている という振りをしながら
そっけなく泳いでいったわ あいつらは

 それぞれの行頭は「そ」ではじまっている。これも、ことばがことばを呼ぶひとつの方法である。互いに「そ」ではじまりながら、ことばが動いていく。「そ」ではじまるということによって「ひとつ」になっている。
 そういう「形式」とは別に、また呼びかけあうことばがある。8行目に「呼びかけた」ということばが書かれているが、ことばは呼びかけうのである。8行目の「呼びかけた」は「わたし」が「あいつらに」呼びかけたという意味であるけれど、そのときことばもことばに対して呼びかけているのである。
 ことばがことばに対して「呼びかける」というのは……。
 たとえば1行目。「バリケードの海」。この「海」は「比喩」である。「バリケードでできた海」(バリケードが延々とつづいて、波のように見え--かな?)、「バリケードで囲まれた海」かもしれない。そのとき「バリケード」って何? ほんもの? それとも「そらぞらしい約束」? そして、その「海」には、ほんものの海に浮いているように、「吸いかけの煙草」「パンの切れ端」が浮いている? そこにある?
 どこからがほんもので、どこからが「偽物」というか、「比喩」なのか、わからなくなる--としたら、そのとき、そのことばとともにあるものは何? たとえば私は「大学闘争」のときの「バリケード」を思い出す。バリケードの内部には何があっただろう。「そらぞらしいウソの約束」があり、「吸いかけの煙草」「パンの切れ端」があっただろう。「ウソの約束」は「そざつなプラン」だったかもしれない。「ウソの約束」は「変色」してしまった。「プラン」は「ノートのなかで変色」してしまった。バリケードの内部に「汚物にまみれた下着」があり、また「皇室記事」が書かれた週刊誌(?)、雑誌、新聞があっただろう。また殴り合い(割れた頭蓋)や、みだれたセックス(コンドーム)があったかもしれない。何もかもがあって、それが「海」だったかもしれない。「バリケード」ではなく、その内部こそが「海」だったかもしれない。
 「比喩」と「事実」が入り乱れてしまう。「比喩」だったものが「ほんもの」になり、「事実」が「比喩」なる。「事実」として語っていることも、受け手が「比喩」として理解し、また別のことばを向き合わせるということがある。
 「そんなあぶくの中で泳いでいて どうするの」
 「向こう岸がある」
 「比喩」としての「泳ぐ」、そのことばが「比喩」としての「向こう岸」を呼び寄せる。そして、そんなふうに「対話」が成り立った瞬間、「比喩」はいったい何なんだろう。「比喩」ではなく、というより、「比喩」を超越した何かになっていないだろうか。「事実」をも超越して「ほんもの」--「ほんとうに考えたこと」(思想)になってしまっていないだろうか。
 --もちろん、こういうことこそ「ウソ」である。
 「ウソ」なのだけれど、それはことばだけが呼び寄せることができる何かでもある。
 これは、めんどうくさい。
 こんな「ウソ」と向き合って、ことばを動かすのは、とても難しい。どうやって、そのことばが「ほんもの」であるか点検するのはむずかしい。
 最初の「ひとつ」のことばは何だったのか。それと正確に向き合った「別のことば(ふたつめのことば)」は何か。そして、その「ふたつ」のことばが出会うことで、動いたことばは、いったい「ひとつ」なのか。「ひとつ」だとしたら、どっちのことばを引き継いでいるのか。「ひとつ」だとして、それがどちらのことばも引き継がす、まったく新しく生まれたことば(第三のことば)ということはありえないか。
 よくわからない。
 だいたい、私の書いているこの「日記」のことば自体が、北川の書いていることばとほんとうに向き合っているのものなのかどうかもわからない。私は北川のことばをよむことから始めた。それは確かだが、最初に向き合ったからといって、向き合いつづけているとはかぎらない。
 でも。
 こういう動きも「対位法」ではないのか。
 「呼びかけ」にしたがおうが、背こうが、何かの動きに反応し、別の動きが始まること--そういう運動のすべてを「対位法」と呼ぶと、拡大解釈になるだろうか。もしそうだとして、拡大解釈すると、何が問題になるだろう。何かいけないことになるのだろう。

 また、脱線・暴走してしまった。
 もっと別な形で詩の「感想」を書くべきなのかもしれない。
 この章では、<関節ヲ折ラレタモノ>という「メモ」も大好きである。

もうおしまいさ!があっちこっちに降って湧いた
長いブーツを履いた雌犬が視界を横切った直後だった
黄葉や爪や毛穴の演奏は止まるところを知らなかった
そこには野狐もいなければ司祭も作動しなかった
排水装置も動かず定点観測も聞こえてこなかった
起こったのは首にテーブルクロスを巻きつけた
おんぼろマネキンのすすり泣きだけだった
長い廊下が日の丸を畳んでステンレスの倉庫に運んでた
脳無しめとわめいたのは支離滅裂なホットケーキだった
あるいは朝鮮人参や雲泥の差や無線のキーボードだった
棲家を失ったモノたちはみな関節を折られていた
赤く腫れた空にだらりと首を垂れてぶら下がっていた

 「長いブーツを履いた雌犬」はある時代の風俗を連想させる。長いブーツを履いた若い女性があふれた時代があった。だが、だからといって、このことばが、その「時代」を要約したものかどうかはわからない。「雌犬」が「比喩」かどうかはわからない。
 「司祭」や「定点観測」は「比喩」なのか。
 この12行のなかには、何が過剰なのか。あるいは何かが省略されているために、その欠如が「過剰」のように見えてしまうのか--わからない。わからないけれど、「司祭」という名詞に「作動しなかった」という動詞がむすびつく瞬間、私は何かを感じる。(私の知っている「統辞法」が激しく揺さぶられ、何かが見えたような気がする。--錯覚だが、それを私は「見えた」と断言したい気持ちになる。)「司祭」と「定点観測」が「呼びかけあっている」ようにも感じる。「ホットケーキ」と「キーボード」の音の響き具合も、「呼びかけ」あうことばというものを意識しないことには納得できない。どんな脈絡があるのかわからないが、私は「ホットケーキ」と「キーボード」は「対」になっていると感じる。「司祭」と「定点観測」が「対」になっているように。
 そして、この「対」--呼びかけ、呼びあう何かがことばを動かすいちばんの力だと感じる。

 「統辞法」と「対位法」は、ことばの運動の「基本」なのだ。

 これでは何を言ったことにもならないのだけれど。感想にはならないし、もちろん批評にもならない。ただ、私は感じるのである。そして、考えたのである。
 この詩集の最初にでてきたM、O、Hという3人の男。それはとりあえず(?)3人であって、ほんとうはもっと多いかもしれない。その3人と北川は会った。つまり、3人のことばと向き合った。それは、それぞれ「ことば」の「統辞法」と向き合うということでもある。向き合ったときから、北川のことばは動きはじめる。「対位法」によって、動いてしまう。北川のことばが動けば、それに反応して3人のことばも動く。そうして、最初のことばというのは、次々に変化して、別なものになる。
 北川は、そういうことばを追っている。書き留めている--書き留めながら、北川自身のことばをさらに更新している。新しくしている。


続・北川透詩集 (現代詩文庫)
北川 透
思潮社
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季村敏夫「今できることから」

2011-06-28 22:17:03 | 詩(雑誌・同人誌)
季村敏夫「今できることから」(「やまかわうみ」創刊号、2011年06月15日発行)

 季村敏夫「今できることから」には「神戸の震災から学んだこと」というサブタイトルがついている。東日本大震災後に書かれたものである。
 季村は阪神大震災の後『日々の、すみか』(書肆山田)というすばらしい詩集を書いた。季村の、その詩集のすごさは、「祝福」という詩のなかに、

出来事は遅れてあらわれた。

 と、正確に書き記したことである。
 阪神大震災が遅れてあらわれた? 冗談じゃない。早すぎた。つまり、予想もしないときに、阪神を襲ったのではないのか。
 だが、季村は「遅れてあらわれた」と書いたのだ。

出来事は遅れてあらわれた。月夜に笑いがまき起こり、その横で顔を覆っている人影が在った。思いもよらぬ放心、悲嘆などが入り混じり、その後、私達のなかで出来事は生起した。

 阪神大震災は、起きた直後には何が起きたかのか誰にもわからなかった。しばらくは、それを語ることばがなかった。ずーっと遅れて、人と寄り添い、語り合い、ことばをかわしているうちに、いろんな感情がゆっくりと共有され、それから「私達のなかで」阪神大震災というものがはじめて起きた。ことばはいつでも遅れてやってくるのである。
 和合亮一は「詩の礫」のなかで

ものみな全ての事象における意味などは、それらの事後に生ずるものなのでしょう。ならば「事後」そのものの意味とは、何か。そこに意味はあるのか。

と書いたが「事象」を「出来事」と読み直し、「意味」を「私達のなかで生起した・出来事」と読み直すなら、すでに、季村は和合の問いへの答えを書いている。「意味」はある。「意味」とは「笑い」「放心」「悲嘆」がいりまじりながら、それでも「人(人影)」が「在る」ということである。
 この温かく、深く、静かで、強靱な哲学はどうやって季村のものになったのか。季村は、どうやって、それを掴んだのか。
 「今できることから」は、それを、とても静かに語ってる。

 転げまわった。わたしは素っ頓狂だった。どこで、何を、どのようにしていたのか、思い出せないところも少なくない。もうなにも見たくはない。なにも読めない。書きたくもない。どうなったんだオレタチは、どうかゆるして欲しい、突如うずくまってむせび泣く、自分が普通ではなかった。
 ところが妻は、自宅が一部損壊程度ですんだからか、さっさと家を出て避難所に向かっていた。なんと能天気な、いきなり、身のほど知らずの借財を抱えたので、明日の資金繰りや先への不安におびえるわたしには、最初は理解不能であった。
 そんなある日、「お父さん、一度、わたしと出かけてみない」、こう誘われ、妻に従った。長田区と須磨区の境い目の高取中学校の校庭に突っ立つわたしの脳天からつま先まで、激しい電流が走った。電流に刺し貫かれ、がたがたふるえた。ぼろぼろになってもけなげでつましい、じいちゃんばあちゃんの姿に、こちらの方が教えられたからだ。
 こんなことはこれまで、予測もつかないことだった。自分のなかにあるあざとさが砕かれたこと、いうまでもない。校庭にたたずむ姿そのものに、つましさを感じ、なぜこのことをこれまで忘れていたのか。ひとは、こういう姿から何度も立ち上がってきたのだ、そう教えられたのだった。

 季村は、「教えられた」と書いている。「予測もつかなかった」とも書いてる。「なぜ、忘れていたのか」とも書いている。
 ひとは、自分の忘れていたことを、ひとから教えてもらって気がつく。
 ここで季村が書いているのは「つましさ」ということを「教えられた」ということだが、それは「つましさ」だけに終わる「概念」ではない。「つましさ」から始まる人間の力であり、また阪神大震災から立ち上がる力であり、それこそが「遅れてあらわれた出来事」(事象の後、事後の「意味」)である。

 季村は、それを自分で掴んだ、自分でみつけたとは書かない。ここに、季村の哲学の強さがある。「教えられた」とは、その「教えるもの」が季村以外のひと(誰か)のなかにある。「教えられた」と書くとき、季村は、たとえば「つましさ(つましく生きながら立ち上がる生き方)」を、その誰かと「共有」するのである。「教えられたもの」が季村の「忘れていたもの」であるということは、その「つましさ」はかつて誰かと「共有」していたということでもある。この「共有」の「歴史」、「共有」の「時間」--それが人間をさらに強く結びつける。「教えられたもの」の重要さを、「時間」のなかで押し広げるのだ。

 きっかけは、いつも向こう側から訪れる。外部である。わたしの場合、妻であり、妻の友人であり、避難所で出会ったひとびとである。何気ない風の香りや草のそよぎもきっかけになるだろう。映画のあるシーンや絵画からの感動なども。

 「きっかけは、いつも向こう側から訪れる。外部である。」この文章の「向こう側」と「外部」は同じものである。つまり、自分以外から。自分以外のものが自分のなかにあるもの(忘れていたもの)を教えてくれる。それは、かつて人間が「共有」していたもの。そして、これから「共有」していくもの。
 自分で発見したのではなく、教えてもらったと書くとき、季村は「ひとり」ではない。季村の書いている「哲学」は、それが誕生したときから「共有」されている。
 出来事が遅れてあらわれるのはなぜか。
 出来事が「共有」されるのに「時間」がかかるからだ。「共有」されて、はじめて「出来事」になる。
 だからこそ、季村は、次のように書く。

 とにかく外へ、清水の舞台から飛び降りるように飛び出すことだ。顔と顔をつきあわせる場へ。すると身体に訪れるものがある。出会いという波動である。上段に構え、大きなことをおもわない方がいい。自分にできる場所から、おもむろに外へ出る一歩を。いつもの通りに淡々と、いつもより少し慎ましく。これが、神戸の地震から学んだことである。

 「共有」には「出会い」が必要なのだ。「身体」が必要なのだ。--このことばを、深くこころに抱えていたい。





日々の、すみか
季村 敏夫
書肆山田
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ドロタ・ケンジェルザヴスカ監督「木漏れ日の家で」(★★★)

2011-06-28 09:07:09 | 映画
ドロタ・ケンジェルザヴスカ監督「木漏れ日の家で」(★★★)

監督 ドロタ・ケンジェルザヴスカ 出演 ダヌタ・シャフラルスカ、犬(フィラデルフィア)

 年老いた女性の映画というと「八月の鯨」をすぐに思い出す。「八月の鯨」は姉妹の話だった。「木漏れ日の家で」はひとりで暮らしている。話し相手は犬だけである。
 家はきれいに手入れされているが、古いので、痛んでもいる。それはちょうど主人公の女性の姿でもある。白髪できれいに髪をといている。みかけも、さっぱりしている。それでも体は傷んでいる。病院へゆくのだが、そこの女医の態度にも傷ついている。体もここも傷ついている。彼女には、息子がいるが、頼りにならない。息子は、女性の家を売り飛ばして「資産」を手にしたいと思っている。手ぐすねを引いている。この家をどうするか……をめぐって、ストーリーは進んでゆく。

 この女性の楽しみが「のぞき」というのが、とてもいい。
 静かな郊外の家なので、まわりからひとの話し声が聞こえてくる。しかし、室内での会話までは聞こえてこない。そこで双眼鏡を取り出して、近所の家をのぞいているのである。ただし、双眼鏡といってもそんなに精度のいいものではないので、ひとの表情がくっきりわかるというようなものではない。
 女性は、いわば「間接的」に状況を把握している。この、不思議な「接点」というか、距離のとり方が、この映画をおもしろくしている。成り金がいて、子どもたちに音楽を教えているボランティアのカップルがいる。そのせいで、なかなか「静かな時間」というものももてない。ときには子どもたちも侵入してくる。わずらわしい。
 小さな接触、かぎられた接点で、女性は自分の外で起きていることをぼんやりと知り、そこからまた自分の状態をぼんやりと把握するのである。はっきりしない「ぼんやり」と「ぼんやり」の間を、「ひとりごと」が埋めていく。「ひとりごと」をとおして、女性は、「八月の鯨」の姉妹のように「対話」をするのである。犬を相手に、ぐちをこぼす。その「対話」のなかに、女性の「暮らし」が見えてくる。犬は反論しないし、意見を言わないので(当たり前だが)、彼女の内面はだんだん煮詰まってきて、重たくなってくる。解放されない「うらみ」のようなものが溜まってくる。
 古びた家、カーテンのない窓が女性の外観のありかただとすれば、つぶやかれる「ひとりごと」は彼女の内観をあらわしている。
 映画は、最後の小さな出来事(家を音楽家のカップルにゆずるということ)をのぞいて、たんたんと進むのだが、いま書いた「のぞき」もそうだが、「伏線」がとてもきいている。「外」と「内」が交錯する瞬間を、とても自然に描き出している。とてもいい「脚本」である。
 私が特に気に入っているのは犬の使い方である。食いしん坊である。しつけも完全であるとは言えない。だらしがないところがある。「自由」なところがある。雌犬なので、飼い主の女性よりも、息子の方を気に入っている。息子がくるとべったりと身を寄せている。その犬がある夜、急にそわそわする。
 「どうしたの?」
 女性はベッドから起き出して、双眼鏡を取り出す。隣家に息子が来ている。どうも家を売る商談をしているらしい。家のなかの会話は聞こえないが、息子夫婦が隣家をでてからの会話は聞こえる。そのことばを聞きながら、女性は息子が冷たくて、冷たいと感じていた息子の連れ合いの方がやさしいということ知ったりする。
 この映画のキーポイントが、犬によって、ほんとうに自然に描かれるのである。犬は車の音やにおいに敏感である。女性が気がつかないことも気づく。近くまでやってきたのが大好きな男なら、そわそわして当たり前である。
 最後の家を音楽家のカップルゆずるシーンにも、いろいろな伏線が生きてきている。ピアノの下に隠していた宝石、ゆっくりと紅茶を飲みたいけれどお気に入りの場所まで紅茶を運んでいくと、そのときはもう紅茶は冷めている……など。書きはじめると、長くなりそうなことがたくさんある。

 また白黒の映像がとても美しい。女性の白髪が印象的だし、飼っている犬(ボーダーコリー)の白黒、目が動くとき白目がちらちらする感じもモノクロだからこそという感じで生き生きしている。古びた家の中で、磨かれたガラスの透明感、床に広がる光、そして庭にあふれる木漏れ日も、とても自然である。カラーだと「情報」が多すぎて、静かな感じがしなくなるだろうと思った。
                         (2011年06月23日、KBC2)




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北川透『海の古文書』(12)

2011-06-27 23:59:59 | 詩集
北川透『海の古文書』(12)(思潮社、2011年06月15日発行)

 「十章 二〇一〇年夏、ペルセウス座流星群の下で」。
 私の書いているこの「日記」は詩集の感想という範疇からどんどん逸脱していく。北川のことばを読み、そのことばを「現代詩」のなかに見つめなおす、あるいはそのことばから「現代詩」を見つめなおす--ということからどんと逸脱してゆく。
 これは、私が理解できることは私の知っていることだけだからである。私の知らないことはまったく理解できない。私は昔から、そういう人間である。
 そして、この「知っていること」と「ことば」が絡み合うとき(入り乱れるとき)、とても変なことが起きる。
 すでに書いたことだが、たとえばこの詩集に登場するM、O、Hという人間を私は知らない。「わたし」も誰のことかわからない。そればかりか、実は私は北川を知らない。それなのに、そこに書かれてることばを読み、何度もM、O、Hのことを読んでいると、何か知っている気持ちになる。そして、「わかった」と錯覚してしまう。何も知らないのに、北川がとばが繰り返され、その北川のことばを私が繰り返して読むとき、「これは読んだことがある」という意識に変わる。そして、さらに繰り返されると「これを知っている」という意識に変わる。「知っている」が「わかる」に変わるのはいつかわからないが、わからないはずなのに、「わかった」と錯覚してしまう。
 ここに、何かしら、ことばの不思議な「力」がある。繰り返されると、「事実」ではないことば、「嘘」さえも、そこに「ある」もののように感じられてしまう。この「事実」か「嘘」かわからないものに、たとえば「論理」というものがある--と私は思っている。
 ことばは、繰り返すと、「論理」を生み出してしまう。ほんとうの「論理」、たとえば科学(物理)の「論理」というのは、あくまで「事実」を踏まえて、「事実」をつなぎ合わせてできる「仮説」だが、ことばは「事実」を踏まえなくても「論理」を偽装できる。仮装できる。--というか、繰り返されると、それを「論理」と思ってしまうことがある。
 この「錯覚」(誤解)から、どんなふうに「自由」になっていいのか、私は、実はわからない。
 --きょう、私が考えているのは、そういうことである。
 そして、次の箇所でつまずく。つまり、考え込んでしまう。

 ユウレイは死ぬ。一度は悲劇として、二度目は喜劇として、三度目は茶番だ。

 ここに登場する「繰り返し」は「一度」「二度目」「三度目」ということばであらわされている。繰り返すたびにその「意味」は「悲劇」「喜劇」「茶番」という具合にかわっていく。変わっていくのだから、そこに「意味」はない--とも言えるかもしれないが、また逆に、繰り返されると「意味」は変化するものであるという「意味」を生み出しているとも言える。
 これは、とても変な感覚である。
 繰り返し、反復が「真実」変わってしまうのは、「……は……である」という同義の反復、反復すること(反復できること)で何かが「正しい」と判断できる「証拠」のようなものだからである。「イコール」が「正しい」。
 これに対して、「一度は悲劇として、二度目は喜劇として、三度目は茶番だ。」は「イコールではないから、それは何かを生み出している」と仮定しているのである。そういうことがありうる--と私が、それを繰り返せば、そこに「論理」のようなものが生まれてしまう。
 とても、変である。

 私はきょうもまた私の言いたいことを言えないまま、くだくだと変なことを書いている。--とわかっていながら、書かずにはいられない。そして、書きながらつまずく。
 つまずいて、そこまで動かしてきたことばを、そこに「保留して」(ちょっと、使ってみたかったことばだが、こういう使い方でいいのかな?)……。

 きみはおれを何処までも追いかける。いつまでも、おれが訪れるのを待っている。きみは老いているが、女の語り口をもった、ことばの精なのだ。おれは君の腕に、抱き抱えられるが、きみの腕のなかにはいない。おれはきみの唇によって、語り直されるが、きみのことばからは、すり抜ける。それでいて、おれはきみを支配しようとしていて、きみに跪いている。きみがおれを追いかけず、おれを待たなくなったら、おれは死ぬだろう。

 「おれ」と「きみ」と、「ことば」の関係。「おれ」は「おれのことば」と読み、「きみ」は「きみのことば」であると読むとき、「ことば」というかっこにくくって、それは(おれ+きみ)ことばという「数式」になる。
 --あ、いい数式とは言えないね。
 私は、「おれのことば」を「きみのことば」が繰り返すとき、「ことば」と「ことば」が収斂して消えてしまい、「おれ」と「きみ」が同じものになるということだ。ことばは「別個の存在」を「同じもの」にしてしまう。今まで、この詩集のなかでつかわれてきたことばでいえば、「二人」が「一人」になる。
 こういうときの「ことばの繰り返し」を北川は「語り直す」という表現であらわしている。「繰り返す」のではなく、「語り直す」。
 「語り直す」とき、そこには「繰り返し」以上の「差異」が侵入してくる。その「差異」を指して、「(おれは)きみのことばからは、すり抜けている」と指摘することができる。でも、その「すり抜け」は、「逃走」なのだろうか。そうではなくて、さらなる「語り直し」を要求する方法かもしれない。「主語」が入り乱れるが、それはもしかすると、「語り直す」きみが、わざと仕組んだことかもしれない。さらに追いかけるために、わざと「差異」をつくる、「差異」をつくることで追いかける「理由」をつくる。

 どうとでも言える。どうとでも「語り直せる」。いや、そうではなく、ここから導き出せる「結論」は「ひとつ」かもしれない。
 「語り直す」とこだけが、先行することばを生かす方法である。「語り直さ」なければ、先行することば(おれ、と北川が書いているもの)は死ぬ。そして同時に、「語り直さ」なければ、追いかけていることば(きみ)もまた死ぬのだ。
 Mを、Oを、Hを、さらには「わたし(北川)」を「語り直す」ときだけ、北川のことばは「生きている」。
 この「生きている」というのは、何かを「知る」、いや「知りつづける」ということかもしれない。
 また、「語り直す」ことが「生きている」ということなら、「生きる」ということは「語り直しつづける」ということであり、「語り直しつづけると」、「知りつづける」から「つづける」が消えて、「知る」ということに「到達」できるかもしれない。

 ことばは、その国の「思想」の到達点である--ということばを、ふいに思い出してしまう。


海の古文書
北川 透
思潮社



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青木津奈江『星降る岸辺の叙景』

2011-06-27 10:44:16 | 詩集
青木津奈江『星降る岸辺の叙景』(ふらんす堂、2011年05月20日発行)

 青木津奈江『星降る岸辺の叙景』は静かな、そして美しいことばで書かれている。夾雑物、ノイズがないだけに、少し詩としては弱い印象が残る。つまり、あまり「現代詩」っぽくはない。けれども、とてもしっかりしている。強いものがある。
 「挽歌」という作品。

菜島の朱の鳥居
並んだ舳先に
陽は揺れている

海と山とを行き来する
鳶の鳴く声
か細く響く

三ヶ下海岸
三ヶ岡
凌霄蔓(のうぜんかずら)は風に揺れ
蓬春記念館
音羽楼
密やかなこの路地を

わたしは一人で歩いていける

玉蔵院から
森山神社へ
あなたが纏った経帷子の
脳裏に刻んだ
デスマスク

もう恐くない

黒松林をくぐりぬけ
海に抱かれた公園に
浜萱草(はまかんぞう)が咲いている

 いくつもの固有名詞が出てくる。書き出しの「菜島」をはじめ、そこに出てくる固有名詞(地名)を私はまったく知らない。知らないけれど、それがとても美しく響いてくる。きりつめられて、むだがない。いっさいの修飾語をもたずに、とぎすまされて存在している。
 「わたしは一人で歩いていける」という行があるが、「わたし」が「一人」であるように、その固有名詞は「ひとつ」であることで、青木と向き合っている。あらゆるものを捨て去って、「一人」と「ひとつ」が向き合う。そのとき「ひとつ」はかけがえのないものであり、「ひとつ」であることによって「すべて」なのだ。
 こうした関係の中で、固有名詞ではないもの、普通の名詞(一般名詞)も、かけがえのない「ひとつ」になる。「鳥居」も「舳先」も「鳶」も。そして何よりも、「凌霄蔓」「浜萱草」と漢字で美しく切り詰めて書かれた植物が、まるで結晶のように「こころ」をひとつにする。そのとき「世界」が「ひとつ」になる。ほんとうに結晶する。その透明さが、青木の詩である。
 「夕暮れをさがして」も美しい詩である。

芦名を過ぎたら
とわこさんが乗ってきた
終点
佐島で降りたのは
ふたりだけ

海鳥が鳴いている

水平線
太陽はバーミリオン
広い肩
黒いシルエットを翻して

死んでなんかいない いない いない いない
怒って いるの いるの いるの

太陽はもうすれすれ

海猫が鳴いている
とわこさんの声がする

ああ
夕暮れは
太陽を掴まえにやってきた

海の奥から
クゥー クゥー クゥー

鳴きながら

 もう会えないとわこさん。会えなくなったことに怒っている。
 1連目の「ふたりだけ」の「ふたり」は、「挽歌」で読んできた「ひとつ」である。「ひとつ」(一人)の「わたし」が、「わたし」と「とわこさん」にわかれて向き合い、それからまた「ひとり」に戻る。
 太陽と海が「ひとつ」になる夕暮れ。
 青木は「一人」と「ふたり」の、「ひとつ」の結晶となる。





星降る岸辺の叙景―青木津奈江詩集
青木 津奈江
ふらんす堂



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北川透『海の古文書』(11)

2011-06-26 23:59:59 | 詩集
北川透『海の古文書』(11)(思潮社、2011年06月15日発行)

 「九章 三角点 あるいはメイストロム」。
 「八章」でつまずいたから書くのではないが(つまずいたから書くのだが、と書いてもおなじことだが)、詩は、どのように読んでもいい。詩にかぎらず文学も哲学もどのようにも読んでもいいものだと私は思っている。結局、それは自分の知っていることを読むだけなのである。たとえ、このことばはこういう状況のなかでこの意味でつかわれている--というようなことが解説されたとしても、それで何かがわかるわけではないだろう。「解説」を読むときは、詩ではなく、あくまで「解説」のなかのわかることばを探して読んでいるだけである。何かがわかったつもりになっても、それは「解説」がわかったということであって、もとの詩がわかったことになるかどうか、あやしい--と感じている。

 わたしは三人の男たちが、四十年近く前に歩いて登った、という山頂を目指した。ケーブルカーで、いとも簡単に、頂上三角点の標識まで、到達してしまう。雑木の生い茂っている、視界零の頂上、バカな男たちのアホらしいロマンチシズムにも、まったく呆れ果てるわね。山頂というだけで、こんなに世界が見えない場所を、ありがたがって、拝んでいたんですもの。

 この部分の「三人の男たち」は、この詩集に出てくるM、O、Hを思い起こさせる。読んできて、すでにM、O、Hという人間のことを書いているということを知っているので、そう思うのである。だが、そうおもうけれど、私は北川が書いているM、O、Hが誰をさすのか(あるいは、誰と誰を複合したものであるのか)、まったく知らない。知る手がかりもない。それでも、読んだ記憶が、「知っている」こととなって、私を揺さぶる。
 「知っていること」のなかには、「ことば」だけで知っていることも含まれてしまう。これは、ちょっと困ったことなのだけれど(どう困るかを説明するのには、また一苦労するので省略するが)。
 この「知っていること」に「山頂をありがたがるロマンチシズム」が重なってくる。私は子ども時代は山の中に育ったので、山登りというものにはまったく関心がなかった。いまも関心があるわけではないが、その山登りを「ロマンチシズム」と呼ぶ「批判」の仕方を「ことば」として知っている。「山登りが好き、なんてバカである」という「批判」が「ことば」としてすでに存在していることも知っている。だから、北川の書いている「わたし」の「ことば」がわかる。あるいは、わかったような気持ちになる。
 でも、これは、ほんとうに私が私の体験したこと、山登りとか、山登りの好きな男たちに会って、実際に感じたことではない。そういうことも「ことば」を通して感じる、感じると言ってしまうことができてしまう。
 それから、山頂を「視界零」というときの、実際の雑木のせいで見えないということとは別のもの「比喩」としても「理解」してしまう。「誤読」してしまう。ひとが実際に暮らしているわけではない、暮らしの実際があるわけではない「山頂」でいったい「世界」の何が見える? 人間のいない風景--非情な風景しか見えない。山に登ったからといって「世界」が俯瞰できるわけではない、「世界」を見ることにはならない--というようなことばが、勝手に動いてしまう。つまり、北川のここ書いたことばを、北川の書いた意思がどうであれ、私は勝手に私の「知っていること」(知っていると思っていること)と結びつけて「誤読」をするだけなのである。
 そして、ここからが私の「強引」なところなのだが、私がこんなふうに北川を「誤読」するように、きっと北川(あるいは北川の書いている「わたし」)も「三人の男」を「誤読」しているに違いないと思うのだ。私の「誤読」、北川の「誤読」--その「誤読」と「誤読」が出会うという形を通して、私は「いま/ここ」で北川にあっているという気持ちになる。
 言い換えると、突然、あ、北川の書いていることのことばがおもしろい。このことばを追いつづけようという気持ちになる。夢中になる。もっともっと「誤読」したい、という気持ちになる。

次に出会った奴は、変にぼやけているのよ。男か、女か、一人か、二人か、ひょっとしたら、三人かもしれないわね。(略)ひとつに膨らんだり、縮んだり、二つにも三つにも、分割したり、顔はあるけれど目鼻が一つだったり、六つに見えたり、ちょび髭生やしている、裂けた口唇は木の切り株ほどもあり、わたしを見て笑った。

 この「一人」「二人」「三人」が揺れ動き、どれがほんとうかわからないということばは、これまでの北川のことばに出てきた部分と重なる。それは北川(の書いている「わたし」)が、「一人」でありながら、同時に「二人」「三人」であり、その「集合」としての「一人」でもあるということを「意味」する。
 この「わたし」の「認識」は「誤読」というものかもしれないが、それが「誤読」であるから、私は、そこに書かれていることばと「重なる」ことができる。「理解できた」と錯覚することができる。

 でも、こんなことだけでは、おもしろくないね。堂々巡りだね。そう思っていると、突然、「知らない」ことが書かれる。えっ、それって何? わからないよ、と大声を出したくなるようなことばが突然登場する。

わたしが、いちばん怖かったのは、死んだ<男の子>が、< >に包まれて、イヌツゲの灰白色の幹に、吊るされ、風に揺れて、いたこと、だった。その子の、首には、確かに、見覚え、のある、鋸歯状の、楕円の、葉が三枚、ぶら、さがって、いる、の、わ、た、し、は、そ、の、前、で、身、が、竦、ん、で、動、け、な、く、な、っ……

 「浅間山荘事件」といえばいいのかな? 大学闘争からはじまった「リンチ事件」をふと想像してしまうのだが、その「死」を<男の子>と呼ぶことばの運動、さらに「< >に包まれて」ということばのあり方--あ、これが、わからない。わからない、といいながら、私はそこに私の「知っている」リンチ事件を重ね合わせ、何かを知ろうとしている。
 私が目をつぶって避けてきたもの--それが、北川のことばのなかで動いている、と感じてしまう。読点「、」で切断されたことば、切断されながら、それでもそこに「連続」を感じてしまう何か。

ねんねこしゃっしゃりませ
ねんねこしゃっしゃりませ
なんというて おがむんさ
なんというて おがむんさ
あしたこのこのみやまいり
あしたこのこのみやまいり
おしりまるだしめをむいて
おしりまるだしめをむいて
ねんころころろころころり
ねんころころろころころり

 この「子守歌(?)」の不気味さ。怖さ。
 --これを挟んで、北川のことばは、ぱっと変化する。

 包まれているものは、どうしてこんなに、おれたちを不安にさせるんだ。

 北川が何を書きたいのか--。<男の子>という「主語」が、「< >に包まれて」を通って、「包む」ということ、包む「哲学」に突然かわったと私は感じる。
 包む、は、「かっこに閉じて」ということかもしれない。いったん中断し、それを「脇においておいて」ということかもしれない。いろいろな言い方がある。--いろいろな言い方があるということを「知っている」私は、それがいろいろな言い方で言おうとしている何かだと感じる。
 中断、ずらし、保留……。それは「包む」ということなのか。
 「男の子」を包む。何かで包む--そのとき、男の子は「包む」ではなく、「包まれる」である。「包まれる」とは、どういうことだろう。
 北川のことばは、別の視点から動きはじめる。

 渦巻いている者は、両手でわたしの腰を抱いたのよ。渦巻いている者の、律動が、徐々にわたしに伝わり、わたしの身体は、私を離れ、小刻みに震えだしました。何者かに巻き込まれることは、わたしから引き剥がされる、ということでした。

 「包む」は「抱く」に変わる。「手」で「包め」ば「抱く」。「触れあう」より、何か強い力が働く。誰かと強烈に触れ合い、その相手を放さないように力を込める。
 「渦巻いている者」とは「わたしを抱いている人」と同じ意味だろう。
 抱かれれば、抱いているひとの力が「肌」をとおして伝わり、その影響で「わたしの身体は、私を離れ」る。「わたし」が「わたしから引き剥がされる」。--これは、「比喩」である。「肉体」が実際に「肉体」から引き離されることはない。そんなことをすれば死んでしまう。だから、これは「精神」とか「感覚」の問題なのだが、それを「肉体」として書く--この「精神」を「肉体」ということばで書くことに、私はとても強い共感を覚える。
 私も「精神」ということば、「感覚」ということばをつかうが、私は実はその存在を信じていない。「肉体」なら「知っている」が、「精神」「感覚」というものを私は「知らない」からである。
 
 あれやこれやのことば、ことばの「暴力」が「肉体」にどんなふうに影響するか。次の部分は、そういうことを書いているのだと思うが--そういうふうに「誤読」して、私は震えてしまう。北川はそこでは私の「知らない」ことばを書いているのだが、その「知らない」ことを、私の「肉体」は「知っている」と叫んでいるのである。つまり、あ、これこそが私の言いたいことだ、と叫んでいる。共感している。
 詩集の105 ページのなかほどから動いていくことば、それはなんといえばいいのだろう。私にとっては、いっさいの「説明」、いっさいの「言い直し」が不必要なことばである。この詩集の「大好きな部分」である。

わたしはいくつかに分裂し、伸縮し、変形し、狂いだす。渦巻いている者は、わたしを抱いて、浮遊しだしました。空中を旋回している間に、気持ちよく陶酔しているわたしの身体から、脱落していくわたしは、霰のように地上に落下して砕けたのです。渦巻いている者は、彼が抱きかかえている無数の欲望する身体を、すべて同じ意味、同じ価値によって、切り揃えています。(略)渦巻いている者の神聖な無表情に、無数のわたしたちは同一化し、溶けていくのです。その結果、渦巻いている者の、底なしの優しさ、やわらかさに包まれた、無色無臭の毒ガス、粒子状に飛び散る暗い暴力を、胎内深く孕まされていったのでした。

 ここに書かれていることばを、切り貼りし、「同じ意味、同じ価値よって、切り揃え、無数のわたしたちを同一化する暴力」という文章にしてみる。そのとき「主語」はなんだろう。「暴力」の「主体」はなんだろう。「ことば」ではないだろうか。
 そういう「ことばの暴力」を北川は告発している。そういう「ことばの暴力」と戦っている--と私は感じている。



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岩木誠一郎「飛来するもの」

2011-06-26 18:20:46 | 詩(雑誌・同人誌)
岩木誠一郎「飛来するもの」(ぶーわー」26、2011年05月10日発行)

 岩木誠一郎「飛来するもの」は、とてもすっきりした、静かな詩である。ここ何日か「散文詩」の、非散文的(?)なことばを読んできたので、特にそう感じるのかもしれない。漢字とひらがなのつかいわけにも気配りがある。ことばに対するこだわりが感じられる詩である。

ほそく開いたカーテンのすきまから
月のひかりに濡れた国道がひとすじ
北に向かうのを見ている
伝えることも
分かち合うこともできないものが
つめたさとして降りつもる部屋で

遠ざかるバスの座席には
わたしによく似た影がうずくまり
運ばれてゆくことの
痛みに耳をすませているだろう
ほんの少しの荷物を
胸のあたりに抱えたまま

この先には小さなみずうみがあり
冬になると白鳥が飛来するという
その名を口にしようとすると
くもりはじめたガラスのむこうを
低いエンジン音とともに
もう一台のバスが走り去る

 ひとり部屋にいて、国道を走る車(バス)を見ている。見ながら、いろいろ考えている。その孤独と、悲しみ。そういうものを書いていることが、一読してすぐにわかる。
 しかし、わからないことばがある。
 「伝えることも/分かち合うこともできないものが/つめたさとして降りつもる」と1連目にあるが、これはいったい何のこと? 「降り積もる」は季節が冬で、雪が降り積もるように、くらいの意味なのだろうけれど、「伝えることも/分かち合うこともできないもの」は、あまりに抽象的すぎて、わからない。わからない、と書いているけれど、なんとなく、ひとに伝えたいのに伝わらない悲しみ、寂しさ、孤独……のようなものであることは、想像できる。「冷たい」と悲しみ、寂しさ、孤独がどこかで通い合うからだ。
 そして、岩木がことばを動かすとき、この「つめたさ」ということばのつかい方にあらわれているように、わからないことをなんとか別のことばで補足して「感じ」を浮かび上がらせようとしていることがわかる。
 「伝えることも/分かち合うこともできないもの」ということばだけでは、それが何を指しているか読者にわからなということを、岩木は知っているのである。だから、補足しているのである。
 この補足というか、言い直しは、2連目でもおこなわれる。
 「伝えることも/分かち合うこともできないもの」は「運ばれてゆくことの/痛み」である。そしてそれは「耳をすませて」感じ取るものである。「痛み」というのは触覚に属するものだと思うけれど、岩木はそれを「聴覚(耳)」で聞き取るものと書いている。「耳をすませる」とき、ひとは体を静かに、動かさずに、じっとしている。その「動かない」肉体のなかで感じる「痛み」--それを「耳をすませて」と書いたのだとも受け取れる。何か、感覚が「肉体」のなかで、融合して、ひとつの感覚では伝えられないものを現わそうとしている。
 「ほんの少しの荷物を/胸のあたりに抱えたまま」も同じ補足である。静かに、体を動かさずにいる--その姿勢は、胸のところに小さな荷物を抱えた状態のようである、というのだ。ここに書かれている「ほんの少しの荷物」は「現実」であり、また「比喩」なのだ。「荷物」を抱えていなくても、「ほんの少しの荷物を」抱えるようにしている、ということだ。
 この「ほんの少しの荷物」のように、岩木のことばは「現実」と「比喩」を行き来している。「現実」であると同時に、彼の「心象」なのである。「胸のあたり」の「胸」も肉体の「位置」であると同時に「心象」が動くところ、「こころ」なのである。
 「心象」というのは伝えることができるといえばできるが、それがほんとうに伝わったか、あるいは分かち合えたかは、わからないものである。
 「伝えることも/分かち合うこともできないもの」は3連目でも補足される。
 「この先には小さなみずうみがあり/冬になると白鳥が飛来するという」の「この先」。「ここ」ではない「場所」。「この先」というのは2連目のことばを借りると「ほんの少し先」になる。岩木のことばは、先に書いたことばを引き継ぎ、補足するようにして少しずつ深まり、動いているのだ。「伝えることも/分かち合うこともできないもの」というのは、「ほんの少し」だけ、伝えたい相手(あなた、と仮に呼んでおく)が感じ取っているものとは違うのだ。岩木には違って見えるのだ。その「ほんの少し」の違いが、しかし、とても大切なのだ。それが積み重なって、何か大きな違いになってしまうのだから。
 「ほんの少し先」の湖には「白鳥が飛来するという」。この「白鳥」、「白鳥の飛来」れもまた「伝えることも/分かち合うこともできないもの=伝えたいもの」である。「いま/ここ」にはない。「いま/ここ」であなたが感じているもの(見ているもの)ではない。それは、「いま/ここ」ではなく、「ほんの少し先」にあるのだ。
 それを岩木は伝えたい。けれど「その名」(具体的なことがら)を伝えようとすると、それがうまくことばにならず、そして、あなたは去ってしまった……。
 ほんとうに伝えたいこと「その名」が、白鳥がやっているという「冬」のつめたさ、雪のつめたさで、岩木の部屋をつつんでいる。

 --と書いてきて気がつくのだが、岩木のことばは「散文」の「文法」で書かれている。あることがらを書く。それを踏まえながら、足りない部分を補い、言いなおす。それを繰り返すことで、言いたいことを少しずつ明確にしてゆく。ことばが重なるたびに、それが深まっていく。
 「散文の文法」を踏まえながら、岩木は「ほんの少し」とか「この先」という「小さなことば(おおげさではない、という意味、ひとがごくふつうにつかうという意味)」で読者を立ち止まらせる。「小さなことば」のなかに「言いたいこと」をこめる。感覚も、切り離された感覚ではなく「つめたさ」が「痛み」にかわり、触覚が聴覚にかわるように、どこかでつながっている--なにもかもをつなぎとめる「肉体」を丁寧にくぐらせることで動かしている。
 「抒情詩」こそ、「散文」の感覚が必要な詩形式なのかもしれない。




流れる雲の速さで
岩木 誠一郎
思潮社



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北川透『海の古文書』(10)

2011-06-25 23:59:59 | 詩集
北川透『海の古文書』(10)(思潮社、2011年06月15日発行)

 「八章 ソフトボール公判 かつて消された、無数の証言の断片が、いま、飛び交っているよ」。
 どうことばを追いかけていけばいいのか、よくわからない。--この章まできて、あ、私の読み方は「誤読」をはるかに踏み外して、とんでもないところへ迷い込んでしまったのかな、としばらく反省した。今まで私が書いてきたことを、この章の感想に、どう引き継いでゆけばいいのかわからないのである。接点がなく、突然、違う世界へ迷い込んだ感じがするのである。これはもちろん私の「誤読」のせいなのだが……。
 こういうときは、どうするか。
 無責任な言い方になってしまうが、今まで書いてきたことは忘れてしまう。「わたし=ことば」とか、「統辞法」とか、あれやこれやを振り払って、ただそこにあることばを読む。

 ……はですね。十一月二十五日のN地方裁判所のソフトボール公判に、すべて象徴されていました。この日、どこから出されたのか不明の、被告人召喚状はですね。その召喚場所を、国立仮装病院心療内科の一九七三号室に指定していました。そのためですね。法廷は裁判所と病院の二つに分裂して現れたのです……

 この部分の「……はですね」という「口調」がまず私に強く響いてくる。「主語」の提示。提示したあと、いったん中断し、「動詞(述語)」を単独で動かす。この「切断」と「連続」の「文体構造」が、なんというか、「うさんくさい」。
 その「うさんくささ」は、ほんとうは冒頭の「……はですね」から始まっている。
 「……」とは何? 「主語」が明記されていない。そのくせ、それが「主語」であることは、助詞の「は」によって明確にされている。「暗黙」の何かなのかもしない。わからないならわからないでいい、わかるひとにだけわかればいい、という「内輪」のことがらなのかもしれない。
 「……」が何かわからないまま、その「……はですね」という「主語」の提示の仕方だけが、ここでは次の文へと引き継がれていく。「この日、どこから出されたのか不明の、被告人召喚状は、その召喚場所を、国立仮装病院心療内科の一九七三号室に指定していました。」とつづけてしまえば、主語「召喚状」と述語「指定していました」は緊密に結びつく。しかし、そうすると、「国立仮装病院心療内科の一九七三号室」が「補語」の位置に成り下がり(?)、ことばのなかに埋没してしまう。
 --ということは、逆に言えば「国立仮装病院心療内科の一九七三号室」を新しい「主語」にするために、「召喚状は」という主語は「です」という「述語」を装ったことばによって切り捨てられているのである。「ね」によって、その切断は念押しされているのである。「主語」を交代させるために、「……はですね」ということばが選ばれているのである。
 書き出しに戻ると、「……はですね」の「……」が不明確なのは、この「話者」にとって不必要だからである。「主語」はすぐ変わってしまうのだ。「……」から「N地方裁判所のソフトボール公判」へ。そして、この「主語交代」のスピードが引き継がれ、ことばが動いていく。最初から「主語交代」の「主語」だけを追いかけてみると……。
 「……」→「N地方裁判所のソフトボール公判」→「召喚状」→「国立仮装病院心療内科の一九七三号室」となる。
 そして、その「整理(?)」のあとで、また、「巧妙な」ことばの動きがある。
 「そのためにですね」。
 それまでは「主語」の提示だったのに、突然、提示しているものが「理由」にすりかわる。今まで書いてきたことは「主語」ではなく、「理由」だったと告げられる。
 そして、「テーマ」が「別次元」にかわる。それまでのことばは「理由」のなかにとじこめられ、かっこにくくられる形で、別の次元のテーマが突然登場する。

法廷は裁判所と病院の二つに分裂して現れたのです

 ことばは、どう動かしてもいいのだけれど、この瞬間、私は、なんだか騙されたような気持ちになる。「うさんくさい」と感じたのは、このためである。
 なぜ、そんなことを感じたのか。
 ここでは「……はですね」ということばは省略されているからだ。「そのためにですね」と「ですね」ということばだけは「統一」されているが、「文体」の「構造」が微妙に(それとも大きく?)違っている--違っているのに、それを「ですね」ということばを繰り返すことで、引き継いでいるようにみせかけているからだ。
 言いなおすと……。
 「法廷は裁判所と病院の二つに分裂して現れたのです」は、それまでの「文体」を引き継ぐなら、

法廷はですね。裁判所と病院の二つに分裂して現れたのです。

 となるはずなのに、その文体は採用されていない。なぜ「法廷はですね」と言わなかったのか。書かなかったのか。
 この話者が問題にしたいのは「ソフトボール公判」の「内容」ではなく、「公判」が「分裂」しているということを明確にしたいからなのだろう。「分裂」とは何か。「公判」がかみあわないということか。「公判」で繰り広げられることばが「裁判所」と「病院」では受け止められ方が違うこということか。「病院」のことばは「裁判所」には通じないということが「そんなつもりでいったのではないのに、別の意味にとられてしまう」(誤読されてしまう)ということか……。

 「ひとつのことば」は、「ひとつの意味」ではない、ということか。常に「分裂」するということか。
 詩のなかに、「ひとつ」が「ひとつではない」という、変な例が書かれている。

 ……これは聞いた話ですがね。オリンポスの山頂では、空気が極めて薄いためにですね。そこへ登ったタナカエイコウさん。ご訂正有難うございました。なにしろ無学なものですから。ええ、そうなんですよ。太宰治のお弟子さんで、太宰の墓の前で自殺した、あの酒呑瞳子タナカヒデミツさんです。

 「タナカエイコウ」「タナカヒデミツ」。漢字で書けば「田中英光」になるだろう。単なる読み方の違いだが、その「単なる読み方」さえ、「ひとつ」が「ふたつ」になる。「分裂」する。
 --こういうことがあるから、「ことば」はややこしいのだ。
 と、ここまで書いてくると、北川の詩は、やはり「ことば」をめぐっての「哲学」を書いたものなのか--という感じがしてくる「哲学」というのは、すべてを「自分のことば」で書き直すことだ。「他人のことば」を排除し、「自分のことば」にこだわることだ。

 その書き直しのクライマックスの部分。

 ……いま、仮装病院一九七三号室に収容されている彼女は、三十七年前のその日、N地裁の二十五号小法廷に、公務執行妨害、器物損壊の罪名による被告人として、出頭していました。傍聴席には、わたし一人しかいません。彼女とわたしは一卵性双生児みたいによく似ていて、誰からも姉妹と間違われました。仮にわたしが法廷に立ったとしても、裁判官も弁護士ですら偽物であることに気付かなかったでしょう。でも、公開していませんでしたが、彼女の国籍は韓国でした。彼女はこの法廷で、とつぜん、裁判官の制止を振り切って、わたしにソフトボールを投げました。私たちは被告席と傍聴席で、楽しげにキャッチボールをしたのです。

 ソフトボールのキャッチボール。これは「比喩」か、現実か。どっちでもない。ただ「自分のことば」で書くとそうなったというだけのことである。他人には「比喩」に見えても、「話者」にとってもは「現実」である。
 「ソフトボール」を「ことば」と受け止めるなら、その「キャッチボール」は必ずしも「声」となってやりとりされなくても「キャッチボール」である。被告人のことばを受け止め、自分のことばで言いなおしてみる。その「言い直し」を相手に届けなくても、その「言い直し」のあとに発言される被告人のことばは、傍聴者の「言い直し」の「文体」の影響を受けながら、さらに言いなおされる。
 ことばは、どんどん、違ってくる。ずれてくる。「田中英光」のように、単純なことばでも、「タナカエイコウ」にもなれば「タナカヒデミツ」にもなる。
 そういう「ことば」に対する認識が、この「八章」の内部を貫いているかもしれない。



 追加。どうにもわからないことだらけなのだが……。
 この詩のタイトルは、私の感じでは「キャッチボール公判」になる。「キャッチボール公判」にしてしまうと、寺山修司になってしまうかもしれないけれど。
 なぜ「キャッチボール公判」の感じるかと言えば、クライマックスが「わたし」と「被告人」の「キャッチボール」だからである。「ソフトボール」なら、バット、グラブが出てこないといけない。いや、バットはこの詩のなかに

ソフトボールが両膝をついて バッドがその前にひざまずいている
バットがゆるやかに回転して ソフトボールをやさしく愛している

 という具合に出てくるが、うーん。わからない。
 それに、ソフトボールというのは基本的に「チーム」のゲームである。バットは「敵(対戦相手)」の象徴かもしれないが、どうも、「相手」も「チームメイト」も「集団」を欠いているようにしか見えない。

 「八章」で、私は、完全につまずいた。




海の古文書
北川 透
思潮社



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高塚謙太郎「光沢のある背表紙のみちみち」、望月遊馬「ねむりのまえの、ひと眠り」

2011-06-25 13:47:29 | 詩(雑誌・同人誌)
高塚謙太郎「光沢のある背表紙のみちみち」、望月遊馬「ねむりのまえの、ひと眠り」(「サクラコいずビューティフルと愉快な仲間たち」3、2011年06月10日発行)

 高塚謙太郎「光沢のある背表紙のみちみち」は、「散文」を粘着力として利用している。「文」には「構造」というものがある。それはほとんどことばの肉体と同じ意味になるが、その構造の力、肉体の力で、いくつかのことばを結びつける。粘着力と書いたが、結合力といった方がいいのかもしれない。
 「無限と倫理」の書き出し。

折にふれてはささやきあう間柄にしても、伸びつづける月夜の裏道ほどの価値がそのロープからいくらほど垂れさがっていたのか、いつわりのない野の道、ほんの束の間の織物、手編みの喉仏、いくらでもなしくずしに耳元に結びつける。ひとつの柑橘をした支えする足指に眼差しのあとがカラフルに鳴りだすにしても、輪唱の月影から降りたった江里巣をめぐる物語ほどのループに浮かび上がる私か、ほどなくかそけくにごった茶碗にそそがれるわたり、絶望はそのぶんだけ熾烈で悦楽気味に変化をみせるだろうに。

 ことばが「もの」ではなく、次々に「比喩」になっていく。「比喩」というのは「いま/ここ」にないものを借りて「いま/ここ」を語ること。ことばだけができる不思議な運動であり、「比喩」があるとき、そこに「意味」がある。その「意味」がわかろうがわかるまいが、あまり関係がない。「伸びつづける月夜の裏道」「ロープ」--このふたつの、どっちが「比喩」なのか。どっちでもいい。「伸びつづける」のか、それとも「垂れさがっていた」のか。それも、どっちでもいい。--どっちでもいい、と書いてしまうと高塚には少し申し訳ない気もしないでもないのだが、それは、私には区別がつかない。区別がつかないものは、わからないまま、そのまま受け入れる。そのとき、何かわからないけれど「意味」が生まれてくる。「月夜の裏道」だけでは存在しなかった「意味」、「ロープ」だけでは存在しなかった「意味」。それは細くて長い。何かをつなぐ。(道はある点と別の点を結ぶ時に道になる。)その「結ぶ」ということのなかに、「手編みの喉仏」という変なものまでつながってくる。これも何かの「比喩」だなあ。何かの「象徴」だなあ。でも、何かわからない。わからないけれど「手編みの喉仏」というのは不思議で、見てみたいなあというような気持ちになる。何か変なところに迷い込んでしまったなあ、と思う。
 この感覚は、それにつづく文を読むとさらに強くなる。そこに書いてあることもはっきりとはわからない。いや、実際にはぼんやりとすらわからないのだが。「喉仏」「耳元」「鳴る」「輪唱」ということばが、そこに「声」を浮かび上がらせる。「声」ということばをつかわずに、「声」を浮かび上がらせる。
 そういう、ことば自身の力を高塚はしっかりと育てている。高塚の肉体にしている。これがおもしろい。
 そこには、まだ「意味」にならない「意味」がある。それは「声」と私が仮に呼んだものにいくらか似ている。
 榎本のことばが、前に書いたことばを否定して「無意味」へ暴走するのに対して、高塚は前に書いたことばを利用しながら、まだ「いま/ここ」に存在していないことばを「過去」から引き寄せるようにして浮かび上がらさせる。
 そして、こういう運動のために、ちょっと不思議な工夫もする。「倫理と無限」の書き出し。

くるまるままに敷物のふちを笑う、耳のかわいい犬と歩いた。野に見えるくるぶしを明るくみせる彼女たちの笑う、

 「くるまる」「見える」「くるぶし」「明るく」「みせる」--このことばのなかに頻繁にあらわれる「る」の響き。丸い感じ。「意味」はわからないけれど、そこにことばがあり、そのことばが何か「同じ何か」を呼吸している感じがつたわってくる。
 その、ことばが呼吸している「同じ何か」--それが、「いま/ここ」にないことばなのだ。「意味」なのだ。高塚は、そういうものを不思議な形で呼び寄せ、結ぼうとする。結ぶといっても、きちんとした結び目があるわけではなく、そばに引き寄せ、そこで遊ばせている感じだ。
 こいう「意味」以前の感覚は楽しい。



 望月遊馬「ねむりのまえの、ひと眠り」も不思議な文体である。

今日の雪はとても眩しかった。手のひらのむこうで、ハンドバッグが輝いていた。それよりも眩しかった。それで午後のある立方体には雨の降る仕組みがあり、そこでは、スコップを片手に土を掘っている、埋めている、紙の白いところは、埋められたいくつかのシーンが蘇って、ドレッシングのなかのオリーブのような歪んだ顔で、駅にむかって歩いていて、ハンドバッグを片手に桃色の尻をまわして土のなかに入っていった、その瞬間のことが沈んでいく瞼の奥では知られていた。

 なんのこと? 何かよくわからない。そして、そのわからなさは、高塚の時とは違って、互いが結びつかないところに原因(?)がある。
 不思議なのは、そういうことはわからないのに、雪も手のひらもハンドバッグもまぶしいも、ことばとしてわかるということだ。意味がわからないなら、ことばもわからなければいいのに、ことばそのものはわかる。どうも人間とことばの関係、意味の関係は複雑であいまいだ。
 このわからないことに対して(望月はわかっている、と反論するかもしれないが)、「それで」と望月は「理由」を書く。
 でも、理由になっていない。
 そこでは「それで」を受ける「述語」がない。そのために「意味」が形成されない。とというより、「それで」ということばがあるこめに、「意味」が解体するという感じが強くなる。「意味」がないのに、「それで」だけがある。しかも解体するのに「仕組み」という論理的(?)なことばをつかっている。
 最後の「瞼の奥では知られていた」ということばを手がかりにすれば、ここに書かれているのはタイトルが暗示しているように「眠りの前の」一瞬の、夢のようなものかもしれない。現実が解体し、新しく関係をつくる前の、ばらばらの状態。ふつう、こういうばらばらは「矛盾」「混沌」というものに傾いていくのだが、望月の場合は、矛盾でも混沌でもない。なぜだろう。高塚のことばと違って、ことばとことばが結びつかない、つなげるものがない。そのために、「距離」があるのだ。ことばとことばの間に。
 高塚のことばが結びつき(距離の密着感)を味わう詩他とすれば、望月の詩はことばの「距離」の美しさを味わうしかもしれない--と書いて、私は、ふと江代充の詩を思い出した。存在(世界)の解体と、解体された「もの」の距離の感じがどこかで通い合っている感じがする。
 具体例もあげずに、こんなことを書くのはいけないのかもしれないが……。



さよならニッポン
高塚 謙太郎
思潮社



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北川透『海の古文書』(9)

2011-06-24 23:59:59 | 詩集
北川透『海の古文書』(9)(思潮社、2011年06月15日発行)

 「七章 ソクラテスのくしゃみ」。書き出しの一行。
 
わたしはことばなのにことばに背かれている

 この詩集では「わたし=ことば」という「定義」が何度か出てくる。「ことば」がテーマなのか、「わたし」がテーマなのか。ほんとうの「主語」はどっちなのか。こういう設問の立て方では、きっと北川の「思想」にはたどりつけないだろうと思う。
 どっちがほんとう、などということは、きっと考えてはいけないのだ。どっちも、ほんとう。どっちも、にせもの。そのときそのときの都合(好み?)で、読み進んでいっていいのだと思う。
 たとえば、この一行を、私は「ことば」を主語だと仮定して読み始める。そして、「ことばがことばに背かれている」ということについて考える。考え始めるとき「ことば」は「わたし」として私の意識に働きかけてくる。「ことば」の気持ちはわからないが「わたし=人間」の気持ちならいくらかわかるからである。「ことば」を人間と同じようなものだと考えてみると……。つまり、「ことば」を「わたし」と言い換えなおしてみると、

わたしはわたしに背かれている

 これは、変なようであって、実は日々私たちが(私だけが?)、体験することである。私はたとえばいま北川の詩集を読んで感想を書いているのだが、ちょっとエロサイトの動画でも見てみるかとか、あ、こんなことをしている場合ではないと思いながら、さらに次の動画をクリックしてしまうとか……。そして、それはほんとうに「背かれている」のかどうか、よくわからない。もしかすると北川の詩についてあれこれ書くことの方が私の欲望に背いているのかもしれない。
 区別はないのだ。「わたし」も「ことば」も、どっちでもありうるのだ。
 そう思って読むと……。

一羽の鴎が飛来する すると港が変わった

 この一行は、どうなるだろう。(北川は、この詩のそれぞれの行頭を一字ずつ下げる、あるいは途中から上げていくという形で書いているが、私はその形を考慮せずに引用している。)
 一羽の鴎。これは「ほんもの」なのか。それとも「ことば」なのか。「港」はどうだろう。「ほんもの」だろうか。「ことば」だろうか。
 鴎が飛んでくることによって、港の風景が変わって見える。そういうことは確かにありうる。けれど、それは「ことば」にしないかぎり、「かわった」ということを明確に(?)できない。
 これは、あらゆることについて言えることかもしれない。
 どのようなことがらも「ことば」にしないかぎり、認識にはならない。「変わった」というのは、意識の外の世界であると同時に「認識」のことである。意識の外と内部(認識)は「ことば」を通じて呼応する。

一羽の鴎が飛来する すると港が変わった
建物は移動し 魚市場は空中に躍り上がる

 これは鴎の視点で見つめなおした世界かもしれない。そして、その鴎の見つめなおした世界というのは、実は「ことば」でつかまえた「こと」である。「ことば」が変わってしまえば、その見える世界も変わってしまうだろう。「変わった」ではなく、ことばが「変える」のである。

鴎でなくってもいいさ 一本のベルトや紐
コルセットの発明がおんなの身体を変える

 ここに出でくる「変える」。これである。これは、文を少し変更すれば、

一本のベルトや紐/コルセットの発明「によって」おんなの身体「が」「変わった」

 になる。きのう読んだ部分にでてきた表現を借りれば「統辞法」の問題になってしまう。「統辞法」しだいで、「変わった」も「変える」も同じ「意味」を作り上げてしまう。このとき、「ことば」にはいったい何が起きているのだろうか。そして、私(これは、谷内、という意味)に何が起きているのか--あ、わからないねえ。
 わからないことは、そのまま保留(ほったらかし?)にしておいて……。

鴎でなくってもいい 一行の行商人になる
するときみのあたためている空っぽの卵に
この世の行き場のない不安な視線が集まる

 この「行商人になる」の「なる」は、どうしよう。「なる」とはどういうことか。「ことば」の問題でいえば、自分を「行商人」という「比喩」にしてしまうことか。
 「鴎」も「比喩」かもしれない。「建物は移動し 魚市場は空中に躍り上がる」というのは「比喩(イメージ)」といえるかもしれない。「わたし」が「鴎」に「なる」。そうして、「鴎」の視線で世界を見る--その結果としての風景なのかもしれない。

 ややこしくなったので、最初の一行にもどる。

わたしはことばなのにことばに背かれている

 この場合の「わたしはことばなのに」はどういうことだろうか。「わたし」は「ことば」で「ある」ということなのか。「わたしはことばである」というのは、一首の矛盾だ。わたしはわたし、ことばはことばである、はずである。「わたしはことばである」とは、「わたし」が「ことば」に「なる」ことである。この「なる」というのは「比喩」のようなことがらである。ほんとうは、そうではない。けれど、ことばの力を借りて、そう「する」のである。
 「ことば」の運動のなかには「する」と「なる」が入り乱れている。どこかで、くっついている。そしてそれが「ある」とも分けのわからない形(どこで区切っていいのかわからない形)で溶け合っている。
 この関係(?)を北川は「わたし」「ことば」ではなく、「ネコ」「ネズミ」をつかって描いている部分がある。(あ、ちょっと違うのだけれど、まあ、そんなものだと仮定して……。)

 ネコになれなくても、ネコを仮装するのは簡単じゃん。みんなネコになりたいものは仮装ネコになっちゃえば。心で仮装しても、身体はネズミのままだよ。かまうもんか。われはネコなりと言い続けていれば、きみは正真正銘のネコだよ。

 この「ネコ」「ネズミ」が動物のネコ、ネズミではなく、何かの「比喩」だとしたら、どうなるだろう。「比喩」自体が仮装であり、仮想だが、(仮装・仮想につうじるものがあるのだが)、「言い続けていれば」、つまり「ことば」を動かしつづけていれば、何か、どうしても区別のつかない状態にまで進んでしまう。
 ソクラテスって、自分のことばで何から何まで言い換えようとして、自分の「比喩」というか、あるいは「統辞法」というべきか--ともかくすべてをソクラテスのことばで言い換えようとして、「わからない」(区別がつかない)というところへ到達した。
 --というのが、北川の、この作品の「意味」?
 あ、いや、いま書いたソクラテス論(?)というのは、私の見方に過ぎず、北川はソクラテスをどう見ているか、私にはよくわからないが……。

 また、脱線してしまった。
 どう戻せばもとに戻るのかわからないので、先に進む。

 最初の問いだぜ。なんじはネコを単に模倣したいだけなんだろう。それともネコを偽装したいのか。やっぱりネコを仮装したいんだな。それともネコを仮構するのがのぞみ? フン、答えられんのかい。前途多難だね。

 「模倣」「偽装」「仮装」「仮構」。ここに書かれている「ことば」はどう違うのか。どこが同じなのか。これは、分析しても何もはじまらない。「無意味」である。
 私は直感的に感じたことだけを書いておく。(直感を、論理的にことばにしなおしてみるというのは、どうもできそうにないので。)
 北川は、あらゆる「思想」において(ことばの運動において)、「統辞法」がどのような「位置」を占めるか、あるいはどのような「運動形式」を生み出すのかということを問題にしているように思える。「思想」と「文体」と「統辞法」の関係を、「意味」としてではなく、「詩」として存在させたいと欲望しているように思える。
 (また、変な日本語を書いてしまった。)

 きょうの「日記」に限らず、私の感想は感想になっていないね。
 私は、実は、北川の詩に「統辞法」ということばが出てきたから書くのではないが(いや、そのことばが出てきたから書くのだが)、「文体」(統辞法)が「思想」だと感じている。「文体」に、そのひとの「肉体」を感じ、同時に「統辞法」に「ことばの肉体」を感じている。
 そのことを、どう書いていいのか、まったくわからない。手さぐりで、その場その場で、出会った詩を題材に、あれこれ書いている。
 北川の詩を私は「誤読」しつづけているだけなのだが、北川のことばの動きのなかに、強固な「統辞法」を感じるので、「誤読」を承知で、「誤読」を暴走させたい気持ちになるのだ。私がどんなに私の「誤読」を暴走させようと、北川のことばはまったく無傷のまま、純粋にそこに存在しつづける。そういう安心感がある。それが憎らしくもあるが……。



中原中也論集成
北川 透
思潮社


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榎本櫻湖「増殖する眼球にまたがって--読み殺しサクラコティック般若心経--」

2011-06-24 09:21:05 | 詩(雑誌・同人誌)
榎本櫻湖「増殖する眼球にまたがって--読み殺しサクラコティック般若心経--」(「サクラコいずビューティフルと愉快な仲間たち」3、2011年06月10日発行)

 榎本櫻湖「増殖する眼球にまたがって--読み殺しサクラコティック般若心経--」は「散文詩」という形をとっている--ことになっている。(らしい)。
 「散文詩」の定義はどういうものだろうか。「行分け」でなければ「散文詩」ということになるのか。どうも、この定義はあやしい。たぶん、榎本の今回の詩(だけではないが)は、「行分け」ではないがゆえに「散文詩」と呼ばれるのだろう。榎本自身、「行分け」でないがゆえに「散文詩」と呼んでいるのかもしれない。
 しかし、実際に読んでみると、私の考えている「散文」(たとえば、22日、23日に読んだ林嗣夫や小松弘愛の作品)とはまったく違っている。榎本のことばは「散文」ではない。「散文」とは「事実」を踏まえながら進んで行くことばの運動だと思う。「事実」を積み重ねることで「意味」を明確にし、その「意味」を発展させていくのが「散文」である。--この私の定義からすると、榎本のことばの運動は「散文」ではない。

世界の総体は悉く文字のみによってなりたっているので、《私》ですら例外ではなく、許多のまなざしに射貫かれて、夥しい文字をまえに失明することを免れえぬ恐怖にうち震える《我々》は、さもしい聴覚を頼りに痺れた光線を辿ろうと企てるが、ハビダブル・ゾーン観音、遍く眼球を棚引かせ、鱗粉に塗れた孔雀の羽根で覆われた土地の者よ、帷子に施された約しい刺繍の模様を、撫でる節くれだった指先をもがれる者よ、聞きなさい、飢えの臥す大地に、恙虫の跋扈する大地に、人体模型の内部を埋め尽くすミトコンドリア、枯れる枝葉の垂れる大地に、鬼の狂乱するさまをひたすら凝視め、蝗の転がる畑に出向いて、密かに眠る《聖なる愚者》の纏う襤褸の襞に、そっと豊かな舌を差し入れなさい、
  (谷内注・「もがれる」は「手ヘンに宛」。字が出てこないのでひらがなにした)

 これは冒頭の数行である。これは私の定義では「散文」ではない。まず、「主語」が何かわからない。「述語」が何かわからない。「文」になっていないのである。「文」になっていないから「意味」も存在しない。
 けれど、たとえば「世界の総体は悉く文字のみによってなりたっているので、」はどうか。この部分では「主語」は「世界の総体」である。「述語」は「なりたっている」である。一応「意味」が感じられる。そこに書かれていることが「事実」に値するかどうかは別の問題だが、ともかく「主語」と「述語」があるので、そこから「意味」らしきものを感じることはできる。次の「《私》ですら例外ではなく、」おいては「主語」は「私」であり、「述語」は「例外ではない」になる。前の文とつづけて読むなら、「私」も「文字のみによってなりたっている」ということになる。次の「許多のまなざしに射貫かれて、」は「主語」を補うとすれば「私」、あるいは「世界の総体」ということになる。しかし、それがほんとうに「主語」であるかどうかはわからない。何かわからないものを含みながら、ことばは強引に動いていく。
 「夥しい文字をまえに失明することを免れえぬ恐怖にうち震える《我々》は、」の「我々」は、これまでの「主語」を言い換えたものかもしれない。「世界の総体」「私」と「我々」は重なり合うかもしれない。その「我々」は「夥しい文字をまえに失明する」ではなく、「失明することを免れ得ぬ恐怖にうち震える」ということかもしれないが、ことばが行き来して「主語」「述語」が入り乱れ、煩雑である。「意味」があるかもしれないが、「意味」をつかみ取ることはとてもむずかしい。
 「文」とは言えない。少なくとも「名文」とは言えない。「名文」とはわかりやすい文章のことである。榎本の文はわかりにくい。榎本は、わざとわかりにくく書いている。それは、たぶん、わかりやすい「意味」ではなく、その対極に「詩」があると考えているからだろう。詩は「意味」ではない。だから「意味」を否定するようにしてことばを運動させているのである。

 少し前にもどって、説明しなおす。(私の「誤読」を押し進める。)
 「夥しい文字をまえに失明することを免れえぬ恐怖にうち震える《我々》は、」という文を、私は「我々」は「夥しい文字をまえに失明する」ではなく、「失明することを免れ得ぬ恐怖にうち震える」--と読んだ。この私の「誤読」には、榎本が書いていないことばがつけくわえられている。「ではなく」を補って、私は榎本の「文」を私が納得できるものに書き換えた。この「ではなく」という否定し、逆の方向へことばを動かすというのが榎本の、この詩の特徴である。ひとつの「意味」を提示し、次にそれを否定することでことばを動かしていく。
 私は「ではなく」を補ったけれど、よく読み返すと、同じことばを榎本自身が書いている。「《私》ですら例外ではなく、」と。
 「ではなく」ということばを実際に書くこともあるが、省略することもある。そして省略されるのは、そのことばが榎本の「肉体」そのものになっているからである。何かを書きながら、それを「ではなく」と否定し、ことばを新しい世界へ動かしていく--そのことばの運動、ことばの肉体が、榎本の肉体そのものなのである。
 「さもしい聴覚を頼りに痺れた光線を辿ろうと企てるが、」は「企てるが、それを実行するのではなく、」と読むべきなのだ。「意味」がわからなくなったら、そこに「……ではなく」を補うと、榎本の書いていることばを楽に(?)追いかけることができるようになる。なんといっても、それ以前に書かれていることばを、「……ではなく」と切り捨てて、次のことばの「意味」だけを考えればいいのだから。

 この前に書いたことばを否定し、まったく別のことばに身をゆだねるようにして進むことばの運動--これは、私の定義では、全体に「散文」ではない。
 これは、ことばの暴走であり、「行分け詩」の手法のひとつである。書いてしまったことばを否定し、ただ次のことばだけを、「いま/ここ」ではないところへ突き動かしていく。ことばが、ことば自身の自律運動で、まったく新しい世界を捏造するのにまかせてしまう。こういうことは、行がかわるたびに「空白」を呼び込む「行分け詩」の得意とするところである。
 榎本は、形だけ「散文」風にみせかけながら、実際は「行分け」の「詩」を書いているのである。「意味」ではなく「意味」を否定することで「無意味」を創り出し、その無意味に「詩」ということばを結びつけようとしているのである。
 これは力業だなあ、と思う。榎本の詩は力でぐいぐい押して書いていく詩なのである。

 で。
 というのも変だけれど、こういう力業はたいへんな体力を必要とするので、どうしても途中で「散文」に押し切られるところがある。「散文」(意味)の方が、たぶん、ことばを動かしやすいのだ。
 たとえば、次のようなところ。

鋸の刃はときどきチェロやコントラバスを弾く弓で擦奏され、金属質でありながら柔らかで、グラス・ハーモニカに似た音がするそれは撓り具合で音程が変化し、自在に音階を演奏できるため、特殊な楽器ではあるものの、効果音としてではなく、独奏楽器としても用いられることもあるが、

 ここでは「意味」がストレートに動いている。そして、榎本の「ではなく」は「効果音としてではなく、」という部分に姿を現わしているのだが、これは衰弱した「ではなく」である。「効果音としてではなく、」は省略して、特殊な楽器ではあるものの、独奏楽器としても用いられることもあるが、」とするとき、「意味」が完結になる。
 不必要な「ではなく」が、無意識に入ってしまう瞬間がある。
 こういう部分を捨てて、「ではなく」を実際には書かないまま「ではなく」を含んだ文をつないで行くと、榎本の詩は、とんでもないものになるなあ、と思う。
 榎本の詩は「散文詩」ではないのだけれど、そういう世界へたどりつけば、もう誰も「散文詩」とはいわないだろうと思う。いまはまだ「散文詩」ととらえられているのが残念である。榎本自身も「散文詩」ととらえているように見受けられるので、それが残念である。


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北川透『海の古文書』(8)

2011-06-23 23:59:59 | 詩集
北川透『海の古文書』(8)(思潮社、2011年06月15日発行)

 「六章 出現罪」。
 「出現罪」ということばは宮沢賢治の「ペンネンネンネンネン・ネムムの伝記」に「出現」している--と北川は書いている。そのことばに刺激されて、北川は「幻惑罪、あるいは幻滅罪」という断章を書いている。

吐き気がするような低劣、性的倒錯、非論理的曖昧、バカ、白痴、ファルスに戯れて、あんたはん、限りなく無型だって。うおっ。無系、無為、無意味にして空と化す、だなんてムチャラクチャラに、ムムムムムムーブメント追求し、噛みつき、飲み込み、消化し、排泄する一本の無官となり、無冠となり、無管となること。(略)権力の統辞法が、襤褸切れを継ぎはぎしてこしらえた、かの懐かしい童謡の処女膜を喰い破って生誕した、可愛い赤ちゃんの老いた産声。ああ、その気色悪いその産声によって、よいか、ナンジは幻惑罪、あるいは幻滅罪として裁かれる。
     (谷内注・「幻惑罪、あるいは幻滅罪」はゴシック体で印刷されている。)

 ここには何が書かれているのか。
 まず「幻惑罪」「幻滅罪」ということばが書かれている。それは賢治が書いた「出現罪」のように、実際には存在しない(と、思う)罪である。作者(宮沢賢治と北川)が作り上げた罪である。「造語」である。
 そして、その「造語」を賢治も北川も「論理的」に説明している。「論理的」といっても、それがほんとうに論理的であるかどうか、よくわからない。「論理的」を装っているという方がいいと思う。
 --というのは、適切な説明にはなっていないかもしれない。
 ここでは、ことばの不思議さが、逆説的(?)に証明されている。
 ことばは、ことばをつなげると、そこに「論理」というものをでっちあげることができる。「論理」というのは、ことばのつながりのことなのである。どんなでたらめであっても、つないでしまえばそれが「論理」になる。あることを「説明」することになる。
 「吐き気がするような低劣、性的倒錯、非論理的曖昧、バカ、白痴、ファルスに戯れて、あんたはん、限りなく無型だって。」とことばをつなげれば、そこに「常軌を逸したでたらめ」な「あんたはん」という人間が見えてくる。そんな人間がいようがいまいが、ことばをつづければ、そのつながりによって、そういう人間が見えてくる。
 これは、ことばと存在のことを考えると、とても不思議である。
 ことばは「もの(対象)」を指し示すだけではなく、「もの(対象)」を作り上げてしまうのだ。「あんたはん」が最初に存在していて、それをことばにしたのが「吐き気がするような低劣、性的倒錯、非論理的曖昧、バカ、白痴、ファルスに戯れて、」ではなく、その一連のことばによって、北川は「あんたはん」という人間を作り上げている。
 ことばは「いま/ここ」にないもの(いないもの)を呼び出すことができるのである。創作することができるのである。
 言い換えよう。
 「統辞法」ということばが作品の中に出てくるが、--私はこういうことには詳しくはない(まったく知らない)ので、適当なことを書くが--統辞法とは、ことばを動かすときの一定の決まりのことだろう。よく国語の試験で、いくつかのことばを並べ替えて「意味の通る文章」をつくるというのがあるが、その「ことばを並べ替えて意味が通るようにする」決まりのようなことを指していると思う。
 そして、不思議なことに、その「統辞法」にのっとってことばを動かせば、そこに「意味」が生まれてきてしまう。つまり、いままでそこにはなかったものが存在してしまう。「統辞法」から「ずれ」てしまうと、たとえば「助詞」ひとつでも「が」を「を」と間違えると「意味」がわからなくなるが、「統辞法」さえ守れば、なんとなく、そこに「意味」が成立してしまう。
 具体的にいうと……。
 「処女膜を喰い破って生誕した、可愛い赤ちゃんの老いた産声」というような「矛盾」さえ、「意味」として理解できるものになる。「可愛い赤ちゃん」がときには信じられないくらい汚い(老いた人間のような)泣き声(産声)を発することも可能性としてあるからだ。この北川の書いた文章の助詞を少しいじって、「処女膜が喰い破って生誕した、可愛い赤ちゃんを老いた産声」に変えてみると、意味がわからない--というか、「読めない」文章になってしまう。
 これはどういうことかというと、「統辞法」さえ守れば、文章が成り立つということである。そして文章が成り立つなら、そこに「意味」が出現し、「意味」があるなら「もの(対象)」も存在するはずだということになる。論理物理学と実証物理学のようなものである。現代では、物理学はまず「論理」が先にあり、それを実験で説明する。事実を確認する。--そういうことが、「文学」でもできるのである。いや、文学は、そういう領域でこそ動くもの、生まれるものかもしれない。

 で、私が何を書きたいかというと……。北川のこの作品から何を感じたかというと……。

 北川は、「文体」をどこまで増やすことができるか、ということを「実証」しようとしているのである。それは北川がこれまでにどれだけ多くの「文体」を体験してきたかを再現するということと同じである。
 この詩集には、M、O、H、それに「わたし(北川?)」という基本的な登場人物がいる。(それ以上にたくさんいると思うが……)。それぞれの人間は、それぞれにことばを語る。そのことばは、それぞれに「意味」を持っている。
 そして不思議なことに、それぞれの「意味」の奥には、無意識の「統辞法」が働いている。共通の「統辞法」が働いている。「統辞法」が共有されているから、そこで語られることが「理不尽」であっても「意味」がわかってしまう。
 これは、ある意味では、とてもおそろしいことである。
 ことばはどんなに「自由」に見えても、つまり、どんなふうに「造語」をつくりあげ、でたらめを書いているようであっても「統辞法」から逃れられていないのである。

 これは、また、逆説的といえばいいいのかどうかよくわからないのだが、北川がほんとうにしてみたいのは「統辞法」の破壊なのではないか、と想像させる。
 どこまでも暴走することば--それは、実のところ、北川の体験した「過去」を引きずっている。「過去」からの「統辞法」のなかで動いている。でたらめ(?)を書けば書くほど「統辞法」の揺るぎなさが浮かび上がるという「矛盾」が起きる。
 この「矛盾」を突き抜けて、「日本語共有の統辞法」ではなく、「北川独自の統辞法」を思い描き、北川はことばと戦っている。「統辞法」そのものと戦っているように感じられる。

 この戦いを「罪」ということばで浮かび上がらせているも、とてもおもしろい。「統辞法」を破壊することは、きっといちばん大きな文学上の「罪」なのである。だからこそ、「罪」を目指しているのである。





谷川俊太郎の世界
北川 透
思潮社



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小松弘愛「うつ」

2011-06-23 08:36:32 | 詩(雑誌・同人誌)
小松弘愛「うつ」(「兆」150 、2011年05月10日発行)

 小松弘愛「うつ」は、新聞の投稿欄の選者をしている小松が出会った作品から書き起こしている。投稿作品は「うつ病を治すには/規則正しい生活をすること」から始まっている。小松は、交ぜ書きに出会った時、ときどき手を加えて漢字熟語に変えているという。ところが。

 「うつ病」には手を加えなかった。「うつ」を煩瑣な二十九画の漢字「鬱」に置き換えるのは病気によくないかもしれない。書道展なんかで見る、やわらかい「をんなもじ」を思い浮かべながらひらがなのままにした。

 そしてこれから、ことばが軽々といろんなところへ飛んで行く。

 わたしは教壇に立っていたとき、「佐藤春夫『田園の憂鬱』」と板書する機会が何度かあり、さして苦労もせず「鬱」の字がかけるようになっていた。そして、この小説のラストで繰り返される「おお、薔薇(そうび)、汝病めり」のフレーズと共に「鬱」の字に愛着を覚えるようになっていた。

 酒造りによい水の湧き出る山間(やまあい)の土地で、同人誌の「夏の合宿」が行われた。そこでは俳句と短歌を一緒にしての、半ば遊びのような「句会・歌会」をもつことが恒例となっていた。「年に一度の歌人」になって出したわたしの一首。

 人前でサラサラサラと鬱の字を書きうれしく躁の側(がわ)へと

 「おお薔薇、汝病めり」の「病」の文字に、投稿作品の「うつ病」と重なる部分があるが、そのほかはあまり関係ない。小松の教員時代の思い出が書かれ、同人誌の集まりで歌を詠んだことが書かれている。
 そこでは、もっぱら「漢字・鬱」のことが書かれている。投稿作品の「病気」のことから、どんどん逸脱していく。
 変だねえ。
 でも、その変だなあ、と思ったころをみはからって(?)、

 「鬱」から「躁」へと言えば、この二つを繰り返しての「躁鬱」気質に悩みながら、多くの小説を書いてきた北杜夫のことが思い出され、投稿詩の「評」もこのことに触れてみようと書きはじめたがうまくゆかず、「病跡学」を引いて、という仕儀になった。

 思い出したように、最初の投稿詩にもどる。もどるけれど、何やら完全にもどるというわけではない。
 この、行ったり来たりというか、逸脱しながらも、ことばが動いていく感じが、「散文詩」らしくて自然だなあと感じる。行分け詩の場合、「もどってくる」ということが、ちょっとむずかしいかもしれない。書いたことばを捨てながら、先へ先へと暴走する。そして、予定外のものを書いてしまう--そういう時に、行分け詩は輝くが、散文詩の場合は事情が違う。
 きのう読んだ林嗣夫の「星座」もそうであったが、「散文詩」の場合、ことばのひとかたまりがひとつの時間を持つ。ことばが先へ進むと同時に、そこで「停滞」する。立ち止まってしまう。多様なものを含んだひとかたまりが、必然的にことばが描き出すものを引き留める。
 その時間が別の段落(かたまり)の時間と重なり、同時にずれる。
 その重なりとずれの間に、作者の「肉体」がふわりと浮いてくる。ふわりと浮いてくる「肉体」を感じる時がある。
 そうして、あ、時間の重なりとずれを見ているのか、それとも作者の「肉体」を見ているのか、一瞬わからなくなる瞬間がある。--まあ、これは「方便」で、作者の「肉体」の浮かび上がり方に、なんとはなしに安心感を覚えるといった方がいいかもしれない。
 小松の作品でいうと、「鬱」の画数を手を動かしながら数えている姿が見えてくる。「鬱」という字を書く姿が見えてくる。私は「鬱」という漢字が書けないので、小松の姿が見えるといっても「完全」ではないのだが、ともかく「手」の動きが小松として浮かび上がってくる。
 詩に書いてあることとは無関係に、というと言い過ぎになるけれど、あ、ここに人間がいる。そうすると、何か「時間」がとても落ち着くのである。「時間」というのは抽象的なものだが、突然、具体的なものに見えてくる。
 これは魅力的だなあ。
 「肉体」をもったほんとうの人間がいる、そしてその肉体のなかで整理しようとして整理できない何かが動いている。その動きに困惑しながらも、なんとか起きていることをことばにしようとして、その肉体は動いていく。
 それを完全に(完璧に?)追いかけるのは、なかなかきびしい(むずかしい、めんどうくさい)けれど、まあ、むずかしいことは、私はしない主義。
 小松には会ったことがないけれど、会えばきっと「鬱の字書いて見せて」なんてことを口走ってしまいそうなくらい、その「肉体」に親しみを感じるのだ。その「鬱」の字を覚える(習得する)までの時間の確かさに安心感を覚えるのだ。

 詩は、このあと、ことばをねじ伏せる、でもなく、ことばにまかせる、でもなく、静かに折り合いをつけている。「うつ」と「鬱」を調和させている。--でも、これは、付録(?)。「鬱」の字を書く小松の「肉体」の存在が、この詩の静かな魅力だ。




銃剣は茄子の支えになって―詩集
小松 弘愛
花神社



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